奥義、炸裂
どうも、abyss 零です。本編どうぞ。
~1~
クロムは気の遠くなるほど長い階段を、最上層へと駆け上がっていた。ヘイルとスリート、2人が開いた活路を。一点の曇りなく。
そうして辿り着いた、とある階層の広間にて。次なる階層へ続く階段の前で、さながら待ち構えていたかのように立ち塞がる男と、クロムは対峙した。
「――聖王の安否を確かめに来たか」
男は――クラウドは静かに言った。クロムは答える代わりに双銃モノを出現させ、その銃口を男へ向けた。
「愚かな。まだ分からないのか。この戦いの始終は、全て俺たちの掌の上で操られているということが」
「なんだと?」
そのクラウドの言葉に、クロムは眉をしかめた。
「正確にはクラウン様の描いたシナリオに沿って、と言ったところか。事は寸分違わず、クラウン様の思惑通りに運ばれている。お前たちに勝機はない」
「どういうことだ」
焦りを隠せない様子のクロムに、対するクラウドは得意そうに笑っていた。
「ポルタを発生させる装置のダミーを各地に点在させ、やがて装置の本物を掴ませる。ポルタを介して俺たちの世界へやってきた救世主を隔絶し、戦力を分断する。その隙に首都へ侵攻し、聖王と接触する――全て計画通りだ」
「……やっぱり罠だったのか、全部」
「そう、全てがクラウン様の手の内にある」
「クラウンは聖王様をどうする気だ?」
「それは誰も知り得ない。俺はおろか、あのメシアでさえも、クラウン様の真意に触れることは許されない。今も、この扉の向こうで、クラウン様が聖王と会っている最中だ」
クラウドは自分の後ろの一室を指した。クロムは訊き出せるだけの情報は得たと判断すると、モノの撃鉄を起こした。
「残念だが、その計画とやらはここで頓挫だ。お前を倒して聖王様を救い、ついでにクラウンも倒してやる」
「ほう、俺に勝つ気でいるのか。滑稽だ……」
クラウドは鼻先で笑った。
「教えてやろう。俺はザイダン。最初にエージェント級となったクラウド――そしてお前を殺す男の名前だ」
ザイダンはヌンチャクを出現させた。しばらくの沈黙の間、クロムとザイダンは緊迫した空気の漂う中で対峙した。
先に動いたのはザイダンだった。挑発するようにヌンチャクを振り回しながら、クロムとの距離を詰めていく。
クロムは数発発砲しながら接近した。ザイダンは放たれた銃弾を全てヌンチャクで叩き落とし、クロムの鳩尾に軽快な動きながらも重い一撃を喰らわせた。
「がっ……!」
的確に急所を捉えた一撃。そのあまりの激痛に呼吸もままならず、クロムは膝をついてしまった。胸骨が折れ、肺に突き刺さっているのだ。
「くくく……これが俺の真骨頂。その名も『カウンタークラッシュ』! 敵の打つ手を洞察し、それに応じて生じた隙を突き、確実な一撃を与えていく。堅実な戦法は敵を焦らせ、消耗し、やがては勝利をもたらす。完璧な戦術というわけだ」
ヌンチャクを手足のように操りながら、ザイダンは得意になって宣う。クロムは胸を押さえながら立ち上がり、そんな彼を鼻先で嘲笑った。
「後手に回り続けるのが戦略? ……冗談言うなよ。俺たちはいつだって最前線だっ……いつだって、真っ向から勝負してんだ。命を懸けた戦いに、完璧なんてあってたまるかっ!」
クロムはモノを変型させた。ゼエゼエと荒い息ながらも、その眼は決して曇ってはいない。
「【剣式】――見せてやるよ、俺の剣を」
クロムが意識を集中させると、銃剣の刀身を魔力の塊が覆い、もう1つの長大な刃となった。靄のようだった魔力は定着し、質量と硬度を持った、実体ある本物の剣となったのだ。
「フッ……ハッタリは効く相手にだけするもんだぜ」
ザイダンは勝利を確信したように、余裕ぶってクロムの出方を窺った。クロムは構わず走り出す。間合いではクロムの方が有利だ。この勢いと速度を保てば勝機はある。
