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はじめて

 大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ございません。

 グレイとラバルムは、仲間たちや【預言者】サンボダイと合流するため、結晶に覆われた聖峰内部を登っていた。

 上へ行けば再会できる――スリートづてに聞いた【預言者】の言葉を頼りに、2人は滑りやすい坂を慎重に、足早に登る。


「グレイさまグレイさま、救世主さまは普段、どんな生活をされているんですか? やっぱり、どこか人里離れた場所で修行なさっているんです?」

「え? …………」


 無邪気に訊ねるラバルムの声には、どことなく、似た者同士を喜ぶような明るさがあった。

 グレイはラバルムの境遇から、その心情を察して少し後ろめたくなった。


「――いや、俺たちはハオス王国の首都ウルプスで、スコラ学院って学校に通いながら救世主をしてるんだ」

「ええ!? 学校!? なんでなんで!?」


 ラバルムはグレイの両手首を掴んで、ブンブンと上下させた。


「俺の仲間はみんな救世主で、100人以上いるんだ。俺たちは全員、別の世界からイーヴァスに召喚されてここにいる。この世界のことを学びながら、救世主として活動してるんだよ」

「えっ!? 救世主さまってそんなにいらっしゃるんですか!? ずるいずるい〜!」


 ラバルムは駄々をこねる子どものように喚いて、グレイの腕をグルグル回した。


「いいないいな〜、【預言者】さまもたくさんいらっしゃればよかったのに……そしたら私にも――」


 寂しそうな顔で。消え入るような声で。ラバルムは呟いた。


「――グレイさまグレイさま! 早く行きましょう! ばばさまが待ってらっしゃいますっ!」


 ラバルムは我に返って、明るげな調子で言った。揚々と先陣を切る彼女の背中を見つめて、グレイも後に続いた。

 この曇天と寒風に覆われた世界で、ラバルムはサンボダイと2人きりで過ごしてきた。同い年の友達とも出会えず、いつとも知れない【預言者】となる日のために、未来を視る練磨を続ける。

 一体、どんな気持ちなのだろう。同じように救世主の使命を背負うはずの自分が、多くの仲間に囲まれているのを見るのは。


「グレイさまグレイさま、寒くはないですか? そのマント、邪魔じゃありません? 私、持ちましょうか?」

「……平気だよ。ありがとう。それに、これは着けてなきゃいけないんだ。邪魔でもね」


 無理をして平静を装っている風には見えない。きっと、寂しさを覚えつつも、根は明るい子なのだろう。

 グレイはそんなラバルムを見て、自分も過度に気遣うのは止して、普通に接しようと思った。

 正直マントを邪魔に思う気持ちは事実だった。


「グレイさまグレイさま、お友達はどれくらいいらっしゃるんですか?」

「え…………20人くらいじゃないかな」

「20人!? すごいです! 手の指と足の指を足さないと数えられないくらい多いです! グレイさまは、もしかしてお友達づくりの天才ですか!?」

「そんな凄いことじゃないよ。よく話す人とか、会った時に一緒にごはんを食べるような仲ってだけで……いつも一緒にいるってなると、もっと少ないよ」

「それでもすごいです! 私、話す人も一緒にごはん食べる人も、ばばさましかいないし、ばばさまはお友達じゃなくてお師匠さまだから、お友達がいないんですもん」

「…………もう11人いるよ」

「え?」

「俺たちは、もうラバルムの友達だよ。俺やスノウ――チルドのカバンの中には、ぬいぐるみのボスタフもいる。みんな、ラバルムの友達だ」

「…………!」


 ラバルムは、目をキラキラ輝かせた。


「……………やっっったあああああーーー!!」


 ラバルムに抱きつかれ、グレイは危うく結晶の坂道を滑り落ちるところだった。


「グレイさまグレイさま! 私とグレイさまはお友達? 私はグレイさまのお友達!?」

「っ……そうだよ、友達。だから、もう友達をつくるのは難しいことじゃないんだよっ。分かったから離してくれないか」


 ラバルムに両肩を激しく揺すられ、首を赤べこのようにカクカクさせられながら言った。


「はっ、ごめんなさいグレイさま! グレイさまとお友達になれたと思うと嬉しくて、つい……」


 ラバルムは『しまった』と顔をしかめて謝った。


「私のはじめてのお友達がグレイさまだなんて……とっても、とっても嬉しいです…………!」


 そのラバルムの笑顔は、どこまでも眩しくて。

 それでいて、どこまでも切なくて。

 グレイにはそう見えた。


「――ラバルムが喜んでくれてよかったよ」


 言葉に困って、そう言う他なかった。ラバルムは、自らの人生を犠牲にして、【預言者】の使命と向き合っている。

 ――世界のためならば致し方ないにしても。辛いことに変わりはないはずだ。グレイは同時に、救世主として似た境遇にある自分たちを思った。

 ラバルムは俯いて、肩を震わせている。やっぱり、寂しくないわけがないのだ――。


「…………グレイさまーーーっ!」


 ラバルムは満面の笑みを赤らめてグレイに抱きついた。不意を突かれ、その勢いのままにグレイたちは結晶の急勾配から滑り落ちた。

 全然寂しそうじゃない――グレイは庇うようにラバルムを抱き寄せ、背中や肩をぶつけながら転がった。

 ゴッ、と壁に激突し、グレイたちの滑落は止まった。グレイは全身が鈍く痛んだが、大事はなかった。


「ごごご、ごめんなさいグレイさまっ! グレイさまごめんなさい!」

「大丈夫だよ」


 慌てふためいて、ラバルムが服の袖を掴んでくるのが分かった。


「ラバルムこそ、どこか痛いところとかないか?」

「は、はいっ! 私はどこも…………」


 ラバルムは言いかけて、何かに気づいたようにグレイを見つめた。


「――グレイさま、もしかして私を守ってくれたの?」

「俺は救世主なんだから、それくらい当たり前だ」


 それに、ラバルムは次期【預言者】だ。万が一にも、怪我を負わせるようなことがあってはならない。

 ラバルムが上目遣いで潤んだ瞳をグレイに向ける。何か言いたいことがあるのかと、グレイは見つめ返す。

 ラバルムは額をグレイの胸に預け、ギュッと彼の袖を握る。


「どうした? やっぱりどこか痛いのか?」


 グレイは心配になって訊ねる。彼女の表情は見えない。


「…………グレイさまは、優しいんだね」


 ラバルムが呟いた。グレイには、その真意が分からなかった。


「俺にも優しくしてくれよ」


 突如、後ろからくぐもった、吠えるような声が聞こえた。グレイが振り返ると、結晶の壁の中に、白い頭が浮かんで2人を見ていた。

 次の瞬間、バキャアと壁が砕け、グレイはラバルムを抱き留めて跳び退いた。結晶の破片を踏みしめ出てきたのは、凶悪な体躯の白熊だった。

 エキスパート級クラウド――レーベだ。


「お前が殺されてくれたら、俺は最高に喜ぶんだからよ」

「……お前が喜んでも、俺は嬉しくなんねえよ」


 グレイはラバルムの手首を掴み、自分の後ろへ隠れさせた。

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