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ココロはたまご

 ドドドドド……と雪崩れるような音が、里の周囲の森から聞こえてきた。迫り来るようなそれは、聞き慣れた群れの足音だ。

 グレイは仲間たちと目を合わせた。隊列を成しているかのようにまとまった歩調は、救世軍が擁するエクゥスアヴィス団と似ている。


「みんな! あの音……!」


 歓喜に頬が引っ張られる。グレイたちは確信を抱きながら足音の方へ駆け寄る。拓かれた里の外縁部から森の奥へ目を凝らすと、馬とも獅子ともとれる四足の獣たちが、こちらへ直進している。その背には、白や黒の制服を纏った人影が騎乗しているのが見えた――救世軍だ。

 やがて、エクゥスアヴィスと騎手が森を抜け、グレイたちの前に現れた。騎手は『どうどう』『よしよし』と騎馬を止めた。片方の手は乗っているエクゥスアヴィスの、もう片方の手には後方で心細そうに踵を鳴らす別のエクゥスアヴィスの手綱を握っている。

 グレイは、その姿を一目見て、思わず駆け寄った。


「クルス!」


 レインと2人で救世主になった時――あの初陣から、ずっと戦場を共に駆けた愛騎だ。【首都防衛戦】では、ポルタの向こう側やハオス王国の危機に際して、グレイを運んでくれた。

 グレイが愛騎に近づくと、クルスは歓びにいななき、丸太ほどの太さの首を差し出した。手を伸べて毛深い体を撫ぜると、嬉しそうに唸った。

 すぐ傍で『エイラ!』と愛騎を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、レインも同じようにエクゥスアヴィスを愛でていた。


「通信しても応答がないから救援に来た。――飛空艇の試作機をオシャカにしたんだって?」


 エクゥスアヴィスの隊列の先陣を切る騎手――ハオス王国正規軍のオオバネ少尉がからかうように言いながらグレイを見下ろした。

 彼とは任務へ出撃する際、ヴァントを潜る時など何度か会ったことがある顔見知りだ。いとまがあれば、2,3会話を交わすくらいの仲ではある。

 救世軍の任務は世界の危機――すなわちクラウズにまつわる事案。対して正規軍は、国内の自治に当たる。今回のグレイたちの捜索は、飛空艇墜落の件もあって、正規軍の管轄となっているらしかった。


「俺たちがやったんじゃないですよ。大人しく座ってたら、警報音が鳴って墜落した」


 オオバネ少尉は面白そうに笑った。いくら他人事とはいえ、グレイは少しむっとした。


「なら、どうして連絡しないんだ」

「通信魔法が利かないんです、ここ」


 オオバネ少尉はいぶかしみながらどこかへ連絡を試みた。


「こちらオオバネ。音信不通のαD2と合流した。全員無事だ。……了解、これより帰投する」


 誰かと応答しながら、オオバネ少尉はジロとグレイを流し目に見る。

 通信を終えると、意地の悪い笑みを浮かべてグレイの肩を叩いた。


「普通に通信できるぞー」

「え!?」


 グレイは再度ウィルへ連絡を試みた。だが、音声が繋がる様子はない。

 通信魔法(コルムバ)の故障か――グレイはにわかに信じがたい可能性を考慮した。

 今救世軍が使っている通信は、【首都防衛戦】で支援部隊通信科のコルムバが命を賭して生み出した魔法だ。以来、グレイたち救世主の連携の要となっている。いわば生きた魔法が、不具合を起こすなど有り得るだろうか。


「休暇中と聞いているが、にしても行き先がペティの森とは、なかなか渋いな」


 オオバネ少尉は、里や森の木々を見回して言った。


「観光地として人気って、授業で習ったので」

「いつの話だよ。ここはずっと昔に人の往来が廃れて久しい。ペティ族なんて、もはや『忘れられた民』と呼ばれているんだ。見たことのある人も、滅多にいないくらいだろ」


 『忘れられた民』――エモの授業で聞いたこととは、まるで違っていた。

 どうりで人を全く見かけないわけだ。ペティたちは『お客さん』と呼ぶが、今思えば悲しい名残だとグレイは思った。

 にしても、どうしてエモは嘘を教えたのだろうか――ブルートのように熱狂的なペティフリークで、布教のためにあえて昔話を現行の歴史に組み込んだのだろうか。


「ほら、とっとと行こう。帰ったら飛空艇墜落事故の報告と、音信不通になったことの釈明もある。短い休暇だったな」


 グレイは苦笑した。ほぼペティやクァールに振り回されたのが、この森へ来てから丸一日の出来事だと、ようやく実感が追いついてくる。

 しかし川で遊んだりも出来た上、【預言者】についても少しばかり知ることができた。収穫は多くはないが、救世主の有意義な休暇としては、おおよそ及第点といったところだろう。

