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 どうも、お久しぶりです。abyss 零です。

 前回の更新から実に半年、大変長らくお待たせしてしまい、誠に申し訳ありません。

 今回からは、また別行動を取る仲間の視点ごとに物語を展開いたします。都合4話、2ラインの同時進行です。

 それでは本編どうぞ。

 早朝。クロムとスリートは、クランケ州の庁舎を訪れていた。


「……でかいな」

「州全域の政治を司る施設ですからね」


 柵の向こうの建造物は、巨大な三角の屋根さえはみ出す階層部分が、2人の視界いっぱいに広がっている。赤茶色の外壁によって、そこが行政の中核であるという確かな実感を見る者に与えているかのようだ。


「クロムさん、空間魔法の有効範囲はどの程度なのですか?」

「見えてるところならって感じだな。壁を隔てた向こう側とか、地図を読んで特定の位置とかは、まだできない」

「なるほど。でしたら、結局は足を使うことになるのですね」

「ある程度はな。夕べ話した通り、資料のある場所を探し出して、あとは流れだ」

「まずは中へ入るところからですね」

「ああ、掴まってろ」


 スリートはクロムの服の裾に触れた。瞬間、2人は柵を越え、庁舎の前に立っていた。


「慣れませんね、この感覚は」

「ああ、なんか酔うよな」

「ええ……」

「大丈夫か? 悪いけど、今回は空間魔法どんどん使ってくから……」

「心配は無用です。僕も、これ以上弱音は言いません」


 クロムの気遣いに、スリートは気丈に応えた。相手を思いつつも妥協しないクロムと、自分に厳しいスリートとは、なかなか相性が合うように思われた。

 2人は灰色のローブのフードを目深に被り、庁舎へ入った。ここは州の政治の中枢ゆえ、警備は厳重だろう。細心の注意が要された。

 中は外壁と似た色の床と、艶やかな鈍色の内装によって、より威厳のある趣をたたえていた。


「策はありますか? クロムさん」

「一応。そっちは?」

「いくつか」

「俺は1つしか思いつかなかった。ダメだったら頼む」

「わかりました」


 短いやり取りで、2人は意思の疎通が取れていた。クロムは迷いなく上階へ続く階段の方へと歩いていき、スリートは黙ってそれを追った。クロムのタイミングで、いつでも空間魔法で一緒に移動できるよう、ぴったりと傍についていく。階段は従業員や議員によって混雑しているため、はぐれずにいるには張りついている他ない。


「おはよう」


 クロムはたまたま隣り合って階段を昇る若い男性に、平然を装って声をかけた。


「ん? ああ、おはよう」


 男性はやや訝しげな顔をしながらも、挨拶を返した。


「今朝は参るよ。夕べ資料室の資料が荒れてるって整理するよう言われたんだけど、まだ片づいてないんだ」

「資料室? ……ああ、保管室ね。あそこの整理なんて無理だろ。あそこは俺の先輩が入った時から散らかってたらしい。古い資料しかないし、倉庫同然だ。今さら片づけても意味ないだろうに、とんだ雑用任されたな」


 反応は良好だ。クロムは自らの作戦に強い手応えを感じていた。


「まったく、下っ端の使い方が荒い。……新しい資料は、ちゃんと整理されてるんだよなぁ」

「まあ、あの辺は今も部署で使う資料とかあるからな」

「保管室と新しい資料室、今回の作業を期にまとめて整理するよう言われてるんだ。行き来するのは骨が折れるよ」

「んー。でも、保管室とライブラリは隣の部屋だし、そうでもないだろ」

「そりゃそうだけどさ……」


 クロムは、最も欲していた情報を聞き逃さなかった。


「…………何階だっけ?」

「え? 5階」

「だよな」


 資料のある場所と、その位置関係。一連の会話は、これらをそれとなく訊き出すためだった。クロムはチラリとスリートに目配せした。スリートは小さく頷いた。

 しばらく人の波に揉まれ、5階に着くと、クロムは集団から外れた。


「じゃあ」

「ああ」


 男性に別れを告げ、クロムはスリートが自身の脇に寄るのを確認した。


「見事でしたね」


 スリートが小声で呟いた。


「まあな」

「あんなに人当たり良く演じられたとは意外です」

「俺は器用なんだよ」

「ちなみにあれは僕が考えていたいくつかの策の内1つでしたが、ああもうまくいくようには練られませんでした」

「そう。じゃあ他の策はなんだったんだよ」

「助けも呼べない気の弱そうな人物を探し出して、人気のないところで恐喝するのが1つ」

「……ヘイルあたりがやりそうだな」


 クロムは苦笑しながら、目的の保管室とライブラリを探し、廊下を道なりに進んだ。周囲にはまだ人が多い。変に挙動不審になるよりは、堂々としていた方が返って怪しまれない。灰色のローブの効果で、他者からの2人の認識も薄まっている。最も適切なのは、周囲と同化することだった。

 やがて、クロムは右手に『ライブラリ』と表札の掲げられている部屋を見つけた。


「ここだ。入るぞ」


 クロムは、さも当然のように部屋へ入り、スリートもそれに続いた。まず目に飛び込んだのは、小綺麗な木製の棚がずらりと並ぶ光景だった。


「これは骨が折れそうですね。この任務に就くのを2人にしてよかった」

「俺が言ったんだからな」

「そういえばそうでしたね」


 スリートは無感情な風に言った。


「朝早くに行動した甲斐がありました。……早速取りかかりましょう。保管室も調べなければならないかもしれない以上、もたもたしていては日が暮れてしまいます」

「ああ。打ち合わせた通り、まずはキュアドリンクの工場とか、衛生省を調べよう。キュアドリンクの輸出不振の問題を考えると、そのあたりから穴が見つかりそうだ」

「無論です」


 2人は、直近数ヶ月のキュアドリンクに関連する資料を集めた。索引だけで1時間強を要したが、幸い中身はデータやグラフといった数値・図表が大半であったため、参照は苦ではなかった。しかし、その作業も数時間と続くと、退屈と疲弊が否めない。眼精疲労と睡魔との格闘だ。

 しばらく読み進めていくと、徐々に疑惑の綻びが見え隠れしてきた。


「――いくつかの工場で、明らかに輸出量と収益に改竄の跡がある」

「それもおよそ3ヶ月前から継続的に改竄が加えられている……メシアの一件と時期が重なります」

「この不審な工場をリストアップしよう。次の目的地は決まった」

「ええ。疑惑の真相を究明しましょう」


 2人の今後の方針が定まった。


「それに、少なくともあと1つ、でかい糸を辿れそうだ」


 クロムは、不正な資料を睨みつけた。この陰謀を、更に奥で仕向けた張本人の存在を、限りなく確信していた。

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