ペティの里
はぐれた仲間たちを探すグレイ一行。その道すがら、ブルートはモニのあまりに愛くるしい姿に半狂乱となっていたが、ほっぺたをぷにぷにすると突然の雨に見舞われてしまう。グレイとブルートは雨風を凌ぐため、モニの家へ向かうことになった。
ザアァーと鳴り止まぬ豪雨に打たれながら、グレイたちはモニの案内を頼りに森を駆ける。泥濘に足を取られそうになりながらも、冷えた全身に鞭を打って。
グレイは、雨が降ってから黙ったままのブルートが気がかりだったが、話しかけている余裕もなかった。両腕に抱えたモニを庇うように前傾姿勢を保ったまま走り続けているが、なかなか堪える。そもそも轟々と絶えない雨音で声は聞こえづらいだろうし、ずぶ濡れで2人で話しても返って気が滅入るか、少なくとも更に疲れる。
「むっむむー(そろそろ見えてきます)」
十数分ほど走り続けていると、モニが行く手を指して言った。
「そっか、よかった……」
グレイは僅かに頬を綻ばせた。
「むぅむぅむ(というか、そろそろ止むかもです)」
「え?」
グレイが聞き返すのとほぼ同時に、どしゃ降りの雨がピタッと止んだ。グレイは緩やかに走るスピードを落とし、空を見上げた。暗い灰色の雨雲が霧のように消えていき、陽の光が木々の間からグレイたちに射し込んだ。
「ほんとだ……」
「むんむむん(わたしの体内時計はピッタリです)」
モニは自慢げに腕を組んだ。
「ブルート、晴れたよ!」
「……うん」
ブルートはまだ元気がない。俯きがちに、雨で艶やかになった黒い制服の裾を絞る。濡れて身体に密着しているが、起伏はさほどない。
「……でも、なんでほっぺたぷにぷにすると雨が?」
「むむんむむー(食べられないためです)」
「食べる? ……なに、小人を食べる生き物がいるのか?」
「むー(天敵です)」
「そうなんだ……」
グレイは食物連鎖という言葉を思い出した。
「――ブルート。雨も上がったし、よかったじゃん。びしょ濡れだけど」
「でも、もっとぷにぷにしたかった……」
「……それで元気なかったのか」
グレイは『そんなことで』と言いそうになったが、余計だと悟って口をつぐんだ。
「あたしっていつもこう……元の世界でだって、かわいいものに触りたくても、なかなかうまくいかなかった……」
「そうなんだ……」
「ワンちゃんには近づくと吠えられるし、ネコはアレルギーで触りたくてもかゆくなっちゃうし」
「そっか……たしかに、俺も動物好きだけど、触れないのはつらいな」
グレイは、ブルートを不憫に思った。自分も犬や猫は、隙あらば愛でたいほどには大好きだ。さっきまでのブルートの反応を見れば、彼女がいかにかわいいもの好きかは一目瞭然である。
「でもさ、ぷにぷにできなくても、頭に乗せたり抱っこしたりなら何も起こらないんだろ? だったら、今はそれで楽しんでさ。モニの家に着いたら、屋内でぷにぷにすればノーダメージだよ」
「はっ! そっかぁ!」
ブルートの表情が一気に明るくなった。
「えっ、そうじゃん! お家の中なら雨なんて問題ないじゃん! グレイ天っ才! あたしなんで気づかなかったんだろ! 1人で勝手に落ち込んじゃって、バカみたいじゃん! どうしてくれんのもうっ!」
「え、怒られたの俺?」
グレイはまたしても理不尽を感じた。だが、元気を取り戻したブルートを見ると、それも気にならなくなった。
「むっむー(洗濯物を取り込んでからでもいいですか)?」
「うんっ! いい! いいよそれくらい! いつだって待つよぅ! あ、でもなるべく早くしてほしいなって! 待てるんだけどね、やっぱりいつまでも我慢してるとさ、こうなんか気持ちが良くない方向へいっちゃうから、モニのペースで、頭の片隅にあたしのことを思いながら洗濯物を取り込んでほしい!」
「むぅ(わかりました)」
こうなってくると、グレイはまた少し面倒くさくなった。
「……じゃあモニ、ブルートにぐでってあげて」
「むっ(よしきた)」
グレイはモニの小脇を抱え、ブルートに差し出した。
「ほっ……!」
ブルートは奇声を発して、両手をプルプル震わせながらモニを受け取った。グレイはその光景に既視感を覚えた。
モニを再び頭に乗せたブルートの表情は、恍惚と緩んだ。そうしてグレイたちは、またモニの家を目指して歩き始めた。
「むっむーむむっむーむむっむむーむー♪」
「でへへぇ〜」
モニは、ブルートの頭上にしがみついて、揚々と鼻唄(?)を歌った。ブルートはそれを聴きながら、溶けたアイスのようにはにかんだ。さっきまでの元気がなかった姿が嘘のようだ。
「むむー(見えてきました)!」
しばらくすると、モニが前方を指して言った。グレイとブルートには依然として広がる草木しか見えなかったが、更に進むと、開けた場所が行く手にあるのが分かった。
そこには、軽自動車ほどの大きさの小屋が無数に建ち並んでいた。小屋は森の資源で作られた簡素なもので、1軒1軒の前には何やら文字の書かれた手のひらサイズの看板が設置されている。
更に、周囲の木の幹の上に、枝葉で隠されるように簡単な小屋構えられている光景が、無数に広がっていた。およそ1本の木に1軒ずつ、それが見渡す限りの森一面に続いている。また、木の上の小屋には、それぞれ橋がかけられており、地上の集落を屋根のように覆っていた。
「これは……」
「すごーい……」
グレイとブルートは、無意識に感嘆していた。その生活様式は、ペティが種族として共同体を形成していることを示している。自分たちがこれまで知らなかった文明を、今まさに目の当たりにしているのだ。
「むっむむー(わたしたちの里へようこそ)」
モニは相変わらずの調子で、ブルートの頭上で大の字にぐでっていた。
はい、というわけでペティの里に着きました。サクサクいきましょう。
次も早めに更新いたします。お待ちいただければ幸いです。
では、また。