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共同生活の始まり

 お待たせしました。本編どうぞ。

 朝――グレイはいつもより早く起きた。今日からクランケ州知事と総統に会うべく、本格的に行動を開始しなければならない。

 ――というのもあるが。理由としては、朝食の問題の方がグレイにとっては大きかった。チルドとの共同生活が始まるにあたって、食事は大事だ。なるべく栄養や時間帯など、諸々を彼女の健康に良いバランスでやりくりする必要がある。

 最初は肝心だ。ここで手を抜けば、そのままずるずると、任務期間中ずっと不摂生……なんてことになりかねない。だが、グレイは元の世界では実家暮らしだったうえ、料理などはまるでしたことがない。兄はいたが、誰かの世話をしつつ生活するといった経験も皆無だ。不安や懸念は尽きなかった。


 兄――グレイは元の世界の家族を想った。兄とは仲良くも険悪でもない関係で、それほど親しく感じたことはなかった。弟がいなくなった今、どんな気持ちで日々を過ごしているのだろう……父や母も、眠れず食えずの悲壮な日常を送っているのだろうか。

 だが、今は帰る方法がない。想うことはできても、何をどう頑張ったところで、家族と再会することは叶わない。考えたところで仕方のない問題だった。

 それに、自分には今、与えられた役目がある。やるべきことが。今は、それを全うすることが最優先だ。


「なんや、早起きやな」


 ボスタフの声が聞こえ、グレイは我に返った。


「どないしてん、そんなとこで突っ立って」


 グレイはキッチンから居間へ戻った。昨日の夕食を終えてから空っぽの冷蔵庫を見て、呆然としていた時間は、思いの外長かったらしい。


「いやぁ、ご飯のこと考えてて……ボスタフ、いつ起きたんだ?」

「ずっとや。ワイはぬいぐるみ、食事もしなければ、睡眠も必要あらへん。なにをボーっとしとるんや思たら、自立した生活は初めてかいな」

「ああ。だって、元の世界では高校生だったし……ボスタフは料理できる?」

「できるわけあるか。ワイはお嬢ちゃんのために特注で製作された魔杖の媒体や。便宜的に性格を宿されてこないなっとるが、実質は生まれたてや」

「生まれたて……」

「せや。赤ちゃんや」

「赤ちゃん……」


 グレイは顔をひきつらせた。ボスタフが赤ちゃんは、ピンとこないうえにおぞましい。


「……あ、でも任務優先って考えると、慣れない料理に時間とるのもあれか。……しょうがない、レシピ本買っといて、研究が終わるまでは弁当とサラダで凌ぐか」


 グレイは財布と灰色のローブを持って玄関へ向かった。


「ボスタフは家にいて。チルドが起きたら、すぐ帰ってくるって伝えといてよ」


 外は、朝早くということもあって、陽気に比べあまり暖かくない。風が吹けば少し肌寒ささえ覚える。


「セルモクラスィアの月も半ばだからな……」


 元の世界でいう9月の中旬に相当する季節。気温も変わり、体調に配慮しなければならない時分である。


「あったかい飲み物も買ってくか」


 グレイは歩きながら、おおよそ買いにいくメニューを絞った。最寄りのマーケットまでは、約3分ほどで辿り着いた。

 この世界に、元の世界における自動ドアのようなものはなく、店内がオープンな店舗か、西部劇に出てくる酒場のような開き戸のどちらかが出入り口の大半だ。

 冷蔵庫や電子レンジもなく、食品は常温ないしは氷や熱で保温され、買う際は魔法で暖めたり冷やしたりすることがある。

 グレイはカレーとサラダ、惣菜ハムとコーンスープの4品を選んだ。朝早い時間帯だが、婦人や仕事着の男性などが、そこそこの列を成して並んでいる。

 その最後尾に加わるも、5分と経たない内にグレイの会計の番となった。


「お待たせいたしました」


 若い女性店員が、かわいらしい微笑みをたたえながら、グレイの持つ商品を受け取っていく。


「温めますか?」


 彼女がカレーとコーンスープを指して訊ねた。


「はい、お願いします」

「かしこまりました」


 女性店員は、2つに赤い布を被せた。布は薄く発光し、ものの3秒ほどで元の状態に戻った。


「合計で758タグになります。カゴは、温かいものとお分けいたしますか?」

「はい、お願いします」


 彼女はカウンターの下からカゴを2つ取り出し、片方に温めたばかりのカレーとコーンスープを、もう片方にサラダと惣菜ハムを入れた。


「こちらをお先に失礼いたします」

「800タグで」

「はい……42タグのお返しです」


 この世界にキャッシャーは存在しない。女性店員は手作業と目視でお釣りを計り、グレイに手渡した。グレイはお釣りを財布に入れ、2つのカゴを持った。


「どうも」

「ありがとうございました」


 グレイは店を後にし、来たときと同じくらいの時間で家に着いた。鍵をポケットから取り出し、ドアを開ける。


「あーっ、おにいちゃんお帰り!」

「ああ、ただいま。チルド、起きてたんだ」

「うん、今日は大事な『にんむ』なんでしょ? だから、チルドちゃんと早めに起きたんだ!」

「そっかー、えらいぞー」

「えへへ~」


 チルドは偉かった。


「ちょうどいい。朝ごはん買ってきたんだ」

「えーっ、ありがとう! なになにー!?」


 楽しそうに笑むチルドの目の前で、グレイは買ってきたごはんをテーブルに出していく。


「えっと、サラダと――」

「サラダ……」

「カレー」

「カレーっ!」

「とハム」

「やったー!」


 チルドはかわいかった。先にサラダを出したのは、グレイのちょっとした遊び心である。


「それから、涼しくなってきたから、コーンスープも」

「コーン()()ープっ!」


 興奮し過ぎて噛んだ。グレイはくすっと笑った。


「グレイ、ワイの分は」

「へ?」


 ボスタフがひょこっとテーブルの上に現れた。


「ワイのごはんはどないしてん」

「え、いや、さっき食事はしないって言ってたから……」

「言うたで」

「うん……だから、ごめん、買ってない……」


 グレイは、しまったという顔をして謝った。


「ほしかった?」

「冗談や」


 ボスタフは意地の悪い笑みを浮かべた。

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