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閃光・突風・水流

 グレイとブルートは、ペティ族のカルデトを助けるため、クァールの巣穴に突入したが――渾身の回転攻撃でも撃退し切れず、目が回り返ってピンチに陥ってしまった。

 フラフラと足元のおぼつかない様子で、十数匹のクァールたちと対峙する。天井に突き刺さったヤーグと、それに貫かれて燃える動物の亡骸が、仄かに場を照らしている。クァールの群れは飢えた牙をチラつかせ、グレイたちを取り囲んだ。

 獰猛な唸り声が八方から聞こえてくる。グレイは神経を研ぎ澄まし、ヤーグを握り直す。背中合わせのブルートも、徒手空拳で臨戦態勢を整えているのが分かった。だが、相変わらず世界はぐらついている。状況は2人にとって不利だ。


 息も殺すような沈黙は、突如クァールたちが破った。1匹が駆け出し、グレイめがけて飛びかかる。グレイは、見慣れたワンパターンな攻撃に、先ほどと同じように刃の面で対処する。クァールたちの攻撃方法が限られていることが、この窮地における救いだ。

 だが、グレイが剣を振るうと同時に、クァールは彼の首筋ではなく、右腕に爪を立てた。これまでと違う角度からの攻撃に意表を突かれ、グレイは右前腕を切り裂かれた。


「ぐっ……!?」


 グレイは走る鋭痛に一瞬怯んだが、間髪入れず秘術・【業火】で強化した左拳で、クァールを殴り飛ばす。

 半袖の制服から伸びる右腕には、3本の赤い筋が深々と刻まれ、血が滴るのを感じた。血の匂いを嗅いでか、クァールたちは目を見開き、より凶暴性を増して猛攻を仕掛けてきた。

 後ろでは、ブルートが飛び蹴りをしつつパンチを繰り出し、同時に3匹のクァールをいなしていた。着地する間もなく新手が襲いかかり、空中で4匹目の爪牙を押さえつけた。


 グレイは右腕の痛みに耐えながら、クァールの襲撃に抗った。2匹目のクァールが飛びかかってくるのを、ヤーグを振るって弾き飛ばす。だが、速度も威力も落ちており、実際はクァールが剣の背を踏み台に自ら避けるように距離を取った形だ。

 更に、右腕から飛び散った血に、クァールたちは更に興奮したように狂った唸り声を増幅させた。どうやら、血は彼らを刺激するらしい。グレイは3匹目のクァールが襲い来る直前にヤーグを構え、両手で柄を握った。防御を掻い潜ろうと態勢を低くしたクァールを、剣を振り上げアッパーカットの要領で迎撃し、同時に右手を離した。

 ヤーグを左手に持ち替えた状態で、第4波に備える。ところが、今度は4匹目と5匹目が、左右から同時に迫ってきた。グレイは左のクァールめがけてヤーグを振るい、右のクァールには右脚の蹴りを喰らわせた。キックをモロに受けたクァールは吹っ飛んだが、左のクァールは前足でヤーグを受け止め、食い下がった。


 やはり、利き腕でないと勝手が違うか――思う間もなく、グレイはクァールに組み伏せられてしまった。仰向けに倒れ、ヤーグを挟んで顔が至近距離まで迫る。クァールは盾代わりにした刃の上から毛深い顔をズイッと覗かせ、大口を開けた。

 グレイは反射的に首を傾けた。耳のすぐそばで、牙がガチンッと勢いよく噛み合う音が聞こえた。その隙に右腕をクァールの喉元に当て、肉を喰い破られないようにする。クァールは身を乗り出し、狂気じみた咆哮をあげてグレイを引き裂こうとするが、牙はほんの数ミリ届かず、頻りにガチンガチンと空を噛む。

 みるみる力が込められ、グレイはクァールの前足を押さえるヤーグを支えられなくなっていった。徐々に水平に構えた剣が沈んでいき、鋭い爪が着実に身体の中心へと近づいていく。爪先が胸元に触れ、ビーズのように血が溢れた。それは、少しずつ広がっていく。


「っ……あぁ…………っ!」


 破れた制服には、ピンポン玉ほどの赤い染みが浮かび上がった。抉るような熱さと痛みが、傷口を中心に胸全体へ広がる。


「や……っ!」


 ブルートの短い悲鳴とドサッという重い音から、彼女もクァールに押し倒されたらしい。腕を交差させて首元を押さえているが、クァールの鼻先がブルートの頬骨を擦りそうだ。

 クァールはブルートの両脚の間に陣取り、彼女に喰らいつこうとするあまり、下半身ごとガクッガクッと小刻みに体を前後させている。グレイは懸命にクァールに捕食されまいと耐えながら、その様を横目に見た。

 土や雑草混じりの獣臭い毛や息が、顔に当たる。グレイは、胸の痛みと目の前のクァールと格闘しながら、それを感じていた。いよいよ限界だ。クァールはトドメと言わんばかりに一際大きく口を開き、その牙でグレイの喉笛を噛み切ろうとした。


 ――その時。バチンッという鋭い音と共に、仄暗い穴蔵に眩い閃光が走った。グレイはたまらず目をつむったが、クァールたちも甲高い声をあげ、目の前の1匹が自分の体から退くのが分かった。

 次いで、不自然な突風がクァールたちに襲いかかる。クァールの群れは戸惑い、逃げるように駆けずり回るが、やがて風に取り囲まれるように1ヶ所に固まった。

 グレイは、なにが起こったのか確かめようと、辺りを見た。すると、グレイたちが来たのとは違う細道の前に、3人の人影が立っていた。


 内1人が片手を振るうと、その掌から水流が飛び出してきた。それは一直線にクァールの群れへと向かい、風の檻に囚われた獣たちを、また別の横穴の奥へと押し流していった。

 グレイは、3人の方を見つつ、ブルートに手を伸べた。


「大丈夫か?」

「うん……ありがと…………」


 ブルートは素直にその手を取った。彼女もグレイに助け起こされながら、人影の方を見つめる。その表情は、やや不機嫌そうだが、どこか期待も交じっているようだ。

 グレイは、ヤーグの刃に炎を灯し3人に近づいた。3人も、グレイたちの方へ歩み寄ってくる。その正体は、もはや灯りで照らすまでもない。

 スリート、ヘイル、そしてネルシスだ。

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