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 グレイは衝撃のあまり、ペティ族の長老ニッチェのまっすぐな眼差しを見つめ返すしかなかった。

 『あそび』の心を取り戻す――そうすれば、【預言者】のことが分かるかもしれない。グレイは心臓が浮ついたように高鳴るのを感じた。


「『あそび』の心って……どうすれば取り戻せるって言うんですか? ていうか、そもそもなんなんですか? それ…………」


 グレイの口を突いて出たのは、素朴な問いだった。


「ふぉーふぉうん?(あなたはあそぶ時、いちいちなんで楽しいか気にしますか?)」


 質問で返すニッチェ。グレイは少し苛立った。単刀直入に【預言者】の話を根掘り葉掘り聞かせてもらいたいだけなのに、どうしてこんな寄り道をするんだ――。


「ふぉーふぉふぉ、ふぉっふぉふぉん(束縛、抑圧……そうしたあらゆる()()()()に囚われることなく、自由な気持ちで生きることを、わたしたちは『あそぶ』といいます。あなたたちは違うのですか)」


 デフォルメされた容姿からは想像もつかない、哲学的な概念が繰り出された。グレイは面食らいつつ、なんとかニッチェの話を呑み込んだ。


「え、ええ……俺たちも似たような意味で使いますよ。……けど、それと俺の【知りたいこと】がどう関係あるんですか?」


 グレイは【預言者】について教えてもらうために、『あそび』の心を取り戻すというプロセスに、未だ得心がいってなかった。

 そんな胸の内の不満など全く察していないような表情で、ニッチェはジッとグレイを見つめる。


「ふぉふぉふぉーふぉ、ふぉうーん(『あそび』は楽しいです。けど、お客さんたちは今それが出来ないと思います。悲しいことです。だから、お客さんたちにはいっぱい『あそび』を感じてほしいんです)」


 なおも一本調子なニッチェの物言いに、グレイは段々腹が立ってきていた。ついさっきまで、あれほど可愛らしく感じていた生き物を、どうしてこの短期間でこうも憎めるのだろう。

 グレイは、ふとそんな自分に気づき、疑念を覚えないではなかったが、納得のいかないものは仕方もなかった。


「ふぉんふぉん(わたしはあなたに欲しいものをあげます。だから、あなたもわたしがしてほしいことをしてください)」


 ギブアンドテイク、弱肉強食――ペティ族の生態は、ビジュアルから抱く想像を遥かに超えてシビアだ。

 しかし。グレイは折れなかった。一見【預言者】と何ら関わりのない要求を提示するニッチェに対しての苛立ち、それとある種の意地から、不要な反骨心さえ呼び起こしていた。


「――ニッチェ長老。俺たちは【救世主】なんです。ここへは休暇で来ましたけど、遊んでばかりじゃない。俺たちには使命があって、それを果たすには【あのこと】について知る必要があるはずなんです」

「ふぉふぉんふぉふ(でもあそぶことも生きていくのに必要ですよ)」


 ニッチェが食い下がるのは、グレイにとっては意外だった。少し語気を強めれば、謝って素直に教えてくると思ったが――。


「…………誰にだって遊ぶことより大事なことがある。俺たちにとっては、それが使命なんです。遊びは終わりだ。俺は真剣に――」

「ふぉん(わたしも真剣ですよ)」


 互いに譲る気配はない。


「ふぉふぉーふぉふぉ、ふぉーふぉふぉん(『あそび』の気持ちを思い出してくれないと、あなたの【知りたいこと】を教えてあげません)」


 グレイは顎が痛くなるほど奥歯を噛み締めたが、やがてついに観念した。ニッチェは()()でも動かないほど頑固らしい。


「――わかりました。『あそび』の心を思い出します。そしたら、教えてもらえるんですよね」

「ふぉっふぉー!(やったー!)」


 ニッチェは諸手を上げてぴょんぴょん跳び跳ねながら喜んだ。さっきまで、グレイと一歩も引かぬ駆け引き――というより意地の張り合いだが――を繰り広げていたとはとても思えないハツラツとした笑顔だ。


