くえすと・みんなを救って
どうも、abyss 零です。寒くなってきました。
年内には第六章を終える予定です。バリバリ書いていきます。
それでは、本編どうぞ。
「ほわいとですとろいやーーーーーーーー!!」
何の前触れもなく、遠くからカルデトの声が、森中に木霊した。それは、ペティ族がそれぞれ話す独自の言葉ではなく、はっきりとグレイたちが遣うのと同じ言語だった。
「ホワイトデストロイヤー!?」
スリートが驚愕した面持ちで振り向く。
「何!? どうしたの!?」
ブルートも、突然の事態に慌てふためく。しかし、彼女よりも見るからに動揺している者を、グレイは見ていた。
ニッチェはグレイたちの足元で、まるで助けを乞うように両手を前へ伸ばし、ぐるぐると駆け回っていた。
「ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉ(どうしよどうしよどうしよどうしよ)」
「なんだこの生き物は」
ネルシスは、それをジト目で追っている。
「スリート、ホワイトデストロイヤーって?」
グレイは場の慌ただしい雰囲気を切り替えるように訊いた。
「クァールの群れを牛耳るリーダーの役割を担う個体のことです。厳密には、レギナ変異種という個体のことで、ペティ族の最大の天敵といえます」
「まさか、それが里に…………?」
グレイとスリートはニッチェを振り返った。カルデトはペティの里にいたはず。もしあれが警告や救援要請だとしたら、ホワイトデストロイヤーは里に侵入したか、ないしは近くまで来ているのだろう。
「ニッチェ!」
グレイは半ば倒れ込むように、狼狽えるペティ族の長老を掴まえた。向き合うと、大きな瞳には涙を溜め、身体はブルブル震えていた。
「俺たちがみんなを守る。トカンと一緒に里へ戻る。いいですか?」
グレイの提案に、ニッチェはなりふり構っていられない様子で激しく頷いた。
「他のみんなと合流しよう! ブルート、変身魔法でニッチェを運んでくれ。スリートとネルシスは俺がブレイズで――」
言いながら振り返ると、ネルシスの姿がない。グレイは一瞬の焦りで、一気に身体が暑くなるのを感じた。
間もなく、グレイはネルシスの姿を見つけた。彼は水魔法と盾を駆使して、さながらサーフィンに興じているかの如く、波に逆らい上流へと昇っていった。
ネルシスはブルートに気づいてほしいのか熱烈な視線に投げかけたが、当の本人は犬に変身してニッチェを背に乗せ、嬉しそうに喉を鳴らしていた。
「――スリート、掴まってろ」
「はい」
スリートは心得たように頷く。こういう時、スリートの存在がありがたくなる実感を、グレイは再認識した。
グレイはスリートをおぶって、両手にヤーグを出現させる。握った掌の中に柄の感触を覚えたと同時、グレイは胸の奥に強烈な閃光が走ったような気がした。
心が。魂が感じている。ヤーグの本質を。まるで、前からずっと知っていたような、それでいて全く知らなかったような。
これが、自分を知るということか――魂を鍛えることで、ヤーグの真価も発揮される。
「グレイさん?」
背中からスリートの声が聞こえ、我に返る。ふとブルートの方を見やると、既にニッチェを背に乗せ、いつでも走り出せるよう四肢をしならせていた。
「どうしたの? 行けるよ、グレイ」
「あ、あぁ……行こう」
グレイはブレイズを使い、両手のヤーグから噴出させる炎の推進力で、森を飛び抜けた。ブルートも軽やかな身のこなしで、木々や草花の障害物を華麗に避けながら、グレイに追従する。
グレイは、滑るように飛びながら、にわかに汗を滲ませていた。右のヤーグと左のヤーグは、やはり炎の出力が異なる。それを均等になるよう調節し、なおかつ姿勢や手首の向きの調整で制動するのが、ブレイズの仕組みだ。
