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Prophecy

 第Ⅶ章、最終回です。

 その後、救援要請を受けて救世軍と現地正規軍との混成救助隊が、崩壊した聖峰アノクタラの麓で瀕死のグレイたちを発見・保護した。

 中には生死の境を彷徨う者もいたが、即座にキュアドリンクを投与されたおかげで、一命は取り留めた。

 しかし肉体の損傷が凄まじく、いくらキュアドリンクの治癒能力が高いとはいえ、快復には時間を要する。グレイたちは、アノクタラ山脈最寄りの正規軍駐屯施設で静養することになった。




 死者は出なかった――サンボダイを除いて。




 グレイたちは、それぞれキュアドリンクの急激な治癒の負荷で失神したり、朦朧とする意識に耐えかねて眠るなどして、代わる代わる覚醒と気絶を繰り返していた。

 また完治が近い者や比較的軽傷の者は、1度目覚めるとなかなか寝つけず、結果として全員が起きている状況は、日付を跨いで深夜になるまで訪れなかった。

 本来ならグレイたちとは別の扱いになるはずのラバルムも、特例として同室で治療を受けていた。


「――みんな、起きてるか?」


 気配で全員が目覚めているのを察し、グレイは呼びかけた。ぽつぽつと返事が聞こえ、グレイは腹を括った。


「ごめん……俺、サンボダイさんを守れなかった…………」


 誰も、何も言わなかった。【預言者】の訃報自体は皆、どこかのタイミングで聞いていたのだろう。

 しかし、グレイは改めて自分の口で、全員に伝えたかった。他でもない、サンボダイの命を直接奪ったこは、自分なのだから。

 そして、何より――。


「ごめん……ラバルム…………」


 彼女は、サンボダイと長い時間を共に過ごした。あの山で、2人きりの生活を。ずっと、送ってきたのだ。

 そんなラバルムの日常を、削り取ってしまった。永遠に戻らない、不可逆的な喪失。それも、急に訪れた。

 時折、ラバルムの泣く声が僅かに漏れ聞こえる度、グレイは己の無力に痛切な思いを抱いた。


「それだけじゃない…………サンボダイさんは、2つの預言を俺たち残してくれた。その内1つを、メシアに持っていかれた……」


 火傷の著しいサンボダイから強奪された『Ρ(ロー)』の預言を取り返せぬまま、結局メシアは逃げおおせてしまった。

 手元にあるのは、偶然拾った『Χ(キー)』の預言だけ。グレイはそれを、片時も放さず握り締めていた。

 グレイの独白に、誰も、何も言わない。それはラバルムへの、何よりグレイ本人への気遣いに思われた。


 長い沈黙が、ただ流れていった――あるいは、ほんの数秒だったのかもしれない。


「――預言を見ましょう」


 ラバルムが切り出す。


「ばばさまもきっと……それを望んでいるはずです。1日に2回も、それも2度目は2つの預言をなさった…………なにか、重要な意味があるはずです」


 ラバルムが、ベッドから起き上がるのが分かった。


「みんなで、見ましょう」


 グレイも、まだ見ていない。何も守れなかった、その証とも言える預言を、今に至るまで直視することが出来なかったのだ。

 振り向くと、ラバルムはグレイを見つめていた。まるで、それも見通しているように。グレイも、掛け布団を持ち上げ、ベッドの縁に腰かけた。

 それを察してか、続々と仲間たちの顔が、ゆらりと現れていく。皆、神妙な面持ちだ。


「…………分かった」


 グレイは立ち上がって、部屋の中央へ行った。近くのベッドにいるブルートやヘイルは、身を乗り出すように預言を見る。

 窓際や廊下側のベッドにいるチルド、ネルシスらは、グレイの方を見て何が語られるのかを待っていた。

 グレイは預言を顔の高さまで掲げ、表面に刻まれた傷を見た。サンボダイが自らの爪で彫った文字だ。透明度の高い結晶が、窓から射し込む陽光と病室の照明を受けて、美しく煌めいた。




     13人が空に八芒星を望む

     魚が海を渡り地を泳ぐ

     太陽が浄化と救いをもたらす




 グレイが預言を読み上げた。最初に得た預言と同様、意味はよく分からない。だが、まだ推測の余地はありそうだと、直感的に思った。

 仲間の顔色を窺うと、みな似たような印象らしかった。レインは頭に手を当てて何やら考えをまとめているようで、クロムは『何を言っているんだ』と顔をしかめていた。

 ラバルムはというと、預言にある言葉を、ただ噛み締めているようだ。これは、いわばサンボダイの遺言に等しい。


「――預言の内容は、学院へ帰ってからゆっくり考えましょう」


 スリートが、仲間たちの様子を見て言う。


「…………そだねー。今は寝て、食べて、怪我を治した方がいいと思うな〜」


 意外にも、グロウが的を射たことを言う。普段の彼女の言動を知るグレイたちは、一様に面食らった顔でグロウを見、発言をフォローされた格好のスリートすら『え、ええ……そういうことです…………』と戸惑った。


「……ラバルムさん。これから、どうするんですか? 治療が終わって退院した後、どこか行く宛とかって…………」


 スノウが訊ねる。この短期間ではあるが、彼女が一番ラバルムと仲良く話していたから、心配するのも当然だとグレイは思った。

 ラバルムは難しい顔をして、しばらくウンウン唸りながら考え込む。


「…………聖峰アノクタラに匹敵する聖地は、まだいくつか存在します。そこで修行を続けて、一刻も早く【預言者】としての御力を覚醒させます。

 ともかく今は……それしか私の取るべき道はないと思います」


 この世界には今、【預言者】がいない。ともすれば、次代の【預言者】と目されていたラバルムが焦ってしまうのは無理もない。


「――あのっ、もしよかったら…………私たちと一緒に学院へ来ませんか?」


 スノウの提案に、ラバルムは目を丸くした。それに気づいて、スノウはハッと動揺する。


「いえっ、あの……【救世主】と【預言者】は深い関係があるらしいから、もしかしたら同じ場所にいることで良いこともあるのかなって思いつきで、私なんかの一存で決められることではないんですけど…………レインちゃん、どうかな!?」

「えぇ、私!?」


 唐突に投げられたパスに、レインも慌てる。


「……でも、それ私もいい考えだと思う! ラバルムちゃん、よかったら一緒にどうかな? 部屋はあるし、私たちでラバルムちゃんが【預言者】になるサポートもできるから、きっといい環境にしてあげられる!」

「私が、救世主のみなさんと…………」


 賛同するレインに、ラバルムも心を動かされているようだ。


「たしかに、他所に籠もられるより、学院にいてくれた方が安全だろうな」


 クロムも同意の声を上げる。

 グレイは、ラバルムと向き直った。

 その手に握る預言が、心なしか軽くなった気がした。


「ラバルム。今度こそ、君だけは守ってみせる。だから…………行こう」


 語調は控えめだが、その意思は固かった。

 彼女を守ることは、この世界の未来を守ることに繋がる。

 ラバルムも、しばらく考えた末、グレイの眼を真っ直ぐ見つめた。


「――はい。私も、みなさんと一緒にいたいです……よろしくお願いします!」


 ラバルムは微笑んだ。グレイは、彼女の笑顔を久しぶりに見た気がした。

 儚い表情ではあったが、失った後には、必ず何かを得るきっかけが待っている。

 そんな希望をくれる気がした――。




〈続く……〉

人は 決定された未来を【運命】と呼び畏怖する

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