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20話

「……自分だって赤マントだろ?」


 赤マントの言葉に、茜は赤い槍を向けてニヤリと笑う。


「違うね。私は紅林茜。ただの赤マントのお前と一緒にするな」


 そして、茜は赤マントに向けて疾走する。

 その手の赤い槍の巨大さは、赤マントの銀の槍と比べても何の遜色も無い。

 それは槍のようで。

 あるいは、大剣のようで。

 あらゆる障害を弾き飛ばす、茜の恋そのものだ。


「オイオイオイオイ! このくらいでもう勝った気分かよコラ! なめてんじゃねえぞ! 出来そこないの赤マントにくっだらねえナマクラ剣と狐風情が揃った程度でよぉ!」


 理解できない。

 赤マントは、謎の焦燥感に苛まれていた。

 自分の取り込んだ古沢夕の感情を探る。


 恋。

 それは確かに存在する。

 けれど、こんなものが何だというのか。

 何故、自分は焦っているのか。

 何故、諦めにも似た悲しみを感じるのか。

 自分の中に取り込んだ古沢夕が本来感じるはずであった感情なのだろうか。

 こんな不安定なものが、恋だというのか。

 理解できない。

 諦めながらも、何故胸を締め付けるのか。

 そんな苦痛を受けるくらいならば、力尽くで満たしてしまえばいい。

 自分には、それが出来る。

 そこで思考を停止して、自分の中を殺意で満たして。

 赤マントは、槍を構え直す。


「ナマクラだぁ!? たかが赤マントがナメてんじゃねえぞ!」


 茜の一撃を槍で弾いた赤マントに、六花が胸に手を当てながら接近する。


「おぅらぁっ!」


 一瞬のうちに剣の姿に戻った六花が、赤マントの横腹を薙いで空中を旋回する。 そのまま超高速のブーメランのように戻ってくる六花が、赤マントの防御の隙を狙って浅く何度も斬り裂いていく。


