『大当たり』
クロムたちは、長身で眼鏡をかけた老獪なクラウドと対峙していた。
「どうやら当たりを引いたのは、ワタシのようだ」
クラウドは眼鏡のレンズを顕微鏡のように回す。
「そしてキミたちにとっては、ハズレのようだね」
クロムの他は、チルドとグロウ、負傷しているヘイルとその回復をするスノウ、そして【預言者】サンボダイだ。
「グロウ、みんなを頼む」
「あいよ〜」
クロムはモノを出現させ、銃口をクラウドに向けた。
「自己紹介がまだだったね。ワタシはムヘド。悪いがワタシの知的好奇心は今、その【預言者】にしかない。未来が視えるなんて、研究者として興味をそそられないわけが――」
クロムは最後まで聞かず、空間魔法でムヘドの背後を取り、脊椎めがけて銃撃した。
「見えている」
ムヘドが言うと同時に、彼の背中が裂け、体内から背骨が露出してクロムの弾丸を防いだ。
「なっ…………!?」
クロムは咄嗟に跳び退いて距離を取った。
「【トリック・ギミック】。ワタシの肉体そのものを武器として改造できる。どうやらワタシが生前に殺した人間は控えめに言ってもマッドサイエンティストらしくてね。自らの肉体をまるで闇鍋のように――」
「【散式】」
クロムはモノを変型させながら、今度はムヘドの正面へ空間転移した。
銃口をムヘドの左胸に突きつける。だが引き金を引く瞬間、ムヘドの胴体が巨大な口のように開き、クロムの腕を噛み砕こうとした。
クロムは撃ちながら後退したが、超至近距離で放った散弾も弾かれてしまった。
「背面に背骨があるように、前面には肋骨その他諸々が内蔵されている。ワタシに死角などない」
ムヘドが両腕を伸ばすと、肘から先が90度折れ曲がり、断面から無数の赤黒い触手のようなものが押し寄せてきた。
「そして筋肉は首をもぎ取る鞭となる」
全方位から迫りくる筋肉の鞭に、クロムはモノを【散式】のまま、左上へ思い切り振り上げる。
「【メレーハンド】!」
クロムはその場で回転しながらモノを振り下ろし、引き金を引いた。散弾が360度に発砲され、ムヘドの筋肉を引きちぎっていく。
「ほう。前方にしか拡散しない散弾銃では全方位攻撃に対応できないと踏んだが、そんな用途もあるのか」
「俺も最近覚えたてでね」
ペティの森で得た『あそび』の心で、これまで使い切れていなかったモノの機能が呼び覚まされた。その一部が【散式】に表れているのだ。
「【連式】!」
クロムはモノを再び変型させ、空間転移でムヘドの周囲を目まぐるしく移動しながら掃射する。
ムヘドは筋肉の鞭を収縮させ、銃弾をことごとく弾いた。
「筋肉を穴だらけにしても動かせるのか」
「ワタシ本来の能力は【ノイン・ペイン】と言ってね。痛覚の一切を遮断できるのだよ。つまりどれだけ痛めつけても構造的に動作不能とならない限り、ワタシの活動を止めることはできない」
ムヘドは喋りながら、クロムの銃撃をいなし続ける。弾丸はムヘド周辺の地面に、蜂の巣状に着弾していく。
やがて、クロムは残弾がなくなったことを悟った。
「ワタシの言っている意味が分からないかな。無駄だと――」
「【トラップ・スタッド】」
クロムは弾が空のモノの引き金を引いた。すると、ムヘドの足元に埋まった銃弾が、一斉に彼の全身を下から貫いた。
「アキレス腱や前頭葉の運動野を貫通させた。動けるなら動いてみろ」
クロムは弾を装填しながら言い放った。
「――無駄だということが」
クロムは驚愕すると同時に銃を構えた。
「この2つの能力の恐ろしいところは痛覚がないのを良いことに肉体を無尽蔵に改造できる点だ。腱を裂こうと大脳を破壊しようと、筋肉や骨を無理やり動かせば損傷の弊害などあってないようなものなんだよ」
「……化け物め…………」
クロムは憎々しげに呟いた。
「それを言うなら、キミたち救世軍も同じだろう。我々は出自は違えど、元を辿れば同類なのだから」
「なに?」
「そうだろう。我々はクラウドと救世軍という立場でこそ別たれているが、その本質は――」
ムヘドは、その先を言わなかった。クロムも、その理由が直感的に分かった。2人は互いのことなど瞬時に忘れ、振り返る。
空気が震えているのを感じる。洞窟が。山が。世界が、今この瞬間この場所に呼応しているかのようだ。
サンボダイが白目を剥いて、両手の爪で地面の結晶を削っていた。
預言が再び始まったのだ。
