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出発の『巌』

 グレイとラバルムたちはパラティウムに到着した。

 解読した預言の1節をケントルムへ報告し、未来に起こる事柄の手がかりを掴むためだ。

 宮の中へ入ると、ウィルが窓口の付近に立っていた。


「隊長」


 レインが呼びかけながら近づいた。

 ウィルは振り返り、『ああ』と軽く手をかざす。


「さっき、ちょうど要件を使者へ伝えたところだ。間もなく戻ってくると思う」


 ウィルは言いながら、一行の後方を見る。

 視線の先で、ラバルムは汗を滲ませ、肩で息をしていた。

 グレイたち救世主と異なり、ラバルムは戦闘訓練や体力作りの習慣がなく、彼らと同じ速度での移動を維持するとなると、やはり負担は軽くなかった。


「すまないな、急に連れ出すことになってしまって」


 ウィルの表情は兜に覆われてよく見えないが、その声色で、心から申し訳なさそうな気持ちが伝わってくるようだった。


「いえっ……いいんです。私は【預言者】として、ばばさまが遺した預言の内容を知る責任があるんですから…………」


 ラバルムは息を整えながら、やはり自分を戒めるように言った。


「しかし、君はまだ――」


 ウィルが何か言おうとした時、パラティウムの職員がやって来た。


「お待たせいたしました。ケントルムは、今ここで報告を聞きたいとの意向です。『円卓の間』にてお話くださいませ。さあ、どうぞこちらへ」


 職員の案内に追従し、グレイたちはパラティウムの奥へと進んだ。

 長い廊下を歩き、長い階段を登る――この道程も、既に慣れたものだった。

 しかし、ラバルムはというと、スノウやレインら歳の近い女性陣に励まされながら、鈍重な足取りで何とか着いてきていた。


「こんな突然の謁見に即応できるって、ケントルムは暇なのか?」


 クロムがグレイに耳打ちした。

 グレイは慌て、咄嗟に前を行く職員を見たが、幸い聞こえてはいないらしい。

 しかし、ウィルからの視線は痛烈に感じ、振り向くことが出来なかった。


「そんなわけないだろっ。全てのスケジュールを()()()()()()も聞かなきゃならないほど、預言は重大ってことだよ」


 グレイは(たしな)めるように言った。

 ケントルムは、各国の首脳陣から成り政法を司る、この世界の最高意思決定機関だ。

 なんて失礼なんだ――クロムの性格は熟知しているつもりだったが、さすがのグレイも少し呆れていた。


「――それに、前にも言ったが、パラティウムはケントルムの居住宅でもある。多忙を極めるケントルムが、寝食の合間にも緊急事態に即応するため、あらゆる状況を想定しているんだ」


