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『鬼』と『狼』

めっちゃくちゃ久々なので、本当に期待しないで下さい…

「っ!」


右の側頭部に向かって放たれた零司の左足のハイキックを、燈静は両手を使って防御する。


だが、両手を使って防御したにも関わらず、燈静の体は一秒未満の時間だけ宙に浮いた。


どれだけの威力なんだと内心で呟きながら、間髪入れずに燈静は頭を下げる。


頭を下げたのとほぼ同時に、今度は零司の右足の踵が頭頂部の髪を数本かすめ、散らした。


(ハイキックからの後ろ回し蹴りって…!)


実力の差を痛感しながら、燈静は頭を下げた際に崩れた体勢を整えようと重心を若干後ろに下げる。


「しっ!」


だが、それすら許さないと言わんばかりに、零司は攻撃を続けた。


後ろ回し蹴りの際に回った遠心力をそのままに、着地した右足を軸にして今度は横から縦に方向を変えた。


簡単に言えば、サマーソルトキックである。


「ちょ…!」


そこまで続けて攻撃が来るとは思っていなかった燈静は、崩れた体勢のままではまともに避ける事も出来ず、そのサマーソルトキックを顎に食らった。


「ぃ…!?」


掬い上げるように顎を蹴られた燈静は、今度こそ宙を舞った。


時間にすれば数秒だったが、燈静には永遠にも思えるほどの滞空時間だった。


宙に舞った後、どうする事も出来なかった燈静は受身すらまともに取れずに床に叩きつけられた。


「かっ、え、ふ…っ」


叩きつけられた時に背中全体を強打したのか、息すらまともにする事が燈静には難しかった。


息をまともにする事も出来ないのに加え、顎を蹴られたのでまた再び、しかも今度はさっきよりも確実に数段酷い脳震盪が燈静を苛む。


「げ、ぁ、はぁっ…!」


必死に呼吸を整えようとするが、まともに肺が機能しようとしてくれず、短く息が漏れるだけだった。


「…………」


カッ、と意識も絶え絶えになってきた燈静の耳に、硬い音が聞こえた。


その音が零司の足音だという事に気付くまではそうかからなかった。


(何、を…!?)


しにきたのか、と続けて考えた所で、燈静は右の脇腹に猛烈に嫌な悪寒が走った。


その悪寒を感じたと同時に、今にも飛びそうだった意識は一瞬で元に戻り、体に命令を送った。


脳から命令を受け取った体は、悪寒の走った場所、右脇腹を右の肘と左の手で覆った。


その直後、突き刺すような痛みが右肘と左手に同時に走った。


「づぅ!」


その痛みを感じながら、燈静は蹴られたボールの如く床を転がっていく。


その勢いは壁に勢いよくぶつかるまで続いた。


そして、ゴヅ、と額と壁が触れ合い、燈静はようやく止まる。後頭部がぶつからなかったのは幸運なのかもしれないと心のどこかで燈静は思った。


しかし、また再び、しかも今度は頭全体にゾワゾワとした悪寒が走った。


それを振り払うように、燈静は跳ね上がるように起き、その場から全力で跳躍した。


刹那、その場を零司の拳が叩いた。


最早耳に叩いた音は聞こえなかった。


いや、音が鳴ったのかすら燈静には定かではない。どちらかの耳が軽く麻痺しているようで、音がはっきりとは聞こえなかった。


「はぁっ、はっ…」


いつの間にか、整ってきていた息に気付き、思い切り息を吸って酸素を補給する。


そのまま数秒程度酸素を補給すると、再び燈静は横に跳んだ。


横に跳んだ場所を、また零司の蹴りが通った。


それを見て、また別の場所に飛びつつ、燈静は『鬼』という言葉を何となく思い出していた。






       *    *    *






「……一方的ですわねぇ…」


「ですねぇ…」


少し離れたところで、燈静と零司の一方的な戦闘を見つつ、カルラと六花はそう呟いた。


戦いの事など一切分からないカルラではあるが、流石に一方的なものを見せられては気付かないわけがない。


(……勝てる見込みはゼロですわね)


せいぜい、カウンター気味に一撃二撃入れられるかもしれない。そんな希望的観測しか想像できない。


「六花」


「いやまぁ、惨敗以外にあるんですかね?」


短く、自分の従者に問うとそんな答えが返ってくる。その答えにやはりか、と溜息をつきつつ思う。


「一応補足しておきますけど、燈静君が弱いわけじゃないですよ?単に、相手……大神君が異常なだけだと思いますし」


まぁ、「うち(刻ノ森)」じゃ燈静君雑魚ですが。と呟いたのは、聞かなかった事にする。


「……異常、ねぇ…」


そう呟き、カルラは零司に視線を移す。


移したときには、零司が燈静の腹目掛けて蹴りを放っていた所だった。


それを燈静は、体を捻ってかわしていた。


その光景を見て思う。


(燈静も、十分に異常ですわね…)


