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行動開始

「馬鹿な…………」


 グレイは呟いていた。クロムが、国際指名手配犯カイとして逮捕されてしまった。過去から来たクロムが、未来の世界で4年近くも前から続く犯罪を犯しているわけがない。


「こ、こんなもんは何かの間違いに決まってる!」


 ヘイルは、テーブルをバンッと叩いて立ち上がった。周囲の客が、一斉に彼の方を見る。


「でもっ、たしかに間違いに決まっています……クロムさんのはずがありません。もし仮にこの時代のクロムさんがカイだったとしても、僕たちと一緒に来た『現在の』クロムさんは潔白です」


 スリートは、衆目に晒されているヘイルを座らせながら言った。


「…………!」


 スノウはうんうんと激しく頷いた。


「そっ、そうよね……あたしもそう思ったし……」


 ブルートは魔晶台から眼を背けた。


「まあいけすかねえ野郎だが、こんな大それたワルをしでかせるような奴じゃあねえな」


 ネルシスは言って、コーヒーをすすった。


「クロム、はんざいしゃなの~?」

「見ちゃあいけませ~ん」


 グロウはチルドの両眼を塞いだ。


「馬鹿たれー。なに言ってんだ馬鹿たれー。クロムがそんなことすっかよ」


 グレイはグロウの肩を小突いた。


『――なお、逮捕されたカイは、明日の正午に公開処刑されるとのことです』

「ぶほーっ!」


 魔晶台から流れる報道を聞き、ネルシスがコーヒーを吹き出した。


『刑の執行は、パラティウム・郷愁の間にて公開されるようです』

「えーっ!?」

「ねーねー、しょけいってなーに?」

「刑に処されるってことだね~」

「…………!」


 女性陣の抗議の声が続々とあがった (スノウはテーブルをぺちぺち叩くのみで、声すら出していないが) 。


「あほーっ! そんなことを許してなるものかーっ!」


 ヘイルがテーブルを殴った拍子に、みんなの飲み物が溢れて飛び散った。

 堪忍袋の緒が切れたのか、スリートもテーブルを叩いて立ち上がった。


「いちいちテーブルを叩くのをやめなさい! 皆さんの迷惑になるでしょう!」

「今お前が一番迷惑だよ」


 グレイはスリートを座らせながら言った。


「そうじゃなくて! 明日になったら殺されちゃうんだろ!? クロムを助けなきゃ!」

「たしかに」


 ネルシスが頷いた。


「それはそうですが……しかしどうやって?」


 スリートが訊ねる。


「そんなもん、力づくだろ!」


 ヘイルはまた衝動的にテーブルを叩こうとしたが、堪えて握り拳をもう片方の手で受け止めた。


「無茶言わないでよぉ。パラティウムで刑の執行ってことは、クロムは今、世界最高レベルの拘置所にいるってことじゃない。そこから今晩中に連れ出すなんて……」


 ブルートが頭を抱えて言った。


「ねーねー、クロムおにいちゃんはどこか分かったけど、レインおねえちゃんはどこなんだろ?」

「さ~ね~。もしかしたら都合のいいことに、クロムが知ってたりするかもしれないけど」


 チルドに袖をつままれ、グロウは答えた。


「何にしても、クロムは助け出す。絶対に……」

「大丈夫ですか? テーブル、お拭きいたしますね」

「あ、すみません、お願いします」


 グレイはやって来た店員にスペースを空けた。


「そしたら午後も未来に来た時、一緒にいた組み合わせで行動しよう。俺とグロウは拘置所に行く」

「拘置所? 何をしにだ?」

「クロムを連れ出せるかどうか見てみるよ。できれば面会して、レインのことも訊けるし」

「たしかに」


 ヘイルは納得したようだ。


「スノウとスリートは宿を取っといて」

「宿ですか?」

「泊まる場所なきゃ困るでしょ」

「なるほど。了解です。任せてください」


 スリートは眼鏡をクイッと上げた。


「ヘイルとブルートはレインの聞き込み頼む。未来に来てからずっと1人の可能性もあるし」

「分かったわ」


 ブルートが頷いた。


「ネルシスとチルドは、念のために郷愁の間を下見してくれ」

「たしかに」

「……え?」

「あ、しまった。まだ早かったか」

「なんだお前」

「なんでったって処刑場の下見なんか?」

「いや、万が一ってこともあるかもしれないから」

「たしかに」

「それ流行ってんの?」

「さあ?」


 グレイの問いに、ネルシスは小首を傾げた。


「よし、そうと決まれば早速行動開始だ――すみませーん、お会計お願いしまーす」


 グレイはポケットから財布を取り出しつつ、店員を呼んだ。伝票がテーブルの上に置かれ、それを見る。


「えっと……8で割って……」


 財布を開きながら、グレイは暗算する。他のみんなも割り勘代を出すため、小銭や紙幣を数える。


「あ……」

「うそ……」

「マジかよ……」

「くっ……」

「…………」

「足りるかな~?」

「ひもじ~……」


 口々に、不穏な台詞を吐いていく。


「……まさか未来でここまで長居アンド出費するとは考えてなかったからな……手持ちが……」


 グレイは苦笑しながら、精一杯のフォローを入れる。彼自身も、そこまで余裕はない。


「ここで使い果たしたら宿にも泊まれなくなるし……」


 グレイは考えた。この場を切り抜ける方法を。金欠を凌ぎ、なおかつ宿に泊まる方法を。


「――未来だし、いいよね?」


 グレイは、後ろめたさと悪巧みの混じった笑みを浮かべ、皆に言った。


「みんな、先に外に出ててくれ。俺が出てきたら、通りを右に向かって全速力で走れ」

「お、お金は……?」

「…………」


 スノウの問いに、グレイはあえて答えなかった。皆が彼の秘策を理解するには、それで充分だった。

 これしかない――自らに言い聞かせながら、彼らは席を立った。ぞろぞろと店の外へ出ていき、店員は最後尾のグレイが会計をするものと思っているのだろう、レジで彼を待っていた。

 グレイは、金銭の代わりに、もらった伝票を裏返しにして差し出した。


『ごめんなさい』


 本来真っ白なはずのそこには、そう書かれていた。店員が困惑しているのを尻目に、グレイは走り出す準備を整え、彼に言った。


「未来の俺にツケといて」


 言い終えるか終えないかの内に、グレイはドアを押し開け店の外へ飛び出した。

 歴史上、救世主が初めて無銭飲食を犯した瞬間である。

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