敵
男は、グレイたちの眼前に突如として現れるや否や、両手にそれぞれ銃を出現させ、銃口を彼らに向けた。
「いきなり何を――」
ヘイルが口を開いた瞬間、男はヘイルへ飛びかかり、その喉元を掴んで床へ張り倒した。
「おい!」
グレイは咄嗟にヤーグを握り、左右の秘剣とも振るった。男はそれを銃身で受け止めるが、グレイは片方の銃を弾き飛ばした。
すぐ近くで、銃がゴトリと落ちる音がした。
「やめて!」
グレイが剣を振り上げると、聞き慣れた声が言った。男の背後から、レインが現れた。
「レイン……」
グレイの気が緩み、振り下ろされる剣の勢いが落ちた一瞬を、男は逃さなかった。男はグレイの手首を掴み、捻って剣を取り落とさせた。
すると、スノウがチェーンウィップで男の身動きを封じた。次の瞬間には、ヘイル、スリート、ネルシス、ブルートが男を取り囲み、それぞれ武器を喉元へ突きつけたり魔法を発現して男を牽制していた。
「ダメ!」
再びレインの悲鳴があがる。それは、謎の男へ向けてではなく、彼に武器や魔法を向ける4人へ向けた言葉だった。
「……大丈夫だよ。みんな本物。私には分かる」
レインは男に、宥めるように言った。しばらくして男は銃を下ろし、グレイたちも武器や魔法を収めた。
「……ちょっと、明るくしよっか」
レインは、ベッド脇のランプをつけた。明かりが照らし出したのは、灰色のローブで頭から爪先まで覆われた男の姿だった。
そのローブは、救世軍が隠密行動の際に羽織るものと似ている。
「……すまなかった。グレイ、ヘイル」
男が2人に謝る。彼は2人の名前を知っていた。
「……お前、何者だ!?」
ヘイルは警戒している様子で問いただす。一方、グレイは初めて聞く男の声音を、しかしどこか聞き覚えがあるように思った。
「まさか…………」
グレイの眼差しを受け、男はいたたまれなくなったのか、俯いてみんなを直視することを避けた。
「クロム…………?」
グレイの呟いた名前に、何人かが息を呑むのが聞こえた。当の男は、何も言わずにいるままだ。
「――そう。彼は、この時代のクロム」
沈黙を破って答えたのは、レインだった。
「私たちと一緒にいたクロムの、5年後の姿なの」
グレイたちは驚愕のあまり、しばらく言葉が出なかった。
「――レイン。今までどうしてたんだ? 連絡もつかなかったし」
やがて、グレイが訊ねた。
「うん、最初から説明するね」
レインは、ベッドの端に腰かけた。
「クロムと私は――あ、一緒に時間を越えて未来にきた方のクロムね――王国で行動してたんだけど、ある時ハオスの正規軍に追われることになって……捕まりそうになった時、クロムが私を空間魔法で逃がしてくれたの。で、離ればなれになって独りで彷徨ってるところを、この未来のクロムが匿ってくれたってわけ」
「そうだったのか……ありがとう」
グレイは未来のクロムに礼を言ったが、その口調はどこかまだよそよそしい。彼が本当に未来のクロムであると、心からは信用できなかったのだ。
未来のクロムは、グレイたちから視線を逸らし、壁にもたれかかって腕を組んだ。
「……裏事情とか込みで詳しく話すと、俺は世間から国際指名手配犯カイとして知られてる。特A級のお尋ね者ってことだな。過去の俺はそれと間違われた――まあ厳密に言えば合ってはいるがな」
「本当に、この時代のクロムは国際指名手配犯なのか……一体どうしてそんなことに?」
「まあ待て。まずは順を追って話す。過去の俺が捕まり、その時レインを空間魔法でワープさせて逃がした。その逃亡場所付近に、俺も隠れてたんだ。敵の眼から逃れるためにな。そこへレインが現れた」
未来のクロムは、レインを顎で指した。
「俺は最初、敵がレインに変身して欺こうとしてるんだと思った。そこで不意打ちで気絶させて、起きた後はしばらく尋問してた。だからみんなの通信にも出られなかった。全部わかった上で、みんなと合流した方が話が早いと思って、今に至るってところだ」
「人間に変身だなんて……変身魔法の最高難度じゃない。そんなことできるわけないわ」
「今回の敵は、それができる奴だ。だから油断ならなかったんだよ」
「嘘でしょ…………」
ブルートは信じられないと言いたげな表情をした。人間に変身できる相手ということが何を意味するのか、グレイはいまひとつピンとこなかったが、少なくともただならぬ脅威であることは理解した。
「――なんなんだよ? その敵って」
グレイは訊ねた。未来のクロムはしばらく答えなかったが、やがて意を決したように、グレイたちを見回した。
「俺の敵――そして今のお前たちの敵は【主】だ。俺は奴を殺すため、3年もの間ずっと準備してきたんだ」
「【主】って、お前が【神】の称号の返還式で襲ったっていう……一体誰なんだよ?」
「それは明かせない。明かせば奴に居所がバレるし、何よりこの時代より過去、そしてお前たちにとっての未来にあたる時代のことを明かすのは重大な禁忌だ。経緯を話すことは出来ない」
「なんだよ、それ……」
グレイは腑に落ちない様子だ。
「何者かを大まかに話すなら……戦争を終わらせた救世主、神の代行者、全知全能の仮面を持つ男――今の奴は、お前たちの時代で言う聖王より、遥かに巨大な権力を持っている」
「え、そんなに!?」
「聖王の実権は、多くの国家元首が束になっても敵わないが、ケントルムの総意には逆らえないバランスだったろ。だが【主】の権限はケントルム全員の意見に勝る。【主】の決定は絶対だ。誰も覆すことは出来ない」
「そんなの、ただの独裁だろ!」
「いいや、奴は善政を敷いてるよ。それはこれまでも、そしてこれからも、奴の子が【主】の座を受け継いでも尚、未来永劫に続くはずだ」
「なんで分かるんだよ?」
「……そういう存在だからだ」
未来のクロムは、慎重に言葉を選びながら答えているようだった。
「……じゃあ、その【主】は良い奴なんだろ? どうして敵対するんだよ」
「――世界にとって、奴は絶対的な善だ。そのために生まれたような存在だからな。だとすれば、俺は悪になる」
グレイはその時、未来のクロムの瞳に宿るものが見えた。
「俺は、たとえ悪になろうとも、奴を殺さなきゃいけないんだ」
それは、怒りだけだった。
「――もう終わりだ。本当に、これ以上話したら何か起こりかねない」
未来のクロムは、そう言って話をうっちゃった。
「今度は俺が訊く番だ。お前らの計画を教えろ」
「え?」
「過去の俺を助け出すんだろうが。協力してやる」
「手伝ってくれるのか!?」
「俺がいないと、お前ら元の時代に帰れないだろ。それに、これは俺自身の目的を果たすチャンスでもある」
「チャンス?」
「【主】は、俺の処刑に必ず立ち会う。過去の俺に注意が向く絶好のチャンスだ。お前らが過去の俺を助け次第、奴を殺す」
グレイたちは顔を見合わせた。思わぬ形で新たな仲間が――そして、第2中隊D小隊α分隊の面子が集結したようだ。
「じっくり練ろうじゃないか。『俺』の救出作戦を」
未来のクロムは、ニヤリと笑って言った。