「……それで、どうやって取り戻すんです? 『あそび』の心は」


 グレイの口調は、ごく自然に嫌味な風になってしまっていた。


「ふぉーん(あの向こうへ通ってください)」


 ニッチェは、ゴオオォォォと雪崩れるソトースの滝を指差した。おびただしい量の水流が打ちつける川面は、霧のような飛沫で不鮮明だ。


「……どこかに、裏道みたいなものが?」


 グレイは恐る恐る訊ねた。嫌な予感が、背筋を冷やしていくのを感じた。


「ふぉふぉん(ありません。あの中に入って、そのまま進めば着きます)」


 やっぱり――グレイは呆れたように顔を背けた。あの轟々と落つ滝に打たれながら進むのか。白濁とした垂直の奔流は、そこを潜り抜けようものならただでは済まないことを容易に想像させた。

 あんな勢いの滝に自ら打たれるなんて、正気の沙汰ではまず出来ない。しかも今は、旅の前にヴァントを使っていないため、身体を守る防御魔法もかかっていない。

 グレイは、溜め息にも似た呼吸を1つ吐き、腹をくくった。諦念と紙一重の覚悟が、急かすように自然、着ている衣服をグレイ自身に脱がさせていく。


「えっ、ちょ……っ!?」


 ブルートの悲鳴が聞こえた。その近くで『おいおいおいおい』とネルシスが不満げに悪態をつくのも感じ取れる。


「誰が男のヌードなんか見たいっつったよ。ほんといい加減にしろ、お前」


 グレイも見せたくてやっているわけでは勿論なかった。


「グ、グレイ……ほんとにするの? 大丈夫?」


 戸惑い、心配するようにかけられた声は、レインの――グレイが今、一番話しかけてほしくない人のものだ。

 グレイは、紅潮しているのが明白なほど熱くなっている顔を見られぬよう、振り返ろうとしなかった。代わりに、自分よりも赤そうな顔でもじもじするスノウが見えた。


「……それで、大事なことが分かるなら、俺は構わない」

「でも、絶対寒いよ? 私、タオルとか持ってきてないよ?」


 ちょっと懸念事項に天然が隠し切れていないのに気づいて、グレイは口元を緩ませながら、制服の白シャツを放った。

 グレイの上半身は、日々の鍛錬で腕や肩、腹などにそれなりのたくましさは湛えているが、全体的に少し細めの線で構成されていた。

 筋骨隆々というほどではないが、長身痩躯であるだけというわけでもない、良く言えばバランスの良い体格である。

 

「うん、俺の筋肉の方が3倍は強いな」


 レインたちに半裸を晒したくなかった原因を無自覚に突くヘイルを、グレイはぶん殴りたくなった。

 グレイは煮えるような憤りを抑えながら、1対の足音が近づいてくるのを聞いていた。その歩調と共に、『そこまでしてグレイさんが知りたいこととは――』と、スリートが考え込んでいるのが分かる。


「…………ああ、もしかして、このペティの森へ来る前に話していた【よげ――」


 グレイは反射的に駆け出した。スリートのその口を直ちに塞ぐべく、右手を伸ばす。声から推測した距離は、実際と比べ僅かに誤差があり、危うく勢い余ってスリートもろとも転倒するところだった。

 グレイは咄嗟の判断で、辛うじてスリートにその『言葉』を言わさぬことが出来た。


「バカお前! 絶対それを今ニッチェに言うな!」

「もごごごご〜!?」


 スリートは何やら喚いた。歯が当たり、唾がついて、グレイは右手がひどく気持ち悪くなった。


「【ソレ】言っちゃうとまた気絶しちゃうっ!」


 いつの間にか傍にいたブルートが、グレイに加勢してスリートを取り押さえた。どうやら、彼女も慌てて駆けつけたらしい。

 ようやっとスリートがもがくのをやめ、グレイは拘束を解いた。掌が唾液でべとべとになっていた。

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