休む暇無しに迫る攻撃を、ほぼ当たらずに捌く。素人目から見れば、十分に異常である。


そんな事が出来る人はいたかと、カルラは学院内の執事を一人づつ思い出していく。


そうし始めた、その時。


「カルラ」


横から飛んできた、聞き覚えのある声に思考を中断させられた。


「……何ですの、穂波(ほなみ)


顔を動かし、その容姿を視界に捉えつつその知人の名前を呼ぶ。


「淡白な反応だな…」


呆れつつ、穂波と呼ばれた少女はジトッとした目でカルラを睨む。


「別に困る事はないじゃないですの。それで、何の用ですの?」


「お前なぁ……まぁいいけどさ」


そう言いつつ、どこか不満げな表情を隠しはしなかった。


その表情に苦笑しながら、もう一度その少女の容姿を全体的に見る。


彼女の名前は、三虎穂波(みとらほなみ)


少しくすんだ金髪を、右側頭部の高いところで一つ結んでいる。いわゆるサイドテールというやつだろう。


顔も可愛いといえるほどであり、十分に整っている。ただ、体型はそこまでメリハリがあるわけではないのが残念と言えば残念なのだろう。


「……何故か今、すっごい不愉快だったんだが…」


「何言ってますの?」


「……何でもない」


首を傾げるカルラだったが、特に深く考えることも無いかと思い、視線を元に戻す。


そうすると、穂波がまたすぐに話しかけてきた。


「なぁ、カルラ」


「何ですの」


「……何か、悪いな」


「……謝る必要、ありますの?」


「まぁ、何て言うかな……あそこまで一方的にやると流石に申し訳ないというか…」


その言葉に、あぁと得心がいった。


大神零司は、穂波の執事という事で今回の試験を受けている。


その執事が、同じく試験を受けているカルラの執事の燈静を一方的にボコボコにしている。となれば、何となく悪い事をしている気分になる。


といった具合であろう。とカルラは予想する。


その気持ちはカルラにはわからなくもない。何せ、自分も逆の立場だったらそう思っていたであろうから。


「……穂波は悪くありませんわよ」


「いやでも…」


「でもも何もありませんわよ。……悪いのは、一緒くたにしたあの人ですわよ」


あの人?と穂波が疑問符を浮かべると、カルラは視線だけである方向を指した。


穂波もその視線を辿ると、「あぁ…」と納得した声を出していた。


視線の先には、二人の男子生徒。一人は、燈静の監督官でもあった、フィルナ=ネリーシャ。もう一人は、黒髪を首あたりまで伸ばした、穂波もカルラもよく知っている男子生徒。


『……ん?』


しばらく視線を送っていると、フィルナが気付いたようで、隣の男子生徒に話しかけていた。


そして、二人共こちらに寄ってきた。


「何か用?」


「第一声からおかしくないかなぁ、フィー…」


理事長代理にかける言葉ではないと、男子生徒が注意するがフィルナはどこ吹く風である。


「別に気にしてませんわ。むしろ、文句を言いたいのは貴方ですわよ、生徒会長さん?」


「……え、僕?」


キョトンとする男子生徒に、カルラは深く頷いた。


「何かしました?」


「しましたよねぇ!?」


「はてはて?三虎さん、何をしたのか言ってくれます?」


「いや、本来は生徒会役員が相手するのを執事同士に変えましたよね!?」


「……ナ、ナンノコトカナ?」


「カタコトですね!?」


「……まぁ、時間短縮とかそんな感じじゃねーの?」


「正解」


「いや、嬉しくねぇ」


「頭痛くなってきましたわ…」


「まぁ、生徒会長を相手にすること自体が間違いといえなくも無いですからね…」


全くだ、とその場の殆どが頷いた。


「……まぁ、許してくださいよ。面白そうだし」


「その面白そうだから、という理由だけで罪悪感を湧かせるのはどうなんですか…?」


「あっはっはー♪」


「反省する気ありませんのね、高坂祐樹(生徒会長)…」


「反省してたら、生徒会長今までやってませんけどね」


「いやー、祐樹は多少は反省しようぜ?」


「だが断るっ!」


「うぉい!」


何でかコントじみて来たので、カルラは諦めて、燈静達の方へ視線を向けた。


向けた先では、ちょうど燈静が零司の脇腹への蹴りをまともに食らい、咳き込みつつ後退していた。


それを見て、カルラは誰にも見えないように小さく笑む。


(もうそろそろ、ですわねー♪)






