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メシア、再び

 グレイたちの来た道から現れたのは、二足歩行の白熊だった。


「…………え?」


 グレイはシュールリアリズムを感じ、間の抜けた声を出した。


「――あ。あの時の熊か!」


 グレイは思い出した。ラバルムを連れ去ろうとしたクラウド。そのトドメを刺した、あの白熊だ。

 クラウドの身体を引き裂いた鮮血が、まだ毛深い腕に付いている。


「知り合いか?」


 クロムがモノの銃口を白熊に向けながら問う。


「知り合いっていうか……まあ、見たことのある熊だよ」


 グレイは端的に説明した。


「ほう。なかなか愛嬌のある顔してるな。この熊」


 ヘイルが目を輝かせて白熊へ近寄り、手を伸ばした。


「ほーら、おいでー」


 瞬間。白熊は赤い血の付いた腕を振るい、ヘイルを吹っ飛ばした。ヘイルはそれをモロに喰らい、凄まじい勢いで壁に激突した。

 ドガァンッと衝撃で結晶の壁面が砕け、ヘイルは雪崩れ落ちる瓦礫の下敷きになった。


「ヘイルさん!」


 スリートが叫びながら、一瞬遅れてスノウとレインが、ヘイルの元へ駆け寄る。グロウがメガトンハンマーの柄を使い、()()の原理の要領で瓦礫をどかしていく。

 露わになったヘイルは、白熊の攻撃を受けた左頬に抉られたような裂傷が深々と刻まれており、重傷だった。

 崩落した結晶の壁の瓦礫によって四肢も血だらけで、ヘイル自身、ゼェゼェと荒い呼吸で痛みに呻いていた。


「なにするんだ、お前!」


 グレイは跳び上がって、ヤーグを振り下ろした。白熊は、頭上に迫る刃を、片腕で掴んだ。


「ヒ……ヒ、ヒヒ……ヒ…………」


 白熊はヤーグを押し返しながら、なにか喋ろうとしている。


「ヒ……ヒサ……ヒサシ……ブリ…………」


 やがて、グレイは白熊の言葉がはっきり聞き取れた。


「久シブリダナ、グレイ」


 名を呼ばれ、戦慄する。グレイは背筋に走った悪寒に引っ張られるように、白熊から距離を取った。

 なんだ。喋る熊? そんな知り合いはいない。それに、この白熊から感じる異様な雰囲気。こんなもの、さっきはまるで感じなかった……。

 グレイはハッと息を呑んだ。


「バカな……まさか、お前…………」

「なんなんだよ、こいつっ……」


 クロムが双銃を構えながら、グレイの傍らに立った。


「もしかして……さっきのクラウドか!?」


 グレイは白熊に詰め寄った。ラバルムを拐おうとした、あのクラウド――それが今、目の前にいる白熊なのか。

 白熊は、ニタリと。およそ動物がしそうにない邪悪な笑みを浮かべた。


「セ、セ……セイカ、正解ダ」


 白熊は、はっきりと人語を話す。


「コ、ノ……コノ……コノ、肉体ノ…………コノ肉体ノ、発語機構ハ……慣レガ……必要、ダ…………」


 段々と、白熊の喋りが流暢になっていく。


「ダガ……直ニ…………イヤ、モウ――もう慣れた」


 ついに、白熊は完璧な言葉を話し始めた。


「俺が殺した人間は、自身と任意の対象との肉体を入れ替える魔法を魂に宿していた。

 グレイ。俺はお前にやられかけたあの時、たまたま傍にいた白熊と咄嗟に肉体を入れ替えた。俺の肉体には白熊の魂が、白熊の肉体には俺の魂が入り、俺は自分の肉体を殺した。

 (イチ)(バチ)かの賭けだったが、俺の魂は残り、白熊の魂が入った俺の肉体のみが粒子化して消滅した。

 面白かったぜ。クラウドは入ってる魂が別物でも、肉体が死ぬと元の魂を残して粒子化するものなんだなぁ」


 グレイは驚愕した。この目でクラウドの身体が粒子となって消えるのを見て、完全に殺し切ったと思っていたが……。

 クラウドを吹っ飛ばし、雪煙に覆われたあの瞬間から、白熊と中身が入れ替わっていたのか。

 つまり、白熊の姿をしたクラウドを、みすみす見逃したのだ。


「そんな……ここは『神の喉仏』と呼ばれる、お山さまの聖域の中でも最も護られた神聖な空間なのに、邪悪なるものが立ち入れるなんて…………」


 ラバルムは、奥で【預言者】サンボダイの肩を抱きながら、身体と声を震わせて言った。


「――ということは、おまえ、私を誘拐して嫌なことをしようとした悪者ですね! おまえ、やっぱり私に嫌なことをするために来たんだ! 外の世界で汚濁にまみれ、私もその泥濘に引きずり込むつもりなんですねー!」


 ラバルムは、白熊クラウドを指差して叫んだ。グレイは、出会って最初にも、同じことを言っていたような気がした。

 クラウドは目をパチクリさせた後、黒い鼻を鳴らして笑った。


「それはつまり、期待していたと言っているように聞こえるぜ、お嬢ちゃん。俺の用が済んだら、して欲しかったことをしてやるよ」 


 ラバルムはクラウドに一瞥されると、怯えた様子でサンボダイの背中に張りついた。

 クラウドはグレイの方を向き直り、太く白い腕を伸べる。


「さあ。預言を渡せ。それから殺してやる」


 グレイは右手のヤーグ(スタンブレイド)を逆手に持ち替え、ブレイズで白熊クラウドに突っ込んだ。

 左手のヤーグ(ドレインソード)を薙ぐが、クラウドはまたも片手で受け止める。しかし、グレイはブレイズの推進力を強め、クラウドを洞穴の外へと押しやった。

 再び凍てつく外気に晒され、グレイとクラウドは雪の上を転がった。


「このクラウドは俺がやる! みんなは【預言者】とラバルムを守っ――」


 グレイは態勢を整えながら、仲間たちに通信した。だが、言葉は途切れた。

 目の前の、白熊の姿をしたクラウド。吹雪の向こうで、その背後から何者かの集団がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 白い闇の奥で、いくつもの赤く光る双眸が、グレイを捉えていた。


「――敵の増援を確認。数は…………」


 グレイは言葉を失った。数はざっと見ただけでも、10人以上いることが分かる。

 だが、数は問題ではない。実際、並のクラウドが相手なら、10人だろうが20人だろうが、自分1人で相手取れる確信がある。

 しかし、そのクラウドの軍勢の中に、よく見知った顔がいたのだ。


「…………メシア!」


 光沢を帯びた大剣を担ぎ、戦いと殺しに悦びを見出だす邪悪な笑みを浮かべた少年は、名を呼ばれると赤い瞳を細めた。


「久しぶりだな、グレイ。悪いけど今日の俺は忙しいんだ。手っ取り早くお前を殺して、その後【預言者】を殺す」


 グレイは今回の襲撃の目的を悟った。

 預言を奪うだけではない。

 サンボダイを殺して、【預言者】の未来を視る力を手に入れようとしているのだ。

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