第ⅩⅢ章 JUDGEMENT(後編)
ある雨の日。ポルタが開かれ、イーヴァス率いる【トリニティ】は現場へ向かう。
赤い門を潜って現れたのは、たった3人だった。
クラウン、メシア、そして仮面を被った謎の男――。
イーヴァスがクラウンに斬りかかり、メシアが立ち塞がるが、容易く弾き飛ばされる。
次いで、間一髪でクラウンへの一撃を、仮面の男が素手で防ぐ。
『子』となったクロムとゼクスも仮面を被り参戦、3対2の戦いに発展しかけた、その時。
我は話し合いに来た――クラウンはイーヴァスに告げた。
市民への被害を避け、ゲツセマネに場所を移し、イーヴァスとクラウンの会談が始まった。
【トリニティ】の幹部としてクロムとゼクス。
クラウンの護衛としてメシアと仮面の男。
救世軍【総代】としてレイン、【預言者】ラバルム、そしてその引率としてウィルが同席した。
クラウンの要求は、【救世主】の命。イーヴァスさえ死ねば、未来永劫これ以上の侵攻はしないことを約束すると言う。
イーヴァスは信用ならないと反論。この場でクラウンを殺し、次いでクラウドを根絶やしにすれば、戦争は終わる。
議論は平行線だった。
膠着状態の中、ウィルが割って入ってクラウンに訊ねる。「なぜ【救世主】の命を狙うのか」
クラウンは語る。【救世主】の存在が、人々を堕落させる。人は他力本願となり、自ら世界を変えようとしない。
ウィルは、その答えに言い返せなかった。
沈黙を破ったのは、レインだった。
仲間がタルタロスに取り残された。グレイはどこか、居場所を知っているか、と。
クラウンは知らないと一蹴、メシアは不敵に笑い、仮面の男はただ黙っていた。
次いで、ラバルムがメシアに問う。
サンボダイが遺した預言の片割れ――『Ρ』の預言の内容を教えてほしい、と。
メシアが嘲笑してあしらうが、目に涙を溜めたレインが【ニア】を構える。
憤ったメシアが斬りかかると、仮面の男が防いだ。
仮面の男が持つ剣――それは、グレイが使う【ヤーグ】だった。
その時、イーヴァスやレインたちに連絡が入った。
ウルプス市街に、ポルタが2つ開いた、と。
クラウンは、イーヴァスに告げる。
今この場で自害しなければ、市民を殲滅する。
だが、イーヴァスは笑う。何の準備もなしに、敵の提案に乗るわけはない、と。
イーヴァスは、魔法を使った。
市街にポルタが開いた、という事象を改変し、ゲツセマネにポルタを開かせた。
更に、他の救世主たちは戦闘態勢を整えて待機しており、ヴァントを通ってすぐに合流してきた。
「やはり今、この場で根絶やしにしましょう」
イーヴァスが呟くと同時に、会談場所が光に包まれた。
戦いの火蓋が切って落とされた。
グレイは起き上がった。イーヴァスが放った光に吹き飛ばされ、その衝撃で仮面は外れていた。
仮面の男は、グレイだった。協力する代わりに仲間へは手出ししない取引だったはずだが――。
周囲で繰り広げられている戦いの気配に、グレイは約束を反故にされたと悟った。
そこへ、グロウを殺めたクラウドが現れた。
グレイは仮面を着け直し、飛躍的に向上した戦闘力で瞬殺する。
騙したツケを払わせる――グレイはクラウンの元へ向かった。
レインは泣きそうになりながら、仮面の男を探した。
光に包まれる直前、彼が使った剣。あれは、間違いなくヤーグだ。
ということは、彼がグレイなのか。それとも、あの仮面の男にグレイは……真相を確かめるため、戦場を走る。
途中で交戦中のスノウたちと合流して、共に戦う。
それぞれ1人ないし2人以上のクラウドを同時に相手取り、戦況は混沌としていた。
スリートとネルシスもまた、それぞれレジェンド級クラウドと戦っていた――。
クロムは、ゼクスと共にイーヴァスの元にいた。
イーヴァスは、光魔法【テトラグラマトン】でクラウン、メシア、仮面の男のみを攻撃したのだと言う。
聖剣【ソル】と聖盾【ルナ】を持ち、イーヴァスは視界に入るクラウド・クラウズを片っ端から倒しながら、クラウンを殺すべく進んでいく。
クロムはレインと同じく仮面の男を追い、ゼクスは他の救世主を助けるため奔走した。
残されたウィルは、ラバルムを安全な場所へ退避させに行った。
教え子の安否が気になるウィルに、ラバルムは構わず助けに行くべきと伝えるが、ウィルは葛藤する。
【預言者】ラバルムの命は、必ず守らなければならない。
ここは安全とはいえ、危険がないとは言い切れないのだ。
しかし、ラバルムの言う通り、教え子を守りたい気持ちも確かにあった。
ウィルは、友と戦地へ赴いた父を想った――。
グレイは、メシアと対峙した。グレイは怒りに任せて斬りかかる――初めから約束を守るつもりなどなかったのだ。
仮面による強化に加え、メシアも以前に比べ遥かに力が弱まっている。
グレイはメシアを相手に優位に立っていた。
メシアは語る。
先代の【預言者】サンボダイが死んだ、あの日――アノクタラ山脈で奪い取った預言『Ρ』が、今日の出来事を示唆していたのだと。
グレイへの甘言は、預言の実現をより確実なものにするための謀略だったのだ。