       *     *      *






「けはっ、かはっ…」


後退しつつ右手で脇腹を押さえながら、燈静は脇腹から伝わる痛みに息を乱しながら耐えていた。


(これで、何発目だっけ…)


始まってから、両手の指ほどしか攻撃を食らってないはずだが、体の所々から感じる痛みとしては数十発をも食らったのではないかという程である。


「……っ」


ズキリ、と今しがた蹴られた脇腹が鈍く痛み、小さく顔をしかめる。


痛みには慣れている燈静ではある。だが、その痛みというのは一瞬だけ痛みが走るような即効性の痛みであり、今のように長い間続く痛みにはあまり慣れていない。


(さっさと終わりたい……んだけど)


そう考え、ちらりとカルラの方に一瞬だけ目を向ける。


一瞬だけ見えた光景は、この剣道場にいる自分たち以外の全員が集まり何やら談笑している光景だった。


その光景に、いつの間に集まったのかと疑問に思うと同時に、終わらせる気はないと確信した。


(…まぁ、お嬢様の性格上中途半端に終わらせたら不貞腐れる気もするし)


実際にはそんな事はないのだが、燈静はそう思った。それが原因でこれを終わらせる気はないのだと。


(……あぁもう)


嫌だなぁ。と口の中で小さく呟き、燈静は零司に向き直る。


(さっきまでやりあってわかった。この人には勝てないと。だから)


最後まで、抗う。それが今自分に出来ることだと信じ、燈静は構えを取った。






       *     *     *






ピシリ、とひびの入った音が、誰にも聞こえないように鳴った。






       *     *     *






「やぁあああああああ!!」


「……」


出鱈目ながら一撃一撃が中々に鋭い竹刀の乱舞を、零司は冷めた目で捌く。


竹刀の横を殴り横に逸らし、時には体を横にずらして避け、更には手首自体に蹴りを入れそもそもの軌道を逸らし。


一回一回やる度に、燈静の顔はどんどん苦くなっていくが、零司には知った事ではない。


(まぁ、わからんでもないが)


だが、その気持ちも分からないでもない。


自分の攻撃が簡単に捌かれ、避けられるというのは精神的には中々キツイものがあるのは零司も知っている。


何せ、そんな経験を昔毎日のようにしていたのだから。


(それはともかく…)


顔を狙って横に振られた竹刀を、上半身を逸らして避けながら零司は思案する。


(…どーっすかねぇ)


困った。と心の中で思う。


正直な話、困っていた。


倒そうと思えば倒せる。零司(自分)と燈静の力量差は零司の方が遥かに上なのは今までの交戦でわかっていた。


だが、倒すのに時間がかかる事も同時に分かっていた。何故かというとだ。


(終わらせる気で(殺意を込めて)仕掛けると何でか全部避けられるんだよなぁ)


正直言って、それが零司にとっては不思議でたまらない。


殺意を込める。つまりは殺す気で攻撃を仕掛けると全て避けられてしまう。


なのに、そうでなければ、三回に一回は当たる。


それには首を傾げるしかない。


普通なら、殺意あるなしにかかわらず平均的に攻撃は当たるはずである。


それなのに、燈静は殺意を込めた攻撃のみ(・・)を的確に全て避ける。


その事に一つ、もしやと思うことがある。


(異能……ってわけじゃなさそうだが、なぁ)


漫画や小説などでよく見る、異能力。もしかしたらそれかもしれないと、零司は思う。


だが、


(ま、それはねぇな)


それは無いと即刻切り捨てる。


言うなれば、殺意を感知する異能であろう。とすれば、零司は二つ思う。


(幾らなんでも局所的過ぎるし、しょぼいんだよな)


殺意を感知するというのは、普通に生きていれば全く感じないにも程があるし、感知するにも殺意というのは何ともしょうもない。


(となると、だ)


異能じゃないとすると後は一つしか思いつかない。


(経験から来るモノ…)いや、と否定し(こりゃ直感だな)と断定する。


「……めんどくせぇ…」


喉元に向けて突き出された竹刀を膝で蹴り上げながら、聞こえないように呟く。


その際、零司が少し顔をしかめたのだが、特に燈静は気付いてない。


「っと」


そして、膝で蹴り上げた後すぐに零司が膝から下で蹴るとちょうど爪先が燈静の鳩尾に入った。


「ぇぐ…!」


(お、ラッキー)


