ミィコウ川の真っ夏(まっか)なハプニング
無事仲間たち全員と合流したグレイは、【預言者】の情報について訊く前に、観光することになった。輪になって手を繋ぎ、せーのでジャンプする。
着地した瞬間、グレイたちはペティの里とは全く別の場所にいた。まず彼らが気づいたのは、ゴオオォォォという重い音の奔流だった。
湿り気を帯びた草木の匂い。ほのかに顔をかすめる飛沫。鼻先を震わす冷気。
「えうんえうん(すごい滝へ到着です)」
トカンが瞼を一の字型に閉じて指差した先には、ざっと100メートルほどの高さから、壁のような水の塊が列を成して雪崩れ落ちていた。
叩きつけられた水は、やがてグレイたちの傍で穏やかに流れ、川を形作っている。
「えう〜っ(じゃあ、夕方にまたここで迎えに来ますね)」
滝の音に掻き消されて、トカンの声はほぼ聞こえなかった。だが、それでもグレイはなんとか言葉の端々を聞き取り、少し間があって振り返った。すると、トカンの体は既に宙に浮いており、次の瞬間には消えていた。
「これがソトースの滝と、ミィコウ川ですか……」
「すごい絶景だな」
スリートとヘイルが感嘆する。そんな2人の間を割って、ネルシスが川辺へ駆け出した。
「ぃいやっほーーーーう!!」
ネルシスは歓声をあげながらも、川の手前で靴と靴下を脱ぎ、丁寧にまとめて木陰に置き、ズボンの裾を膝下まで捲った。
準備を済ませると、左足を川にズボッと浸ける。
「たはーっ! 冷てーーーっ!」
楽しそうだ。
「おい、来いよ! 水が柔らかくて、なんかくすぐったくて気持ちいいぞ!」
ネルシスが振り返って手招きする。一瞬それはグレイたち全員に向けたものに見えたが、その視線は女性陣へと真っ直ぐ伸びていた。
「わーっ! ねぇねぇ、いこうよ!!」
チルドがグロウの手を引いた。グロウは肩をだらりと垂れて『え〜』と嫌そうにしながらも、チルドについていった。
それを見て、ヘイルとスリートも制服の袖や裾を捲りながら、眼前のミィコウ川へ向かい出した。
残された、グレイたち4人。
「ねっ、グレイも行こ!」
レインが踊るように振り返って、グレイに言った。真っ直ぐ瞳を見つめて、後ろ手を組み少し前屈みになる。木々の隙間から落ちる夕陽の光が水面に反射して、そんな彼女の姿をほのかに照らし出す。
グレイは目を奪われた。レインは、素敵だった。
「あ、ああ…………」
見惚れたまま、呆けたような調子で応えると、レインはにこっと笑ってグレイの手を取った。グレイは自ずと、レインと同じ歩幅で走り出していた。
2人の後ろ姿を、クロムとスノウは見ていた。しばらく、気まずい沈黙が流れる。
「――行かないのか?」
「…………クロムさん、は……?」
「…………行くよ」
クロムはふてくされたように腕を組んで、やや大股でグレイたちの後を追った。
スノウも、伏し目がちに、ほんの僅かに口の端を震わせて、早足で川辺へ近づいていく。
「わーっ! 冷たくて気持ちー!」
チルドは岸でちゃぷちゃぷ遊んでおり、グロウは眠たそうな半目でそれを眺めている。
ネルシスはふくらはぎあたりまで浸かり、手ですくった川水を頭から浴びていた。
「ぷっはああああ! 水も滴るイイ男ってな。ブルート、来いよ」
手を伸べた先には、足首が浸かるほどの浅瀬で、あまりの冷たさにジタバタするブルートがいた。
「ちょっ、待って、冷たっ……!」
「なら、迎えに行く」
ネルシスは川の流れに逆らいながら引き返し、ブルートの手を握った。ブルートはハッと顔を上げる。2人の視線が交差する。
「ほら、あったかいだろ」
「…………ぬるい」
そんな2人から少し離れたところで、ヘイルとスリートは水切りに興じていた。ゴツゴツと石の敷き詰められた場所を位置取り、水流に削られて良い形に仕上がった1つを次々と水面へ投げていく。
ヘイルが十数投目を放った。平べったい石が、飛沫をあげて水面をタンッタンッと小気味よく跳ねた。
「8段か……今日は調子が悪いな」
「これは物理学ですよ、ヘイルさん。石の形状、川の流れと風向・風速、それに適した回転と角度、手首と上体の捻り方を綿密に計算した一石を投じるんです」
スリートが続いて投げた。だが、石は水面に触れると、そのままチャポン……と川底へ沈んだ。
ヘイルがニヤニヤ嘲笑いながら振り返る、スリートはそっぽを向いてわざとらしく咳払いした。
「僕の理論は完璧です。ただ、それに肉体がついていけないだけです」
「つまり下手っぴなわけだな」
「僕は器用な方ですが、誰しも得手不得手はあります」
スリートは眼鏡をクイッと上げた。そこへ、バシャアッと水の塊が突如かけられる。眼鏡が落ちて、スリートは慌てふためいた。
「あ、ごめんスリート!」
グレイが少し笑みを湛えて謝った。
「ごめんなさーい!!」
レインも満面の笑顔だ。両手を水面に埋めて、煌めく眼光でグレイを見つめている。
「えい!」
レインは思いきり腕を上げ、すくった水をグレイに浴びせた。スリートが喰らったように、バシャンッとびしょ濡れになるグレイ。
「うわ冷た! この〜」
グレイはお返しにと、同じようにレインに水をかけた。
「きゃあ!」
グレイは、楽しそうにはしゃぐレインを見ていて、自分も喜ばしくなっていた。レインが笑顔でいると、なんだか嬉しい。そんな、得も言われぬ充足感を覚えながら、レインを見つめていた。
「ほんと……冷たくて気持ちいいね!」
レインは微笑んで言うと、前屈みになって、また両手を水面へ入れる。
両脇が締まり、レインの胸が少し前へ、より上へと押し出されていた。
ただでさえ主張の激しいそれは、濡れて透けた制服からより顕著に見て取れる。
このままだと、その奥に潜む、彼女の下着の色さえ――。