七つの刃が 太陽を裂く
ごく短い預言が指し示すのは、太陽――すなわち【救世主】の死だと言う。
七つの刃――誰かは知らないが、7人の手にかかって、イーヴァスは死ぬのだろう。
メシアは自らの見立てに、更に付け加える――その7人の内1人は、俺だ。
今度こそ、メシアは【救世主】を殺そうとしていた。
自らの強さを証明するために。
あの日あったかもしれない犠牲を、否定するために。
そこへ、イーヴァスが現れ、『歓喜する鳳凰』の仮面を着ける。
裏切り者と、かつて自分を殺した化け物。
イーヴァスは、ここまでの道中で殺した大量のクラウドの血飛沫と赤い粒子を纏って、グレイとメシアに襲いかかった。
以前のメシア以上に多種多様な武具や魔法を駆使するイーヴァスに、グレイとメシアは歯が立たない。
【救世主】の圧倒的な力に、2人は成す術がなかった。
しかし、グレイは苦戦の中で、無意識に大地魔法を発動させる。
【クライド・グラウンド】――グロウが使っていた魔法だった。
それでも形勢は傾かず、グレイの仮面が外れ、絶体絶命の危機に瀕する。
その時、銃弾がイーヴァスの攻撃を阻む。
クロムだった。仮面の男の正体がグレイと分かり、友に加勢する。
グレイ、クロム、メシア――3人でイーヴァスと戦い始めた。
クロムは銃を【剣式】に変え、更に空間魔法を駆使して、変幻自在に遠近から攻撃する。
しかし、それでも形勢は変わらない。あらゆる能力を使いこなすイーヴァスは、まさに全能だった。
イーヴァスは、クロムを追い詰める。『子』として恩寵を与えたにも関わらず、裏切った――せめて自ら命を奪い、最後の救いを与えんと。
イーヴァスが振り下ろした剣を、刀が受け止めた。
ウィルだ。【救世主】として守る対象である市民の介入に、イーヴァスは動揺する。
ウィルもまた、戸惑いながらイーヴァスを説得する。「父と共に戦った貴方と、戦いたくはない。だが、教え子を殺すと言うのなら……」
そこへ更にゼクスも合流し、5対1の戦いが始まった。
二刀流のグレイ、銃剣を扱うクロム、刀を使うウィル、双剣のゼクス、大剣を掲げるメシア――。
戦いの中で、グレイは気づく。
七つの刃とは、この事なのか。
イーヴァスは、ウィルに対しては攻勢に出られない。
その僅かな隙を突き、徐々に形勢が覆っていく。
しかし、グレイたちの体力も着実に消耗していった。
そして、ついに勝敗は決した。
メシアの大剣が、イーヴァスの身体の中心を深々と貫いたのだ。
「そいつに殺させるな!」ウィルが言い終える前に、グレイたちは動いていたが、遅かった。
メシアがとどめの一撃を加え、イーヴァスは倒れた。
声高に笑うメシア。掌から光――【テトラグラマトン】を放つ。
再び、メシアは【救世主】の力を手にしたのだ。
駆けつけたレインは、その様を少し離れた場所で見つめているしか出来なかった。
また、クラウンも現場に現れ、メシアの功績を讃える。
ポルタが開き、クラウンたちはタルタロスへ帰っていった。
静止する余力は、グレイたちにはなかった……。
守りたい人がいた。
そのために力が欲しかった。
守るために戦い、世界を救う希望は奪われた。
結果は悲惨だった。
スリートは戦死し、ネルシスは敵から受けた毒で生死を彷徨っている。
他にも、アローをはじめ多くの救世主が死んだ。
更に、【預言者】ラバルムが殺された。パナギアというクラウドの手にかかったという。
後悔があった。
グレイは、敵の思惑に乗らなければ避けられた死があったはずだと。
クロムは、力を求めず仲間の元にいれば守れたはずだと。
レインは、救世軍【総代】として出来る事があったはずだと。
スノウは、癒しの魔法でもっと多くの命を救えたはずだと。
ゼクスは、仮面の力を発揮できれば犠牲を少なくできたはずだと。
ウィルは、自らの意志に従わなければラバルムを助けられたはずだと。
多くの思いがあった。
多くの命が失われた。
今、ここで生きている者だけが、唯一たしかなものだった。
雨上がり。
夕陽が沈む黄昏時。
帰り着いたスコラ学院の屋上から、グレイたちはそれを見つめていた。
もうすぐ、夜がくる。
光が消えていく空が予感させた。
ダイジェストを書き起こしている途中で思いついたシーンとかも割りとあったりして、想像の倍ほどのボリュームになっていました。
13章、一番描きたかった話の1つです。
過ちや愚かさ、それに伴う犠牲を描く部分なので、ここをエモーショナルかつ納得いただける内容にするため、今までの積み重ねが必要な話だと振り返って思います。
そして、ちゃんと書けた範囲の話にしても、それが出来ていたかどうかは疑問が残ると、正直感じます。
だいぶ話を進めてから関係性のアイデアやエピソードを思いついたりして、でもどこに挿し込めばいいか悩ましかったり。
物語を作るにあたって、面白い経験になりました。
面白い物語を、しっかり描きたかった……。
思い入れの特に深い章です。
7章から始まった第Ⅱ部は、この13章で終了です。