最終話 『contiNEW〜新たなつづき〜』
どうも、abyss 零です。
これが最後です。
何卒よろしくお願いいたします。
クラクションのけたたましい騒音で、少年は覚醒した。
起き上がると、世田谷ナンバーのブレビスが、目の前で再びいなないた。
フロントガラス越しに、ドライバーが苛立ちと困惑で顔をしかめているのが見えた。
「こっち!」
すると、少女が抱きついてきて、少年を立ち上がらせた。
少女に引きずられるようにして車の前から移動すると、少年は自分が道路の真ん中で横たわっていたのだと分かった。
通行人からの好奇の眼差しを感じながら、少年は歩道に辿り着き、少女と共に縁石に座り込んだ。
少年は、助けてくれた少女の顔を見た。
覚えている――あの世界で、かつて【レイン】と呼ばれた少女だった。
そして、自分も同じ世界で【グレイ】と呼ばれ、『救世主』として彼女と共に戦ったのだ。
次いで、少年は周囲を見渡す。
往来を行き交う人の服装、忙しなく道を奔る車、高層ビル群の街並みや広告の音声……。
渋谷。異世界へ召喚される直前にいた場所だった。
「帰ってきたの……帰ってきたんだよ……!」
少女が涙ぐんで言った。
「あぁ…………」
少年は、返事とも感嘆の溜め息とも取れる声で応えた。
知っている景色だ。毎日、通学の車窓から眺めた街だった。
「生きてる、んだよな……? 俺たち…………」
自分の体と、少女とを交互に見る。
少女は戦いの中、目の前で死んだ。自分も――。
しかし、辺りは死後の世界と言うには、あまりにも現実と酷似していた。
「うん……そう思う。うん…………うんっ、生きてる……!」
少女が確かめるように呟いて、笑った。
それを見て、ようやく少年にも実感が湧いてきた。
生きている。
生きて、元いた世界へ帰ってきたのだ。
戦いの日々は終わり、元の生活を送ることが出来るのだ。
「あぁ…………ああ……っ!」
少年は少女を抱き締めた。
彼女の温もりに触れて、少年はこの上ない幸福感に包まれた。
しばらくしていると、2人は周囲からの視線に気づいて、顔を赤らめて離れた。
「信じられない……夢、なんかじゃないよね……?」
少女が高揚と不安の入り混じった表情で訊いてくる。
少年は、どう答えるか逡巡していると、彼女の頭のてっぺんに付いた花びらが目についた。
少女の髪の色に同化した、桜の花びらだった。
――桜?
異世界に召喚されたのは初夏……たしか6月頃だったはずだ。
「分からない……でも、俺は夢なんかじゃないと思う」
少年は手を伸べて、彼女の髪から取り除いた桜の花びらを見せる。
少なくとも、異世界へ渡ったあの日から、こっちは時間が経過しているようだった。
2人は顔を見合わせて、10ヶ月間の激動の記憶を確かめていた。
「――とりあえず、帰ろう。家に。父さんと母さんが心配してるかもしれない」
戻ってきたこの世界が、今どんな状況なのかは分からないが、景色は記憶とほとんど差がない。
少なくとも、何百年後の未来もしくは過去、なんてことはないだろう。
自分たちの不在期間も、不在ということになっていたのかも判然としないが……とにかく、今は家族に会いたかった。
「そうだね……どうやって帰る? 私たち、お金持ってないよね」
少女は困ったように眉をひそめる。
たしかに、少年も金は持っていなかった。
「それに、絶対目立つよ、私たち」
少女が、今度は笑って言った。
それに、異世界の装束のままだから、2人の格好は目立って仕方ない。
先ほどからの視線は、それが大きな理由だった。
「それな」
色々と現実離れしている自分たちの有り様を思い、少年も段々と可笑しくなってきた。
「ま、なんとかなるっしょ。少なくとも、知らないどこかにいるわけじゃない。いつか帰れるよ、俺たち」
笑うと、希望が湧いてきた。
同じ空の下、この景色の向こう側には、必ず帰る場所がある。
当たり前なのに、久しぶりの感覚だった。
少年は空を仰いだ。どこまでも続く、青い空。
生きている。また、ここで生きていける。
危険な日々だったが、少年の生きることに対する態度は、異世界へ迷い込む以前とはまるで変わっていた。
死に直面する恐怖に立ち向かったことで、命の重さと、生き方の何たるかを少年は学んでいた。
そして、自らが選んだ道を進む事の意味も。
2人は笑い合って、自信と期待をもって歩き出した。
「そういえばさ」
道中、少女が切り出した。
「ん?」
少年は振り返る。
少女は微笑んでいた。
「あの日のこと、覚えてる?」
「あの日? ……電車で会った日のこと?」
少女は頷いた。
忘れもしない。
それは、2人が異世界へ渡った日。
そして、幼馴染の2人が再会した日でもあった。
「じゃあ、私たちが何の話してたかは?」
「え?」
少年は一瞬、きょとんとしたが、すぐに思い出した。
同時に、少女の意図も察して、微笑み返す。
「ああ――覚えてる」
答えると、少女は少年の手を握った。
「じゃあ、呼んでよ……私の名前」
かつて、忘れていた名前。
これまで、思い出すことの出来なかった名前。
世界で一番、大切な人の名前。
今なら呼べる――。
少年は、彼女の名前を呼んだ。
これまで読んでくださった皆様。
これから読んでくださる方々。
かつて読んだことのある皆様。
本当にありがとうございます。
本作はこれにて完結です。
従来の形式では完結できないと考え、終わらせることを優先して、途中からダイジェストという形で進めることになってしまいました。
通常の描き方で、物語の全てを正しい形でお届けできず、本当に申し訳ございません。
もっと描きたかった、ちゃんと描きたかった、という思いは未だ拭えません。
ただ気づけば9年以上、本作の開始からもうすぐ丸10年というところで、どんな形でも最後を迎えさせたかった次第でございます。
創造した世界、思い描いたキャラクター、この10年で本作のことを考えた時間は膨大でした。
それも終わりと考えると、この結末に辿り着いた嬉しさと同時に、多分に寂しさも感じます。
本作への想いは尽きませんが、これくらいで。
本作をどんな形でも目にしたことのある全ての皆様。
本当に、ありがとうございました。