婚礼の儀
ヘイルとブルートは、公国の外れにある村の宿で、夕食を摂っていた。
「寝床にありつけて助かったな!」
ヘイルはオムライスにがっつきながら言った。
「ホントよ」
「まあ俺は野宿でも臨むところだがな!」
「勘弁して……」
ブルートは呆れながら、自分も魚料理を食べ始めた。
「で、今後はどうなる?」
「このまま東へ行けば、明日には公国を抜けられるはずよ。その後は2,3日もあればハオスに入れるわ」
「なるほど。で、みんなと合流か」
「ええ」
ガヤガヤした食堂の喧騒に掻き消されぬよう、2人は顔を突き合わせて話した。
「にしても、さすがは村唯一の宿だな。繁盛しているようだ」
「そうね。こういう大衆食堂みたいな雰囲気、好きじゃないけど嫌いじゃないわ」
「? つまりどっちなんだ」
「だから、どっちでもないの。好んでは行かないけど、行くことになっても別に拒否はしないって感じ」
「いや、だからどっちなんだ。物事は好きか嫌いかのどっちかだろうに」
「……だからあんたと話すのは疲れるのよ」
「ああ、俺はいつだってエネルギー全開だからな!」
「いや褒めてないし」
ブルートは面倒くさそうにスープをすすった。
「――5年後の未来、か。想像とはだいぶ違うな……」
「想像って、どんなのがよかったのよ?」
「いや、救世軍も学院もなくなり、新たな指導者が世界を牽引している。それはいいことなんだが……あまりにも、俺たちが生きた痕跡が残されてないと思ってな」
「……まあ、ね」
「ここに来るまでだって、もっとコソコソすると思ってたが。誰も俺たちを覚えてない……というか、まるで知らないみたいな反応のなさだ」
「今はありがたいけどね」
「……俺たち、無事に帰れたのだろうか…………」
「…………そういうことを調べる旅、でしょ?」
「……ああ」
「きっと平気よ……解体なんて書かれてるけど、あたしたちみんな元の世界に帰ったら、そう報じる他ないってことになったっておかしくないでしょ」
「……ああ。そうだな。この世界における救世主の存在の重要度は凄まじいからな」
前向きに。2人はそう心がけていた。ただでさえ、未来の世界で孤立しているのた。情報は足りず、状況が把握できない。この時代における自分たちの現在も知る由がない。そんな中で後ろ向きになつてしまったら、おそらく耐えられない。
未来での旅は、想像を遥かに上回るほど過酷だった。
「それに、良いニュースだって、もう掴んでるじゃない」
「ん?」
「クランケ州の裏切り。この情報を持ち帰れば、敵に先手を打てるかもしれない」
「裏切りの情報が、果たして良いのか悪いのか……」
「たしかに、裏切ってることはショックだけれど……早い内に暴いてあたしたちがなんとかすれば、この時代みたいな冷遇も防げるかもしれないじゃない」
「ああ、なるほど」
「そうよ。裏切り者さえ救ってやろうじゃない。それが救世主ってもんよ」
「かっこいいな、ブルート」
ヘイルは、先ほどまでと打って変わって晴れやかな表情をしていた。ブルートの叱咤を受け、吹っ切れたのだろう。
その後の2人は、しばらく他愛ない雑談を交わしながら食事を楽しんでいた。
「なあ、今日の朝刊を読んだか?」
「読んだ読んだ。【主】の結婚だろ?」
傍のテーブルで話す男性2人組の会話が、何気なくヘイルとブルートの耳に入ってきた。
「正確な日取りはまだ非公開だが、近々大々的に婚礼の儀を執り行うらしい」
「【主】もそうだが、花嫁の方も公用の時は仮面をつけてるから、果たしてどういう夫婦になるんだか……」
「噂によると、相当な美男美女カップルらしい」
「マジか!」
「しかも婚礼の儀の際に、【主】と花嫁の素顔が公開されるらしい。あぁ……早くお二人のご尊顔を拝みてぇ……」
ヘイルは、ちょいちょい、と手振りしてブルートを呼んだ。
「今日はどこもこの話題で持ちきりだな」
「そりゃ、今を生きる神様が結婚するってなったら、世界中大騒ぎでしょ」
ヘイルは興味津々のようだが、他方ブルートはさほど関心がないらしい。
「それにな……花嫁の方は、【救世主】に縁のあるお方らしい」
ヘイルとブルートは、バッと咄嗟に会話している2人の方を振り向いた。その面持ちは一転して、彼らの話を聞こうと必死なのが伝わるほど険しくなった。
「ちょっとお前ら!」
「ちょっとあなたたち!」
2人は同時に男たちに向かって声を張り上げた。男性2人は軽く跳び退くほどに驚いた。
「その話詳しく聞かせてくれ!」
「その話詳しく聞かせて!」
男性2人は顔を見合わせ、怪訝そうながらも応じた。
「聞いた話だよ。救世主の関係者だか親戚だか、救世主そのものだとか、どうとか……又聞きの又聞きだ、単なる噂話だよ。……あんたら、誰?」
「旅の者だ。全国津々浦々の噂話を収集している。【神】や花嫁、それか2人の関係者とコンタクトを取る方法はないか?」
ヘイルにしては珍しく機転の利いたでまかせだった。
「【主】とお会いするなんて、そんな恐れ多い真似しようってか!? あんた正気の沙汰か!? ……あんたら、よそでそんなこと言わない方がいいぞ。最近は国際指名手配犯の件もあってピリピリしてっからな。疑われるようなことはしないに越したことないぜ」
「じゃあ、花嫁の名前は分かる!?」
今度はブルートが問うた。
「えっと……愛称がたしか…………ヒュエトス様、だったか」
ヘイルとブルートは、眼を見開いて顔を見合わせた。
「――誰?」
それは、今まで聞いたことのない名前であった。