「――素晴らしいっ!! これが預言! これが未来を視る儀式! 間もなくワタシの物となる、神の御業!!」
ムヘドは興奮していた。ふと我に返り、戦っていたクロムに目をやると、細長い銃身が向けられていた。
【遠式】――クロムは僅かな隙を逃さず、モノを変型させていたのだ。
そしてその隙は、銃口に渾身の力を込めるには充分過ぎた。
「【ジャックポット・レーザー】」
青白い光線が放たれ、ムヘドの左胸に風穴が空いた。
「心臓を貫いて即死させれば、改造もクソもないだろ……」
ムヘドは操り手を失った人形のように静止した。クロムは勝利を確信したが、その異形へと変貌した肉体が粒子化するのを確認するまで、気は抜かなかった。
ピクッ、と。ムヘドの体が痙攣した。
「抜かせ小僧!!」
ムヘドが狂気を帯びた声で吠えた。
「心臓を消滅させたからどうした!? 脳が死なない限り、思考を止めない限り、ワタシの肉体は不滅だ! 血流など下半身から頭部へ集中させればいい! 四肢が腐敗しても、その活動が停止することはない!」
ムヘドの肉体が、ボコボコと変形していく。
「ワタシは不滅! 太古より恐れられた完全生命だ! ワタシはエキスパート級ながら、この未知なる領域に人間の魂の力で初めて到達したのだ!! クラウ――」
ムヘドが猟奇的な姿へ変貌する最中、彼の体が一瞬にして氷に覆われた。
クロムが振り返ると、チルドが涙目で震えながらマジックロッドをかざしていた。
「おーよしよし、グロいから見ちゃダメ〜」
グロウがチルドを目隠しして抱き寄せた。クロムは、その周囲にヘイルの姿がないことに気づく。
直後。風を切る音が、背後から聞こえた。スノウの治療が終わったのだと、クロムは悟る。
「サウザンドスラッシュ!」
ヘイルがトリプルスピアをムヘドに突き刺そうとしていた。氷を砕き、槍の尖端がムヘドの凍りついた肉体に迫る。
だが、それが貫通することはなかった。チルドの氷に亀裂が入り、バリンッと割れる。
「ヘイル、離れてろ!」
クロムは叫び、モノを変型させる。ガコガコと機構が組み替わり、巨大な円筒状になっていく。
「脳内麻薬による神経ガスと胃酸、人間の肉体に蓄積された叡智で死ぬがいい!」
ムヘドは顎を大きく開き、口から何やらガスを放ち始めた。同時に喉が裂け、クロムめがけて液体を撒き散らす。
「不滅なる神の前に肉塊となれ!!」
それらが当たる前に、クロムとムヘドの間の地面が隆起し、盾となった。――グロウの大地魔法だ。
せり上がった地面の中央に穴が空く。そこには、砲筒を構えたクロムの姿があった。
「【砲式】――」
3人が稼いだ時間に、新たな形態を得たモノの砲身には、クロムのありったけの力が装填されていた。
「【タワーキャノン】!」
ドゴォンという爆発音と共に、凄まじい衝撃波でクロムは吹っ飛んだ。結晶の洞窟に巨大な穴が空く。
幸い崩落の心配はなさそうだが、クロムは仲間や【預言者】を安否を案じ、振り返った。全員が壁際に退避していて、無傷のようだった。
濃い噴煙でムヘドの姿は見えないが、クラウドの死を意味する赤い粒子はハッキリと捉えられた。
「…………欠片も残さず消し飛ばせば、文句も出ないだろ」
やっと終わった――クロムは安堵しながらモノを消失させた。【預言者】は相変わらず、地面を削って預言を続けている。
ムヘド――エキスパート級と自称していたが、油断していたらこっちが死んでいた。
これより上に、更に2つの階級があると思うと、クロムは今後の戦いの熾烈を予感した。
「クロムさん!」
スノウが、先ほどまでムヘドのいた方を指差していた。クロムは咄嗟に振り返り、再びモノを出現させる。
噴煙の奥で、身の丈以上もある大剣がゆらりと揺れた。
「やたら騒がしいと思ったら、やっぱりな」
メシアの姿が、クロムたちの前に現れた。
「大当たりだ」
メシアの眼が、真っ先に【預言者】を捉えるのがクロムには分かった。サンボダイは、未だ白目を剥いて我を失っている。
クロムはメシアの視線に立ちはだかった。すると、メシアの表情がみるみる怒りに満ちていく。
それはクロムも同じだった。
「お前、初対面だが妙に殺してえな。【預言者】の前に、まずはお前からだ」
「こっちはお前の顔写真なら飽きるほど見てるぞ。絶対に殺すクラウドってな」
2人の間で漂う赤い粒子が、結晶の天蓋に吸い込まれていった。