 ウィルが補足するように言った。

 やはり聞かれていた――グレイは苦笑した。

 するとクロムは、ウィルの説明を聞いて今度は顔をしかめてみせた。


「仕事場が家って…………俺は絶対に嫌だけどな」

「なら敬意を払え。全市民のために、そのような生活を送っておられるんだ」


 ウィルは厳格な調子で言いながらも、それはどこか自分にも言い聞かせている台詞だった。

 数ヶ月前――パラティウムに潜伏する裏切り者の存在に半ば確信を持っていたウィルは、僅かなれどケントルムにもその疑惑を向けていたのだ。

 結局、敵の侵食はそこまで深くなかったものの、一時のウィルもケントルムには不信感を抱いていた。


 そうしていると、職員が最奥の扉の前で立ち止まった。


「この先より、ケントルムの御前です」


 一行は私語を慎んだ。

 ラバルムはあれだけ絶え絶えだった息を押し殺し、軽口を叩いていたクロムさえもさすがに背筋を正す。

 職員が扉を叩いた。


「救世主一行を連れて参りました」


 彼が声を張る。


「入るがよい」


 中から重々しい声が聞こえた。

 扉が開かれ、グレイたちは中へ入った。

 中央には円卓が、そしてそれを囲むように座す各国の総領――ケントルムがグレイたちを待ち構えていた。


「預言の内容を解読したそうだな。早速、聞かせたまえ」


 真ん中に座す老人――聖王が口を開く。


「はい」


 レインが救世主の代表――総代として、ケントルムに解読した預言の一文を伝える。

 『三角の中心』とは、ウェイク島。そこへ行けば、『孤独の少女』に会うことができるはずだ。

 ケントルムは聞き終えると『おぉ……』と感嘆の息を漏らした。


「素晴らしい。さすが【救世主】といったところですな」


 ケントルムの1人たる元帥が満足げに微笑む。


「ですが、まだ私たちでは分からない部分もあります。『(いわお)』とは何を指すのか。『孤独の少女』とは誰なのか。その少女と会うことで、どんな未来を辿るのか…………皆さんは、何か解読できた部分はありますか?」


 レインはケントルムに訊ねた。

 預言の原本は、ケントルムに譲渡していた。

 よりこの世界の知見が深いケントルムならば、きっと預言を読み解いてくれるだろう。


 すると、にわかに失笑が漏れ聞こえた。


「我々が預言を解読? 何を言うやら。それはそなたら【救世主】に一任した事案だ。()()()()()()()()。我々の仕事ではなく、そなたらの仕事だ」


 レインはポカンと呆気に取られた。クロムも、その顔を窺うことは出来ないが、きっと顔をしかめていることだろう。

 あまりに予想外の発言に、何も反応できない間が数秒続く。

 グレイも似た状態だったが、我に返ってレインの代わりにケントルムに問う。


「預言はお渡ししたはずです。ケントルムも預言の解読に協力してくださると思っていたのですが…………」


 グレイが言い終えるのを待たず、今度は、はっきりと豪快な笑い声がチラホラ聞こえた。


「だから、それは【救世主】の仕事だ。預言は、この世界の歴史そのものであり、貴重な資料としてケントルムが回収する。もし我々が預言の内容にまで踏み込み、解釈を間違えたらどうする? それで世界が混乱に陥っても、責任は取りかねる。

 ゆえに、預言が指し示す未来を紐解くのは【救世主】の役目なのだ。【預言者】は世界の未来を視、【救世主】は世界の脅威を退けることが役目なのだから、そういう意味では責務とも言える。望ましい未来をもたらすには、預言の内容理解は不可欠だからな。

 世界を救う。そのために預言を読み解く。【救世主】の行いは、世界にとって()()()()()()()()()()、引き続き預言を解読したまえ。自ずと(こたえ)は導き出される」


 グレイたちが呆然としている前で、ケントルム各員は『うむ』と頷く。

 ケントルムは、この世界の各国首脳によって構成される、最高意思決定機関だ。

 預言は()()()()()()()()【救世主】に任せ、自分たちは何もしない――それが、この世界の総意ということを示していた。


「…………本題は『ウェイク島へ行く』ことだったな」


 ここで、今まで沈黙を貫いてきた聖王が、ようやっと口を開いた。


「ドムス首相、よいかな」

「ええ、もちろん。各島へ即刻通達しますので、入国には全く問題ございません」


 向かって右端の老齢の女性が答える。

 彼女が、ウェイク島を擁するドムス公国の首脳だ。


「ハオス王、船の手配を頼む」


 聖王は次いで、隣のハオス国王に目配せしながら言う。


「はい。ですが、船や航路の準備に、こちらの手続きや首相殿との擦り合わせが必要です…………最速でも、ペトラーの月・第1日かと」


 国王の言葉を聞き、グレイはハッと気づいた。周囲からも、クロムら救世軍の仲間やラバルムが息を飲むのが聞こえる。

 もうすぐ月が変わり、来月はペトラーの月だ。

 ペトラーとは、この異世界で『巌』を指す言葉だ。

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