ペティの森
どうも、abyss 零です。第100話です。本作も6年目を迎え、読者の皆さまにたくさんの時間お待ちいただきながらも、ここまで進んで参りました。
これからは生活的に一定のペースで最新話をお届けできることと存じますので、引き続きこれからもよろしくお願いいたします。
それでは、本編どうぞ。
グレイは意識を取り戻すと同時に、直前の記憶を呼び起こした。飛空艇、墜落、空――バッと反射的に飛び起きると、まず視界に入ったのは明るい緑の景色だった。木々の葉が、陽の光を浴びて輝いているようだ。
「よかった! 気がついたのね!」
声の方を振り向くと、ブルートがしゃがんで顔を覗き込んできた。顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「ブルート……? 俺は、どうして……」
グレイは自分の身体に痛みなどが全くないことを疑問に思った。あの高さ、速度で飛空艇から振り落とされ、傷の1つもないのはおかしい。
「危なかったわよ、ほんと……」
ブルートは安堵のため息をついて、天を仰いだ。
「……そうか。ブルートが助けてくれたんだな」
変身魔法――飛空艇から落下している最中、意識が途切れる直前に肩を掴まれた感触は、鳥類に変身したブルートだったのだ。グレイは、その感触を思い出すように肩に触れ、気づいた。
「ありがとう」
「このお礼は返してよね」
ブルートはニヤつきながら言った。その照れ隠しを、グレイは思わず可愛いと思ってしまった。こっちまで照れて、まともに顔を見れない。
視線を逸らすと、しゃがんだブルートの膝の間から、ショートパンツに守られた奥の方が目に入った。あまりに無防備なソコを、グレイは一瞬凝視してしまった。太もものほとんどが露出した脚は、細く艶っぽい。短い丈の隙間から、見えてはいけないところが見えてしまいそうだ。
「ここは……みんなは……?」
グレイは慌てて辺りを見回した。今の視線がバレたら、自分を救った爪に殺されかねない。
「あっ、そうだ! みんなに知らせないと!」
ブルートは思い出したように通信魔法を繋げた。
「こちらブルート! グレイが起きた!」
仲間にも迷惑をかけたことだろう――グレイも通信に参加した。だが、何も聞こえてこない。
「……もうっ。お願いだから誰か応答してよ、も~……」
ブルートは項垂れ、諦めたように通信を切った。
「どうした?」
グレイは、ひどく落ち込んだ様子のブルートに訊ねる。ブルートは、憔悴した表情でグレイを見上げた。
「――実は、グレイが起きる前から、ずっと呼びかけてるんだけど……」
「誰も応答しないのか?」
グレイの問いに、ブルートが力なく頷いた。
「通信不能……今までそんなことなかったのに…………」
「秘境って呼ばれるだけのことはある、ってことね……こっちが何も聞こえてないだけなのか、どっちも連絡が取れてないのかも分からないの……。あたしの声は向こうに届いてることを祈って、散々場所が分かるよう説明したんだけど、何も返ってこないし…………」
『もうイヤ……』と、ブルートは顔をしかめた。
「……ごめん、俺のせいで…………」
グレイはバツが悪そうに謝った。
「ううん、グレイのせいじゃないし、助けられたのは本当によかったよ……」
ブルートは優しく言った。その口調は意識的で、自分を励まそうとしてくれているのだと、グレイは分かった。
「――でも、そうか」
グレイはおおかた話を聞いて、改めて周囲の森を見回した。
「ここは、もうペティの森、なんだよな」
どこか、異質な雰囲気の漂う森林の只中。それは、なんとも言えない感情を抱かせる場所だった。気がついたら森にいる、という状況は、これが初めてではない。元の世界から召喚された時は、まさにそうだった――それ以外にも、なぜか似たようなことがあった気がするが――。
しかし、その時とは全く違う、ぬるま湯に浸かっているような気分だ。
「秘境――たしかに、なんか変な場所だ」
グレイは、脚に力を込め立ち上がった。体重を支えるため地面についた掌は、霜のせいか僅かに湿っていた。グレイはパッパッと両手を鳴らし、付いた土を払った。
「じゃあ、俺ブレイズで上からみんなを探してくるよ」
「えっ?」
グレイは両手に灰色の秘剣・ヤーグを出現させた。ヤーグの炎を操る能力、その推進力で上空へ飛び、探索するつもりなのだ。
だが、ヤーグを逆手に持ち替えたと同時に、ブルートが勢いよく立ち上がって制止した。
「えっ?」
グレイは突拍子のないことに、つい間の抜けた声を出してしまう。
「やめた方がいいよ。あたしもさっきやってみたけど、この辺ずーっと森なの。絶対迷うよ。帰って来れないよ」
「あー……そしたら、悪いんだけど一緒に飛んでもらえるかな? 介抱までしてもらったのにアレだけど……」
「えー、グレイ速いじゃん。あたし追いつけないよ」
「うーん、俺は遅くしたら落ちちゃうしなぁ……じゃあ、ブルートにここの真上で目印になってもらって、俺が周りをぐるっと――」
「そしたらずっと翼はためかせてるの疲れちゃうじゃんっ!」
グレイが新しい案を出す度に、ブルートはどんどんむくれていった。グレイは困り果てて唸った。ブルートに助けてもらった手前、無理を言って面倒をかけるのも気が引ける。
大体、普段のブルートは、こんなわがままな印象はない。もっと物分かりがよくて、仕方がない状況なら自分の好き嫌い関係なく条件を飲める女の子のはずだ。一体、なにが彼女の気に障るのだろう。
そこまで考えて、グレイはハッと気がついた。
「――じゃあ、歩いてく?」
「うんうん! いいと思う! それがいいよ、一番いい! だってさ、そもそもさ、あたしたち空から落ちたのに、わざわざまた空に上ることないもんねぇ。非効率的だよ。地に足つけて、陸を行こうよ。滅多なことではぐれたりしないしさ、その方が安心じゃない?」
「……ああ、うん」
グレイが提案するや否や、ブルートは急に眼を輝かせ、口を逆三角形にして詰め寄ってきた。グレイはその勢いに圧倒され、同調せずにはいられなかった。
「よし、じゃあ出発ー! グレイ、前歩いて」
「はい」
「……あ、いや、やっぱダメ。前に出ないで。後ろにも退かないで。隣。ピッタリ隣に引っついて」
「はい」
ブルートは足早にグレイの右へ移動した。
「ちゃんと、しっかり、あたしと足並みを合わせること。その五体が1つたりとも欠けずに今あること、あたしのおかげだってことを忘れないように」
「え、さっきと言ってることが――」
「あたしが1って言ったら右足、2って言ったら左足を出すの」
「行軍?」
「あたしたち救世軍でしょ」
「それもそうだ」
グレイとブルートは、横一列になって綺麗に森を進み始めた。グレイは歩きながら、さっき立てた推測がおそらく間違っていないことを確信した。
もし本当にそうなら――ブルートの意外な一面と言わざるを得ない。
しばらくして、グレイはついに我慢ならなくなった。
「ブルート。俺が寝てる間、ずっと独りでいて寂しくなかった?」
訊ねると、ブルートはシカトして真正面を凝視した。ジッと見ていると、スイーッとそっぽを向く。
やっぱり――ブルートは独り取り残されるのが心細くて、不安でたまらないのだ。ブルートの乙女な部分を知り、グレイは仄かに嗜虐心を覚え、彼女の顔を覗き込もうとしたがやめた。
髪からはみ出した真っ赤な耳で、ブルートがどんな顔をしているのかは見るまでもなく分かった。