BURN OUT
グレイはレインたちのいる結晶窟へ降り立った。
「みんな大丈夫か!?」
腰のホルダーから残りのキュアドリンクをありったけ取り出しながら、負傷した仲間に駆け寄る。
スノウはチルドを回復しており、ほぼ完治させていた。グレイは他の7人にキュアドリンクをかけて回る。
凄惨な呻き声があがったが、それもしばらくすると落ち着いた。
「お前こそ……メシアは?」
クロムが傷跡を擦りながら問う。
「とりあえずここから遠ざけた。2人を安全な場所へ避難させるには今しかない。急ごう」
グレイはサンボダイとラバルムの元へ向かった。サンボダイは、真っ直ぐグレイを見つめた。どうやら正気に戻ったようだ。
「あのメシアを、タイマンで倒したのか……?」
「倒してはない。隣の山まで吹っ飛ばしただけだ」
クロムが信じ難そうに目を見開く。レインも、傷がまだ痛むのか、顔をしかめながらそれを聞いて起き上がる。
「すごい……私たち全員がかりでも全く歯が立たなかったのに…………」
レインが言うのを背中越しに聞きながら、グレイはサンボダイとラバルムの傍らで膝を折る。
「グレイさま…………」
「怪我はないか?」
「はい。でも、それより――」
ラバルムが安堵した様子でグレイを見上げた。その細い手は、サンボダイのシワの深い手を覆うように握っている。
隙間からは僅かに血が見て取れた。サンボダイが預言をしている最中についたのだろう。あれだけ一心不乱に結晶を爪で削り出していたのだから、無理もない。
だが、その掌から覗いたのはそれだけではなかった。大きな煌めきが、外界の光を反射している。
「2つだ」
サンボダイは言うと、手を開いた。そこには『Χ』型と『Ρ』型の結晶の塊があった。
それぞれ、表面には細かいヒビのような溝が彫られていて、まるでタトゥーか模様のようだ。
グレイは見ていると、やがて気づいた――これは文字だ。
「2つの……預言…………?」
「そう――『Χ』と『Ρ』だ」
ΧとΡ、2つの預言――グレイは今すぐ内容を見るか逡巡したが、一瞬の判断で先にサンボダイとラバルムを逃がすことを優先させることにした。
「今は持っていてください。2人を安全なところへ。山を降りてから――」
「グレイ!」
レインの叫び声が、グレイの言葉を掻き消した。瞬間、グレイは背中から後頭部にかけて、毛が逆立つような気配を感じた。
振り返ると、メシアが狂喜して大剣を振り下ろしていた。空間転移――グレイの脳裏で、最初にここへ辿り着いた時の光景が浮かぶ。
グレイは咄嗟にメシアの周囲を炎で覆った。同時に、目の前に燃える巨大な刃と、それを阻む水氷や土風の壁が見えた。
ドゴオオオオオオオォォォォォォォ!!
衝撃と共に、外へ弾き飛ばされたのが分かった。鼓膜を破らんばかりの爆発音にまみれた世界で、グレイは上下も左右も分からぬまま乱回転した。
辛うじて、雪に全身を叩きつけながら傾斜を転がっているのが、身体中の打撲痛から察せられた。
やがて身体が静止し、激痛に顔をしかめながら起き上がる。
「――そんな…………」
腕で吹雪から視界を庇いながら見上げると、目の前の山が3分の1ほど削り取られていた。
それが今まで自分たちがいた聖峰アノクタラであると頭で理解するには、時間はいらなかった。
山の中腹あたりに隕石でも落ちたかのような風穴が空き、そこを起点に山全体が崩落している。メシアの一撃が山脈内部からあの大穴を穿ち、グレイはそこから吹っ飛ばされたのだ。
「…………あれは」
仲間を見つけようと辺りを見回すと、何かが地面で光った。近寄ると、サンボダイの預言――『Χ』だった。
グレイはそれを拾い上げる。これは直前までサンボダイが持っていた。もしかすると、近くにいるかもしれない……。
グレイは猛烈な雪煙を掻き分けるように歩き出した。
「ぐ…………」