だが、ザイダンはクロムの間合いに入った瞬間、自身も駆け出した。互いが互いの間合いに入ったのだ。しかも、武器の小回りはザイダンのヌンチャクの方が利く。ザイダンが回転しながら放った一撃は、クロムの頭部をモロに捉えた。
ゴッと鈍い音が鳴る。頭蓋が損傷したのに間違いはないだろう。しかし、クロムは動じない。その動きに全くブレを見せず、そのまま本来通りの攻撃を繰り出した。
「【イベントホライズン】!」
クロムはモノ本体の刃と魔力の刃、双方でザイダンを連続で斬りつけた。さながら乱舞するかのような怒涛の攻撃に、ザイダンは手も足も出せず、ヌンチャクも取り落としてしまった。
ザイダンは片手を空中にかざした。すると、そこからポルタが出現した。ザイダンはたまらずそこへ飛び込むと、やや離れた位置に開かれたポルタから再び現れた。息もつかせぬ苛烈な剣捌きに耐えかねたようである。
「そうか。ポルタを出現させる……それがお前のもう1つの能力か」
クロムは呟きながら、血まみれのザイダンへ剣先を向けた。そこに容赦は一切なかった。
「これで終わりだ」
クロムは高々と銃剣を掲げ、そして振り下ろした。魔力の刃はモノ本体から分離し、柱のように縦一直線となって放たれた。疲弊したザイダンはこれを避けられず、強大な魔力に呑まれた。魔力の刃が消滅すると、ザイダンは全身に裂傷を負って倒れていた。
クロムはザイダンを捨て置き、聖王の安否を確認しようと、奥の部屋へ向かった。すると、部屋の扉が内側から開かれた。そこには、見覚えのない老人が立っていた。
老人は、目の前の2人の男を交互に見た。1人は銃剣を担ぎ、もう1人はボロボロの姿で倒れている。
「クラウン、様…………」
ザイダンは血まみれになりながらも、ゆっくり転がって主人へと手を伸ばした。それが忠心ゆえか、それとも救いを求めてのことかは、クロムは知る由もない。それよりも……。
「お前が、クラウン……!」
今クロムにとって重要なのは、人類とクラウズの戦いの元凶の登場だった。やや腰を曲げ、頭髪は1本もないが、髭は多少たくわえている。よくよく見ると、彼の頭部には重度の火傷の痕があり、これが毛髪の再生を封じていると分かった。
クラウンは一瞬クロムを一瞥するが、すぐ興味なさげにザイダンへと視線を落とした。
「門を開けよ。メシアを回収し、引き上げる。どうやら、奴らは失敗したようだ」
「はっ……仰せの、ままに…………」
ザイダンは、ズタボロの片手を上げた。すると掌の向いた方に、ポルタが開かれる。恐らくは最期の力を絞り出しているのだ。
それに構う素振りさえ見せず、クラウンは1つの命と引き換えの門を潜ろうと歩き出した。
「待て!」
クロムは追いかけたが、彼が通る隙を与えず、ポルタは閉じてしまった。
~2~
クラウンはポルタから現れた。眼前には、2人の少年が倒れている。1人はメシア、もう1人は救世主だ。
「……メシア」
クラウンは屈んで、メシアの肩を揺すった。
「ぐ……ぉ…………」
微かな呻き声。肉体が粒子化していないことから分かってはいたが、辛うじて生きているらしい。
「――この役立たずめが。帰るぞ。貴様の無力がため、戦いは終わらぬ」
クラウンは、瀕死のメシアの頭を掴み、開かれっぱなしのポルタへ引きずっていった。
「誰、だ…………?」
背後から声がし、クラウンは振り返る。先ほどまで意識のなかった救世主の少年が、目覚めてこちらを睨んでいた。
「アンタっ、メシアの仲間か……?」
グレイは、疲労で動かない四肢を痙攣させ、なんとか立ち上がろうとしていた。その様を、クラウンは黙って見ていた。今の彼が自分たちの行く手を阻むことはできないと、分かっていたのだ。
「――なぜ、子どもが戦う」
クラウンは沈黙の後に呟いた。
「大人でなく、兵士でもなく、なぜ無垢な子どもが死に直面しているのだ」
グレイは、そう問うクラウンから眼を逸らした。恐くなったのだ。どうして――。この凄惨な戦いを起こした張本人が、どうして……。
そんな悲しい眼をしている?
