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アノクタラ山脈

 ヴァントを通り抜けたグレイたちは、別の場所の正規軍施設にいた。そこで、防寒対策にと深紅の外套(ローブ)を人数分手渡され、若い兵卒の道案内を伴って出発した。

 しばらくは穏やかな平野が続いたが、やがて仄暗い森林地帯へ入り込み、人の手のほとんどかかっていない道なき道を、11騎のエクゥスアヴィスが乗り越えていく。

 やがて傾斜が急になっていき、先陣を切る正規軍の案内役が、『この辺りから登山道です』と曖昧な説明をした。


「これ、1日で帰れるのかな?」


 レインが遥か高くそびえるアノクタラ山脈を見上げて呟いた。


「山で野宿って、どうするんだろ? しかも、見た感じ雪山だし……」


 ブルートがエクゥスアヴィスに歩調に合わせて上体を揺らし、先行きを憂いた。

 山脈は、最高峰へと上がるにつれ純白を増している。夏も終わり肌寒くなってくる時期だから、これはおそらく残雪だ。

 ということは、この山は年中凍てついていることになる。


「でかい山にはチェックポイントがあって、大抵はそこで寝泊まりできるようになってるはず」


 クロムが言う。


「そうなの?」


 グレイが少し離れたところで聞き返した。


「富士山とか、よく何合目って言うだろ。そこに小屋みたいなのがあって、休憩できるんだ。ここも多分そうなんだろ」

「へえー」


 クロムが雑学や()()()()に秀でているのは、元の世界にいた頃からだったなと、グレイは相槌を打ちながら思い出した。


「ここは聖峰アノクタラという別名もついているほど、神聖で清浄な山とされているんです。だから、守り人と呼ばれる方々が、小屋で旅行客のお世話をすると同時に、山の管理も行っています」


 案内人が先頭からグレイたちを振り返った。


「この山は昔、神様が住んでいた地と言い伝えられていて、その神様の魂を守るために、ずっと雪が表面を覆っているという伝説があります」

「神様?」


 レインが首を傾げた。


「太古の信仰ですよ。ずっとずっと前、我々が文明を築くよりも前に、神様は死んでしまったらしいんです。じゃあ前はいたのかよ、って話なんですが」


 神――グレイは考えた。元の世界でも、そういう概念はあった。

 しかし、この世界では神より、【救世主】や【預言者】の方がよほど民衆に信じられている。

 それは歴代の【救世主】の偉大さを物語ると共に、かつていたとされる神を人々が忘れ、もはや信奉していないことを示唆しているのだろう。


 実在するか知れないものより、目の前に存在する絶対的な権能を頼るのは、思えば当然かもしれない。


 進んでいくと、次第に標高が高くなり、それにつれて気温も低くなっていく。グレイら一行の口数は、徐々に少なくなっていった。

 更に進むと吹雪が生じ始め、視界には一気に白銀の世界が広がった。グレイたちが纏うあかのローブは温暖効果のある魔法が付与されており、低体温などの危険性はなかったが、それにしたって寒さには堪えた。エクゥスアヴィスも同じらしく、山を登るスピードは目に見えて落ちていった。

 全身が雪で真っ白になりかけた頃、行く手に微かに明かりが見えてきた。


「あれが876メートル地点の小屋です」


 案内人が、吹雪に掻き消されぬよう声を張った。振り返った彼の全身は、雪が被って真っ白になっていた。

 それから約2時間ほどかけて、グレイたちは山小屋に到着した。凍えたエクゥスアヴィスたちを暖かい納屋に待機させ、小屋へ入る。

 小屋の守り人は年配の女将おかみで、グレイたちが暖かさのあまり野太い歓声をあげていると、恭しくお辞儀した。


「救世主の皆さん、長旅ご苦労様です」

「どうも、お世話になります」


 スリートが体についた雪を払ったり、荷物を床に降ろしたりしながら言った。眼鏡が真っ白に曇っていたので、みんなクスクスと笑いを堪えられなかった。

 案内人は、日が傾き始める前に戻らないと命に関わると言って、グレイたちが一息ついている間に帰っていった。

 あまりくつろいでも返って後が大変になると思い、グレイは立ち上がった。


「すみません、お部屋って……?」

「お2階の手前2部屋でございます。ご案内します」


 女将がにこやかに階上を指したので、グレイは体を奮い立たせて荷物を持った。ネルシスやグロウはぶーぶー文句を言ったが、結局全員が一気に階段を上った。

 2階は細長い廊下に5つ部屋が並んでいるだけの簡単な構造になっており、一番手前の角部屋を女性陣が、その隣を男性陣とボスタフが使うことになった。

 中は6畳ほどの洋室となっていて、男5人とその荷物 (+ボスタフ) が入ると窮屈感は否めないが、それなりにスペースは確保できる広さだった。

 1時間ほどのんびりしていると、ドアをノックされた。


「はーい」


 グレイが返事すると、廊下側からドアが開けられた。レインだ。


「女将さんが、あと1時間くらいで夕食だから、その前にお風呂入ってきてもいいって」


 レインが言い終えるのを待たず、ネルシスが勢いよく立ち上がった。


「風呂。悪くない。悪くないぞ。山の中で沸かす風呂といえば、天然の秘湯か火で沸かすタイプ。男女水入らず、裸の付き合いができ――」

「私たち先に入るから、30分後に男子が入って」


 ネルシスはきょとんとして、目をぱちくりしばたかせた。


「なんで? 男女共用なのか?」

「そ。だから順番に使わないと」

「みんな一緒に入ればいいじゃないか」

「女子には色々あるから、一番風呂もらっちゃうね」


 レインはネルシスを無視した。レインが誰かを無視するなんて今までなかったことだが、おおかたブルートあたりに対処法を教わったのだろう、とグレイは推察した。

 バタンとドアが閉じると、ネルシスは下卑た薄ら笑いを顔面に浮かべた。


「先に入るってことは、つまり覗けってことだよな」

「都合のいい脳みそだな」


 クロムが毒づいた。


「やめとけ。殺されるぞ」


 グレイはネルシスを脅した。自分でも、語気が必要以上に鋭いと思った。なぜか、少し苛立っているのが分かる。


「どうせ僕たちが先に入ることになっても、同じことを言うんでしょう」


 スリートが呆れたと言わんばかりに、この場の誰もが思っていたことを言う。

 ネルシスは批難され、拗ねたように『フン』と鼻を鳴らした。


「まあ最悪、覗けなくても女子の浸かった残り湯は飲める。それだけでも十分だ」

「え、飲むのか。それはちょっとさすがにやばいぞ」


 ヘイルがドン引きしていた。


「そういえば、ボスタフさんはお風呂に入れるんですか?」


 スリートが問うたが、返事はない。テーブルの上に寝転がっていたのが、いつの間にかいなくなっていた。


「まさか…………」

「あの野郎…………」


 ヘイルとネルシスが顔を見合わせた。先ほどレインが閉めたはずのドアが開いている。2人はドタドタと喧しく部屋を出ていった。


「はあ…………入りたくはあるみたいですね」


 スリートは溜め息をついて、ゆらりと立ち上がった。


「――なあ。前にもこんなことあったっけ?」

「あってたまるか」


 グレイはクロムに訊ねたが、ぴしゃりと突き放されてしまった。たしかにそうだ。

 それに、クロムに訊いても仕方ない。……そう思ったが、グレイはなぜそう思うのか分からなくて、妙に不思議に感じた。

 ともかく、ボスタフの好きにさせるわけにはいかない。グレイとクロムも、女性陣の倫理を守るため、3人の後を追った。

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