第2種軍装
第Ⅱ部からレイアウト(背景色とか)を変更して雰囲気を変えようかと思っていましたが、設定の便の関係で断念しました。
グレイたちは寮のシェアルームで、支給された冬服に着替えた。装いを新たにした自分の姿を、グレイは姿見で見つめる。
ジャケットは黒い学ランのような衣装でズボンは白と、夏服とは上下の配色が逆になっている。
また、両肩には暗めの金の肩当てが付いており、ヴァントの防護魔法の効果時間を延長させると同時に、装着者の身体能力を底上げする増強魔法も付与されているという。
「なんか、一気に学生感が増したな!」
ヘイルが上体を捻るようにして制服を眺めながらはしゃぐ。
「ええ。まあ、グレイさんとクロムさんはいいとして、僕たちはもう学生という年齢ではないですが」
クロムが眼鏡をくいっと上げて言った。しかし、彼はグレイやクロムに劣らず似合っていた。
「心が若ければ、いつだって学生に戻れる。あの小人も『あそび』の心を持てと言ってたろ」
ネルシスがペティ族の長老ニッチェの言葉を引き合いに出したが、グレイは何か履き違えている気がした。
「よし、とっとと行くぞ。女子の制服姿を一刻も早く拝みたい」
「お前のは若いんじゃなくて進歩がないって言うんじゃないか」
ネルシスの軽い物言いに、クロムは呆れながら毒づいた。
会話もそこそこに、グレイら5人はウィルに指示された教員室へ向かった。ウィルを見つけると、彼のデスクまで行く。途中で気がついたのか、ウィルもグレイたちに体を向き直した。
「女性陣はまだだ。揃い次第、用件を伝えるから、楽にしていてくれ」
ウィルはそれだけ告げて、デスクワークに戻った。
教員室で待たされて、楽も何もないだろうに――グレイは思った。
「――そういえば、新型飛空艇の建造計画が始動したらしい」
時間を持て余しているグレイたちに気を遣ってか、少ししてウィルが話題を切り出した。
飛空艇といえば、数週間前グレイたちがペティの森へ向かう際に搭乗した乗り物だ。
「なんでも、お前たちの乗った試作機シキシマの墜落事故は、魔法と科学を融合させた自動操縦の不具合が原因だったようだ。今回は自動操縦技術の実践を留保して、有人の手動操縦による安全な航行の実証を優先させると聞いている。
完成の目処が立ったら試乗する人員を募集するらしいが――」
「2度と乗りたくありません」
グレイは、ウィルの言葉を遮るように、反射的に答えていた。
墜落事故の際、グレイは空中で分解しながら乱高下する飛空艇から投げ出され、ブルートがいなければ死んでいた。
失神してよく覚えてはいないが、あんな思いはもうこりごりだった。
「だろうな」
ウィルが苦笑しているのが、彼の口元を覆う軍用マスク越しに分かった。
「失礼します」
教員室の入り口の方から、レインの声が聞こえた。振り向くと、女性陣が揃ってグレイたちの方へ向かってきた。
「ど、どうかな…………」
レインは真っ直ぐグレイの正面へ行き、照れたような期待しているような表情で、後ろ手を組んで自分の姿を見せた。
レインが着る女性用の冬服は、上はグレイたちの着る男性用と似た黒いブレザーで、スカートは赤を基調としていた。
また、レインの制服だけスノウたちと少し違い、ブレザーの袖からは白の、スカートの裾からは黒の短いフリルが、それぞれ覗いていた。
かわいい――心の声は、喉の辺りで引っかかったように出てこない。元々の顔立ちの良さや線の綺麗な身体つきも相まって、グレイはレインの新しい制服姿に、思わず見惚れていた。
機動性を重んじたのか裾丈が太もも辺りまでの短いスカートを補うように、レインは黒いニーハイソックスを履いていた。更に、さっきレインが言っていたマントとスカートの色合いも、見事に同調している。
レインの冬服にしかないフリルが、おそらく総代ゆえのものだろうと気づくのに、しばらく時間がかかった。
「レイン、似合ってるな」
グレイは一瞬、自分の心の声が漏れ出たかと思って慌てたが、声の主はクロムだった。
「えへへ、ありがとう……」
レインは恥ずかしそうに俯き、笑った。どことなく切なそうな笑顔に、グレイは胸が締めつけられるような感触を覚えた。
それは、俺の台詞だったはずなのに――クロムに対して複雑な感情を抱き、それを自覚してグレイは自己嫌悪した。
するとグレイは、レインが俯きがちになりながら、上目遣いで自分に視線を送っているのに気がついた。
間違えてはいけない――直感が命じるまま、グレイは心に浮かんだ言葉を吐き出した。
「すごくいい」
やや間があった。レインは噴き出して、口元を手で隠して、もう片方の手でお腹を抱えて笑った。
「ありがと、グレイ」
いつものレインらしい、快活な笑顔だった。
すると、チルドのリュックからボスタフが飛び出し、ウィルの卓上に立った。
ボスタフは、ウィルが言っていた通り、ちゃんとぬいぐるみサイズの冬服があてがわれていた。上半身は男性用や女性用と同じ配色だが、下半身は何も履いておらず、足の生地が丸見えだ。
「どや、ワイの制服姿。めっちゃ似合うとるやろ」
誇らしげに胸を張るボスタフ。しかし実態は人間でいう半裸である。
なぜ下の制服がないのか、グレイは気になったが、あえて何も言わなかった。
そしてそれはおそらくみんなも同じだろうと思った。
「よし、全員揃ったな」
αD2一同の集合を確認し、ウィルが立ち上がった。
「着いてきてくれ」
グレイはレインと顔を見合わせ、首を傾げた。
指示通り、グレイたちはウィルに追従する。教員室を出、学舎からも出て向かった先は、噴水広場だった。
広場の噴水と正門との間に伸びる道。その中央には、地面に巨大なマンホールのような円形の装置が埋め込まれている。ウィルは、その手前で立ち止まった。
「どこへ行くんです?」
気になって、グレイは訊ねた。
ウィルの足元にあるのは転移魔法の起動装置で、マンホールから別のマンホールへワープするという代物だ。
つまりどこか別の場所へ行くらしいのだが――。
「着いたら説明する。とにかく乗るんだ」
グレイたちは戸惑いながらも、ウィルに倣ってマンホールの上に立つ。
さすがに大人を含めた11人というのは大所帯で、展開された魔法陣の内側へ収まるには、ぎゅうぎゅうに密着しなければならなかった。
種々の呻き声と共に、グレイたちは起動した転移魔法に包まれ、スコラ学院から消えた。