2人より5人、5人より8人、8人より10+1人
グレイたちはグロウとチルドの捜索にペティ族の助けを借りるため、トカンのワープ能力で里に戻ることとなった。
輪になって手を繋ぎ、『せーの』と同時に跳ぶと、着地した瞬間にグレイたちはペティの里の開けた場所に立っていた。
「うお……」
ネルシスが呻きながら立ちくらむ。彼だけでなく、グレイとブルート、ペティの3人以外は皆よろめいた。突然場所が変わることで、三半規管が少し狂うなどしているのだろう。
グレイとブルートも、2度目ではあったが、それでも目眩を覚えた。
「……本当にワープするんですね。不思議な能力です……」
スリートが感心したように独り言ち、眼鏡をクイッと上げた。
「ほんと……すごい」
「これが使えたら、雨の日にもお買い物に行けそう…………」
「あっ、たしかに! わ、どうしようめっちゃ欲しい! 一家に1人!」
女性陣はトカンの能力を羨ましがっていた。とりわけブルートは、ペティそのものを欲しがっているらしい。
「便利なのは分かったが、今は早くグロウとチルドを探さないと……カルデト、里中のペティたちを集めてくれないか? 一緒に2人を探してくれるよう頼みたいんだ」
「まおまお〜(分かりました)」
ヘイルの要請を受け、カルデトはスゥーと大きく息を吸い始めた。グレイたちはまさかと思い、慌てて耳を塞ぐ。特に、スリートはマントの裾を掴んで、それを耳に被せるようにしていた。
「まおーーーーーーー!!!!!(集まってください)」
カルデトの号令は、森中に轟いた――そう思えるほど凄まじい音量だった。耳を塞いでも、鼓膜が破れそうだ。
キーンと気の遠くなるような残響を鳴らして狂った耳には、鳥がバザバサと翼をはためかせて飛び立つのが、至るところから聞こえた。
グレイたちがクラクラしていると、里の家々からペティたちが出てきた。その光景は、穴ぐらから顔を出す小動物のようで、なかなか可愛かった。
「うはーーーっ!」
段々と耳が正常になり、ブルートが隣で舞い上がっているのが分かった。
「わ?(どうかしましたか?)」
「のよのよ〜(ちょっとうるさいです)」
「じゅじゅんじゅん?(またお客さんですか?)」
「にゅ〜っ!(今度はいっぱい増えてます!)」
ペティたちは、それぞれ独自の言語でしゃべったが、やはりグレイたちには不思議と意味が分かった。耳から入る言葉を、勝手に脳が理解している。
ぞろぞろとペティたちが集まっていく中で、ヘイルは数歩前へ躍り出て、小人の群れを見渡す。ざっと見ても100人以上の小人が群がってくるのは、なんともシュールというか、やや奇妙な光景ですらあった。
グレイは、それを少し後ろから眺めていた。
すると、中でも一際大きい人影が2つ、その集団に紛れているのが見えた。
背丈はグレイたち普通の人間と変わりなく、ペティ族の群れからはとりわけ目立つ格好だ。服装はというと、背中には橙と紫の鮮やかな色合いが見て取れる。
まるで、みかんとぶどうのような――というより、それはまさしくグレイたち救世主が羽織るマントのような。
「ペティのみんな! 聞いてくれ! 実は俺たち、はぐれた仲間を探してるんだ!」
里の小人たちへ声高に告げる中、グレイたちはその後ろで、口をあんぐり開けていた。
「あ」
「えっ」
「は?」
「わっ」
「いた!?」
「えぇ……」
「ほらな」
その2人――ペティ族の群れの中に、紛れることもなく思いきり不自然に加わっている人物は。
「なんだろ〜? 小人さんがいーっぱい集まってるよ!」
「エサの時間なのでは〜?」
チルドとグロウだった。
2人は気の抜けるようなやり取りを交わしながら、ゆっくりと歩いている。
