『三角の中心』
どうも、abyss零です。
お時間いただき申し訳ございません。
早速本編どうぞ。
「グレイ、その首どうしたの?」
翌朝。会うなりレインが訊ねてきた。
「なんかアザができてるよ?」
「……そう? なんだろう、今朝起きたら寝相悪かったから、そのせいかも」
グレイはその場しのぎに誤魔化した。無論、ラバルムに首を絞められた痕だ。
グレイたちは数日ぶりに、学舎2階のD教室――普段使いの教室に来ていた。
いよいよ預言の解読が煮詰まったので、レインが気分転換にと授業参加の許可を取っていたのだ。
短い文章の意味ばかり延々と考えるのも辟易していたので、みな反故にはしなかった。
「ドムス公国は、ハオスの南に位置する」
地理学の授業で、担当教官が講義した。
しかし、そこにラバルムの姿はない。
リフレッシュを認められたグレイたちだったが、ラバルムは【預言者】の能力の覚醒を急ぐと言って断り、学院もそれを許した。
今、彼女にストレスを与えているのは孤独と自責だ。それが堰を切ったのが、昨夜の出来事の発端だろう。
だが同時に、ラバルムはサンボダイの死を前に無力だったことに、自罰的にもなっている。本当は人と一緒にいる方がいいが、次期【預言者】としての重圧もあって、あえて孤独になることが償いになると考えているのかもしれない。
グレイは心配だったが、彼女を引き止めなかった。自分が楽しいと感じることが罪深いと思い込む気持ちは、グレイにも少し分かったからだ。
今のラバルムには、人との触れ合いも孤独と同じくらい辛いのだ。
「王国南部のソムニウム地方に接するマーレ海岸、その沖合に点在する諸島から成る国だ」
それは異世界へ来て2ヶ月ほど経った頃、グレイたち男性陣でキャンプに行った地域だった。
たしか、偶然にも同じ日にマーレ海岸でレインら女性陣が海水浴に来ており、アクシデントが重なってとんでもない事態となった。
あれからまだそれほど日は経っていないが、グレイは妙に懐かしく思えた。
「これが公国の全体図だ」
教官が、黒板を90度回転させ、縦に長く拡大された地図を貼りつけた。
地図には、大部分を占める海と、まばらな縦列を組む群島が描かれている。
「北側に、王国領マーレ海岸がある。見ての通り、ドムス公国は南北に広がる諸島で構成され、首都ギルベルトは中央やや北西のキルベス島に置かれている」
教官は地図の中心から左上にある島にマークした。
「また、この周辺を囲う海域は『魔海』と呼ばれ、航する船は水底に住まう竜に海中へ引きずり込まれるという民間伝承が確認されている」
今度は、いくつかの島を内包するように、海上に位置する地点に円が書かれる。
そんな具合で、要所に着目した解説を交え、授業は進んだ。
淡々として盛り上がりのない進行に、顔の見えなくなった救世主が散見される中、なおも黒板を注視する者もいた。
「――さて、先ほど説明した魔海の中央に、いくつか島があるな。南東はサルワトル島、南西にポエニキス島、北東がプロペータ島だ」
魔海を示す円の中央付近に、更に小さな円が描かれる。
「この3島は、世界で最も早く日の出を迎えるという『ウェイク島』を中心に三角形を成している。これをフォルモサ・トライアングルという」
グレイはハッとした…………これだ。確信に近い直感が胸に湧く。
前の方の席にいるレインが、嬉々とした表情で振り返る。
横を見ると、クロムもこちらを見て、こくりと頷いた。
巌と三角の中心と孤独の少女
赤の下と白の上の彷徨
4の1なる土の門
あの預言が指す場所。
『三角の中心』は、ドムス公国のウェイク島だ。
授業が終わると、グレイたちは真っ先に集まった。
「ウェイク島だな」
クロムが周囲を気にしながら言った。預言に関しては、まだ他の救世主には知られないようにとのケントルムからの厳命があるからだ。
このことは、グレイらαD2の救世主とラバルム、ウィルやケントルムなど一部の人間しか知らない。
【預言者】がもたらす預言は、世界の未来を示唆する。その扱いは、ハオス王国と近隣諸国間で結ばれた平和協定『オルド=モーダス』によって厳密に定められている。
「これで預言の謎が1つ解けたね!」
レインも、内容が他の救世主に漏れ聞こえるのを避け、声を潜めつつ歓喜する。
いくら救世主、世界共通の敵を打破する目的のためとはいえ、国際公法は預言を一国・一組織が専有することを赦さない。
ラバルムと預言が救世軍の元にあるのは、ケントルムの権威による超法規的措置に他ならなかった。
「みなさん気づいたようですね」
スリートが、離れた席からやって来た。スノウら他の仲間も、続々と集結する。
「何に気づいたんだ?」
ヘイルのきょとんとした表情から、みんな集まっているからとりあえず来ただけらしかった。
「お前が寝てる間に話が進んだんだよ」
ネルシスが茶化すように彼の肩を叩いた。
グロウも欠伸をかいている辺り、居眠りの常習犯は今日も相変わらずのようだ。
「ラバルムさんに報告しましょう。あと……ウィル隊長やケントルムにも、ですよね……?」
スノウが言う。
「だね。ウェイク島へ行って、『孤独の少女』と会う。それが預言の導きなら、早く向かわなきゃ」
レインが頷いた。
「そうと決まったら……いつ行く?」
ブルートが訊く。が、その笑みからして、既に答えは知っているように見えた。
「いま!」
チルドが楽しそうに言った。同時にグレイたちはガタタ、と立ち上がり、教室の外へ向かう。
ちょうど、そこへ次の授業の担当講師が教室へ入り、ぞろぞろと出ていくグレイらを凝視する。
「ええ!? ちょ、何事……え、授業、始まる……」
講師は、前にも聞いたような台詞を言って当惑する。
「先生〜、ウチら今日は早退しますからー」
グロウは、一行の最後尾をとぼとぼ駆けながら、講師を一瞥して言う。
「え、そうた……ちょ、え、また――」
講師が言い終わらぬ内に、グロウはピシャリとドアを閉めた。
「あいつら……私の政治学の授業を何だと思ってるんだ…………!」
講師は苛立ち、頭髪の乏しい頭を掻きむしった。
「先生ー、あいつら学院外に出かけてまーす」
1人の救世主が窓から、噴水広場の脇を駆け抜けるグレイたちを見て告げ口した。
一方、そんなことを露ほども知らないグレイたちは、躊躇うことなく学院の正門を抜け、街へ繰り出す。
「なんか、こんなこと前にもあったね!」
「うん……未来へ行った時、だよね……?」
レインとスノウが、走りながら楽しそうに話す。
普段の彼女らを見れば、決して授業をすっぽかす性格じゃないのは明白だが、だからこそ貴重な非行に舞い上がるのかもしれない。
「何にも覚えてないけどな、未来で見聞きしたことは」
クロムが自虐気味に言った。
全員の記憶がクロムの時間転移の直後から途切れている点、クロムの時間転移の能力が失われている点から、未来へ行ったことは確実だ。
しかし、世界の歴史は辻褄を合わせる。過去の人間が未来を知ることは出来ないのだ。
――【預言者】を除けば。
「今回は違う。俺たちは確かな未来を掴んでる。絶対に放すわけにはいかない」
走り出した未来に追いつかんばかりの勢いで、グレイは仲間たちを連れて先へ急いだ。