「……アンタは、どうなんだ…………」
グレイは堪らず訊き返した。怒りが――これまでの戦いで失われた命を思い、憎しみが込み上げてきたのだ。
「どうして罪のない人々を殺す? あんな化け物を寄越して、あんな大それた仕掛けまで作って、おまけに化け物に人間の皮を被らせる――アンタには人としての心がないのかよ!」
クラウンは言い返すでもなく、踵を返してポルタへ向かった。
「おい、待て!」
グレイの叫びも虚しく、気絶したまま引きずられるメシアの爪先を飲み込むと、ポルタは独りでに閉じてしまった。
~3~
グレイは、ポルタが閉じてしまった後も、自力で立ち上がろうと必死だった。が、身体に力が入らない。周囲には誰もいない。噴水広場にいるであろうネルシスを呼ぼうにも、声さえまともに張れない。
身動きは取れない。助けも呼べない。果たしてどうしたものか……。
「おーい、ぼうず!」
すると、遠くから男性が駆け寄ってきた。見ると、彼はネルシスを引き連れていた。
「ぼうず! 仲間を連れてきたぜ!」
ネルシスは男性に肩をぶつけながらグレイの傍へ寄った。片膝をついて、グレイの身を案じているようだった。
「グレイ……よくもまあそんなズタボロにされたもんだ」
「この期に及んで出てくるのが、そんな憎まれ口かよ……」
2人はふっと微笑んだ。ネルシスは懐からキュアドリンクを取り出し、グレイの全身に雑に振りかけた。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
前振りなく我が身を襲った激痛に、グレイは悶えた。対してネルシスは、自分を呼んできた男性を振り返り、睨みつけていた。
「あんた――オクルス、とか言ったか――報道陣ってのは、目の前で人がこんなボコボコにやられてるのを黙って眺めて、それをカメラに納めるようなクズの集まりなのかよ。知らなかったぜ」
「う…………」
いたたまれなくなったのか、オクルスはみるみる顔色を悪くした。
「よせ、ネルシス…………」
グレイは怪我の急速な治癒による痛みに耐えながら言った。
「彼は広報科の救世主……戦闘能力を持ってないんだろう。彼が出張っても、きっと状況は良くはなってなかった。俺の戦いの行く末を見届けて、助けを呼んできてくれた――それだけで充分だ」
グレイは顔をしかめながら上体を起こした。
「それより……メシアを仕留め損なった」
「なに!? あいつと戦ってたのか!?」
ネルシスはかつて、メシアと戦ったことがある。彼の強さは、ネルシスも知るところだった。
「クラウンに連れ帰らされるのを止められなかった」
「クラウン……奴も来ていたのか…………」
「ああ。あそこで倒せていれば…………」
2人は苦い顔をした。
「でも……あのクラウド、かなりの大怪我を負っていた。ぼうずの攻撃が致命傷となって、長くはないんじゃないのか?」
オクルスが恐る恐るといった調子で言った。彼なりに励ますつもりなのだろう。
「いや。たしかに強力な攻撃を与えたけど、身体が粒子化してなかった。あれで死ぬような奴じゃないと思う……」
言いながら、グレイは疑問を抱いていた。――メシアとの戦いの最後、どんな攻撃を繰り出したっけ?
