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ぷにぷにレイニーデイ

 グレイとブルートは、小人族ペティのモニを連れ立って、仲間たちを探していた。その道中は、マスコット的な絶大の魅力を持つ小人と、木々の合間から射し込む快晴の光で、穏やかな雰囲気に満ち満ちている。


「むゆ~(こっちへいってみましょう)!」


 モニはグレイの頭の上に乗り、ペティの森を案内してくれていた。ブルートは、それを瞳を輝かせて見つめている。


「ねぇ! ねぇねぇねぇ! あたしにもちょうだいよぉ! あたしも頭の上に乗せたいよぅ!」


 ブルートはグレイの周りを忙しくうろつきながら、腕にしがみつきそうな勢いで懇願してくる。


「それは……俺じゃなくて、モニに訊いてみたらいいんじゃないか?」


 グレイは、頭上の小人を見上げた。モニは、その視線に気づくと、身を乗り出して正面からグレイを見つめ返す。グレイの視界は、逆さまのモニの頭に半分以上が埋め尽くされた。


「むん(わたし)?」


 ブルートは身体をもじもじさせて悶えた。グレイも羨ましがられているのが嫌でも分かったが、前が見えなくなって思わず立ち止まった。


「いやいや危ない! 見えない見えない! ていうか近い!」

「むっ(ごめんなさい)」


 モニは顔を引っ込めた。


「むぅ(そうですね)……」


 モニはブルートをジッと見つめる。厳密には、ブルートの頭のてっぺんを。ブルートとグレイの頭を交互に見比べ、腹這いに乗っかっているグレイの頭は、たまにぺちぺち叩いてみたりもしている。


「むむーむー(ぐでり心地を比べてみましょう)」

「ぐでり心地?」


 グレイは首を傾げた。すると、モニが乗っているのも相まってバランスを崩し、頭がグラグラ揺れた。モニは左右へ揺られながらも、グレイのこめかみ辺りにしがみついて持ちこたえた。


「むっ(ブルートさんの頭に乗りたいです)」


 モニはグレイに言った。


「え? うん……あぁ」


 グレイは、しばらくモニと目を合わせて、ようやく察した。頭上のモニの小さな身体を掴み、持ち上げる。


「はい、ブルート」


 グレイは、モニをブルートへ差し出した。モニは両手をハの字に広げ、足をプラプラさせている。


「はうぅ……!」


 ブルートは悶えながらもモニを受け取った。お互い見つめ合っている時間がやけに長かったが、グレイは苦笑しながら黙っていた。


「むっむっ(乗っけてください)」


 モニは短い腕をブンブン振って、ブルートのつむじの辺りを指した。


「うんっ! 言われなくとも! 言われる前からずっと乗っけたいよ!」


 ブルートが興奮しているのは、一目瞭然だ。グレイは、その様子がおかしくなって、ニヤけそうになるのを堪えた。

 ブルートは緩みきった表情でモニの脇の下を抱え、王冠でも被るかのようにゆっくり自分の頭上へ乗せた。

 ぽむ、と。モニは短い手足を伸ばしてブルートの頭にしがみついた。ブルートは、その確かな重みを感じて、これ以上ないほどたるんだ顔をした。


「へぁあああああああああああああああああああ!!」


 口をへの字に開いて、黄色い声をあげる。それは萌えを全身で感じ、あたかも昇天しているかのようだ。


「乗っ……てるよぉ! 見て見て! ほら、アタシ今! かわいいがっ、乗ってるぅ!」

「うん」

「むっ(乗っかってます)」


 ブルートは我が身を抱いて悶えた。全身を捩って、愛玩生物を被っている快感を、これでもかと堪能している。


「えぇ! でもこれ見れないじゃん! グレイッ! 写メ撮って写メ!」

「今スマホ持ってないよ」

「むぅ(シャメ)?」


 グレイたちは、久しくスマホを触っていない。救世主の激務をこなしていく中で、いつの間にか元の世界の習慣は廃れていた。そもそも、電波のないこの世界では通話やアプリの使用もままならず、おまけに充電する手段がないのだ。