苦悶の表情を燈静はするが、特に零司は気にする事もなく、殺す気で右拳を首目掛けて放つ。


「しっ!」


「…!」


だが、その拳は首に当たる前に燈静が手を跳ね上げるようにして弾かれた。


「……」


それにまた零司は顔をほんの少ししかめながら、距離を取ろうと後ろに跳ぶ。


だが、それは失敗だった。


「ぁ、ぁああああああああ!!」


零司が跳んだすぐ後に、叫びながら燈静が突っ込んできた。


(げぇっ!?)


零司は表情にこそ出さないが、その内心では驚愕した。


鳩尾に蹴りが入ってすぐに動けるとは流石に零司も思っていなかった。


しかも、後ろに跳んでいる最中である。空中で何かしらする事も出来そうになかった。


(迎撃、無理!回避、不可能!イコール…!)


必死に頭を働かせ、策は無いかと思案する零司の視界内で、こちらに向かう燈静が拳を握るのが見えた。


(あ、これ無理――)


そこまで思った、着地寸前の所で、燈静の拳が頬に吸い込まれていった。






       *     *     *






バキリ、と今度は割れたような音が誰にも聞こえずに鳴った。






       *     *     *






「…!」


突きを繰り出し、零司に膝で腕ごと上に弾かれながら燈静は悔しさに歯噛みした。


(く、そ…!)


先程から全て自分の攻撃を避けられ、何度目かの実力の差の確認をさせられた。


最初から勝てないのはわかっていた。負けるのは一番最初の時点でわからされていた。


だけど、だけどだ。それと悔しさだけはどうしても別だった。


思い出すだけで口の中が苦くなるような悔しい記憶だけは、心の底から勘弁したかった。


それに加え、燈静も男である。


自分を応援してくれている、誰かの前で何も出来ない無様な姿を晒すのだけは、嫌だった。


だから、一撃。一撃だけは入れて見せる。そう燈静は決めた。


一度そう決めると、何故か妙に体が軽くなった。


次の瞬間、鳩尾に爪先が入る。


「ぇぐ…!」


息が詰まるような激痛。だが。


(全然っ、耐えれる…!)


先程までの痛みとほぼ同じ痛みのはずなのに、少し余裕が出来るくらいには痛くなかった。


何でかな?と頭の片隅で考え始めた時、零司が後ろに向かって跳躍した。


それを見るのとほぼ同時に。


「ぁ、ぁああああああああ!!」


燈静は床に亀裂を入れるような勢いで、零司に向かって飛び出した。


決して、考えてやったわけではない。体が勝手に動いたようなものである。しかし、どこか確信していた。


チャンスはここしかない、と。


距離を詰めながら、爪が皮膚に食い込みそうなほどに力を入れて拳を握る。


そして、全力で零司の頬に向けて放つ。


「っ…!」


放たれた拳は、最初からそこに当たるよう決められていたかのように頬に当たった。


頬を殴られた零司は、着地寸前だったこともあったのか殴られた衝撃そのままに、今度は横に飛ばされた。


殴った燈静は、殴った勢いそのままに前につんのめったが、ダン!と勢いよく右足を叩きつけ、無理矢理方向転換をし、零司を追った。


そこからは、完全に燈静に流れが移った。


「せぇい!」


「っ!」


お返しとでもいう様に、零司の右側頭部に向けて左足でハイキックを放つと、零司はそれを屈んで避ける。


しかし、零司がしゃがんだのを見て、燈静は咄嗟に零司の頭があった部分で足に急ブレーキをかけ、そのまま下に振り下ろした。


そんな無理な挙動に、足の筋肉が切れたような気がしたが気にせず燈静は全力で足を振り下ろす。


それも、零司が咄嗟に差し出した右腕に防がれたが、零司は痛みに顔をしかめた。


(まだ、まだぁ!)