『こちらウィルだ。総員、各自の状況を報告せよ』
疑問を掻き消すかのように、本部から通信が入った。
「こちらグレイ。ネルシスといます。どちらも無事です」
『こちらレイン。スノウと一緒です。こちらも大丈夫です』
『クロムだ。生きてる』
レイン、クロムの声を聞き、グレイは安堵の溜め息をついた。
『こちらスリートです。僕とヘイルさん、共に命に別状はありません。増援なども不要です』
『こちらグロウ~……チルドも一緒~。問題なーし』
『ブルート、戦闘に巻き込まれた子どもの避難が完了したわ。誰かと合流したいんだけど、人手がいるところは言って』
続々と仲間たちの安否が確認され、グレイは胸を撫で下ろした。
『みんなよく聞け。ポルタが閉じ始めた』
「え!? ポルタが!?」
グレイは懸念を抱いた。クラウンがポルタの向こうへ姿を消した直後、街の四方に開かれたポルタも閉じている。
『それに乗じて、クラウズ・クラウドらが一斉に【向こうの世界】へ引き返している。この機を逃すわけにはいかない。それぞれ近くのポルタへ向かい、1体でも多く敵を倒すんだ』
グレイは、ネルシスが介助しようと歩み寄るのを、1人で平気だと制しながら立ち上がった。
『諸君の居場所は、マントから得られる生体情報で確認している。グレイ、クロム、ヘイル、スリート、ネルシスは北へ。レインとスノウは東、グロウとチルドは西、ブルートは南のポルタへ向かえ。他の救世主も、動ける者は任務にあたっている。合流し、化け物共を掃討せよ』
「隊長。レインとスノウはマシンがありません。誰かと合流させられませんか?」
グレイは訊ねた。
『ならば、グレイとクロムは2人を迎えに行き、そのまま東のポルタで作戦に参加しろ』
「了解」
グレイはしっかりした足取りで学院の正門へ歩いた。傷は完治している。
『グレイ。ありがと』
「これくらい。すぐ行くよ」
バイクを停めた地点に着くまでの間、レインとの短いやり取りが交わされた。
「あなたは負傷者の救助にあたってください。この街には今、1人でも多くの支援が必要です」
グレイはバイクに股がりながら、見送りについてきたオクルスに言う。ネルシスは、頷いた彼を一瞥すると、そのままオープンカーに乗った。
街の入り口に開いた異形の門へ駆ける2人の背中を、オクルスは見届けた。カメラのレンズを通さず、己の眼で。
~4~
グレイはオフロードバイクを駆って東へ向かっていた。途中、ネルシスと別の道を行き、各々の任地へと急ぐ。
「グレイ!」
遠くからエンジン音と共に、クロムの呼び声が聞こえてきた。2人のマシンは並び、等速で走りながら持ち主を運ぶ。
「クロム! 聖王様は?」
「なにか茫然としていたが、無事だ。――クラウンに接触されたらしい」
「なっ!? あいつがパラティウムに!?」
「ああ。すまない、倒す間もなく逃げられた」
「……俺も止められなかった」
「奴に会ったのか!?」
「メシアと戦って、相討ちになったところをクラウンが連れ帰った……」
「そうか、メシアが学院に……」
「――この話は後だ。今はレインとスノウを拾って、ポルタに向かおう。過ぎたことを言ったって、何にもならない」
「正解だな」
2人は自信があった。彼らには、まだ皆に見せていないものがあったからである。それは、現時点で彼らが修得している中でも、最強の奥義だ。
そのことを考えながらバイクを走らせていると、道の端を歩く人影が2つ見えた。そのマントから救世主と、そしてその色からそれがレインとスノウであることが、グレイとクロムは瞬時に分かった。
マシンの走行する音を聞いたのか、間もなく2人は振り返った。
「あっ、来た。おーい! グレーイ! クロムー!」
レインは嬉しそうに手を振った。一方のスノウは特に反応していないように見られたが、近づくにつれ僅かに微笑んでいるのが分かった。
レインはグレイの後ろに乗り、その両肩に掴まった。上体は意識的に離されてはいるが、それが逆に互いの距離の近さを強調しているようで、2人は顔をにわかに赤らめた。
クロムは、スノウが遠慮がちに自分の背に座るのを感じながら、その様を見守っていた。
間もなく2台のバイクは発進し、街の東端へ向かった。破壊された家屋の瓦礫が道々に散乱し、走行は決して快適とは言えない。
