ポジ/ネガ
レインはブルートと共に、【預言者】サンボダイを伴う仲間たちと合流すべく移動を続けていた。
「みんな大丈夫かな……?」
「平気だってー。レインは心配性すぎるんだよ」
レインの懸念を、ブルートは笑って流した。
「にしてもここ、本当に雪山の中なの? なんか明る過ぎない?」
ブルートは気を遣ってか、話題を転じた。
「ああ……外から入ってくる光を、ここの結晶が反射してるんだと思う」
レインは洞窟内の結晶を観察しながら言う。
「多分、結晶の光の屈折率とか反射率の影響で、全体が明るくなってるんだよ」
「へー、そんなことも分かるんだ。博識〜!」
「私の魔法、【ロック・アート】ってあったでしょ。音を使うのに役立つかと思って取った『屋内戦研究』の授業で、音や光の反射について習ったから」
「…………レイン、あんたそんな細かい『もしかしたら』で授業取ってたら、パンクしちゃうよ? 今だって授業数えげつないでしょ」
「うん……自分でも、増やし過ぎかなって思ってる…………」
レインは、呆れたような物言いをするブルートに苦笑した。よく真面目と言われる自分の性格が自分自身を圧迫している事実には、ずっと前から薄々自覚していた。
すると、2人とは別の声がした。
「いいと思うよ、真面目な女。僕は好きだな」
レインは魔弓を出現させ、ブルートは両手を虎のように変身させながら振り返った。仲間の声じゃない――警戒するのは当然だ。
突如として現れたのは、10代前半くらいの少年だった。その瞳は、赤い。
「だって、真面目で無垢な女に知らないことを無理やり叩き込むのって、すっごく興奮するから」
幼顔で子ども相応の身長の少年は、一見すると可愛らしい印象を受ける。だがいたしますよう邪悪を帯びた笑みが、彼がクラウドだということを証明していた。
「ブルート、先に行ってみんなと合流して。すぐ追いつくから」
「レイン、でも……」
「大丈夫。ペティの森で身につけた新しい力があるから、あの人には負けない」
「――分かった。何かあったらすぐ通信して。文字通り飛んでいくから」
ブルートはレインを信じ、先へ進んだ。
「あーあ、いいの? あんな啖呵切っちゃ――」
レインはクラウドが言い終える前に弓の弦を引いていた。
「【カスタム・ファイア】」
弦を弾いた瞬間、弓から炎が放たれ、直撃したクラウドの身体が炎上した。
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
クラウドはのたうち回って絶叫した。火の手はみるみる強くなっていく。このままいけば、クラウドは消し炭になるだろう。
ペティの森での一件を経て、レインがこれまで使ってきた魔法は格段に強化されたのだ。
「――なんてね」
だが、クラウドが呟くのが聞こえ、レインは目を見開いた。その華奢な身体を焼き尽くさんばかりに燃えていた炎が、急速に勢いを弱めていく。
「僕はエキスパート級クラウドだよ。そんなザコ向けの低級魔法、効く訳ないじゃん」
クラウドの身に纏わりついていた炎は、完全に消失した。
「【ウィンド・ブレード】!」
レインはすかさず次の魔法を繰り出した。今度は風の刃を放つ。速度に特化した魔法を、クラウドは避けれず直撃する。
「ぐぅ……っ!」
全身を斬り刻まれるクラウド。その連続攻撃には、さすがに対応し切れないはず。
しかし、【ウィンド・ブレード】の速度は徐々に弱まり、やがて霧のように形を成していた魔力が散っていく。
たしかに手応えはあった。なのに、どうして効いていない――レインは驚愕していた。
「言ったじゃん。ほら見て、効いてないよ。今のが一番強い魔法って訳じゃないよね。出してみなよ、お姉さんの一番すごいの。
粉々に打ち砕いてあげるから、お姉さんの絶望した顔をもっと見せてよ」
「【ホイール・ダッシュ】!」
レインは棘付きの車輪を放った。敵を負傷させることを目的とした魔法の、威力が更に強化されたものだ。これを受ければ――。
「この程度なんだね、お姉さんの本気」
クラウドが手をかざすと、回転する車輪は当たる前に魔力の塵となって消えてしまった。
