それは、なくてよかった話
おはようございます。abyss 零です。
朝の投稿です。よろしくお願いいたします。
カルデトを助け出し、ヘイルたちとも合流したグレイたちは、残るグロウとチルドを探すためペティの里へ戻ることになった。
話が決まると、ペティたち3人はトカンを中心に抱き合い、ブルートがそれに加わった。
「……みんな、ちょっと……ペティに抱きつくんだ」
「え? なんで?」
グレイが説明すると、レインが至極当然な疑問を投げかけてきた。
「トカンはジャンプすると瞬間移動する――さっき見てたろ? 一緒に里に戻るには、ブルートがしてるみたいに抱きつかなきゃ」
「へぇ…………」
レインはよく分からなさそうに首を傾げた。スノウを連れ立って、ブルートの元へ向かった。
グレイやクロムら男性陣も、それに続いた。しかし、ネルシスだけは、その場を動こうとしなかった。神妙な面持ちで俯き、目をつむって唸っている。何かを考えているらしい。
「なに突っ立ってんだ」
クロムがそんなネルシスを一瞥して言い放つ。
「いや……考えてるんだ。俺が後ろから女どもを抱くのと、女どもに抱かれて背中に当てられるの…………どっちの方がよりお得かをな」
グレイは、ネルシスの相も変わらぬセクハラ紛いの言葉を聞き、軽蔑しながらも無視してブルートの方へ進んだ。
しかし、目の前でレインとスノウが、双眸を見開いて振り返った。その表情は、怒りや驚きの入り混じったような、それでいてどこか照れもあるような、よく分からない感情を示していた。
ただ、間違いないのは、ネルシスの発言が、彼女たちの虚を突いたらしいことだ。
「え、なに。どうした?」
グレイは2人の微妙そうな表情を見て、思わず訊ねた。スノウは顔全体を真っ赤にして俯き、レインは口元をキュッと力ませ視線を逸らした。
「なにを言うんだ、こんな時に! そんなことは今、どうでもいいだろ! 早くグロウとチルドを見つけなきゃならないのに、お前という奴はいつも――」
「いえ、どうでもよくはないでしょう」
声を荒げるヘイルを静止したのは、スリートだった。意外にも、彼がネルシスの味方をしている。
「たしかに、いくら必要なこととはいえ、女性の体に触れるんです。どういう触れ方が一番レインさんたちを不快にしないか……これは非常に大事な懸案です。やましい気持ちなど一切ないからこそ、こういったことはきちんと手順を踏まなければ。ネルシスさんにしては、すごくいい着眼点と言えます。僕としても、さっきまで見落としていた自分がひどく悔やまれます」
「お前バカか? 話聞いてたろ。どっちが得とか言って、めちゃくちゃやましかったぞ、こいつ」
真面目に語るスリートに、クロムがネルシスを後手に指しながらツッコんだ。当のネルシスは、なにやら妄想しているらしく、ああでもありこうでもあるような独り言を呟きながら、下卑た笑みをひたすら浮かべていた。
「ちょっと、あんたたち何いつまでもちんたらやってんのよ」
ブルートが辛抱ならなくなったのか、一旦トカンたちから離れて戻ってきた。
「あたしがあの抱き心地を独り占めできるのはすごい嬉しいけど、放置されたらそれはそれで段々と罪悪感が芽生えちゃうのよ。『ああ、今あたし独り占めしてる』って。早くみんな加わって、あたしを束の間の夢から覚ましなさいよ」
「今な、俺がお前を後ろから抱いて揉みしだくのと、俺がお前に後ろから抱き締められて背中に幸せを背負うのと、どっちの方が得かみんなで話し合ってるんだ。あと5時間待ってくれないか。最低でもな」
「はぁ!? アホかぁ! なんかちんたらしてると思えば、最低なのはあんたでしょうが!!」
「ちんたらって言葉、なんかいいな」
ネルシスは怯まなかった。
「むぅ?(5時間待つんです?)」
「まお〜(わたしたちはこのままギュッてして待ってるので、気にしないでいいですよ)」
「えぅ……(早く跳びたいです)」
ペティたちは抱き合いながら、揉める救世主に言った。
「いや待たなくていいよ。お前ら体の割に懐がでけえな」
クロムが苛立ちのあまり、モニたちに失礼なことを言った。グレイは『おい!』と振り返って窘めたが、レインたちへの気がかりは未だ頭の真ん中に居座っていた。
抱き締めるか、抱き締められるか。女の子にとって、それは自分が思うより遥かにデリケートな問題なのかもしれない。レインもスノウも、たとえば好きな人がいたとして、その人以外の誰かに適当にスキンシップが取られたら、たしかに嫌な気持ちになるのかもしれない。
グレイはレインとスノウへ歩み寄った。2人は潤んだ瞳で見つめてくる。ただ、その眼差しは真っ直ぐではなく、たまにグレイの視線と重なるものの、その度にオロオロと違うところへ向くのだった。
「レイン、スノウ。2人はどっちの方がいい?」
ド直球だった。
「っ!!」
「…………………………………………」
レインたちは、グレイとの間に横たわる地面の辺りを見つめたまま、答えようとしない。心なしか、顔は更に赤みを増したような気がする。ああ、やっぱり好きな人じゃないのにハグするのは抵抗があるのか。グレイは得心がいった。
ネルシスやスリートは、平然とそういう繊細な部分をほじくるが、それもヨーロッパの考え方なのだろうか。グレイは、元の世界の日本と海外の差異を感じていた。
そこへ、ネルシスがブルートとガミガミ言いながら、グレイたちの方へニヤニヤ近寄ってきた。
「ほら、お嬢ちゃんたちも言えよ。抱きたいのか、抱かれたいのか。抱きたいのか! 抱かれたいのか!」
レインとスノウの表情が、一気に嫌悪に染まっていくのが、グレイには分かった。
「ん? 何をそんな赤い顔をしてるんだ?」
ネルシスは動じなかった。
「照れてるのか? 恥ずかしがってるのか? どうして自分の全てを曝け出すことを拒むんだ!? 癖を教えるんだ。男にどうされたいか、裸の本心を脱ぎ捨てろよ!!」
「この万年発情セクハラ変態クソ野郎ーーー!」
ブルートが、ネルシスの後方部に渾身の飛び蹴りを放った。ネルシスはうつ伏せに倒れ、動かなくなった。
それを脇目に、スリートは尚も思案顔で唸っていた。
「困りましたね……どっちの方がいいか、女性陣の皆さんから言ってもらえないと、僕たちはどうすることもできません…………」
「まだ言ってんのか、お前」
クロムはほとほと呆れ果てた様子で呟いた。その隣で、ヘイルは我慢ならなくなったように溜め息をついて、抱き合うモニたちの元へ向かった。
「どっちだっていいだろうが! ていうか、そういうことわざわざ言ったら、尚更みんな言えないぞ普通! この話しなくてもよかったろ!」
ヘイルの正論に、スリートは『ああ……』と、言われて初めて気がついたように声を漏らした。
「でも、それじゃあどうやってトカンと一緒にワープすればいいんだ…………」
「えう〜(別にハグじゃなくても、触ってれば問題ないですよ)」
「うん、だからそれが…………ん?」
最終的に、グレイたちは輪になって手を繋ぐことにした。