特に舗装された道に適するクロムのオンロードバイクは転倒の危険が伴うため、クロムは瓦礫を避けながら運転しなければならなかった。スノウは弱々しく肩にしがみついているが、クロムは今にも彼女が振り落とされはしないかと不安だった。
一方、グレイのオフロードバイクはダートコースにおいても走行が安定するため、グレイは瓦礫を轢きながら駆っていた。ガタガタと車体が揺れ、グレイとレインの身体は何度となく服越しに接触した。
背中に当たる柔らかい2つの丸みに、グレイが気づかないわけはなかった。
「グレイ……」
「はい」
「あんまり、乱暴に走らないで……その…………」
「はい」
「うん……ごめんね……」
「いや……俺こそごめん…………」
微かな会話は、風を切る音に掻き消されることはなかった。グレイは瓦礫の少ないルートを選んで走り、レインはグレイとの間に更に不自然な隙間を空けるようになった。
やがて、赤い門が見えてきた。巨大な門へ、異形の怪物たちが退去していく。グレイとクロムは路肩にバイクを停め、それぞれ双剣ヤーグと双銃モノを出現させた。
「お前の出る幕はない」
グレイがヤーグの刃同士を擦っている間に、クロムはモノを【転式】へ変型させ、銃口をポルタの方へ向けた。
実弾、魔力、クロム自身の魂の欠片――それら全てが集約され、凄まじいエネルギーが充填されていく。
「【ホーリーフレア】!」
銃声と同時。ポルタが閉じかけている街外れで、とてつもない爆発が起こった。それが1発の弾丸の威力であろうとは、目撃していたグレイら3人以外では気づくべくもないだろう。
撤退するクラウズ群の最後尾のタンクを起点に、爆風はポルタ内部へまでも拡がった。この衝撃から逃れられたクラウズは、おそらくいないだろう。そう思わせるには充分な一撃だ。
「言ったろ? 俺1人で充分だ」
クロムは得意げに振り返った。
「……たしかにな」
グレイはニヤリと笑うと、コルムバを介して本部へ通信を入れた。
「隊長。こちらグレイ。クロムが東のポルタの敵を殲滅しました。他に殲滅の完了していないポルタは残っていますか?」
『こちらウィル。そうか……みんな、どうだ?』
ウィルがみんなへ呼びかける。
『こちらグロウ~。西はへーきー。どっかよそへ行って~』
『こちらスリート。北のポルタですが、手負いが多く殲滅は困難かと思われます。ネルシスさんも体力の消耗が激しいようで、魔法を撃つのも精一杯です』
『こちらブルート。南ウチ独りなんですけど!? 誰か寄越しなさいよ!』
グレイとレインは、通信を聴きながら顔を見合わせた。
『では、残った戦力を全て南へ投入しよう。ブルート、わがままを言ってないで他の隊の救世主と連携しろ。グレイ、レイン、クロム、スノウ。諸君は街の南へ急行し――』
「その必要はありません」
グレイは、ウィルの指示を遮った。
「南は俺1人で充分です。現在地から敵を殲滅します」
「なら、私は北を。契約した全ての精霊を召喚すれば……」
グレイと、レインも自信に満ちた声音で言った。
『……いいだろう。南北は2人に任せる。残る戦力は西へ集中させる。敵を1匹残らず倒し切れ』
「了解」
グレイとレインはそれぞれ南北のポルタの方を向いた。グレイはブレイズで飛翔し、レインは召喚魔法の詠唱を始める。青い粒子が彼女を覆った。
瞬間。彼女がつがえた矢の先に、その粒子が集中した。
「えっ!? これは……」
今までより格段に早い召喚の成立に、戸惑うレイン。だがこれ以上の好機はない。瞬時に思考を切り替え、レインは召喚魔法を発動した。
――その時、レインが口にした名は、彼女の意図とはかけ離れたものだった。
「【バハムート】!」
大地が揺れた。震源は、街より遥か遠くの、人里離れた平野であったが、それでも尋常ではない揺れであった。
まるで、世界を持ち上げるかのような。そんな、生き物の息吹が。脈動が。咆哮が轟くようだ。
そうして現れたのは、鯨であった。背には牡牛を、紅く煌めく宝石を、そして天使と見紛う大樹が乗せられている。
その鯨の全貌が明るみとなるのに、さほど時間はかからなかったが。あまりに壮大な精霊の出現に、見たもの全ては停止した。
永遠と錯覚する体感時間の果て、バハムートは息を吸い込んだ。ポルタへ逃げ込むクラウズも、向こうの世界へ入ったクラウズも、全てが地平線と等しく広大な巨魚の口の中へ、成す術なく誘われた。
