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衣替え

 どうも、abyss 零です。

 第Ⅶ章は、第一部のエピローグ兼第Ⅱ部のプロローグみたいな章で、第一.Ⅴ部みたいなところがあります。

 今後ともお付き合いいただけましたら幸いです。

 束の間の休暇が明けて、半月ほどが経とうとしていた。パゴノメの月(元の世界の10月に相当する)も折り返して、徐々に肌寒くなってくる頃合いだ。

 そんな中、ある日のミーティングで一堂に会したグレイら救世主に、指揮隊長のウィルは告げた。


「諸君に第2種軍装――すなわち冬服を貸与する」


 それは、衣替えの通達だった。半袖のシャツに薄い生地のズボンでは、そろそろ木枯らしの涼しさに耐えかねるところだったから、グレイは嬉しかった。

 同時に、部屋全体が湧いた。ワッとせきを切ったように歓喜の声が上がり、ついでガヤガヤと談笑するのが全方位から聞こえてくる。

 隣で、レインがスノウたちと楽しそうにはしゃいでるのに気づいて、グレイはなんとなく会話を耳に入れた。


「どんなのだろ〜! かわいいといいな〜」


 レインたちの関心は、新しい制服のデザインに向いているらしかった。

 教官たちが、一抱えほどの木箱を持って続々と入室し、教壇の前に置かれた長机の上に置いていく。


「名前を呼ばれたら取りに来てくれ」


 順に制服を取りに行く救世主たちの足取りは、みな喜びに弾むようだった。

 先にレインの番になって、αD2の面子で一足早く制服を受け取る。制服を一通り眺めて席へ戻るレインの表情は、期待に満ちていた。

 その姿をなんとなく目で追っていると、ふと振り返った彼女がグレイの方へ向かってきた。


「ねえねえ! 新しい制服、スカートすっごくかわいいっぽいよ!」


 制服を乗せた両手を差し出してくるレイン。


「ああ、なんかそんな感じするな」


 グレイはその様を微笑ましく見つめて頷いた。


「マントの色と合うといいなあ」


 レインが上体を捻って、尻の辺りまで伸びたマントを振り返る。細い腰周りのくびれが強調され、彼女の整ったプロポーションが露呈したが、グレイの意識がそこへ向くことはなかった。


「どっちも暗めの色だし、バランスいいんじゃないか? マントとスカートは同系色だし」


 グレイはレインの掌の制服と、彼女のマントを見比べた。レインの輪郭がはっきりした綺麗な顔立ちとスタイルからして、何を着合わせても大抵は似合うだろうが、それを差し引いてもマントと制服の相性は良さそうに見える。


「そうかな。そうだよねっ、そうだといいなあ」


 レインはグレイの頭の上と天井の間を見つめて、ニヤけながらフラフラした。新しい制服を身に纏う姿を想像しているらしい。

 グレイは彼女が弾むように膝を伸縮させているのに気づいて、早く着たいのだろうなと思った。

 そんな具合にレインと話していると、ついにグレイの名前が呼ばれた。グレイは立ち上がり、椅子をしまった。


「男子の制服も、もらったら見せて!」


 すれ違いざま、好奇心に目を輝かせてレインが言った。グレイは、おかしくなって頬を緩ませながら頷いた。

 前へ向かう途中で、クロムの名前も呼ばれたのが聞こえた。自分がさっきまでいた辺りで椅子が引かれる音がした。

 ウィルから制服を受け取り、元の席へ戻ろうと振り返ると、クロムはまだ移動しておらず、レインと話していた。なぜか胸の辺りに嫌な感触を覚えつつ、グレイは2人の方へ近づいていく。


「あ、制服取りに行かなきゃ」


 クロムはグレイが近づいてくるのに気づくと、小走りにウィルの元へ向かった。


「グレイ! 見せて見せて!」


 レインが駆け寄ってきて、グレイが持つ制服をまじまじと見つめた。


「わあ、夏服よりお揃い感ありそう!」

「あぁ、そうかもな」


 たしかにこれまでの制服より、新制服は男女の配色の一致率が高そうに見えた。一目見て冬服を着た男女が並び立つ様をイメージできるレインの想像力に、グレイは感心した。


「――あっ。じゃあ、私席に戻るね」


 レインは何かに気づいたのか、『ごめんね、グレイ』と言って慌てて自席の方へ戻っていった。

 見ると、レインは廊下の席に座る救世主たちの背後を、謝りながらすり抜けていき、長机のほぼ真ん中に位置するスノウの隣の空席に腰かけた。なるほど、あれは出るのも戻るのも一苦労だ。

 そこへ、ちょうど制服を受け取ってクロムが戻ってきた。グレイはクロムが座るのを待って、自分も端の席に着いた。


「なあ、さっき話してたんだけどさ。新しい制服、絶対レインは似合うよな」


 隣からクロムが話しかけてきた。


「ああ……多分」


 グレイは返答しながら、それがなぜか不自然に素っ気ないような気がした。


「…………ところで、『例の件』ってどうなってんだろうな」


 出し抜けにクロムが話題を変えた。


「――【預言者】のことか?」


 グレイは思い当たるのに数瞬を要した。


「ああ。あれから2週間以上経つ。なのに隊長からは何も報せがこない」

「………衣替えの時期を待ったんじゃないか? 山へ行くってなるとますます寒いだろうし」

「なら制服にこだわらず登山着でも着て来ゃいいだろ」


 グレイの発した冗談は、至極正論で一蹴された。


「それに、もう1つ気になることがあるんだ」

「気になること?」


 神妙な面持ちになったクロムに、グレイはずいと身を乗り出した。


「聖王様だよ。【首都防衛戦】の時クラウンに接触されたらしいが、あれから3ヶ月近く経つのに一切公に出てこない。あの時、何があったのかも開示されない。おかしいと思わないか」


 以前まで、聖王は定期的に見かけられた。学院へ赴いて救世軍に激励を贈ったり、魔晶台のニュース番組や新聞などで公務に勤しむ様子が報道されるからだ。

 だが、【首都防衛戦】以後、聖王の活動は全く報じられなくなった。それは聖王が何もしていないか、していることを秘匿・隠蔽しているかのどちらかを示唆しているが、後者はクラウドとの世界規模の戦時中において、そんなことをするメリットはないはずだ。

 しかし、前者にしても理由が見当もつかない。聖王の活動や市民へのPRやケントルムを運営するにあたって欠かせない。


 クラウンから接触を受けて以降、戦局が停滞しているタイミング中での聖王の現況の不透明は、なにか不穏な予感を覚えさせる。


「新しい制服は、全員に行き渡ったか?」


 ウィルが全体へ向けて問う。喧騒がみるみる弱まり、室内が静寂する。


「ワイのがないで!」


 レインが座る方から、威勢のいい声が沈黙を破る。チルドが机上に置いたリュックから、ボスタフが顔を出していた。

 近くのブルートやスノウ、レインが慌ててボスタフを嗜め、チルドは『ほんとだ、もらいに行こ!』と真に受けて席を立とうとしていた。

 グロウはチルドの隣で、貸与された冬服を枕にして寝ている。


「受け取っていない者がいないなら、俺から1点、連絡をして解散とする」


 ウィルはボスタフを無視した。


「第2中隊D小隊α分隊の諸君は、制服を着替え、30分後に教員室へ来るように。以上」


 もしや――グレイはクロムと顔を見合わせた。


「――それからボスタフ。ぬいぐるみ用オーダーメイドの制服を用意してあるから、あとで渡す」

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