 グレイは『ちょっと』とオオバネ少尉に断って、ペティの里の長老ニッチェの元へ戻った。それに気づいた仲間たちも、グレイにならう。


「じゃあ、俺たち行きます。色々と迷惑ばかりかけて、すみません。ありがとうございました」


 グレイはニッチェに頭を下げた。ニッチェや、モニやトカンら他のペティたちも、せわしく手を振ってたじろぐ。


「とんでもないです。むしろ、わたしたちこそお礼を言わせてください。仲間や里を助けてくれたり、里の復興を手伝ってくれたり、たくさんお世話になりました。ありがとうございます」


 ぺこり、と頭を下げるニッチェ。他のペティたちも、ずらら〜とグレイたちにつむじを見せる。

 ふと嗚咽が聞こえ、振り返るとブルートが泣いていた。


「えぅ…………もっと一緒にいたかったよぉ……いっぱい遊びたかったよぅ……」


 そんなにペティに愛着を抱いていたのか――グレイは苦笑して、ニッチェたちに会釈した。

 ニッチェは少し笑むと、大きな瞳でグレイたちを1人1人見つめた。

 吸い込まれるような、見透かされるような眼――やはりグレイは、妙に畏れ多い感情を覚えた。


「お客さんたちの(こころ)は、あの卵みたいになってます。卵は、簡単に割れちゃいます。だから、『あそび』の心を持って自分自身を自由にしなければいけません。気をつけてくださいね」


 (こころ)は卵。卵は――(こころ)は、簡単に割れる。

 意味深な忠告は、なぜかグレイの胸に引っかかった。

 『あそび』――自分らしく、自由に、心のまま生きること。


「またいつでも遊びに来てください。わたしたちは、ここにいます」


 ニッチェらペティたちは、大福のような弾力の頬を緩めて、満面の笑みでグレイたちに手を振った。

 グレイらも手を振りながら、それぞれのエクゥスアヴィスに跨がり、オオバネ少尉の号令と共に駆け出す隊列に合流した。

 愉快な小人族に見送られ、グレイたちは森を縦断していった。


「1人くらい持って帰りたかったなぁ………」


 左隣で並走するブルートが呟くのを、グレイは聞いていた。ペットかなにかと勘違いしているのか――グレイは半ば呆れながらも、ペティ族の醸し出す小動物的な魅力を思い返した。

 右後方から、エクゥスアヴィスの強靭な脚が土を蹴る音が追いついてくる。エイラを駆るレインが、グレイの右隣で並走した。

 レインも、ソトースの滝に打たれ、『あそび』の心を得たのだろうか。


「レイン」

「なにー?」

「レインも滝に入ったんだよな。昔のこと、なにか視えたのか?」


 ふと気になって問う。レインは目を見開き、口をつぐんだ。みるみる顔は真っ赤になり、眼はじわりと潤む。


「――ナイショ!」


 レインは慌てた様子で答え、手綱を絞ってエイラを加速させた。グレイは腑に落ちないながらも、それ以上は詮索しなかった。

 強くなるには、自分を知る必要がある。ソトースの滝は、そのために大事なこと、忘れていたことを思い出す場所だ。

 グレイは自身が垣間見た記憶から、それは限りなくパーソナルな内容であるように思えた。であれば、人に言いたくないこともあるかもしれない。


「グレイ」


 レインは数歩前で減速し、振り返った。


「普通、騎士ってお姫様を守るじゃない?」


 鼓動の音が速まった、気がした。


「騎士を守りたいお姫様って、どう思う?」


 交わした約束が、甦る。


「俺が騎士だったら、やっぱり俺がお姫様を守りたい……でも、その気持ちはすごく嬉しいし、素敵だなって思う――かな」


 正直な気持ちだったが、グレイはそれを正しく伝えられたか不安を覚えた。

 しかし、それもレインの笑顔を見ると、杞憂だと悟った。

 カルデトを助ける時にブルートに訊かれた問い――そのこたえはグレイ自身にも定かでないが、レインの笑顔が好きなことは分かった。


「そっか」


 レインは照れたように呟き、正面へ向き直った。桃色のマントが風を受けてなびく。

 想いは、最初から変わっていない。救世主となり初めて戦いへ繰り出した、あの時から――ずっと昔、幼い頃から、何一つ。

 グレイは大切な人と共にいる未来を求めるように、レインの背中を追った――。




〈続く……〉

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