「ハッ! 急所はさすがに防御しやがるか!」


 人間の姿になった六花が離れた、その時。

 瑞貴は、辺りが妙に明るくなっている事に気付く。


「茜さん、六花さん! 離れなさい!」


 叫ぶ声の方へと、振り向く。

 そこには琴葉と、その背後を埋め尽くす程の青い火の群れ。


「貴方が狐風情と侮ったボクの、全力の狐火です。一つ残らずプレゼントしてあげましょう!」


 琴葉の宣言と共に、大量の青い火……狐火が赤マントへと飛来する。

 それは四方八方から意志を持っているかのように襲い掛かり、着弾する度に小規模の爆発を起こしていく。

 そこにすかさず茜が槍を突き入れるものの、これ程の爆発の中でも赤マントは茜の攻撃を槍で的確に弾く。


「……あれ?」


 今の攻防に、瑞貴は違和感を感じた。

 あの三人の全力の攻撃を、赤マントはしのぎ続けている。

 いや、違う。

 茜の攻撃を、優先的に弾いている。

 つまり、恐れているのだと瑞貴は気付く。

 自分の理解できない、茜の槍を赤マントは恐れている。

 それは、あの茜の新しい槍ならば赤マントに通用するという事でもある。

 だが、あれだけ警戒されてたら、隙を新しく作る方法が瑞貴には思いつかない。


「ミズキ!」


 茜が、叫ぶ。

 茜が突き出した槍は、また弾かれる。

 だが、その隙に六花が赤マントの肩を薙ぐ。


「投げて! ミズキの携帯!」


 その意味が一瞬、瑞貴には理解できなかった。

 だが投げろと茜が言う以上、投げるべきだと瑞貴は思い直す。

 携帯を取り出した瑞貴に、茜は更に叫ぶ。


「上! 私達の上に!」


 防戦一方になった赤マントが、苛立たしげに舌打ちをする。


「んだよ、まだ何か企んでやがんのかよ!」


 瑞貴が迷わず上へと投げた携帯から、着信音が鳴る。

 表示名は、茜。

 だが、茜は携帯を手には持っていない。

 鳴り続ける携帯が赤マントの頭上遥高くへと、放物線を描いて飛んでいき……そこで、突然携帯が鳴りやむ。

 その瞬間、瑞貴は思い出す。

 茜の携帯が、何であったかを。


「もしもし、私メリーさん」


 着信状態の瑞貴の携帯から、そんな声が響く。

 その声は、やけに大きく響いて。

 瑞貴の携帯の、その更に上に……茜の携帯が現れる。


「今、ね」


 茜の携帯のストラップのドクロが、ゲラゲラと笑う。

 それは次第に人の頭となって、携帯は身体となっていく。


「アナタの頭上にいるの」


 紫色のウェーブがかった髪をたなびかせ、青いゴシック服を着た少女が空中に現れる。

 振り上げた手に巨大な鎌を出現させた少女は、落下する勢いのままに赤マントの背中に斬りかかる。

 同時に茜が突きを、そして六花が回転しながら斬りかかる。


「ぐぅ……ち、いぃっ!」


 赤マントは茜の槍を弾き。

 けれど、六花の攻撃が顔を浅く斬って、更に少女の鎌が背中を深く斬り裂く。

 今の隙でも、赤マントは茜の槍から注意を放さなかった。


「なるほど、メリーさんですか。ふふ、そういえば、そんなものも居ましたね」

「よーやく元に戻れたの。もう赤マントなんかと賭けなんてやらねーの」


 琴葉さんにそう返しながら、少女……メリーさんは鎌を振り回す。

 増えた攻撃の中で、赤マントは茜の攻撃だけを、弾き続けている。

 やはり赤マントは、茜の攻撃を恐れている。

 このままでも、あるいは勝てるのかもしれない。

 だが、残されたカードは、もう一枚ある。

 それに気付いた瞬間、瑞貴は走り出す。


「ミズキ!?」

「遠竹君……何を!?」


 茜の悲鳴のような声が響き、琴葉が瑞貴の前に立ち塞がる。


「遠竹君、下がって!」

「下がりません。僕は、茜の為に、もう一つだけやらなきゃいけない事があります」


 琴葉と、瑞貴の視線がぶつかり合う。


「……信じて、いいんですね」

「信頼には、必ず答えます」


 琴葉の横をすり抜け、瑞貴は走る。


「オイオイ……この局面でミズキクン参戦って。俺を弾き飛ばそうっての?」


 赤マントの軽口には、瑞貴は耳を貸さない。

 違う。

 瑞貴は赤マントを逃がすつもりはない。

 弾き飛ばすべきは、赤マントではない。


「まあ、その方が俺としては助かるけど? こっくりさんの契約も破棄されるしなあ!」

「黙れ!」


 茜の突きを、赤マントは槍で弾く。

 その銀色の槍を、瑞貴は注視する。

 例えば、あの槍が無かったなら。


 仮定する。

 否定する。

 あの槍が赤マントの手にない光景を仮定して、赤マントの槍を否定する。

 想像する。

 赤マントの手に、あの槍が無い風景を今……ここにあるこの場所に幻視する。


 そう。

 瑞貴が弾き飛ばすべきは、この槍。

 これがあるから、茜の槍が届かない。

 これがあるから、茜の……二人の恋が、阻まれる。

 だから、こんな槍なんて、この世界にいらない。

 こんなものは、ここには無い。


 瑞貴は否定する。

 瑞貴は幻視する。

 消えろ。