そう心で叫び、燈静は零司の腕に踵を引っ掛け、思い切り足を後ろに引いた。


「っ!?」


そんな挙動をするとは思っていなかったのか、目を見開いたまま右腕を前に引っ張られ、零司の体勢が前に崩れる。


そこを燈静は間髪いれずに、零司の顎目掛け後ろに引いていた足を、ボールを蹴るように蹴った。


「ぃっ!?」


体勢が崩れていたのもあり、特に抵抗もされる事も無く燈静の蹴りは零司の顎にまともに入った。


蹴られた零司は跳ね上がるように頭ごと後ろに仰け反ったが、その勢いを利用するようにバク転で燈静との距離を取った。


(すっごいなぁ…)


その行動に、燈静は素直に感心した。もしも自分があの立場だったらあんな行動が出来る自信はなかった。


(だけど…)


そりゃそうなるよね、と。小さく頷いて、零司を―――正確には零司の目を見る。


「………っ」


パッと見ただけでは特に何も無いようではあるが、目を見ている燈静には、零司の目がグラグラと揺れているのが見えた。


(……あれ、辛いんだよなぁ…)


さっきまで何度も零司に顎に攻撃を食らわせられ、その度に視界が揺れていた身としては、少しだけ同情する。まぁ、今の零司をそうさせたのは燈静なのだが。


「……ふぅ」


短く息を吐き、握ってた竹刀を更に強く握りなおす。


(…うん、大丈夫)


適度にしか緊張してない事を確認し、零司に向かって床を蹴った。






       *     *     *






「……立場って逆転するものでしたっけ」


「基本無いような気がしますけどねぇ…」


呆れたような声で、会話をする六花と祐樹。


「……マジか」


「すっげぇな、おい」


その横で心の底から驚いている穂波とフィルナ。


「……♪」


そして、更にその横では扇で口元を隠してはいるが明らかに目元が笑んでおり、嬉しそうな雰囲気を発しているカルラ。


大まかに分けて三つに分けられる五者三様のリアクション。その五人が視線を向けている先は、勿論燈静と零司の戦闘である。


今しがた、零司と燈静の立場が逆転してからこんな感じのリアクションが一斉に見れたのである。


カルラは除くとしても、六花達四人は燈静がこうまで攻勢に出る事が出来るとは思っていなかった故に、信じられないといった風のリアクションが出たのである。


「というか、何で急に立場が逆転したんだ…?まさか…」


「実力を隠してた、というわけではありませんわよ?」


カルラのその言葉に、穂波は「だったら何でだ」という言葉を視線に込め、カルラを睨む。


そんな視線を受け流しつつ、「そうですわねぇ…」と顎に扇を当てつつ、カルラはどう答えるべきか悩む。


そうして数秒、「まぁ、貴女風に言うなら」と人差し指を立て「イベント戦で成長するキャラ……って感じですわね」


「いや、それでわかるわけ」


「なるほど!」


「わかるんかいっ!」


まさか納得するとは思ってなかったフィルナは思わず穂波の頭を叩くという、肉体的ツッコミを入れてしまう。


叩かれた穂波が若干の涙目で睨んできていたが、特に気にせずフィルナは「つーか、マジでどういう事よ」とぼやいた。


その言葉に祐樹が「成長したでいいじゃんか」と苦笑しつつ呟いた。


「ぬー」


一応納得したのか、フィルナはそれ以上何かを言う事も無く口を噤んだ。


「というか、お嬢様……これ、予想してました?」


「え、六花も予想してるんじゃなかったんですの?」


「いや、メイド暦一年未満の私にそういう事を期待しないでくれませんかね?」


「その程度の期間でも余裕でしょう?」


「いや、無理ですからね!?」


そんな二人の会話にフィルナと祐樹は(メイドって一体…)と不思議に思ったが、今更かと切り捨てた。


「というか、やってる事がバトル系漫画ですよね」


「……まぁ、零司のスペック的にはバトル漫画が出来るレベルではあるけども」


「そんなスペックを秘めてるならあれ、手加減してるよね」


「……まー、そうですけど」


祐樹の言葉に、穂波はバツが悪そうに頬をかく。そんな穂波に、カルラは首を傾げ浮上した疑問をぶつけた。


「何故、そんな顔しますの?」


「うーん、なんというか…」コツコツと自身の顎を叩きつつ「マズイんだよなぁ…」と呟いた。


「マズイ…?何がですか?」


「上手くは言えないんだが……外れるというか楽しみ始めるというか…」


「は?」


「あーもう、いいから見てろ!それでわかる!」






       *     *     *






「でぇい!」


袈裟懸けに振られた竹刀を、掌で押し出すように軌道を逸らし、零司は後ろに跳んで距離を取る。


「つっ…」


飛んで、着地した際に蹴られた顎が疼くように痛みを発し、その痛みのせいで着地した足がふらついた。


(やべ…!)