「すごいよぉ! 乗っけてるよぉ! これマジ、最っ高なんだけど!高が最だよぉ!!」


 最早言っていることが意味不明なほど昂っているブルートである。


「ねぇグレイ、なんかね、アタシ今、すごい無敵って感じするの。なんかもう、戦えるの。そういう、ありとあらゆるものと。立ち向かっていける気がする。わかる?」

「そうなんだ」


 ブルートはすっかり舞い上がっているが、グレイはそれを見て少し引いていた。口調は穏やかだが、返答に困っているのが、やや冷えた眼差しから窺える。


「どう? モニ、ぐでり心地は?」


 グレイはブルートの頭の上にしがみつくモニに訊いた。モニはグレイを見て、それからブルートの頭により密着するよう、更に態勢を低くした。心なしか、モニの小さな身体が、さっきよりも薄っぺらくなっているように見えた。


「むむーむー、むーむむー(安定感には欠けますが、けっこう好きです)」

「はわや~~~~~~~~~~っ!!」


 モニに頭をぺしぺし(はた)かれ、ブルートは花火でも見ているかのように叫んだ。グレイは彼女が嬉しそうで良かったと思った。


「や、ばいぃ……これ、続けてたら、かわいさのあまり溶けそうだよぉ……」

「そっか。……じゃあ、代わる?」

「はぁ!? まだなんですけど! いつかそうなっちゃいそうって話をしてるだけで、まだ溶けないし! ていうかそうなるかも分かんないからまだ大丈夫ですけど! むしろ今これを失ったら、それはそれでショックのあまり消えちゃいそうな気がするからいいんですけど!」

「ごめん、わかった」


 冗談を言ったら、予想を遥かに超えて怒られたグレイ。正直なところ、段々と面倒に感じてきていた。


「――いや、待って。ちょっと、やっぱり1回抱いといて」

「はい」


 ブルートは、腕を震わせながら頭上のモニを掴んだ。猫を抱えるように、恐る恐るといった調子で小さな脇の下を両手で持ち、頭上から降ろす。

 グレイは、モニを手渡されて、ブルートと同じようにその脇の下を抱えた。間近で見つめてみると、たしかにかわいい。ペットを目にした時と近い感情を覚える。


「むゅ(なんでしょう)?」


 モニがグレイの眼差しを受けて、きょとんとしながら首を傾げた。グレイは、ニヤけている自分に気づくのに数秒かかった。こんなに無垢で愛らしい生き物を目にしたら、女の子ならテンションが上がるのも仕方ない。


「ちょっと、こっち向けて。自分だけ楽しむのずるい!」


 ブルートの物言いを理不尽に思いながらも、グレイは言われた通りにした。すると、ブルートはモニと目が合うように屈み、五指をピクピクさせながら両手を伸べた。

 そして、ブルートは一思いに、モニの頬をぷにぷにと触った。


「むっ(あっ)」

「やっ、ややや、やわらか〜〜〜いぃ! てか、これ、マシュマ――」


 ブルートが言い終える前に、3人は突然の豪雨に打たれた。気づけば辺りはザザアァーと雨音に包まれ、強風が草葉をもぎ取るように吹き荒んでいる。


「えっ、雨!? さっきまであんなに晴れてたのに!」


 グレイはずぶ濡れになりながらも、モニを雨風から庇おうと抱き締めた。


「…………」


 一方ブルートは、直前のモニの頬を触っていた態勢で固まっている。


「むーむーむ、むーむむー(わたしはほっぺたをぷにぷにされると、雨を降らせてしまうんです)」

「えぇ、なにその能力……」


 グレイは困惑して、モニの顔を覗き込んだ。奇しくもそれは、さっきと逆の構図である。


「どうしよう、このままじゃ風邪を引いちゃうよ」

「むむーむ、むー(この近くにわたしたちのお家があるので、そこで雨宿りしましょう)」


 モニは、グレイたちの行く手を指差した。


「わかった……案内してくれ、モニ」

「むっむむー(わかりました)」


 のほほんとした調子で請け負うモニ。出会ってからずっと、どこか間延びしたその態度は一貫している。グレイは、心なしかグロウに似ていると思った。


「行こう、ブルート」


 グレイは、雨が降り始めてから微動だにしない彼女が心配になって、声をかけてみた。

項垂れて雨に打たれる姿は、表情は見えないが、どこか哀愁が漂う。先ほどまでの和気藹々(わきあいあい)とした空気が、一変している。


「…………うん」


 やや間があって、ブルートは応えた。グレイはモニの示した方向へ、駆け足気味に進んでいった。それを、ブルートは少し後ろから、俯きながらもついていった。

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