TWIN BROS
ヤーグは元々、1本の剣だった。メシアと初めて戦った後、グラディエラ氏とマタドレイク氏の修行を経て、それが2本に分かたれた。
これまで、グレイは同じ剣が2本に増えたと思っていた。ただ、1本が2本になっただけだと。それゆえ、全ての能力も2倍になった、と。
しかし、ソトースの滝で過去の記憶を垣間見て分かったのは、そんな単純な構造ではなかったということだ。
ヤーグは双子の剣だった。似ているところがあれば、違うところもある。全く同じ剣ではなかったのだ。
ヤーグはグレイの魂が具現化した武器。グレイの戦闘能力はすなわちヤーグの戦闘能力に起因する。グレイが強くなるには、ヤーグを鍛えることが必要だ。
ヤーグを鍛えることは、魂を鍛えること。魂を鍛えることは、己を知ること。己を知ることは、過去を知ること。
ソトースの滝で、レインと過ごした元の世界の記憶を思い出したグレイは、ヤーグの力を更に引き出せるようになっていた。
「よし…………」
グレイは意を決した。今こそ、頭上にしがみつくニッチェにその真価を見せ、約束通り【預言者】のことを訊き出す。
ホワイトデストロイヤーは、警戒心の剥き出しな瞳孔をキュッと収縮させ、グレイめがけて駆け出した。グレイも、それに合わせるように地を蹴った。
ホワイトデストロイヤーが跳び上がり、胴体をしなやかにくねらせた。今度は爪ではなく牙が、ヤーグの放つ炎を光源に、キラリと妖しく煌めく。
「【サイフォンソード】!」
グレイはそれを、やはり左手のヤーグで受け止めた。グレイは、半ば無意識に左のヤーグで相手の攻撃を防御することが多い。本人はそれを単なる手癖と思っていたが、違った。
グレイは自ずと、双子の剣をそれぞれ左右どちらの手で持つか決めていた。だから毎回、互いに違う性能を持つ2本のヤーグは、同じ方の手に握られていた。
そもそも秘剣ヤーグの能力とは、熱の吸収と、それを変換した炎の出力だ。双子のヤーグの違いとは、つまりこの能力を扱う役割にある。
左手のヤーグは『ドレインソード』。熱の吸収に長け、同時に秘術・【業火】による身体能力の向上も、こちらの剣の恩寵が大きい。
ホワイトデストロイヤーは大口を開け、ドレインソードもろともグレイを噛み砕かんと顎の力を増していく。だがグレイにとっては、牙と刃が衝突し火花を散らすほど蓄えられる熱は多く、それだけ生じる炎も強大になるのだ。
グレイは、溜め込んだ熱を集中させ、右手のヤーグを薙いだ。
「【スタンスラッシュ】!」
右手のヤーグは『スタンブレイド』。こちらは、秘技・【炎天】をはじめ、熱やそれを変換した炎の出力を司る。
グレイは超高温の刃をホワイトデストロイヤーに突き刺す。内側から急速に発熱し、よほどの体力がない限りは気絶、そうでなくともかなりの弱体化をもたらす。
ホワイトデストロイヤーは我が身を掻きむしるようにもがくが、間もなく地面に倒れ伏し、うなされるように虚ろな眼で空を見回した。
無力化したのを確認し、グレイはスタンブレイドを引き抜いた。ホワイトデストロイヤーの傷口は、剣身の熱によって灼かれ、たちまち塞がった。
周囲を見回すと、ペティの姿はもう見当たらず、仲間たちが無数のクァールと戦っていた。うっすらと、ブルートが変身した鳥が、夜闇を旋回しているのが見える。
グレイは、ホワイトデストロイヤーの起きる気配がないことを確認し、仲間の元へ向かった。
「ヘイル!」
近くにいた、頑強な背中に声をかける。ちょうど、ヘイルはトリプルスピアの長い柄で1匹のクァールを退けていた。
「グレイか!」
「状況は?」
振り返ったヘイルの隣に並び立つと、数体のクァールの集団が獰猛な眼光を向けていた。
「クロムとレインも、滝に打たれ終えて合流している。スノウとチルドが、ペティたちの面倒を見ている」
