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少年と幼女(あとぬいぐるみ)

 グレイとチルドは、従業員に案内されレンタルアパートへ向かった。ホテルから10分も歩けば、それはあった。

 いたってシンプルな2階構造のアパート。グレイの第一印象は、大学生が一人暮らしするような賃貸物件、だ。

 従業員が階段を上り、グレイたちもそれに着いていく。グレイは2階に上る最中、段の数を数えた。元の世界では、階段が13段あったら曰くが付く、という都市伝説があった。この世界で同じ道理が通るかは知らないが、グレイは部屋を借りるにあたり、それが妙に気になった。結果、2階へは16段で上り終え、グレイはホッとした。


 従業員は2階の角部屋の前で止まった。どうやら彼の言っていた空き部屋というのは、そこのことらしい。


「こちらでございます」


 従業員は鍵束から1つ鍵を選んでノブに挿し込み、錠を開けた。


「おじゃまします」


 グレイは条件反射で言ってしまっていた。部屋の下見などしたことがなく、この場合どう言って入るのが正しいのか分からなかった。が、従業員が微笑をたたえているのを見ると、グレイは今の発言が恥ずかしくなった。


「おじゃましまーすっ!」


 チルドがグレイに続いてはしゃぎながら部屋に入った。従業員は2人が入ったのを確認してから、自らも入室した。


「こちらはワンルームのお部屋となっております」


 グレイは部屋の中を見てみた。居間は6畳ほどあり、1ヶ月間2人で生活をするには、まあ許容できる広さだろう。キッチンはコンロが2つ、冷蔵庫も2週間分の食料は備蓄できそうな具合だ。浴室はトイレと洗面所がセットになっている、いわゆるユニットバスだった。


「いかがでしょうか?」


 グレイが部屋を一通り見終えた頃合いを計って、従業員は訊ねた。


「……あっ。チルド。ここで俺と寝食を共にすることになるけど、平気?」

「うんっ、大丈夫!」


 チルドは嬉しそうに了解した。


「じゃあ、ここでお願いします」

「かしこまりました。ありがとうございます」


 従業員はうやうやしく頭を下げた。


「他にお手荷物はございますでしょうか? 私どもがお運び入れいたします」

「あ、これだけですよ」

「承知いたしました。こちらへは歩いて来られましたか?」

「いえ、エクゥスアヴィスを預けてあるんです」

「でしたら、私どもがお客様のエクゥスアヴィスを預かり所に登録いたします」

「あ、どうも」


 従業員は懐から先ほどの鍵束を取り出し、その中の1つをグレイに手渡した。


「こちらがお部屋の鍵となっております。紛失なさらないようお気をつけくださいませ。早速このお部屋を使えますので、どうぞご利用ください」

「はい、ありがとうございます」

「では、私は失礼いたします。ごゆっくりおくつろぎくださいませ」


 従業員は再度お辞儀し、部屋から出ていった。グレイはそれを見送り、とりあえずは落ち着いた、と一息ついた。


「……さてと」

「さてとちゃうわこのスカポンタン!」


 すると、ボスタフがチルドの肩からひょこっと姿を現し、驚異的なジャンプ力でグレイの額をひっぱたいた。


「あいたっ!」


 ボスタフはリビングの机に着地し、グレイをずびしぃと指差した。


「かわいい女の子と2人きりで一つ屋根の下に住めるからって、鼻の下伸ばして浮かれるんちゃうぞ! ワイがやましいことせんか、四六時中見張ったるからな! 手ぇ出せる思たら大間違いや!」

「ボスタフ……」


 グレイは額をかきながらぬいぐるみを見た。正直まったく痛くはない。


「ねーねー、やましいことってなにー?」


 そこへきて、チルドから素朴な質問が飛んできた。


「なんでもない! そんなことはないから!」


 グレイは慌てて答えた。チルドに、そんなアダルティックなことを教えるわけにはいかない。


「ちゅうか、いくら人目を忍ぶ任務いうても、ずぅーっとリュックの中はキツいで! ストレスマッハで、頭の糸切れて綿わたでも漏れ出してしまいそうやわホンマに! 暑いし!」

「ごめん……我慢してくれてありがとう」

「お、おう……分かればええんや……」


 素直なグレイに、ボスタフはやりにくそうだった。


「さて……とりあえずみんなに連絡してみるよ」


 グレイは通信魔法を使い、仲間たちに呼びかけた。


「こちらグレイ。無事に泊まるとこ見つけられたよ。みんなはどう?」

『ああ、こっちも見つけた。あとは手続きだけ残ってる』


 クロムからの応答だ。


『こっちはまだ……候補はいくつかあるんだけど、お金とか場所のこと考えて、今話し合ってる』


 次いでレインの声がした。あちらは6人ということもあって、そう簡単にはいかないのだろう。


「オッケー。……なんやかんやでもう夕方だし、今日は準備だけして休もうかと思ってるんだけど、いいかな?」


 陽はかなり傾いている。チルドは子どもゆえ夜の行動は控えるよう心がけたいグレイだった。


『うん。みんな疲れもあるだろうし、私も明日に備えるってことでいいと思う』

『だな』


 レインとクロムも賛同した。


「了解。じゃあ、俺たちは先に休むよ。みんな、これから頑張ろう」


 グレイは通信を切った。振り返ると、チルドは眠たそうな顔をしていた。頭をゆらゆらと揺らし、ぼぅ~っとした瞳は、何か凝視しているようで、その実は何も見ていないみたいだ。


「何時間もエクゥスアヴィスに乗ったまま越境やったからな。疲労も相当のもんやろ。まあ、こないな子どもやったら無理ないわ。今日のところは寝かしてやるいうんは、正解やな」


 ボスタフは、机の端に腰かけて言った。パタパタと短い足を上下させる様は、妙に可愛らしい。


「ああ」


 グレイは頷きながら、チルドの肩に手を乗せた。


「寝る支度だけしちゃおっか。手洗いうがいして、晩ごはん食べて、お風呂と歯みがき。そしたら、すぐ寝ちゃおう」

「うん……パパ……」


 眠くて頭が働かないのだろう、チルドはグレイを父親と呼び間違えた。グレイはおかしくなって少し笑った。


「晩ごはん、何がいい? 今日はチルドの好きなものにしよ」

「オムライス……」

「わかった」


 あいにく、グレイは料理の心得がない。この状態のチルドに外食というのも酷だ、外で弁当を買ってくる必要があった。


「ボスタフは何かいる?」

「ワイはぬいぐるみや。食事は摂らんねん」

「そっか。じゃあ、ちょっと買ってくるよ」


 グレイは玄関へ向かった。


「いってきまーす」


 返事はなかった。代わりに、てくてく、とボスタフがリビングのドアから顔を覗かせた。


「もう寝てもうたで。早すぎやっちゅうねん」


 ボスタフは囁くように言った。チルドを起こすまいという、彼なりの気遣いだった。

 グレイは、ゆっくり買い物しようと思った。

 グレイとチルド、それからボスタフのバディ(トリオ?)ミッションの開始です。

 ぶっちゃけ、ボスタフの存在を数話ごとに本気で忘れてしまっちゃってます。これはいかん。パーティのにぎやか担当として、新たな風を吹き込むべく生まれてくれたキャラクターなのに。もっと物語やキャラの掛け合いに参加できる環境を整えたいものです。


 ともあれ、次回から本格的に任務スタートです。なかなかポップ寄りのシナリオを描きたいと思っておりますよ。やや政治色が強い話運びにもなってしまうかもしれませんが。

 また更新も、いつも通りなる早を心がけますが……どうでしょう。がんばります。

 ではまた。

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