咄嗟に零司はそう思い、体勢を整えようとするが…。


「はぁっ!」


零司が跳んだとほぼ同時に零司に向かって走っていた燈静が、その勢いを利用した突きを喉に向け放ってきた。


それを見た瞬間、零司の体は考えるよりも先に動いた。


体勢を整えるのではなく、わざと体勢が崩れるよう、崩れた先に体重をかける。


わざと自分で体勢を崩したので、必然的に喉に向けられている突きは別の場所に向かって突かれる。


その場所を、零司は口にするように体勢を崩した。


その行動に燈静は目を見開いたが、放った突きを止める事は出来ない。


その直後、ガチン!と勢いよく噛んだような音が響いた。


「んな…!?」


そして、その音の元を見て驚いた燈静の声。


その声に、竹刀を噛んで止めた零司は軽く笑む。


(あっぶねー…)


ただ、その内心は若干冷や汗をかいていたが。


「んぐっ、ペッ」


噛んでいた竹刀を横に吐き、そのまま燈静の腹を零司は蹴る。


「ぐっ…」


威力自体は弱かったが、蹴られた衝撃で少し距離をとる燈静。


それを見ず、零司は何かを確かめるように手を開閉し始めた。それはまるで、何かの感覚を確かめるかのようであった。


開閉を三回ほどやった、そのすぐ後。


「クハッ…」零司の口元が笑いの形になり「クハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」と大声で笑い始めた。


突然の笑いに、燈静は体を震わせ、引いていたが零司はそんな事は微塵も気にしていなかった。


いや、というよりも…。


(あぁ、あぁ!いいね、面白いじゃねえの!!)


他の事など気にしない程、自身の内から沸きあがる感情に飲まれていた。


楽しい、面白いといった快楽に近い感情。それと。


(壊したい(殺したい)―――)


途轍もなく、どす黒い感情。


チロリ、と見えないように唇を舌で舐め、どうしようか。どうしてやろうか。そう考えた所で、ある事を思い出し、急激にどす黒い感情が引いた。


(そーいや、殺しちゃ駄目だっけか…)


最初に伝えられた、二つのうちの一つ。殺害不可のルール。


それを思い出すと、黒い感情と共にやる気も急速に無くなっていった。


(あー……もうめんどくさくなった…)


わざと負けるか?そんな思考が一瞬浮かぶが……すぐにそれは駄目だと、それだけは駄目だと思い直す。


(穂波が見てるからなぁ…)


『こんな』自分を半年も、しつこく「自分の執事になってくれ」と誘ってきた自分の主。


その目の前では、負ける場面などあまり見せたくは無い。そんな思いに、零司が取る行動は決まった。


「―――――」


誰にも聞こえないように息を吐き、軽く体を前に倒す。そして、右手は握り脇腹付近に。左手はダラリと揺らすように脱力する。


それは、零司以外から見れば、構えのようにも見えるがそうでもないようにも見える、奇妙な体勢であった。


そして、零司が初めて構えらしきものを取った事で、燈静も竹刀を構え、警戒するように零司を注視する。


それを見ながら、零司は爪先―――正確には足の指―――に力を入れ始める。


誰にも見えないであろうその行動は、目的の為。


(一瞬で、終わらす)


