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声を追って

 どうも、abyss 零です。

 定期更新、週一という低頻度ではございますが、なんとか果たせそうです。

 投稿形態は変わりますが、精一杯努めますので、今後とも何卒よろしくお願いいたします。

 グレイとブルートは、ペティ族のカルデトを助けるため、天敵クァールの潜む巣穴へ侵入した。

 ブルートは、グレイの胸に顔を埋める。


「汚れちゃった…………」


 泥だらけになった身体を強張らせ、グレイの服の裾を弱々しくつまむ。


「ごめん、ブルート……でも、いきなりあんなこと言うから――」


 足元の泥濘ぬかるんだ急斜面で、ブルートが放った言葉――レインのこと好きでしょ――。

 グレイはそれを聞いた途端に著しく動揺し、バランスを崩して、彼の肩に掴まっていたブルートもろとも滑落してしまったのだ。

 グレイは地面に叩きつけられながらも、ブルートに怪我をさせまいと身を挺したが……汚れまでは防ぎ切れなかった。


「あたし、汚れちゃったよ……グレイ……責任とって」

「えぇ!? 責任って、その……どうやって…………」


 グレイが戸惑っていると、ブルートは突如顔を上げて、『あーあ〜』と批難するように嘆いた。


「グレイ〜、そんなんじゃダメだよ。こんなことで他の女の子にうろたえるなんて、レインがかわいそう」

「えっ……え、かわいそう? なんで?」

「はぁ〜」


 グレイの持つヤーグに灯る炎が照らし出すのは、ブルートの呆れ果てたような表情だった。


「なに怒ってるんだよ……」

「もういいよ。こんな鈍感男は、もう知りません」

「なんだよ……そりゃ、あんなそれっぽいセリフ言われたら、誰だって戸惑うだろ」

「あんたの理屈はこの際いいの。とにかく、レインを悲しませそうなことするの禁止! いいわね?」

「かもしれないのもアウトなのか……」


 グレイは理不尽さを覚えた。ブルートが、ケロッとした様子で身体の汚れを『ウヘ〜!』と嫌がるのを見ていると、それは尚更だった。


「…………まあいいや。それより、早くカルデトを探そう。食べられたら可哀想だ」

「縁起でもないこと言わないでよ!」


 グレイは背中越しにブルートの声を聞きながら、もう片方のヤーグを出現させ、火を灯した。

 辺りを見ると、そこそこ広い空間であることが分かった。だが、声の反響から、まだまだ巣穴は奥深く続いていそうだ。頭上を照らしてみるが、天井は見えず、ましてや外からの光などは微塵も射し込んでいない。


「なにか、カルデトの痕跡がないか探そう」

「そうね……あっ! グレイ、見て!」


 ブルートは、グレイの足下を指差した。ヤーグの炎の明かりで浮かび上がっているのは、地面についた模様――動物の足跡のようだった。


「これ……まさか」

「クァールの、足跡?」

「そうかも。これを辿っていけば――」


 グレイの言葉は続かなかった。足跡は未開の地ゆえか過去のものも残っており、あちこちバラバラな方へと向かっている。

 跡の状態から新しいものと古いものを見分けられなくはないが、ヤーグの灯りという乏しい光源だけでは、完璧に判別するのは難しいように思える。


「……ブルート。ブルートなら、変身魔法で動物のこと分からないか?」

「あたしだって、変身できるからって心も動物になるわけじゃないんだから、そんなの分からないよ……」

「そうだよね……なんとか追ってみよう」


 グレイは屈んで、ヤーグの炎を纏う刃を地面へ近づけた。足跡は風化しかけてほとんど見えないもの、爪先や踵と思われる部分が辛うじて残っているもの、何匹分もの足跡が重なって奇怪な形を成しているもの、大きさも何もかも多種多様だ。

 その中から、比較的ハッキリと見て取れるものが集中している行く先を絞り出してみる。中腰で足下に目を凝らすのは、なかなかに骨の折れる作業だった。だが、それでもどうにか足跡を追うグレイ。ブルートも、同じようにして協力し、2人は巣穴を進んだ。

 クァールの習性は分からないが、モタモタすればカルデトが食べられてしまうのは疑いようもない。急がなければならないのは事実だが、道を間違えては元も子もない。グレイたちは、焦って遠回りするより、確実にカルデトの元へ辿り着く方法を信じていた。


 数分に渡って、グレイとブルートはクァールの足跡を懸命に見極めていた。すると突如、2人の耳に、鼓膜を穿つような甲高い音が聞こえてきた。


「うっさ!?」

「きゃっ! なにこれ、うるさい…………」


 まるで、金属の小さな鐘を擦りつけるような、不快とさえ思える爆音だ。鼓膜が破れてもおかしくはない。少なくとも、しばらくは普通の声量では話せなくなりそうだ。

 グレイは咄嗟に耳を押さえたが、危うくヤーグの炎で髪を焦がしそうだった。


「クァールの鳴き声……なのか!?」

「トカンが言ってたの、これのことね!」


 グレイとブルートは、耳を塞ぎながら叫んだ。それでも、頭の真ん中が痛み、互いの声がほぼ聞き取れない状態は変わらない。

 グレイは顔をしかめながら、振り返ってブルートに近寄る。


「音の方へ行ってみよう!!」

「うん!!」


 怒鳴り声に似た2人の言葉は、集中してやっと聞き取れるくらい小さかった。巣穴の奥から響く音に掻き消されるのだ。

 グレイたちは再び歩き始めた。音は絶え間なく巣穴中に轟き、反響の関係か1匹だけが鳴いているかのように声のバラつきがない。唸るようになったり、かと思えば急により甲高くなったりと、抑揚もだいぶある。クァール――一体どんな生き物なんだ――グレイは一層気を引き締めた。


 ところが、その音は途端に止んだ。グレイは一瞬、鼓膜が破れたかと思ったが、そうではないらしい。静まり返った暗闇の中で、背後からブルートの息遣いが微かに聞こえる。


「あれっ?」

「とまった……」


 グレイとブルートは顔を見合わせた。しばらくして、ふとある考えが脳裏をよぎり、同時に目を見開く。


「まさか…………」

「もう食べられちゃう!?」


 2人の予想は一致していた。最悪の展開の可能性だ。すぐさま行く手に向き直って、グレイたちは走り出す。

 さっきまでの喧しさが嘘のようだ。ヤーグの刃で燃ゆる炎の揺らめき、走る2人の足音と荒れる呼吸。聞こえるのは、ただそれだけだ。

 クァールの足跡を辿り、グレイたちはカルデトの元へ急いだ。

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