仲間やウィルと通信しようとした瞬間、微かに人の声のようなものが聞こえた。そのくぐもった声に凶兆を覚え、グレイは走った。
そこには、見るも無惨な姿のサンボダイがいた。全身が焼けただれ、皮膚が赤黒く焦げている。喉をやられたのか、呼吸すらままならない様子で口を開け、カヒューとか細く吐息を漏らす。
グレイは瀕死の【預言者】へ駆け寄った。
「サンボダイさん!」
「ぅ…………」
呼びかけると、辛うじて反応がある。しかし、キュアドリンクはもうない。仲間と合流するしか回復の手段はないが、今の状態で動かすのは危険だ。
考えあぐねていると、誰かが近づいてくる気配を感じ、グレイは振り返った。
そこには、メシアがいた。最悪のタイミングだ――。
「山半分は消し飛ばせると思ったんだがな。瞬時にお前が炎で俺の攻撃の余波を相殺し、更にお仲間が魔法で盾を張って衝撃を受け止めた」
抉れた山を見て、メシアは不服げに眉をひそめた。次いで、目を閉じて神経を研ぎ澄ませているようだ。
「――あの威力の爆発を食らって、1人も死んでないのはそのせいか。マジでしぶといのな、お前ら」
メシアが大剣の剣先をグレイに向ける。サンボダイが重傷を負い、仲間との連携も取れない中、とても退ける状況じゃない。
やるしかない――グレイは覚悟を決めた。今度こそ、この場でメシアを倒し切るしかない。
グレイは【ラッシュモード】を発動した。
「でなきゃ殺しがいがねえ」
メシアは嬉しそうにさえ見える笑みを浮かべ、大剣から凄まじい熱と勢いの炎を放った。おそらく、今のメシアの最大火力だ――グレイは直感する。
なら、こっちも全力で打ち勝つ。グレイは全身から漏れ出る炎を全てヤーグに集約し、斬撃に乗せて放出した。
降りしきる雪、焦土と化した山道。それらを消滅させながら、2つの炎が激突する。
ゴオオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!
2人の中間で、炎と炎が爆裂する。風圧に負けじと堪えながら、グレイは全ての力を炎へ集中する。
炎の威力は拮抗し、互いに打ち消し合った。喉が涸れ目が乾くような熱が消え失せ、静寂だけがグレイとメシアとの間に残った。
グレイは肩で息をしているが、メシアは平然としている。
「俺の炎と互角なだけじゃなく、【救世主】の力も掻き消せるほどの威力か。なるほど、また前より強くなってんな」
メシアは大剣を担いで言った。グレイには正直、その軽口に返す余裕はない。
すると、地鳴りのような振動と音が伝わってくる。グレイはまさかと山の上層を見た。大きく欠損した山肌の斜面が、雪煙を生じながら崩落し、グレイたちの方へ急速に迫っている。
雪崩だ――それもただの積雪の滑落ではない。削られた山を形成していた大地や岩盤が、一緒くたになって地表へと襲いかかっているのだ。
「くそっ…………!」
今の強大な炎の激突で、アノクタラ山脈を形成するバランスが乱れたのだ。決壊した自然の猛威が、一気に目の前まで押し寄せる。
このままではサンボダイはもちろん、仲間たちやラバルムも危ない。グレイはやむを得ず、余力をメシアとの継戦ではなく、雪崩の対処に回した。
【ラッシュモード】で剣を薙ぐと、海のような炎が放たれ、雪崩を受け止めた。
ドパアアアアアアアアッッッ!
目も眩むようなグレイの炎は、山の一部そのものを焼き消した。
「おいおい、山も消し飛ばすのかよ。洒落になんねえ威力だな」
メシアの声が遠くに聞こえる。グレイは意識が徐々に朦朧とするのを感じ、片膝を着いた。
――予想はしていた。【アサルトサイド】と【ラッシュモード】は、それぞれ秘術・【業火】や秘技・【炎天】といったヤーグの能力を、極限まで高めてグレイ自身に同化させるものだ。
最大限に引き出したヤーグの性能を長時間扱うのは、それだけ身体に大きな負荷を強いることになる。
オーバーヒートが近いのだ。