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裏切りの過去/未来

 どうも、abyss 零です。割りと早めに書けました。

 本編どうぞ。

 グレイとグロウは、仲間たちと合流すべく、ボスケの森近辺の人里離れた田舎を抜け、町へ辿り着いた。

 ――だが2人は、それを心から安堵する気には到底なれなかった。


「これは……」


 町の大通りにあたるはずであろう広い道には、一つとして往来を歩く市民の姿がない。あるのは、ガラス片や燃えカス、日用品の残骸のみ。

 さながらゴーストタウンだ。


「不穏だねぇ……」


 グロウが呟いた。グレイは全くもって同感だった。真昼の時間帯にも関わらず、これほどまでに人の気配を感じないものか。まるで、町民が隠れているようだ。


「どうなってるんだ、ここは……」


 グレイは周囲を見回しながら進んだ。本当に誰もいないのか? いや、いる……この違和感は確信だ。この町は、なにか変だ。

 視線だ。戦いや訓練を経て培われた鋭敏な感覚が、自分たちへ異様なまでに集中している無数の視線を察知していた。

 決定的なのは――


「誰かコソコソ内緒話してるねぇ」


 そこかしこの物陰から、何者かの会話が、息遣いが聞こえてくるのだ。

 やはり、なにかおかしい……グレイの中で、この町の怪しさが加速していった。


「……なんなんですか、アンタたち」


 グレイは、周囲に潜む者たちへ話しかけた。辺りは異様な静寂に包まれたが、やがて1人の衰弱した老人が、意を決したように物陰から現れた。

 息を飲む音と、彼を制止する声とが、一挙にヒソヒソと聞こえた。


「お前たちこそ、なんだ」


 構わず、老人はグレイに尋ねた。


「まだ懲りないのか。暇な奴め」

「は?」

「我々は屈しないぞ。我々は何も悪いことはしていない。不当な迫害にも抗い抜いてやる。そしていつの日か、お前たちと手を取り合ってみせるのだ」

「なにを言っているんですか、アンタ」


 グレイはグロウと顔を見合わせた。グロウは『なんのこっちゃわかりません』と身振りで言った。

 グレイは一瞬考え、それから1歩、老人の方へ近寄った。


「なんのことを言ってるのかは分からないですけど、きっと勘違いをされてると思います。俺たちはハオスに行くため、ここを通り抜けたいだけです。……あと、片田舎から来た旅の者なので、できれば国を賑わせている話の1つでもお聞かせ願えればと」

「旅の者……田舎から?」


 老人が繰り返した。グレイは、このでっち上げ話が有効であると確信した。


「ええ。片田舎というか、人里離れた場所でして、世間のことなど全く伝わってこない僻地へきちの生まれなんです。それ故、世間知らずな言動でなにか失礼にあたってしまったのなら、すみません」 


 グレイは、一気に畳み掛けた。老人はグレイの言葉の端々を呟き、2人をジロジロと見定めた。


「僻地、ねぇ……」

「はい」

「……ひょっとして、かけ落ちかい?」

「はい。…………はい?」

「分かる……わたしには分かるよ……」


 グレイは微妙な顔をしてグロウを振り返った。彼女はというと、老人の見当違いな誤解などどこ吹く風と言わんばかりだ――というか話を聞いていない。


「歳の差というのは、なかなかに難しい問題だよ」

「は、はあ……」

「わたしも同じさ……歳の差のある恋人と結ばれるため、故郷を飛び出した」

「そうなんですね」

「当時は今以上に周囲の反発が強くてね。ある晩、2人で逃げるように家を出、そして行き着いた先で結婚したのだ」

「なるほど」

「生まれがなんだ。世代がなんだ。歳の差がなんだ。そんなものは晩飯と一緒に鍋で煮てやればいい」

「おお」

「わたしたちの愛を止められる者はいなかった。今だってそうさ。そしてそれは君たちも同じはずだ」

「たしかに」

「最初は人目を忍んでの毎日だった。デート、食事、遊園地、ショッピング、ホテル、せ――」

「ストップ」

「――だが、抑圧と制限のある日々が、わたしたちの想いを加速させていった。我慢ができなくなったのだ。2人とも。それが実行に移されるのは時間の問題だった」

「もういいです」

「逃亡から始まったわたしたちの新婚生活は、しかしどうだ。今や安息の地を手に入れ、互いを全力で愛し合うことができる」

「分かったから」


 グレイがあからさまに嫌そうな態度をとると、老人はようやく黙った。


「それで……一体この町で何があったんです? やけに殺伐としてるし、俺たちを警戒したり……」

「なに、この町に限ったことではない。クランケ州の町村は、どこもこんな感じだ」

「なぜなんです?」

「本当に田舎から出てきたんだね。……いいだろう。色々と教えてあげよう」

「ありがとうございます」


 なにはともあれ、未来の情報を得られそうだ――グレイは安堵のため息をつきたいところを、グッと堪えた。


「かつて、世界に暗黒の時代をもたらした『の大戦』は知っているだろう? 」

「……ええ、知ってます。救世軍と、クラウズやクラウドとの戦争ですね」

「そう――5年ほど前。戦争の真っ只中、クラウズとクラウドの侵攻が、世界に暗黒の時代をもたらしていた頃だ。我らがクランケ州は、長年のキュアドリンクの生産で国際的な経済力と信頼を勝ち得ていた。だが、それは1つの過ちで瞬時に脆くも崩れ去った。跡形もなく、な」

「過ち?」

「裏切りだよ。クランケ州はクラウドの侵略に遭い、救世軍やケントルムが気づかぬ内に支配されてしまっていた」

「なっ……!?」

「キュアドリンクの生産・販売・流通、全てを掌握された。当時は、世界的にキュアドリンクが枯渇し、救世軍の活動にも支障が出た。一連の暗躍が明るみとなり、合州国政府はこの件を一切認知していなかったとし、クランケ州は国際社会から排他された。国は守られたが、多くの人々が、今も迫害の憂き目に遭っている」

「そんな……侵略を受けていたんでしょう? なら、なにもそこまで差別的に扱わなくても――」

「ただ侵略されていただけではないのだよ」

「え?」

「この事件の裏には、クランケ州出身の世界連合政府関係者による、パラティウム内部からの工作があったのだ」

「なんだって!?」


 グレイの驚愕ぶりに、老人や周囲の町民も当惑した。


「いや、あの……すみません、続けてください」


 グレイは慌てて取り繕った。彼らからすれば、自分は世間知らずの田舎者。思わず救世主として反応を見せてしまったが、今の状況でそれをするわけにはいかない。


「――彼は、救世軍の情報を売り渡し、敵の計画を手助けした。それだけじゃない。ケントルムや救世軍にまつわるクランケ州出身者が、何人も裏切り者として各地に潜伏していた」

「まさか…………」

「不正や悪事が次々に明るみとなり、クランケ州は荒廃していった」


 5年後の未来には、驚愕の真実の数々があるようだった。

 またしても、例の手法を採らせていただきました、1話ごとに各パーティの視点が切り替わるやつです。

 こういう、新しいロケーション・シチュエーションにおける情報、僕は小出しというより結構一気にどばーっと明かしがちです。

 せっかちなんですねきっと。

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