例え、殺気を感じる事が出来ようと、避けられないであろう殺意を込めた一撃。


「―――――」


「―――――」


そのまま二人はピクリとも動かず、約三十秒が経つ。


そして、それは唐突に零司が破った。


前にかけていた体重を少しだけ、更にかけたように一歩だけ踏み出した。


その一歩を踏み出すのは、誰の目から見てもゆっくりとした動作だった。


だが、その一歩に燈静は何も気付いていないように、零司がいた位置をを見ていた。


それに心の中で笑い、もう一歩踏み出すように、一瞬で燈静との距離を詰めた。


「な――」


一瞬で距離を詰められた燈静の驚いた声を聞きながら、ダラリと下げていた左手を距離を詰めた勢いそのままに振り回し、燈静の顔面を掴む。


そしてそのまま燈静とすれ違うように体を横につけ、顔面を掴んだままの左手と自身の体を、斜め下に向けて全力で力を入れた。


ふわっと一瞬だけ掴んだ重さが消え、直後にゴヅッ!!と固い物同士がぶつかる音が響いた。


ビビッ!と顔面を掴んだままの左手に、痙攣したかのような震えが一瞬走り……竹刀の落ちる音が、静かになった剣道場に響いた。






       *     *     *






「……そこまでー!」


零司が燈静を床に叩きつけ、燈静が動かなくなったのを見てから、祐樹は大声で終了を宣言した。


その宣言を聞いた零司は、燈静を掴んでいた手を離し、ゆっくりと立ち上がった。


「……うん、お疲れ大神君。結果は今日中に知らされると思うから、もう帰っていいよ?」


「んじゃ、帰らせてもらいますね。穂波」


自分の主の名前を呼び、そのまま零司は剣道場を出て行った。


「ちょ、待て零司―っ!」


そしてその後を、小走りで追って出て行く穂波。


二人が剣道場からいなくなったのを確認し、剣道場にいる全員はゆっくりと燈静に近づいた。


そして、燈静に近づき、その顔を覗きこむと、六花がポツリと呟いた。


「……死んでませんよね?」


「演技でもない事言わないでくれません!?」


「いやでも…」


「まぁ、わかりますけどね」


うんうんと頷きつつ、祐樹はしゃがんで燈静の頬を叩く。


軽く、ペチペチと数回叩いても、特に反応という反応は返ってこない。これでは、死んでると思っても仕方ない。


その事に苦笑しつつ、今度は手を鼻の少し上にかざす。


「……まぁ、息はしてるんで生きてはいますよ」


くすぐるように、掌に当たる規則正しい呼吸を感じつつ、祐樹はそう言う。


その言葉に、六花はホッとしたように息を吐く。


でもさ、とフィルナが声を上げる。


「後頭部打ったわけだろ?病院行かなくて平気なのか?ほら、検査とかさ」


「そこは大丈夫ですわよ」


と、そこでここまで口を開かなかったカルラが口を開いた。


「……理由は?」


「理由というほどではありませんが…燈静、頑丈さだけは相当なものですわよ?」


さっきの試験でわかりません?と続けると、フィルナも「あー…」と納得したようだった。


(まぁ、確かに頑丈さは異常だったなー)


見てるだけで数十発は殴られ蹴られとやられていたはずなのに、動きが落ちるという場面を祐樹は見ていない。


そこから、「燈静は頑丈」という結論が導き出されるのは容易ではある。あるのだが…。


(何か、それとは違うような気もするんだけどな…)


何かが、引っかかった。


「…………」


「祐樹?」


「……ん?何、フィー」


「いや、終わりだろ?燈静校門まで送ってくから帰ろうぜ?」


いつの間にか、フィルナが燈静を背負って、カルラ達はすでに剣道場にい無い事に少し驚きつつ、「あぁ、うん」と返す。


(…ま、いっか)


