今を生きる
グレイは、流れる水の音に気づいて目が覚めた。起き上がると、そこはスコラ学院の噴水広場だった。周囲には仲間たちが倒れている。
「――おい。おい、起きろ」
グレイは手当たり次第、仲間たちを揺すった。みんな程なく気がついて、目覚めた。
「……なんでこんなとこで寝てんだろ~?」
グロウが欠伸をかいて言った。
「あれ。未来を見に行く、だったよな?」
ヘイルが思い出したように応える。
「え、これもう行った後?」
ブルートは信じられないと言わんばかりだ。
「どうなんだ、おい」
ネルシスがクロムに問うた。
「――ダメだ。時間転移できない。ってことは、使ったんだ」
クロムは何かを試して、首を傾げた。
「じゃあ、チルドたち未来に行ってきたんだ!」
チルドは、パアッと花咲くような笑顔で喜んだ。
「……なにも、覚えてません…………」
スノウは落胆した。
「ええ、僕もです。となると、クロムさんの言っていた歴史の修正というのは、問題なく働いているようですね」
スリートは眼鏡をクイッと上げた。
「……私たち、何か成し遂げられたかな?」
レインの言葉に、みんなが首を傾げた。いかんせん何も覚えていないのだから、実感がなければ確信もなかった。
「――そないしみったれた話せんと、なんか食わへんか? ワイお腹空いてもうてんねん……」
ボスタフが言った。さっきから聞こえていた腹の虫の音は、どうやら彼のものらしい。
「たしかに、腹減ったな……」
ヘイルも元気がなさそうに呟く。
「どこか食べに行こうか」
グレイの提案で、一行は学院を後にした。未来の旅のあれこれを全て――そもそも本当に未来へ行ったのかさえ――忘れしまった、グレイたちだったが。言い知れない極度の疲労感がみんなにあった。
とりわけグレイは酷かった。体感的に、明らかにオーバーヒートを起こすほど炎が消費されたが故の疲労だった。100から200パーセント……自分の性格と疲労の度合いから考えると、全ての奥義を1度ずつ使って、150パーセントといったところか。
極度の疲労から、みんなの道中の口数はべらぼうに少なかった。背筋を伸ばしたゾンビのように、溜め息や欠伸を連発してトボトボ歩いていくのみ。
一行の足は、自然と彼らをカフェ『Lotus-Eaters』に導いていた。
「なんでカフェなんだ。腹減ってるなら、もっとちゃんとしたレストランにすればいいだろ」
クロムが言った。彼も相当腹を空かせているようで、やや不機嫌だ。
「いや、そうなんだけど……なんとなく、ここに来なきゃいけない気がして……」
「僕も……食事をするならここに、と思ってました……なぜかは分かりませんが……」
グレイとスリートは、そんな不思議な感情を吐露した。他のみんなも、クロム以外は同じことを思っているようだ。
「……分かった、ここにしよう」
クロムは訝しみながらも納得した。グレイたちは店の中へ入っていった。木造ならではの茶色の内装、それを彩る観葉植物の深い緑、音楽用魔晶から流れるボサノヴァ。
なぜか、グレイたちはここに来るのを心底懐かしく思えた。
「ご注文は?」
各々が食事や飲み物を頼む。カフェだというのに、コーヒーをオーダーしたのはスリートとネルシスだけだった。
グレイは魔晶台に映し出されるニュースを見た。
「……日付、変わってない」
画面の左上に表示された時刻と日付を見て、グレイは呟いた。全員が魔晶台を見、それを確認する。
「きっと俺は、俺たちが未来へ旅立った直後に転移したんだ。まあそうするのが普通だな」
クロムはパンをかじりながら言った。
「なんか、実感湧かないなぁ……」
ブルートが溜め息混じりに呟く。
「こういうもの、なのか?」
「こういうもの。未来での出来事は全て忘れてる。未来へ旅立ってから時間も経ってない。なにも起こらなかったみたいに、世界は廻り続ける」
腑に落ちていない風なヘイルだが、クロムは素っ気ない。
「これが現実、か……」
似たような台詞を、最近口にした気がする。グレイはなんとなしに、自分の注文した料理が運ばれてこないか、店内を見回した。
すると、店の出入り口の上に、民族的な仮面がかかっているのが目に止まった。その仮面が、妙に気になった。
ちょうどそこへ、店員がいくつか料理を持ってやって来た。
「お待たせしました」
運ばれてきたのは、グレイが頼んだパスタと、ヘイルの丼ごはん、ネルシスのピザだった。
「――そういえば、みんなお金持ってる?」
グレイは不安になって訊ねた。なぜだか自分の財布の中身に自信はない。焦り気味に確認してみると、案の定ほぼ一文なしだ。
仲間たちも、グレイに言われた途端、慌てて各々の財布を覗き、あからさまに『しまった』という顔をした。
こうなると、もう仮面のことなどはどうでもよくなる。
「どうしよう……」
グレイたちは困り果てた――。
〈続く……〉
はい。今回で未来の旅編は終了です。年内終了を掲げてからは、やや駆け足気味に執筆していた感があり、そうなってくると途端にノれなくなってしまったあたり、僕は〆切とかに弱い質なのかもしれません。
次回、第四章まとめを以て、第四章は閉幕いたします。




