長老ニッチェ
結局、グレイとブルートは着替えることなく、ペティの里の長老ニッチェの家に向かった。雨で濡れた服は、グレイの剣ヤーグが放つ炎で、気持ち程度に乾かした。
モニの家から出ると、2人はまたしても来客に興味津々なペティたちに群がられた。ブルートは相変わらずそんなペティたちに構うため、10メートルほどの道のりに数分かかってしまった。
ようやくニッチェの家に着くと、グレイは妙に緊張した。はぐれた仲間たちの情報を聞くのはもちろんだが、このペティの森へ来た本来の目的は、【預言者】と【世紀末戦争】について知るためだ。その本懐を遂げるため、どう話を切り出すか。それが目下の懸念だった。
「むむー(村長、お客さんを連れてきましたー)」
ブルートの頭の上で、モニが声を張り上げた。陽気な調子で語尾が上がるのが気に入ったのか、ブルートは『はうぅ!』と悶えた。
「ふぉーん(どうぞー)」
中から、ニッチェの声が聞こえてくる。モニが家の中へ入っていき、グレイたちもそれに続いた。
「……失礼します」
「お、お邪魔しますっ!」
グレイとブルートが、口々に言った。中は、モニの家の内装と大した差がない。家具の配置など細かな違いはあるが、豪華であるとか格式ある様子とか、そういった要素は見当たらない。どうやら、長老といえど、特に他の小人とさして生活は変わらないようだ。
「ふぉん(どうぞ、おかけになってください)」
ニッチェは積まれた座布団を、小さな丸テーブルの周りに置いた。
「あ、どうも」
「はいっ!」
グレイとブルートは、座布団の上で正座した。この村へ来てから――もっと言えばモニと出会った時から――2人のテンションには如実に差があった。
「ふぉーん、ふぉふぉん(こんな田舎に、よく来てくださいました)」
ニッチェは台所でマグカップに飲み物を入れ、モニを含め3人に差し出した。
「むーう(ありがとうございます)!」
モニはバンザイをして喜び、ズゾゾゾとカップをすすった。
「ふぉふぉふぉん(今日は何をしに来たんですか)?」
ニッチェは小首を傾げて訊ねてきた。
「……友達を探してるんです。途中ではぐれてしまって」
グレイはまず、そう答えた。すると、ニッチェは何か合点がいった風に、ポフッと手を叩いた。
「ふぉーふぉふぉ(もしかして、さっきのおっきな空飛ぶ乗り物でやって来たのですか)?」
「そうっ! そうなんです! なにか知ってますか?」
ブルートが身を乗り出して食いついた。ペティの里に着いて、初めてかわいさ以外のことに気が向いたのではないか。グレイは、思うだけで決して口にはしなかった。
「ふぉんふぉ、ふぉーふぉふぉん(すごい音がして、あっちの方へ落ちていった感じですよ)」
ニッチェは右上の辺りを指して言った。どうやら、飛空艇が墜落した先を見たようだ。
「あぁ、ありがとうございます! ……やったね、グレイ! すぐみんなを探しに行こ! きっと心配してるよ!」
ブルートは嬉々としてグレイの肩を揺すった。
「ふぉ〜ん、ふぉふぉん(なかよしなんですね。森にはお友達と観光しに来たんですか)?」
グレイはニッチェに問われ、腹を決めた。
「観光もそうなんですけど――【預言者】と【世紀末戦争】のことを調べに来たんです」
言い切ると、モニが『むっ』と短く反応した。すると、しばらく沈黙が続いた。ニッチェは微動だにせず、ただグレイを見つめている。グレイも、その緊張感に呑まれ、言葉が出なかった。
だが、次第にグレイは違和感を抱いた。ニッチェはたしかにこちらを見つめているが、表情は心ここにあらずという感じだ。
まるで、眼だけ開いて何も見ていないような……。
グレイが、不安になって少し前のめりになったのと同時に、ニッチェはぽてっと横向きに倒れた。
「えぇっ!?」
「きゃあっ!?」
グレイとブルートは、声を裏返らせて叫んだ。正座をして痺れた足をよろめかせながら、倒れたニッチェを案じる。
「むぅ〜(大丈夫です、寝てるだけですよ)」
心配する2人に、モニは相変わらず間延びした口調で言った。
「ねっ、寝てる!?」
「めっちゃ眼ぇ開いてるよ!?」
グレイたちは更に驚きを増した。
「むぅむぅむ(村長は【預言者】と聞くと寝ちゃうんです)」
モニは両手を掲げ、やれやれといった仕草をした。
「えぇ、なにそれ?」
「むむんむ(わたしがさっき雨を降らしちゃったのと同じです)」
「それって……食べられないための?」
「むぅ(そうです)」
モニはグレイの質問に答えながら、ニッチェを座布団の上に横たえた。
「ペティって、みんなそういう能力を持ってたのね……」
「むぅ〜、むむん(食べられたら困りますから)」
「いや、でも『【預言者】って聞いたら気絶する』のと『食べられないための能力』って、全然繋がらないんだけど……」
「むんっ(村長はちょっと違うんです)」
「そ、そうなんだ……」
さすがのブルートも、これには困惑している。
「困ったな……聞きたいことが色々あるのに……」
グレイは眉間にしわを寄せて唸った。【預言者】のことを聞きに来たのに、その単語を言ったら寝てしまうなんて、話が成り立たない。
「え゛う゛〜゛(おやぶんー)!!」
その時、グレイたちの背後から凄まじい声量の叫び声が聞こえた。グレイとブルートは、咄嗟に耳を塞いで振り返る。
そこには、モニやニッチェとも違う、別のペティがいた。