ヤーグの理解を深めた今、これまでこんな繊細な技術を無意識で行っていた自分に、心底驚いた。その難度と、無自覚だった自分を思うと、逆に今までどうやってブレイズを使いこなしていたのか、分からなくなりそうな危うさを覚えていた。
「グ、グレイさん……飛び方が、少し……怖いです」
スリートが風の音に負けじと、やや声を張った。グレイのブレイズは今、絶えず左右に態勢が片寄ったり、時折ガクッと高度が上下したりなど、安定感に欠けていた。
実際、グレイは炎の出力や姿勢のバランスをとるのに懸命で、一言詫びでも入れたかったが、その余裕さえなかった。
グレイは、飛び方を忘れた渡り鳥のような挙動で、しかしなんとかスノウたちの元へ戻ることが出来た。安堵と不安が交じり、半ば墜落するように着地する。
「だっ、大丈夫ですか……?」
息も絶え絶えなグレイを見て、スノウが駆け寄ってきた。グレイは片手を挙げて応えたが、肩で息すると共に、その手も緩やかに上下した。
そこへ、ニッチェを乗せたブルートが追いつく。
「グレイ……なんかめっちゃ危なっかしい飛び方してたけど……なにあれ?」
彼女も、ブレイズの様子がいつもと違うことに気づいたらしかった。変身魔法を解いて元の姿に戻り、ニッチェを抱きかかえる。
「僕は、当分、グレイさんに移動を頼るのは、遠慮しておきますね……」
遠回しに運転を貶されたような気持ちに、グレイはなった。原付の免許しか持っていないが、オートマチックからマニュアルに切り替えたドライバーはこんな気持ちになるのかもしれないと、ブレイズの使い方を省みて思う。
「それより、ホワイトデストロイヤーだ」
グレイは話を変えた。こんな見るもの全てを不安にさせるような飛行をしてまで戻ったのは、ペティたちを助けるためだ。
「はい。さっきの悲鳴、ここでも聞こえました。……でも…………」
スノウは滝の方を振り返る。白く澄んだカーテンの中に、僅かだが2つの人影が見える。水を吸って垂れるマントの色から、あれがレインとクロムだと分かった。
スノウの後ろでは、グロウとチルドが滝へ入った2人を見守っており、ヘイルがこちらに気づいて近づいてきていた。
「さっきのはカルデトの声だ。助けに行くんだろう? で、どうする」
ヘイルの問いに、グレイは仲間たちを見渡して思案する。特に、ソトースの滝に打たれるレインとクロムが気がかりだった。
2人は今、身動きが取れない上、放っておくわけにはいかない。
「――ブルートとスノウ、スリートは俺と一緒に里へ戻ろう。トカン、俺たちを里に連れていってくれ。着いたら、できるだけペティたちをここへ避難させてほしいんだ」
「えうー、えうえう!(わかりました! みんなを救ってください、お願いします)」
「あとのみんなは、レインとクロム、それから避難したペティたちを頼む」
「ふぉう〜(わたしもいきます)」
トカンを中心に手を繋ごうとしている中、ブルートが放したニッチェがグレイを見上げる。
「ホワイトデストロイヤーはペティ族の天敵なんだろ? 危険だ。ここで、避難してきたペティたちをまとめてほしい」
かえって足手まといになる可能性と、【預言者】のことを問い質すまでに何かあっては困るという懸念が過り、グレイは言った。
「ふぉうふぉーん(みんなを放っておけません。あなたと同じです)」
しかし、ニッチェは食い下がる。
「ふぉうーん、ふぉんふぉん(それに、あなたが『あそび』の心を取り戻せたか、ちょっと確かめたいです)」
ちょっとなら諦めろ、と言いそうになったのを堪え、グレイは折れた。
「……わかった。一緒に行こう。気をつけて、俺から離れないで」
トカンとニッチェを含めたグレイら6人は、小さくまとまって手を繋ぎ、トカンの掛け声に合わせてその場でピョンと跳んだ。