山小屋での一時 (SIDE:F)
レインは脱衣室で服を脱いだ。
「…………」
ブルートやスノウの視線が気になったが、今までの経験からきっと体の話になると思ったので、気づいていないフリをした。
「……レインちゃん、また大きくなった?」
スノウが胸をまじまじ見ながら訊いてきた。
「…………体重も増えたよ」
レインは、あえて悪影響の方を告げた。胸が大きかろうが小さかろうがどちらでもいいが、体重が増えるなら大きくあってほしくはない。
だが友人2人は胸の大きさを羨ましがっているらしいので、こう言えば矛先を収めてくれるかと踏んだのだ。
「いいじゃん。レイン、スタイルいいし。大きくて体は細いなんて、反則よ反則」
ブルートは拗ねたように、ローブもろとも制服を脱ぎ払った。
「ねえねえ! はやく入ろうよ!」
チルドがレインの手を掴みながら、スノウとブルートに言った。もう片方の手は、気だるげなグロウを引っ張っている。
「やだ……入るってことは、出るってことじゃん…………」
珍しく、グロウはきっぱりと拒否していた。いつもそうだが、今日は特に風呂に入りたくないらしい。
「そうだね。入ろっか」
レインはバスタオルを胴に巻いて、チルドの伸べた手を握った。チルドの手は、極寒の雪山に晒された後なのに暖かかった。
「うん。それじゃ、聖峰の秘湯とやらを堪能させてもらおうじゃないの」
「え、女将さん秘湯なんて言ってたかな?」
ブルートが威勢のいいことを言ったが、スノウは真に受けて眉をひそめた。
チルドがガララと戸を開けると、ほどよく広い浴場が眼前に待ち構えていた。シャワーはちょうど5つあり、全員でいっぺんに入ってもゆとりのありそうな大きな浴槽が、壁際で表面張力を効かせて湯を揺蕩わせている。
「わは〜〜〜っ!」
ブルートが嬉々として全身を伸ばす。チルドもはしゃいで走ろうとしたが、レインとグロウが止めた。
5人は凍えた体を、白濁とした石鹸で洗い流した。たちまち浴場は湯気が立ち上り、あっという間に心地よい温もりに包まれる。
シャワーを浴び終え、レインたちは浴槽に浸かった。
「あ〜〜〜〜〜…………」
レインが肩まで湯に浸けて、喉から栓が抜けたような溜め息をつく。体中の疲労が、湯気と共に浄化されていくようだ。
「きもちい……」
スノウは姿勢よく座り、胸あたりまでの高さの湯を手ですくって首元にかけた。
「…………」
グロウはとろけたような顔をして、頭のてっぺんまで浴槽に沈めた。
「はぁ…………うわー、肌すべすべ。これほんとに秘湯なんじゃない?」
ブルートが腕を擦りながら言った。
「あとで女将さんに、効能とか聞いてみよっか」
レインは言いながら、スノウと協力してグロウを引き上げた。
「わあー!」
チルドは中腰の態勢で、子どもには広い浴槽をスイスイ動き回っていた。彼女は、雪山で冷えた体の癒やしというより、浴場の規模そのものに感動しているようだ。
チルドは一頻り浴槽を巡回すると、縁に掴まって、ある一点を見つめた。
「ねえ、こっちにも温泉があるみたい!」
チルドが指差したところを、レインたちは見た。湯気が濃くてよく見えない。目を凝らすと、ひし形のすりガラスがついたドアがあり、『第2浴場』と書かれた立て札が掛けられていた。
「へー、行こ行こ!」
ブルートがバシャアと飛沫を撒き散らして立ち上がる。レインとスノウも、のぼせているのか、ただ悦に入ってるだけなのか分からないグロウを壁にもたれさせ、後に続く。
ペタペタ、と裸足の音を立てて、レインたちはドアの前に行く。
「どれどれ〜」
ブルートがドアを開けた瞬間。ブオォという音と共に、レインたちの視界は真っ白になった。
雪山の冷風が彼女たちを洗礼したのだ。あまりの寒さに、レインは全身の皮が剥がされたかと思った。刺すような低気温が、吹雪が、肌を灼く。
見ると、微かにドラム缶のようなものが鎮座し、そこから冷気に混じって、濃い湯気が昇っているのが分かった。
「露天!?」
ブルートが叫んだ。歯がガチガチ鳴り、唇がヒリヒリして、うまく喋れない。
「ちょちょちょちょちょ、1回ストップ!」
レインが待ったをかける。ブルートはそれを受けて、吹き荒ぶ冷風と格闘しつつ、なんとかドアを閉めた。
振り返ると、浴場には静けさと、まだ残る湯気があった。スノウは、自分の両肩を抱いて固まっていた。
「え、どうする? 入る?」
レインが問う。
「いやー、入りたい気もするんだけど…………」
「入りたくない、気もする……」
ブルートとスノウが、細い腕を擦りながら答えた。
「だよね……さすがに、ちょっと死んじゃうよね……」
レインは苦笑した。振り返ると、グロウがまた湯船に潜っていた。外の冷気が、あそこまで届いたらしい。
「うん……ごめんなさい。チルド、寒いの気づかなくて…………」
「ううん! 外が見えないようになってたから、仕方ないよ」
「そうだよ! それに、この極寒の雪山じゃなきゃ、入りたかったし!」
「今度また出かけ先に温泉あったら入ろう、露天風呂」
シュンとなるチルドを、レインたちは励ました。チルドに悪気はないのだから、落ち込ませるのも可哀想だった。
すると、チルドは最後にスノウの言った言葉に、表情を明るくした。パァ、と笑顔が咲く。
「うん! お外でお空見ながら入る!」
「うんっ。約束」
スノウも応えるように微笑んだ。4人は雪山の露天風呂を断念して、大人しくグロウの浸る浴槽に身を沈めた。
それから十数分で程よく逆上せてきたので、5人は最後に体を軽く流してから浴場を出た。
「いいお湯だったね」
「ね。気持ちよかった」
レインとスノウは、隣り合ったカゴからバスタオルを取り出した。体や髪を撫でるように拭く。
「温泉って久しぶりだったけど、やっぱいいよね。週1くらいで入りたい」
「こっち来てから、温泉入ってなかったからね〜」
「みんなでお風呂、チルドたのしい!」
談合しながら濡れた肢体や髪を乾かし、服を着てレインたちは脱衣室を後にした。
「グレイたちに、一声かけとこっか」
「う、うん……」
廊下の角を折れ、2階への階段を上りながらレインが言う。スノウはなにかドギマギして頷いた。
階段を上り終えると、レインたちの使う部屋を通り過ぎ、2つ目の客室へ向かう。トントントンと3回ノックし、ドアを開ける。
「みんなー、私たち上がったよー」
「ああ、分かった」
グレイが振り返って返事する。クロムや他の男性陣のパッと見た様子だと、どうやら空き時間は適当にくつろいでいたらしかった。
――ただ。部屋の中央の脚に、縄でくくりつけられたボスタフだけが、言い様のない異物感と、どことない哀愁を放っていた。
レインは何も見なかったように、ドアを閉めた。