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理性 vs 野性

 グレイが自ら囮となって、ブルートはクァールの群れの渦中からカルデトを助け出した。ブルートは逡巡しつつも無事に飛び去り、グレイは20匹以上ものクァールと対峙する。

 グレイは秘技・【炎天】でクァールの群れとの間に炎の壁を作り、へその辺りで構えた剣先を前へ突き出してブレイズを発動させた。このまま退却すれば、クァールたちを傷つけずに済む――刃から放たれる炎の推進力で、グレイは後ろ向きに地を滑るように来た道を引き返そうとする。

 だが、グレイが細い一本道へ入る前に、横から数匹のクァールが鋭い爪を振り上げた。


「なっ――!?」


 咄嗟に振り向き、野性に満ちた眼光と目が合う。この一瞬で、炎を迂回してきたのか――。

 グレイはヤーグでクァールの爪を受け止めた。ブレイズの余力で、ズザザァと靴底を鳴らす。その勢いのままクァールを払い飛ばし、続く刺客に裏拳を喰らわせた。秘術・【業火】で増したパンチで、クァールは後ろの数匹と一緒に岩壁に叩きつけられる。

 すると、炎の壁を通り抜け、クァールの群れが次々とグレイに襲いかかった。群れがグレイを取り囲むように広がりつつ、先陣を切る数匹が飛びかかってくる。


 グレイは頑なに剣身ではなく、背の部分を使った鈍器としてヤーグを振るい、目の前のクァールたちをいなした。

 だが、前後左右からの猛攻に、いつまでも耐えてはいられない。6匹目のクァールの攻撃に間に合わず、グレイはヤーグを盾に、牙を剥き出しに開かれた大口を押さえるしか出来ない。

 クァールは容赦なく全体重をかけ、鋭い爪を振るう。グレイは身体を仰け反らせてかわすが、身動きの取れない中で、全方位からクァールたちが懐へ飛び込もうとしているのが分かった。隙を見せた獲物を前に興奮したような、獣の息遣いが聞こえる。


 まずい、やられる――背中が妙に寒くなった。

 ――その時。

 バサッ。翼のはためく音がした。


「てぇい!」


 大きな鳥が、グレイを包囲するクァールたちを蹴散らした。グレイも好機を逃さず、ヤーグを思いきり振るって、押さえつけていたクァールを弾き飛ばした。

 大きな鳥は、まるでクァールの群れからグレイを守るように、彼の頭上で羽ばたいている。

 ブルートが戻ってきたのだ。


「ブルート!? どうして……?」

「よくよく考えたら、灯りなしじゃ真っ暗で何も見えないから、怖くなって帰ってきたの!」


 ブルートは、照れているのか怒っているのか分かりにくい口調で言った。


「夜目が効くやつに変身すればいいだろ?」

「効かないやつに変身しちゃったんだから、しょうがないでしょ!」


 グレイは訝しんで訊ねたが、ブルートは見るからに不機嫌な様子だ。その両脚に連れ去ったはずのカルデトの姿はなかった。


「あれ、カルデトは?」

「すっごい高いとこの、なんか出っ張ってる安全なとこに置いてきた」

「えぇ……ていうか夜目が効いてない?」

「うっさい!」

「今からでもカルデトを連れて引き返すんだ。ここは俺1人で平気だから――」

「平気なわけないじゃん! さっきやられかけてたくせに」

「…………」


 グレイは言い返せなかった――確かに、ブルートが来ていなければ危なかった。全く打開する手立てもなかったのだから、おそらくあのまま深手を負っていただろう。


「…………ありがとう、助かるよ」


 グレイと、変身を解いたブルートは、背中合わせになってクァールの群れと相対した。先ほどのブルートの乱入も相まって、クァールたちも苛立っているのか、一層唸り声が獰猛さを増しているように聞こえる。


「グレイ」

「ん?」

「もしも万が一、自分の身に何かあったら――」

「やめろよ。俺たちならやれる。こんなとこで――」

「いいから聞きなさいよ」


 ブルートの声音は真剣だった。


「もし、そうなった時に後悔しても、遅いんだからね」

「え?」

「自分の気持ちに素直になって――気づいて、ちゃんと待ってる子に伝えなさいよね」

「…………」

「――あたしも、いつか正直になるから」

「……………………?」

「この鈍感バカ男ーーー!!」


 てんでキョトンとした顔をするグレイに、ブルートは怒号を飛ばした。その瞬間、2人を包囲していたクァールの群れが、一挙に襲いかかってきた。

 グレイは右手のヤーグを地面に打ちつけ、刃に炎を灯した。高温の剣を振るって、次々に飛びかかるクァールに叩きつけていく。

 背中では、ブルートがクァールの爪牙を紙一重でかわし、強烈な拳や蹴りを連発している。


 熱や打撲で、クァールたちの体は徐々に赤みを帯びていく。だが、決して怯んだリ逃げ出したりはしない。何度も吹っ飛ばされては、すぐさま立ち上がってグレイたちの方へ駆け出すのだ。これでは、まるでキリがない。


「グレイ!」


 呼ばれて振り返ると、ブルートが片手を差し出していた。グレイは迷わず、その手を掴んだ。


「じゃなくて足!」

「足!?」


 グレイは驚きつつ、3匹のクァールにヤーグを叩きつけた。ブルートも、2匹のクァールをアッパーと回し蹴りでそれぞれ退けた。

 グレイは片足を上げて、ブルートの方へ伸ばした。ブルートはグレイの足首を掴み、腰を中心に全身をツイストさせた。


「でやあああああああああああああああ!」

「うおおおおおおお!?」


 グレイは砲丸投げの要領でブルートに振り回された。2人の腕力と回転によって、グレイの握り締めるヤーグはクァールの群れを容赦なく薙ぎ倒していく。鈍い音が連続で鳴り、その度にグレイの両手に嫌な感触が伝わった。

 何匹かのクァールは、ついにその場から逃げ、残ったクァールたちも猛烈な回転を続ける2人から距離をとる。

 やがて、ブルートは徐々に速度を落としていった。遠心力を失い、グレイの上体はしなだれ、地面に激突した。更にブルートが手を離し、下半身もビターンと打ちつけられ、追い打ちをかけるような鈍痛が膝に響いた。


「いった…………」


 グレイは顔をしかめて起き上がろうとするが、そこへブルートがぶつかり、グレイは大きくよろめいた。


「ごめんっ、目が回って……」


 見ると、たしかにブルートの足取りはフラフラと安定していない。それどころか、景色と一緒にグラグラと不規則に回転している。

 グレイも目が回っていた。


「――やばい」


 グレイは、仄かな灯りで浮かび上がる、残った十数匹のクァールたちの姿を見て戦慄する。怒りのあまり見開かれた瞳は、研ぎ澄まされた刃物のような眼光でグレイたちを睨みつけている。

 それに、今は2人とも酔っ払いのような、足元のおぼつかない状態だ。この状況では、まともに戦うことはできない。


「うっそ……せっかくあそこまでしたのに、なんで逃げないのよ!」

「別に追い払うだけならあそこまでする必要なかったんじゃないか……」


 グレイは頭を抱えた。

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