不思議なことにその際、人々や草木、街の家屋、虫や他の動物たちが吸い込まれることはなかった。この星の空気を全て喰らうつもりか――誰しもが思ったが、息苦しさや不安感はなかった。
標的を全て吸い込むと、バハムートはゆったりと天を仰いだ。そして吸い込んだ息を、ありったけ吐き出した。
世界に響き渡る咆哮。それと共に世界が目にしたのは、雲間を裂いた輝く柱である。敵の血肉、魂、受けた怨嗟、飲み込んだ大気。それらをエネルギーとして放った、いわば破壊光線だ。だが、今回はそれを何に当てる必要もなかった。ただ、吸い込み、行き場のないエネルギーを放出しただけである。
これを受けたら、万物いかなるものも消し飛ぶだろう――人々が覚えたのは恐怖ではなく、その光が世界を満たし、自分たちを守るだろうという、理由のない愛だった。
晴天を創り出した後、バハムートは割れた大陸の中へ自ら沈んでいった。世界魚の姿が見えなくなると、大地は独りでに元通りとなり、何事もなかったかのような沈黙だけが残った。
「――すごい…………」
グレイは、やっと呟いた。あの荘厳さを前に言葉など無価値であったが、それでも言いたくなった。
ここで。ようやく、グレイは北のポルタへ視線を戻した。見ると、撤退途中のクラウズらは静止していた。バハムートを目撃し、呆気に取られていたのだ。だが、グレイに見つめられたのとほぼ同時、ハッと我に返ったかのように、大群はぞろぞろとポルタへ逃げ出していった。
「逃がすか!」
グレイは右のヤーグを薙ぎ、左のヤーグで空を斬り上げた。既にブレイズで飛翔していたグレイは、2本の剣で十字を切る勢いで更に上昇する。
すると、その宙に残った十字は、2つの炎の剣となった。それに次いで、ヤーグの刀身が纏う炎熱が、続々と剣の形になってグレイの周囲に展開されていった。
その数――100本。
「【バラージュ】!」
100本の炎の剣が、一斉にクラウズめがけて一直線に飛んでいった。剣は標的と定めたクラウズを貫き、その身体を焼き尽くすと消え去った。すると消えた剣を補充するかのように、ヤーグは新たな炎の剣を生み出して、絶え間なく放ち続けるのであった。
膨大な熱を消費して繰り出される奥義は、クラウズが跡形もなく滅びるまで終わらなかった。ポルタ内外を問わず、南のクラウズは殲滅された。
グレイは余力を絞り出して、ブレイズで上空に留まった。3つのポルタは、がらんどうになっていた。間もなく、門は閉ざされようとしている。
振り返ると、西のポルタへ退去する大勢のクラウズが遠目で見えた。さすがに、グレイやレイン、クロムらと同等の規模と威力を持つ技を使える救世主はいなかったらしい。
だが、それでも全体の4分の3に相当する数の敵は殲滅できたのだ。最善は尽くした。これだけ相手の勢力を減退させられたのなら、それに越したことはないだろう。
そう思うと。グレイはフッと身体から力が抜けるのを感じた。遥か上空から、風を受けつつ落ちていく。幸い、落下する最中にそれに気づいたクロムが、空間魔法を使い、グレイを地面に激突する前に助けた。
「おい、どうした!?」
クロムの呼びかけに、グレイは力なく笑った。
「オーバーヒートだ……【バラージュ】は炎を70パーセントも消費する……熱を使い過ぎたんだ…………」
見ると、彼の全身からは、シュ~という音と共に煙が立ち上っていた。特にヤーグは、刀身を真っ赤にして、蜃気楼さえ生み出していた。
「グっ、グレイ、さん! ……レっ、レインちゃんが……!」
スノウの悲鳴が、はっきりと聞こえた。グレイはクロムに肩を預けながら、レインたちの元へ近寄った。スノウの膝の上で、レインはぐったりと倒れていた。
「レイン……!」
「落ち着け。俺が診る、降ろすぞ」
クロムはグレイを地面にゆっくり腰かけさせ、レインの傍らに膝をついた。微かに吐息が聞こえる。脈も正常だ。
「――大丈夫、寝てるだけだ。あれだけの召喚魔法を使った後だから、疲れたんだろ」
クロムの言葉に、グレイはハアッと溜め息を溢した。
「そうか……よかっ…………」
安堵していると、グレイも強烈な眠気に襲われた。言い終えることなく、グレイはバタッと横たわった。
ちょうど四方のポルタが、全て完全に閉じ切った――戦いは終わり、グレイとレインは静かに眠っていた。
はい。これにて、第三章の冒頭から繰り広げられてきた戦いは終わりです。
次回も早めに頑張ります。お楽しみにどうぞ。