話している間に、目の前のクァールの群団が、一斉に2人めがけて突進してきた。
グレイは飛びかかってきた2匹の内1匹の牙をドレインソードで弾き、もう1匹をスタンブレイドで叩き落とした。
ヘイルは柄の先端でクァールを投げ飛ばしながら、驚いたように目を見開く。
「おい、殺すのはまずいだろ! 食物連鎖への過干渉は、救世主の使命に反する」
グレイたちがクァールを殲滅しない理由は、ここにあった。
救世主は、世界の救い主。全ての命に平等でなければならない。特に、今回は【預言者】にまつわる情報を得るため、ペティ族に肩入れしている状態だ。
種族に敵味方の構図を生むだけでも救世主としての倫理に背いているのに、命まで奪っては尚更まずい。
「大丈夫、致命傷にはしてない」
「えぇ!? 思いっ切り斬ってたろ」
「熱で傷口は塞いでる」
「あぁ」
言っている内に、ひとまず対峙したクァールたちは倒し切っていた。
辺りを見回すと、仲間たちも順調にクァールを追い払い、着実にその数は減ってきていた。
どうやら、加勢の必要はなさそうだ。
「グレイ!」
大鷲に変身したブルートが飛来し、グレイたちの傍に着地した。翼を忙しなくバタつかせて、落ち着きがない。彼女の背に乗ったトカンは、懸命に羽毛を握り締めている。
「モニちゃん見た!? まだ見つけられないの……」
「なんだって!? 俺は見てない……」
グレイはスタンブレイドの剣身から煌々と燃ゆる炎を放ち、日没ですっかり暗くなった里を照らす。
倒壊した家々や退散するクァールが、その松明でくっきりと浮かび上がる。だが、ペティの姿は見当たらない。その体躯を考慮して、グレイは地面を滑らせるように炎を操ったが、生活の痕跡や気を失ったクァールしかない。
グレイは、ひとまず炎を里の中心部上空へやり、球状に大きく渦巻かせた。それは里中を視認できる灯りとなり、同時にクァールと戦う仲間たちの助けにもなった。
まるで、それは夜闇に浮かぶ太陽だ。
「ふぉんっ!(あっ!)」
頭上にしがみつくニッチェが短く叫んだ。髪の毛を握られ、グイッと顔の向きを変えられる。グレイは、こんな具合に体を操られ、料理する映画を思い出した。
向けられた方には、鎌首をもたげて起き上がろうとするホワイトデストロイヤーの姿があった。もう動けるのか――驚愕するグレイは、同時に別の影を認めた。
ホワイトデストロイヤーの傍で崩れている家屋。その隅で縮こまり震えるのは、モニだった。
「モニちゃん!」
ブルートが悲鳴をあげ、翼を折り畳んで急下降する。グレイも、ブレイズで一気に加速し、モニを助けに向かった。
その勢いで、頭上のニッチェは危うく吹き飛ばされそうになったらしい。毛根をねじ切るような痛みで、ニッチェが両手で髪を鷲掴んでいることが容易に想像できた。
グレイは間一髪で、右前脚を振り上げるホワイトデストロイヤーの間に立ちはだかり、両手のヤーグの刃を激しく燃やした。それは炎の渦となって、竜巻のように回転する。
「【サイクロンスピン】!」
炎上する竜巻を纏った双剣を、グレイはホワイトデストロイヤーに突き刺した。灼けた刃が、燃える渦が白い獣の身体を抉る感触が、柄越しに伝わった。
低く太い、唸るような鳴き声は、次第に細く弱くなっていく。鋭い眼は見開かれ、長い牙は痛みに耐えるように震える。
背後でブルートがモニを連れ去る気配がした。ホワイトデストロイヤーは、振り下ろしかけた爪を、力なくグレイの肩へ落とした。
ズシッとした重さと、ゴワゴワした毛、動物のにおいが感じられた。上体を逸らすと、ホワイトデストロイヤーの体躯はそのまま地面に叩きつけられる。
グレイは膝を着いて様子を窺った。口と眼は開かれたまま、しかし吐息はつかず、何も見てはいない。
ホワイトデストロイヤーは絶命していた。