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聖王の勅命

 転移魔法陣越しに見えたのは、パラティウムの金や白の絢爛豪華な内装だった。


「救世軍の皆様ですね。お待ちしておりました」


 グレイが声の方を振り返ると、黒い正装姿の職員が立っていた。ウィルは職員に目礼すると、グレイたちに向き直る。


「これから、聖王様と謁見を賜る」


 やはり、勘は当たっていた。グレイは心持ちを引き締めた。


「聖王様から直々のご勅命を授かることになっている。心して拝聴するように」


 ウィルはいつも以上に厳格な語調で告げる。職員が『それでは、ご案内いたします』と言って歩き出すと、グレイたちはウィルを先頭に彼についていった。

 赤いカーペットの敷かれた階段を上りながら、グレイは初めてここへ来た時のことを思い出していた。

 レインと共に、ケントルムに会い、そこで救世主となった。あの時のことは、決して忘れることはないだろう。


「こちらに聖王様がいらっしゃいます」


 最上階の重厚な扉の前で、職員は1度グレイたちを振り返った。そして扉が開かれ、グレイたちは口々に『失礼します』と断りを入れ、中へ入った。

 部屋の中央に円卓があり、その奥に脚や背もたれの高い、立体的な装飾が派手な椅子がある。

 聖王は、そこに座していた。


「よく来た」


 聖王の前まで移動している最中、聖王が言う。救世主任命の儀式や学院で激励を贈られた時、報道などで見聞きする時の威厳は健在だったが、どこか覇気が薄れているような気もした。

 それは声音はもちろん、近づくと姿勢や表情などからも窺えた。久しぶりに見た聖王が、これほど弱々しい姿となれば、たしかに露出を減らすのも頷ける。

 グレイたちは玉座の前で整列し、直立不動となった。


「そなたらが小人族から、近く【預言者】に動きがあるという情報を得たことは聞いている。そなたらには、来たる預言を持ち帰るため『アノクタラ山脈』へ向かってもらいたい」


 俺たちが預言を持ち帰る――グレイは生唾を飲み込んだ。未来を視るという【預言者】に会えば、戦いの果てに待つ運命を知ることができるかもしれない。

 その大役を務める責任の重さを、徐々に感じ始めていた。


「はっ。猊下げいかのご勅命に賜り、至極光栄にございます。救世主たちと共に、必ずや預言を持ち帰り、ご期待にお応えいたします」


 緊張と重責を前に言葉を失っているグレイたちの代わりに、ウィルが言う。右の掌を左胸に当て、最敬礼をした。

 それを認め、聖王は『うむ』と唸る。


「聖王様。お聞きしてもよいでしょうか」


 話が終わりそうなところへ、クロムが割って入った。グレイたちは驚いてクロムの方を横目に見たが、中でも一番面食らっていたのは、ウィルだった。


「なんだ」


 聖王はいささか訝しげに眉をひそめたが許した。


「【預言者】の件について報告してから、半月ほど経っています。このタイミングでの勅命というのは、なにか意味があってのことなのでしょうか?」


 グレイは、直前にクロムと話していたことを思い起こしていた。

 聖王は一瞬、目を逸らした。


「【預言者】の預言は、世界に影響をもたらす。もうすぐ預言がもたらされるからといって、無闇に受け取るというわけにはいかないのだ」

「戦争の行方を左右する預言と、お伝えしたはずです。それでも、早急に手に入れるべきではないと判断されたのは、どういった理由なのでしょうか」


 クロムは納得がいかないのか、食い下がる。


「クロム、無礼だ。控えておけ」


 ウィルが鋭い口調で遮る。それを、聖王が片手を挙げて諌める。


「預言を入手するため『アノクタラ山脈』へ向かう。それには現地の承諾や旅程の調整が必要だ。むしろ数週間で準備を整えたというのは、著しく迅速な対応であったと思わないか?」


 聖王が問い返す。だが、どうも苦し紛れな感が滲み出ているのを、グレイは感じ取っていた。


「たしかに、仰る通りです」


 クロムは首肯したが、その口調は全く同意しているようには聞こえなかった。


「では、【首都防衛戦】から今までこれといった活動をなされていないのも、その迅速な対応の一環ということでしょうか」


 ついに、核心を突くクロム。ここまでグレイたちを案内した職員は、堪らなくなったのか『貴様!』と声を荒げ、ウィルは立ち上がって大股でクロムの隣まで歩み寄った。

 聖王は【首都防衛戦】でクラウンから接触を受けた――ケントルムを救出するためパラティウムで戦ったクロムの証言だ。それ以来、聖王は公の場や報道に一切姿を見せなくなった。

 やはり、クロムは最初からこの件を問いただすつもりだったのだ。


「…………なにが言いたい?」


 聖王の表情にも辛いものが見え隠れし始めてきた。どこか、恐れや焦りを窺わせる。


「俺が聞きたいことは1つです、聖王様。【首都防衛戦】で、クラウンに会っていますよね。あの日、一体なにがあったんですか?」


 クロムが問うた。心音が部屋中に木霊している錯覚を覚えさせる沈黙が、場を支配していた。

 憤りを見せていたウィルも、パラティウム職員も、聖王の返答に関心があるのか、クロムを叱りつけるどころではなかった。

 聖王はまぶたを閉じ、熟慮の末、やがて緩やかに目を開けた。


「以前のような宣戦布告だ。我らの世界と徹底抗戦するとな。市民の不安を煽るような声明を出すわけにはいかない」


 グレイは顔をしかめた。そんなことのために、あんな大きな戦いをするだろうか。そもそも、戦いが既に起きているのに宣戦布告だなんて、明らかにおかしい。

 クラウンだって、侵略が目的なら聖王を殺せばよかったのだ。しかし聖王は生きているどころか、傷一つ負っていなかった。市街で戦った救世主や軍人、逃げ遅れた民間人が大勢死んだというのに。

 聖王はなにかを隠している。クラウンと会った【首都防衛戦】の日、間違いなく何かがあったのだ。それだけは確かに思えた。


 ――なぜ、子どもが戦う?


 メシアと戦い、瀕死に陥っていたグレイは、クラウンの問うた切なげな声音と、悲しみを帯びた眼を覚えていた。

 宣戦布告をした直後の人間が、あんなことを言うだろうか。グレイには、とても聖王の言っていることが真実とは思えなかった。そんな単純な話では、絶対にないはずだ。


「…………話は以上だ。諸君の活躍を信じている」


 それだけ言い残し、聖王は『下がれ』と言わんばかりに腕を振るう。

 グレイたちは、パラティウム職員に追い出されるように部屋を去った。

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