新たなる希望
どうも、abyss 零です。新章どうぞ。
グレイたちが異世界へ召喚されてから、実に3ヶ月もの時間が流れていた。救世主として幾度もの戦いを潜り抜け、彼らは今や立派な戦士として成長を遂げている。
――が。
「俺たち、今までずっと後手に回るしかなかったよな」
授業の合間の休憩時間、グレイは同じ隊の9人を呼んで、そう切り出した。
「しかも、当分はこっちから敵へ仕掛ける予定はないときた」
あの【首都防衛戦】から1ヶ月が経った。街の復興には、まだまだ時間がかかりそうだ。倒壊した家屋の瓦礫の撤去はまだ完了の目処がなく、市民の元の生活は取り戻されていない。
人民の不安や不満の緩和が、目下の救世主の役目として、当面の作戦行動は低減されるとの通達があったのだ。
「なんとか、次の一手に出たい……みんなもそう思わないか?」
グレイはみんなに訊ねた。
「けど、俺が上に報告した時は、そんな場合じゃないって感じだったぜ」
クロムは肩をすくめて言った。
「うん……いくら救世主でも組織だから、私たちが独断で何かするっていうのも厳しいだろうし……」
レインも、物憂げにクロムに同意する。
「う……まあ、そうかもしれないけど……」
グレイは言い返せない様子だ。
「ていうか、そもそも救世軍はケントルムの傘下から独立したはずだろ! なぜまた組織の縦割りに縛られなきゃならないんだ!」
「独立しても、あくまで組織は組織です。上から命令を下されるというところが、ケントルムや正規軍との対等な話し合いを踏まえることになったというだけで、完全に独断専行できるわけではないんです」
「じゃあやっぱり俺たちが自分で正しいことをできる環境じゃないじゃないか!」
「何にしたってそうでしょう。完全に独断専行できるわけじゃありません。自分たちの意向1つで動けるわけじゃない。そんなことしたら、僕たちが国に反旗を翻すこともできてしまいますからね」
「そんなことしないだろ! 救世主なんだから」
「仮の話ですよ」
ヘイルとスリートの言い合いも一段落したところで、スノウは沈黙を破って呟いた。
「でも……何かしたい…………」
それは全員と同じ気持ちだった。
「――はあ。俺たちが、何から何まで全部仕組まれたことだって気づいてたらなぁ。擬似ポルタ装置の件も、出来すぎだって」
グレイは机に突っ伏した。
「でも、たしかに……時間を巻き戻せれば、ね」
「無理。もう今の俺の魔力じゃ、そんな前には戻れない。昨日に戻れるかだって怪しいし」
ブルートとクロムの会話を、グレイは何となく聞いていた。
時間――グレイはバッと顔を上げた。
「じゃあ未来に行けばいいんじゃないか?」
全員が、グレイを見た。
「だって、そうだろ。未来に行って、どうやって俺たちが勝つのかを見てくればいい。そうすれば、今から行動を起こせる」
「待て待て。言っちゃなんだが、俺たちが勝ってるって保障はどこにもないぞ」
ネルシスが、興奮するグレイを制止する。
「いや、最悪それでもいい。負けてるなら負けてるで、なんで負けたのかを調べるんだ。同じ轍は踏まずに済む」
「たしかに」
ネルシスは掌を返して納得した。
「未来か~……ウチ、もうおばさんとかヤーよ~……」
グロウが珍しく落ち込んでいた。
「待て、おい。俺を置いて勝手に話進めんな」
クロムが少し声を荒げた。
「さっきも言ったけど、俺の力じゃどこまで先へ跳べるか分からないんだ。ていうか、未来へ行って何か見聞きしても、帰ったら忘れるんだぞ。何にもならない旅だ」
「行ってみなきゃ分からないだろ。救世主なら忘れないかもしれない」
「アホか。タイムパラドックスがどうのこうのとか、時空連続体があーだこーだで、未来での記憶は世界と歴史に修正されることになってるんだ」
「いや全然わかんねえよ」
「俺も」
「何しれっとしてんだ」
クロムの説明に、グレイは頭がごっちゃになった。
「――でも、見に行きたくない?」
言ったレインは、満面の笑みを浮かべていた。
「……ああ、そうだな」
「おい、だから――」
「ぶっちゃけ、勝ち負けとか忘れるとか、どうでもいい」
「はあ!?」
「未来、普通に行ってみたくないか?」
苛立ち気味のクロムに、グレイはレインとそっくりな笑顔で訊ねた。
「うんうんっ。もう救世主とか使命とか、それ以前に単純な好奇心で未来に行きたい」
「好奇心って……」
「なんなら怖いもの見たさ」
「えぇ……」
レインのあっけらかんとした物言いに、クロムは苦い顔をした。
「ね、行こうよ未来。総代からの命令です」
