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食物連鎖【サークルオブライフ】

 グレイとブルートは、ペティ族のカルデトを助けるため、クァールの群れに立ち向かった。野性の猛攻を受けて窮地に陥ったが、そんなグレイたちを助けたのは、ヘイル、スリート、ネルシスの3人だった。


「みんな……」


 グレイはブルートを助け起こしながら、安堵の溜め息を零す。


「偶然だな、2人とも!」


 ヘイルが快活に笑いながら手を振っている。その大仰な反応は相変わらずで、薄暗い巣穴の中でも分かるくらいだ。


「俺が恋しかったか?」

「なワケないでしょ! べーっ」


 ブルートは肩に置かれたネルシスの手を振り払い、舌を出して拒絶した。だがグレイの眼には、心なしか彼女の表情が緩んでいるように映った。


「そういうのは後にして、一先ずここを出ましょう。またさっきの猛獣が襲ってこないとも限りません」


 スリートは来た道を指して言った。辺りを見回して、クァールの群れが戻ってこないか警戒している。


「なら、こっちから行こう。クロムたちが外で待ってるんだ」


 グレイはヤーグの刃に炎を灯し、松明代わりに掲げて案内役を買って出た。スリートたちは異論もなく従い、グレイの方へ歩いていく。

 グレイは天井に刺していたもう片方のヤーグを左手に出現させ、ブルートに渡した。5人は通るのもギリギリな幅の細道を潜り、その場を去った。

 5人は1列になって進み、ブルートは自ずと最後尾になった。グレイは背中に当たる灯りが弱いのが、なんとなく分かった。いつも右手に持っているヤーグの出力と比べると、ブルートが持つ左手側のヤーグは炎の出力が少し下がる。


「いてっ」

「すみません、ヘイルさん」

「まだ俺の分も謝ってないぞ」

「ネルシスさんはさっきから僕の踵を蹴ってるんですよ」


 そのせいか、真ん中のヘイルたち3人は、腕や脚が頻繁にぶつかるらしかった。スリートは片手を掲げ、掌から小さな電気の球体を作り出し、明るさが増した。

 細道を抜けると、グレイたちは1列の陣形を崩し、思い思いの位置と距離で疎らに散らばった。右にそびえる岩壁以外、光源が3つあるにも関わらず何も見えない。5人分の足音の反響から、なかなかの広さであることが分かる。


「そういや、なんでグレイたちはこんなところに?」


 ヘイルが訊ねる。たしかに、仲間を探すにしても、普通に考えれば2人でこんな場所にいるのを不思議に思われても仕方ない。


「俺たち、ペティ族に会ったんだ。そしたら、クァール――さっきの獣に拐われた人がいるって聞いて、助けに来た」

「ペティ? ……あぁ、小人か」


 グレイの説明に、ヘイルは得心がいったようだ。彼にしては珍しく、授業で習ったペティのことを覚えているらしい。


「そのペティはどこだよ。喰われたのか?」


 ネルシスが縁起でもないことを口にする。


「そういえば、ブルート、さっき俺を助けてくれた時、安全な場所に置いてきたって言ってたけど……」

「うん。あそこ」


 ブルートは岩壁の上の方を、グレイから借りたヤーグで照らした。ブルートが指差す辺りを見ると、小さな影が壁が削れて出来たような僅かなスペースに横たわっている。


「あんなところに……」

「あそこならクァールも届かないだろうから、ちょっと目を離してても平気だと思って。迎えに行ってくるね」


 ブルートはネルシスに『これ持って』とヤーグを手渡し、大きい鳥に変身してカルデトを降ろした。

 ブルートはカルデトを一旦地面に置き、変身を解除して元の姿に戻ってから抱き上げた。


「これは……たしかに小人っていうだけあって、小せえな」


 ネルシスは炎の灯った剣を近づけ、興味深そうにカルデトをジロジロ見つめた。スリートとヘイルも、身を乗り出してその姿を見ようとする。


「でも、なぜクァールはカルデトさんを?」

「クァールはペティの天敵みたいなんだ。ペティ族は、なんかヘンテコな能力で身を守らないと、食べられちゃうらしい」

「そうなんですか……すると、僕たちは彼らの邪魔をしてしまったのかもしれませんね」


 スリートは思案するように、腕組みして顎を撫でる。


「……でも、カルデトが食べられるのを知って、黙ってる訳にもいかないだろ。ペティ族には聞きたいこともあるし…………」

「ですが、救世主は全ての生き物に平等でなければなりません。自然の摂理を、自らの感情や都合で歪めてはいけないんです。それが『食物連鎖』というものです」


 グレイは、何も言えなかった。たしかに、その葛藤はクァールの群れと戦っている間にも覚えていないわけではなかった。クァールを頑なに斬ろうとしなかった理由もそこにある。

 だが、いざ他人から突きつけられると、絡まった毛玉のようなものが、胸の中心に詰まったようになった。自分が助けたい者のために、他の命を脅かす。それは、救世主の使命に反する。

 決して『命の輪』を乱してはならない。授業でも習ったし、グレイ自身も心から理解しているはずのことだ。


 考えていると、意識が暗闇に吸い込まれそうになった。――なら、クラウドと戦うことも、本来は救世主として許されざる罪なのではないか――グレイは、それ以上考えるのをやめた。


「というか、なんか変な生き物だな。全体的に頭身とか造形が――」


 ヘイルがカルデトのビジュアルに苦言を呈すると、ブルートはムッと口を尖らせた。


「なんてこと言うの! こんなにかわいいのに、寝顔とかだってこんなにかわいいのに…………あっ!」


 ブルートが憤慨していると、カルデトがちらりと薄目を開けた。


「ごめんね、起こしちゃった!? おはよう。もう大丈夫だよ!」


 カルデトの寝ぼけ眼が、ブルートを認めた。瞳が徐々にはっきりとしてきて、段々と潤んでいく。やがて、それは涙目となって、唇や体がフルフルと震えてきた。

 そして。カルデトは口を大きく開けて泣き叫んだ。5人は思わず耳を塞ぎ、ブルートは危うくカルデトを落としそうになった。

 グレイは、爆弾でも爆発しているかと思った。それくらい、凄まじい轟音だ。カルデトの喚き声は巣穴中を反響し、延々と同じ大きさでグレイたちの耳を貫いた。鼓膜が破れたか聴覚が麻痺して、何も聞こえてないのか、逆にずっと否が応でもカルデトの泣き声が聞こえているのか分からなくなって、耳を塞ぐのも意味がないのではとさえ思えた。


「――――!」


 ネルシスが何か言って、カルデトの口元に長い水柱を作り出した。すると、泣き声は水の中に掻き消えて、ゴボゴボ、ワーワーとマシなものになった。

 それでも、まだ巣穴を木霊する音がキーンと鳴っていて、カルデトが直に発する声も、水中にも関わらずなかなかうるさかった。

 ようやく落ち着いたところで、グレイとブルートは互いの顔を見合った。


「今の……」

「まさか……」


 2人には、カルデトの泣き声に聞き覚えがあった。カルデトを助け出す前、巣穴を進んでいた時に聞いた、あの音に似ているような――。

 グレイたちは得心がいった。あれは、カルデトの泣き声だったらしい。

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