「大人の女性と、小さい女の子なんだ! 女の子は、小さいが君たちよりは大きい! 俺たちみたいな目立つマントを着ていて、大人はふにゃふにゃしていてたるんでる! 女の子は元気いっぱいの明るい子だ! 名前は――」
尚も続けるヘイルだったが、やがて息を呑む声と共に、呼びかけは止まった。ヘイルの視線も、グレイたちが2人へ向ける眼差しと重なっていた。
「チルド……グロウ…………」
ヘイルの声は震えていた。不安や焦燥から解放され、カルデトの大声を聞いた時のように、上体は緩やかに揺れている。
ブルートとレイン、スノウが2人へと駆け寄った。やや遅れて、グレイら男性陣も続く。
グレイはヘイルの広い肩を優しく叩き、早足でレインたちの背中を追う。クロムは溜め息をつきながら、少し腹を立てているような様子で、ヘイルの横を通り過ぎた。
「小人どもの手伝いはいらないな」
ネルシスが、わざとらしくヘイルに肩をぶつけて呟いた。ヘイルは怒ることもなく、ただチルドとグロウを見つめていた。ネルシスのマントが風に吹かれて靡くのが、視界の端に見えた。
風――飛空艇が墜落する中、ヘイルは咄嗟に風魔法を使って、自分やネルシス、スリートを守った。だが、チルドたち2人を助けることは出来なかった。何かあったら、それは紛れもなく自分のせいだ――今までの苦悩や自責の念が、空気に流されていくかのように感じていた。
ヘイルが呆然としていると、スリートが隣に並んだ。
「行きましょうヘイルさん。みんな、無事だったんですよ」
「……あぁ!」
ヘイルの潤んだ瞳は、カラッとした笑顔で掻き消えた。スリートも僅かに微笑んで、2人はチルドたちの元へ向かった。
「チルド! グロウ! よかったぁ、やっと会えた!」
「どこ行ってたのよ! よりにもよってなんか不安な組み合わせなんだから、心配して――ないけどねっ!?」
「怪我とかないですか、グロウさん……チルドちゃんも、無事みたいでほんとによかった…………」
レイン、ブルート、スノウの声が被さって、それぞれ何を言っているのか、グレイたちは正直あまり分からなかった。
グロウは全く聞いていないようだし、チルドもぴょんぴょん跳ねるように喜んでいるが、彼女らの畳みかけるような言葉を理解できているかは微妙だ。3人のリアクションを見て、なんとなく反応しているようにも見える。
グレイは、その様を眺めながら、1つの純粋な疑問を抱く。あの飛空艇の墜落から生き残るのは至難だ。空中で分断され、投げ出された時の感覚は、尋常ではない。
グレイはブルートの変身魔法、レインたちはクロムの空間魔法、ネルシスたちはヘイルの風魔法で助かった。2人は、どうやって無事に脱出したのだろう。
「チルド、グロウ……一体どうし――」
問おうとした瞬間、背中にかなり強い衝撃を受けて、グレイは『うっ!』と呻いた。ヘイルが勢い余ってぶつかり、弾き飛ばされたのだ。
「チルド! グロウ! よく無事だったな! 本当によかった! でも、一体どうやって助かったんだ?」
奇しくも、それはグレイがしようとしたのと同じ質問だ。
「ワイもおるんやけどな」
2人の足元――ペティよりも小さいライオンのぬいぐるみ、ボスタフが拗ねていた。
「チルドが、ワイらの周りに氷の球体を作って落下の衝撃を打ち消したんや。ワイの指示やで」
「涼しかった!」
チルドが快活に笑って、『ね〜』とふてくされるボスタフを抱き上げた。
「ふぉーふぉふぉ(お客さんはお揃いみたいですね)」
すると、そこにペティの群れの中から長老ニッチェが現れ、グレイたちに話しかけた。気絶から復活したのだろう。
「ふぉふぉんふぉふ(すみません。さっきは寝てしまいました。お話の続きをしましょうか)」
ニッチェはそう言って、先ほどグレイとブルートがいた自らの家を指した。
「……みんな、行こう」
今度こそ、【預言者】のことを訊き出す――グレイは逸る気持ちを抑えながら、揃った仲間たちに促した。