「分かったろ。お姉さんは僕には勝てない。――僕はバリム。覚えておいてね。お姉さんのことをギタギタに汚して、命も尊厳も何もかも奪う歳下の男の名前だよ」
バリムは大斧を出現させ、跳び上がった。
「お姉さんの名前は言わなくていいよ。いちいち相手した女のこと、覚えてたらキリがないからさ」
バリムはレインを真っ二つにするため、大斧を振り上げた。
「――【パイロキネシス】」
レインは生じた隙を逃さず、弦を弾いた。
すると、バリムの身体が再び炎上する――さっきの【カスタム・ファイア】の比ではない。
「ああああああああああああああああ!!」
バリムは空中で態勢を崩し、落下した。ジタバタもがきながらも、大斧を捨てて全身を叩く。
炎は弱まるどころか、むしろより勢いを増していく。
「くそっ、早く消えろよっ! 消えろっ、消えろ……」
バリムはにわかに焦っているようだった。
「あなたの能力は魔法の無効――というより、魔力の吸収だよね」
レインは確信を持っていた。
「魔法はあなたの着弾点を起点に消滅したのが、その証拠。魔法自体の無効化なら、発動すら出来ないはず。
多分、手で触れた魔力を吸収してるんだよね。だから速度のある魔法は直撃してから吸収するし、ダメージも受けてる。
そして当然、魔力の高い中級以上の魔法は、吸収に時間がかかる」
レインの推察を聞き、バリムは不敵に笑った。
「へぇ……賢いんだね、お姉さん。当たりだよ。ご褒美をあげなきゃ」
バリムの身体に引火した炎は、一向に消えない。
「……なんでっ、どうして消えないんだ!?」
「【カスタム・ファイア】は私の魔力を源にした炎の魔法だけど、その【パイロキネシス】は相手の魔力を源に発火する魔法。
あなたがこれまで吸収した魔力が、あなたの身体を燃やし尽くす」
「ぼ、僕の魔力が発火しているだと……!? なら、これはっ…………」
バリムの顔色が、その身を焼く炎と対照的に青ざめていく。
「私がこれまで使ってきたのは、自分自身の魔力を放つ『ポジティヴ魔法』――けどペティの森で、新たに外部の魔力を媒介に発動する回避不可の『ネガティヴ魔法』を覚えた。
あなたに魔力がある限り、その炎は消えない」
バリムは、燃えながらレインを睨みつける。
「くっそぉ…………お姉さん、かわいいくせにえげつないことするねぇ…………見るも無惨な姿になるくらい、原型も留めないほどにおか――」
「【バレットショット】!」
レインが再び弓を放つと、彼女の周囲に浮遊する自然の魔力が凝縮され、無数の弾丸となってバリムへと襲いかかった。
「ぐっ……そおおおおおおおおおおあぁ!」
バリムは食らいながらも手をかざし、吸収を試みる。
すると、その身体は更に激しく燃え上がった。
「無駄だよ。あなたの魔力を糧に炎が生じるってことは、あなたが私の魔法を吸収して自らの魔力とするほど、その勢いは増すってこと」
「ぐあああああああああああああああ!!」
バリムの全身が、炎に包まれて見えなくなった。
「――エキスパート級なら、手加減も容赦もしない」
レインは、一切油断せず弓を引く。
「【サイコキネシス】!」
レインの放った魔法はバリムの身体に流れる魔力に作用し、彼の身動きを封じた。魔力が過剰に凝固し、肉体の自由を奪ったのだ。
バリムの身体が宙へ浮き、磔にされたように強張る。
「【サンダーボルト】!」
レインとバリムの間に流れる魔力が、超音速の電撃となって一直線にバリムへと迸る。感電して筋肉が硬直し、その身体は完全に抵抗力を失った。
「【ショックウェイヴ】!」
そして、バリムの周囲に滞留する魔力の全てが炸裂し、衝撃波となって彼に全方位連続攻撃を加える。
やがて彼の魔力が尽きたのか、その身から炎は消え失せ、身体がゴトンと落下した。
バリムは虫の息だ。最後の力を振り絞って、レインを見る。
「……僕を殺せて、嬉しい? …………世界のためになることして。僕は良かったよ。お姉さんが、僕で気持ちよく、なれて――」
バリムが赤い粒子となり始めるのを見届けて、レインはブルートの後を追った。