先程まで引っかかった事を頭から追い出し、剣道場からフィルナと一緒に出て行った。






       *     *     *






夕日も少し落ちてきた大体四時ごろ、零司と穂波は学院内を歩いていた。


「あー、つっかれた」


「いやいや」


両手を頭の後ろに組んでそんな事を言う零司に、穂波は右手を振りながらそれはないと暗に言う。


そんな態度に、零司はククッと笑う。


「おいおい、俺が疲れるわけ無いとでも言いたげだなぁ?」


「いや、あれくらいで疲れたうちには入らないだろ、お前」


まぁな。とあっさり認める零司。だが、実際には少しだけ疲れていた。


手加減しなければいけない相手に、殺してはいけないルール。それは零司が思っていた以上に体力と気力を奪っていたりする。


「全力でやれたらよかったんだけどなー…」


「お前が全力でやったら相手は確実に死ぬよな」


「……だからやれなかったんだけど」


「残念そうに言うなっ!!」


半年前からしつこく誘っているので、零司が「こういう奴」だという事は穂波も知っているが、そばで心の底から残念そうに言われると流石に怖いものがある。


と、そこで穂波はあることに気付いた。


「なぁ、零司」


「ん?」


「お前、さっき……やる気になったと言ったな?」


「まぁ」


「という事は……あいつ(風峯燈静)に何か見たのか?」


「……」


その穂波の言葉に、零司は足を止めた。それに、穂波も足を止め、零司を見上げる。


「……んー、見たっつーか、何というか」


「……?」


歯切れの悪い答えに、穂波は首を傾げつつも零司の次の言葉を待つ。


「まぁ、全部言うなら『殻を破った』とか『一皮剥けた』とか『獣を飼ってる』とかとか」


「すまん、何を言ってるのかわからないんだが!?」


「俺もよく分からん」


「おい!?」


「いや、マジでよくわからんのよ」


困ったといわんばかりに、髪を乱暴にガシガシとかく零司。そんな零司の様子に、穂波も訝しげになった。


「そんなにだったか、あいつ…?」


「真正面から対峙しねぇとわかんねぇと思うぞ?まぁ、真正面から対峙した俺もわかってねぇが」


「……嘘つけ」


「……ちっ、鋭いやつめ」


流石にわかるぞ。と言いつつ、零司の腕を軽く叩く。それに早く言えと念を込めつつ。


叩かれた零司は「わーったよ」とめんどくさそうに話し始めた。


「つっても、わからないと思うぞ?」


「いいから話せ」


「へいへい。そうだな……最初に感じたのは『殻を破った』感じかな」


「そういえば、その表現は何だ?」


「バトル漫画で言う主人公とかの戦闘中の覚醒でいいと思う。まぁ、あれはちと違う気がするな。言うなれば、『ステップアップ』とでも言えるかね」


「ステップアップ…?」


「これは俺の感覚だが―――戦闘力とかいう強さには、何パターンかタイプがあるのよ」


人差し指をピッと立て、続ける。


「一つ目が、ゼロ。つまり何も無い状態から積み重ねていくタイプ」


続けて中指を立て、


「二つ目。本人が気付かないだけで、実は最初から色々と持ってるタイプ。多分、風峯はこれだな」


「……その二つ目だとすると、『殻』ってどっから出てきた?」


「その説明がめんどいんだがな…。まぁ、例えるなら……卵を想像すればいいんじゃね?」


「卵?」


「そ、卵。中に入ってる卵黄とか卵白が最初から持ってる強さ」


受け継いだとも言ってもいいけどな。と零司は言い、続ける。


「んで、本人が気付いていない。これが殻と思えばいい」


「それで?」


「いや、後は分かるんじゃね?……まあ、あれよ。外部から衝撃(刺激)を与えると?」


「壊れるな。…あ」


「そういう事。俺という刺激が風峯の殻を壊しましたーって事じゃね?」


「なるほどなぁ…」


うんうん、と穂波が頷くと、零司も微笑み止めていた足を歩かせ始めた。穂波も、また歩き始め、横に並ぶ。


「んでー、『一皮剥けた』はわかるだろうから省略して」


「『獣を飼ってる』、か?」


「そ。まぁ、これはマジでイメージだから説明もクソもねえぞ?」


「イメージなぁ…」


「たまに幻視させる奴いるんだよなぁ…」


いるのか…。と呆れはしたが、言いはしなかった穂波である。


「んで、何の動物を見たのだ?」


「狼、かね。毛並みが青色の」


「狼…?何か微妙な気もしないでもないんだが…」


「狼って強いぞ?まぁ、戦った事俺は無いけど」


「言い方が気になるんだが」


「気にするな」


「………」


何を言っても無駄だとそこで悟った穂波は、そこで黙った。


と、黙った所で一つ思い出した。


(そういえば……うちの執事長も似たような事言ってたな…)


確か、と記憶を探って思い出した。それは。


―――大神零司は『鬼』だと。


(…鬼のような強さって事、じゃなさそうだなぁ…)


ちょうどそんな話をしていただけに、尚更そんな事を思ってしまう穂波であった。


ははは…。と乾いた笑いを漏らしている。キィン。と軽い金属を弾く音を穂波の耳が捉えた。


それとほぼ同時に「穂波」と零司の呼ぶ声。その声に顔を向けると。


「表か裏か。選びな?」


ニヤッと笑った零司が、左手の甲に右手を重ねていた。


それを見た穂波もニヤリと笑い「裏」と答えた。


その言葉を聞き、零司が右手をどけると、左手の甲には100とある面が見えた。


「ちっ、マジで裏かよ…」


「よし、零司!ゲーセン行くぞ!!」


「遅くなんない程度に頼むぞマジで…」


にこやかに笑う穂波に、どこか疲れた表情を見せる零司。


「よし、そうと決まったら早く行くぞー!!」


そう言い、ダッシュでやっと見えてきた校門に走っていく穂波。


それを見つつ、零司はそこで足を止め、顔だけ後ろを向いた。


少しの間そのまま後ろを見て、突然ニヤッと笑った。


「さって、面白くなりそうだな…♪」


そうやって呟いた所で「零司―!!」と遠くの穂波が大声で呼んでいたので「はいはいよー」と返し、少し小走りで駆け寄っていく。


その時、夕日を真正面から受けたせいか、零司の目は赤く染まっていた。


それには、誰も気付く事はなかった。


次に、extra1 フィルナ=ネリーシャを投稿しますが……正直見なくても困らないと思うので、見たくない人は見ないで結構です。二千文字程度だしね。

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