 こんな槍は、この世界から無くなってしまえ、と。


 ……そして、世界は混ざり合う。

 それは、一瞬の感覚で。

 成功を確信した瑞貴は、転がるように赤マントから距離をとる。


「今だ、茜!」


 赤マントの手から、槍が消える。

 手の中の感覚に驚く赤マント。

 次の槍が出てくるまで数秒すらかからないだろう。

 だが、それでいい。

 例え数秒でも、槍が無いなら。

 もう茜の攻撃を弾く手立ては無い。

 そして、今の赤マントは避ける事も許されない。


「……終わりだね」


 茜の放った槍の一撃が、赤い閃光となって赤マントの胸を貫く。

 それは人間であれば、確実に致命傷となる一撃。


「ご……ぁっ」


 赤マントは、苦悶の声をあげる。

 深く貫く茜の槍からも、赤マントの体からも……一滴の血すらも出てはいない。

 ただ、黒い霧のようなものだけが貫かれた赤マントの胸から、背から溢れ出て。

 茜の槍が引き抜かれると同時に、赤マントは膝から崩れ落ちる。

 溢れ出る黒い霧は、赤マントの胸に空いた穴を少しずつ広げていく。


「残念だったな。お前、もう助からねぇよ」


 再び人の姿になった六花が、膝をついた赤マントを見下ろす。


「無茶してこっちに来た代償なの。こっちには何も残さず消えるが定めなの」


 メリーさんも、鎌を背負いなおして呟く。


「何故だ……。なんで恋なんていう訳わかんないものがあんなに……」

「当然だよ」


 茜は赤マントに正面から槍を向けたまま、そう語る。


「赤マントの始まりは瞬間の殺意。それ故に武器は槍を形作る」

「ああ。だが、何故、恋が槍を形作る? 恋は、秘めて守るものじゃないのか?」


 赤マントは、困惑した目で茜の槍を見つめる。

 秘めて守るもの。

 それもまた、恋の形には違いない。

 だが、恋の形は一つではない。


「私の始まりは、瞬間の殺意と、瞬間の恋。殺意も恋も、一瞬にして一撃必殺。落ちる場所は違えど、そこは同じ。だから、私の武器は槍の形を取る」


 未だ困惑した顔の赤マントを、茜は見下ろす。


「それに、お前の中にある古沢夕の恋心とは違う。それは古沢夕のもので、お前にはそれを理解しきれなかった。私は、恋が何か理解してるし……守りに入るつもりもないもの」


 その言葉を、瑞貴は静かに聞いていた。

 何度聞いてもまだ、瑞貴には信じられなかった。

 だが、そうすると……赤マントが瑞貴に執着したのもあるいは、その心の影響だったのかもしれない。


「……君は、違うというのかい?」


 赤マントは、そう言って茜を見上げる。

 その身体は黒い霧となって、少しずつ溶けるように消えていく。


「違う。私も始まりは借り物だった。でも、今なら分かる。私はミズキが好きで、ミズキも私が好き。だから、私の恋は無敵。負ける要素は何処にも無いもの」


 茜は瑞貴の方をチラリと見て……そして、宣言する。


「無敵な私の恋は槍となって、必殺の一撃を放つ。だから、私は誰にも負けない。狙った以上、必ず貫いてみせるから」


 赤マントは、それを聞いて笑いだす。

 今までで一番の、豪快な笑い方で。


「……やっぱり、理解できないな。でも、何故だろうな。君が少し、羨ましく感じるんだ」


 赤マントの身体は、すでに肩の辺りまで消えている。


「だが、敵は多そうだぞ? 君の槍が貫く前に、他の奴に撃ち落とされるかもな?」


 その言葉に、茜はニヤニヤと笑ってみせる。


「心配いらないよ。誰にも負けやしない。琴葉にも、六花にも。綾香にだって、譲らない」

「そうかい。君の健闘を祈るよ、同族」

「次は、もうちょいマシなものになるんだね、同族」


 茜の言葉に、赤マントはニヤリと笑う。

 そして、その全てが消えていく。

 あとには、何も残らない。

 静かになった屋上に影法師のコロコロという声が響き始める。


「さて、と。そろそろ逃げましょうか」

「え?」


 琴葉の言葉に、全員が琴葉の方を振り向く。


「いや、あれだけ派手に狐火出しましたし。茜さんはピカピカ光ってましたし。そろそろ火事か爆弾騒ぎで通報いくんじゃないかなー、と」


 ……そういえば随分派手な光景だったな、と瑞貴は思い出す。

 呆れる瑞貴の耳に、サイレン音が聞こえてきて。


「よし、逃げるか遠竹!」


 六花が瑞貴を抱えて、屋上から跳ぶ。


「待て鉄屑! ミズキをどこに持ってく気だ!」

「オイオイ、さっきみてぇに名前で呼んでくれねえのかよ!」

「うるさい! ミズキを置いてけ!」


 六花と、六花に抱えられる瑞貴の後を追うように茜も跳んで。


「ボク達も行きますか」

「置いて行かれると面倒なの」


 琴葉とメリーさんも、屋上から跳ぶ。

 そのまま瑞貴達は、屋根の上を幾つも跳び移っていく。

 何度かボールのように奪い、奪われながら。

 家に到着する頃には、瑞貴はグッタリと気を失ってしまったのだった。


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