「いや総代っぽいこと1つも言ってないけどな」
クロムは唸りながら熟考した。もうすぐ次の授業が始まる。それまでに結論を出さねばという妙な真面目さが、クロムを急いていた。
「――行くか、未来」
クロムは決断した。
「え、マジで!? やったーっ!」
グレイは子どものようにはしゃいだ。
「えっ、未来に行くの!? わーい、チルドたのしみーっ!」
「はっ、アホらし。お子ちゃまはす~ぐこれやから、ほんまに……」
チルドはボスタフの嫌味など全く気にせず歓喜して、まだ落ち込んでいるグロウの腕を揺すった。熱気だけ見ればグレイと同じくらいである。
「騒ぐな。聞かれたら他の奴らも賛同しかねない。俺たち10人だけで行く。これ以上大勢で行ったら、1分後の未来にしか跳べないとかなりかねない」
クロムが人差し指を口元で立てる素振りをすると、チルドはこくこくと頷きながらそれを真似た。
「よし、じゃあ行こう」
グレイは席を立った。それと共に、クロム以外の面々もガタタと椅子を引いていく。
「え」
虚を突かれ、クロムは変な声を出してしまった。
「行くんだろ? 未来」
「グレイ……お前、一体いつからと思って――」
「今から!」
グレイはクロムの手首を掴み、教室の外へ駆け出した。ヘイルやチルドらも、嬉々として彼に続く。
そこへちょうど次の授業の開始を告げる鐘が鳴り、同時に担当の講師が教室へ入ってきた。
「ええ!? ちょ、何事……え、授業、始まる……」
講師は禿げた頭をポリポリ掻きながら、当惑したように呟く。
「あ、先生」
レインは慌てて教室へ舞い戻り、教卓へ近寄った。
「すみません、10名ほど遅刻して来ます。すぐ戻ります――多分っ!」
「え、ちこ……ちょ、え、何が――」
レインは微笑んでペコッと頭を下げ、ピューッとグレイたちの後を追いかけていった。
「えぇ…………」
残された講師と他の救世主たちは、唖然として彼らの去った方を見つめていた。
「先生ー、あいつら噴水広場でサボってまーす」
1人の救世主が、窓からグレイたちを見かけて告げ口した。
「いいか。時間転移には元の時間に帰る分の魔力も残しておかないといけない。つまり、どれくらいの未来へ行けるかは、俺の総魔力の半分に比例するわけだ。これでどこまで進めるかは分からない」
「しょぼ」
ネルシスが鼻で笑った。
「俺はこの時間転移で、空間魔法の奥義を永久に失うんだ。つまり未来へ行けるのは1回きり。俺だってリスク背負ってるんだ。恨むなよ」
クロムはネルシスを一瞥した。
「前置きはいいから、早く行こうぜ! 未来へ出発だ!」
「黙れヘイル。1つだけ、みんなには守ってほしいルールがある。これ破ったら死ぬからな」
クロムのハッタリを真に受けたのか、ヘイルは瞬時に大人しくなった。
「絶対に未来の自分とは会うな。同一人物が接触することは『ありえない』、時間転移の最大のタブーだ。なにが起こるか分からない。死ぬっていうのも、あながち間違いじゃないかもしれないからな」
「わかったよ」
グレイは頷いた。
「よし――始めるぜ」
クロムは、自分と他の10人が未来へ跳ぶ様を想像した。先へ、更に先へ……強く念じていると、彼らの足下に、円形の時空の穴が開かれた。
そして当然、そこに立っていた11人は、穴の中へと落ちていく。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「う、うおぉ!?」
「ヒッ…………ッッッッッッ!」
「おわぁ!」
「きゃあああああああああああああああああああああ!」
「わーーーーーーーーーーーーーっ!」
「なんでやねんーーーーーーーー!」
「むぎゅ~~~~~……」
グレイは、各々の悲鳴が聞こえる中、姿の見えないレインを探して辺りを見回していた。
「くそっ……はぐれるな! 未来で離ればなれになったらまずい!」
クロムの警告もあり、グレイは慌てて腰を捻り、身体を回転させてレインを探す。他の8人は、距離はどうあれ目視で確認できるが……。
ようやくグレイは、一団から独り離れたところで落下しているレインを見つけた。
「グレイ!」
レインもそれに気づき、宙を泳ぐような動作をするが、全く近づけていない。
「レイーーーーーーーーン!」
グレイは手を伸べたが、それがレインに届くことはなかった。
そして10人は、成す術なく時間の渦へと飲み込まれてしまった。
ということで、今回は未来での旅。1話ごとの文量をスリムにして、更新ペースを改善しておりますゆえ、皆さんに物語をよりスムーズにお届けできるかと思います。
ではまた。




