本題
どうも、abyss 零です。
更新が遅れてしまい、大変申し訳ございません。
本題に入ります。
ソトースの滝の麓を流れるミィコウ川で、水遊びに興じたグレイたち。
オレンジ色の夕焼けが木々の隙間を縫って、グレイたちに射しかかる。それは、夏の終わりの何とも切ない涼しさを、風と共にもたらしていた。
グレイたちは川辺で、炎を灯す2本のヤーグを中心に円状に寝そべり他愛のない話をしながら、それを感じていた。
すると。パッと目の前にトカンが現れた。長老ニッチェも一緒だ。
グレイやレインをはじめ、何人かがそれに気づいて起き上がる。
「えう〜(迎えに来ましたー)」
トカンが間延びした調子で手を振った。なぜか、その手にはフライパンが握られている。
「ありがとう、トカン。……ちょうど寒くなってきたし、戻ろうか。みんな」
ヤーグの放つ熱気で、服もだいぶ乾いてきた頃合いだった。グレイは、地面に突き刺したヤーグを引き抜く。
「うぅ……まだちょっと濡れてる……」
ブルートがぎこちない動きで立ち上がった。たしかに、彼女の制服は未だ乾ききっていない。
「あー……」
一方、グレイの制服はもはや湿り気さえないほど乾燥している。その差に、グレイは思い当たる節があった。
右手のヤーグは煌々と燃え盛っているが、左手のヤーグの炎はそれと比べていくらか勢いが弱い。2本のヤーグは、炎の出力に若干の違いがあるのだ。そのため、グレイたちの服の乾き具合は、場所によって差異が生じていた。
この特性は、ブレイズを使う時などに炎の出力を調節する関係で、少し前から薄々気づいていたことではあった。特に気に留めたことはなかったが、こういう形で弊害が出るものなのか――グレイは、2本のヤーグを見ながら考えていた。
「んーっ、楽しかったー」
レインが、グーッと伸びをして言った。豊かな胸が強調され、その大きさはグレイたちを照らす夕陽といい勝負だ。
「ふぉふぉふぉ(楽しいのはいいことです)」
ニッチェが微笑んだ。グレイはそれを見て、なぜか不穏な雰囲気を感じた。
「ふぉふぉーふぉ(でも、それだけじゃいけなくもあります)」
グレイは、その正体に気づいた――眼が笑っていないのだ。
その時、ネルシスがゆらっと起き上がった。
「それをお前らに言われるのは心外だな。楽しくて何が悪い? いいんだよ、人生そんなもんで。楽しく生きなきゃ損だ。楽して生きなきゃ大損だ。お前らは、まさしくそういう種族だと思ってたけどな」
すると、今度はスリートがバッと上体を起こす。
「聞き捨てなりませんね。偏見に満ちた失礼な物言いは。ペティ族の方々だって、この森を中心に食物連鎖の渦中を懸命に生きています。僕たちは、クァールの群れと対峙した時それを目の当たりにしたはずです。第一、楽しいだけ、楽をするだけの人生など、充実した無価値です。人間は、果たすべき使命を持ってこそ価値ある生き方ができるものです。僕たち救世主が、まさしくそうでしょう」
やけに熱く語るスリート。それに呼応するかのように、次いでヘイルが飛び起きた。
「そうだ! 俺たちは休暇を過ごすのは勿論だが、他の目的もあったはずだ! 休暇を謳歌、なおかつ使命を達成、そう決めていたじゃないか!」
グレイはハッとした。ヘイルの言う通りだ。【預言者】や【世紀末大戦】の真実を探る。それが、この森を休暇先に選んで訪れた、本来の目的だった。
ついさっきまで、あれほど訊き出そうと躍起になっていたのに、みんなと遊ぶことに気を取られてすっかり忘れてしまっていた――グレイは驚きと同時に、なんとも奇妙な感覚を覚えた。
仲間たちと川で遊んだ時間は、すごく楽しかった。それに対して、さっきや今のように【預言者】や【世紀末大戦】にこだわっている自分が、どうにも乖離しているように思えた。
「ふぉんふぉん(あなたたちは)」
グレイが戸惑っていると、ニッチェは懐から何かを取り出し、その掌をみんなが見えるように差し出した。
「ふぉふぉんふぉふ(まるでこれみたいです)」
それは卵だった。
「ふぉふぉ……(これがあなたたちの体だとすると……)」
ニッチェはその卵を、トカンの持つフライパンの縁にカッカッと叩きつけて割れ目を入れ、そのまま中身を出した。
パカァと。気持ちのいい音と共に、白い殻の中から、透明な粘液に包まれた黄色い『目玉』が現れる。
「ふぉーふぉふ(中には魂があります)」
ニッチェがツヤツヤとした黄身と、それを覆う白身を指して言う。グレイたちは、ただそれを見つめている。
「ふぉんふぉんふぉ(今、あなたたちの本当の魂がこの黄身なら、それを別の魂が白身みたいに覆っています)」
トカンが、卵の乗ったフライパンをゆらゆら揺らす。黄身と白身が、波のように左右へ揺蕩う。
グレイたちは、もちろんそれを知っていた。メシアに敗北した救世主イーヴァスによってこの世界に召喚され、元あった魂はその時、この世界に適した魂に上書きされている。
グレイとレインは、『名前』という形を通して、レッジからその事実を聞かされたのを思い出していた。
だが、ニッチェに改めて言われたところで、グレイは特に何も思わなかった。『あなたの名前はグレイなんですよ』と、当たり前のことを確認されている気分だ。きっと、仲間たちも似た気持ちになっているだろう。
しかし、胸の奥の方で――というより、胸の『裏側』と言う方が感覚的に近い――言説し難い不安がよぎった。
この自分へ対する懐疑心は、いつかどこかで経験した気がする。
「ふぉふぉんふぉ、ふぉーふぉん(タマゴのままだと、本気の『あそび』が出来ません。それはつまらないです。ヒヨコになりましょう)」
ファンシーな提案に、グレイはおかしくなって笑った。
「ふぉんふぉんふぉん?(お客さんは【知りたいこと】があるからこの森へ来たんですよね?)」
グレイの口角が、笑みで引き上がったまま停止した。唐突に核心に迫られた驚愕で頬が強張り、表情は引きつっているように見える。
――やっぱり、知っている。グレイの知りたいことを。グレイが何を知りたいのかを。
【預言者】――知らない言葉を聞いて気絶する訳はない。
「ふぉん……ふぉふぉんふぉん(もしあなたが『あそび』の心を取り戻したら、知りたいことを教えてあげます)」
出会った時から全く変化しないのほほんとした顔で、ニッチェはまっすぐグレイの眼を見つめて言った。