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小さく大事な分岐点

「……うーん」


メイド服を着た女性、志姫六花(しきりっか)は先程自分の主が入っていった扉の前で困っていた。


(……なーんか、嫌な予感がするんですよねぇ…)


約一日前に、町で拾った少年の事。そして、一週間ほど前から主が抱えている一つの懸念について考えてみると。


(……うん、嫌な予感がする二つの事項ですね)


見事なまでに、繋がりそうで怖かった。


「まぁ、私には否定権なんてないんですけどねぇ…」


だからこそ、こうやって主のいない所でせめてもの反抗として、ぼやくのだ。


(とはいえ、別に真正面から言ってもいいんですけどねー。……絶対に却下されるんでしょうけど)


頑固ですもんねぇ…。と溜息混じりにぼやいたと同時に、目の前の扉がバン!と勢いよく開かれた。


そして出てきたのは、赤色の目を―――本人からすればキラキラと、六花の目から見たらギラギラと―――輝かせた自分の主だった。


「……ひとまず扉は乱暴」


「行きますわよ六花!」


「せめて最後まで言わせてください、って速い!?」


六花が注意するのも聴かずに、主はずんずんと廊下を進んでいく。それを慌てて追いかけながら、「あの、お嬢様?」と問いかける。


「何ですの?」


「ひとまずどこに行く気ですか?」


「そんなの、私の部屋に決まってるでしょう?」


「……行き先言われてないんですから、そんな「え?何言ってるの?」みたいな目で見るのやめてくれませんかね?」


「……してませんわよ?」


「私にはそう見えるんです…。というか、もしかして…」


まさか、と六花が思いながら聞くと、「えぇ!」と弾んだ声で返事されて六花は歩きながらがっくりと肩を落した。


(嫌な予感って当たるんですねぇ…)


「……本気で言ってるんですね?」


「本気と書いてマジと読むレベルで言ってますわね」


「普段は絶対に言わない言葉を使ってるあたりでわかります…」


はぁ…。と六花は深く溜息を吐く。


(……平穏ってあるんでしょうかねぇ…)


「何してますの?行きますわよ?」


「……はーい」


「さて、まずは香坂家に断りの電話を入れて…」


「…………」


これからする事を呟いている主を見ながら六花は思った。


(ま、満面の笑みが久々に見れたからいいですかねっ)






       *    *    *






「…………」


ぽけーっ、と擬音が似合いそうな程に、燈静は放心していた。


いや、放心していたというよりも…。


(なんだったんだろうなぁ…?)


そんな事を考えながら、ただベッドに座ってボーっとしていただけであった。


こうなったのは、ついさっきまでいた美少女のせいである。


三十分程前。


ベッドの横にあった椅子に、美少女が座って「さぁ、話しましょう?」と言った後の事。



『……話すって何をですか?』


『何をと言われましても……そうですわね、一つだけを詳しく聞かせてもらっても?』


『まぁ、いいですけど』


『それでは……どうやってここに来て、その後に何があったのかを詳しく教えてもらえません?』


といった会話を最初にして、そこからは燈静が経験した事全てを事細かに話しただけである。


因みに。話してる最中、燈静に少女はだんだんと近づいていったりしていた。……最終的には顔同士がくっつくのではないかという距離までになっていたのだが。


(……柔らかかったなぁ)


「……はっ!?」


煩悩に支配されかけた頭を振って、その煩悩を振り払ってから燈静は先程の事を考える。


(何でそんな事聞いたのかな?)


普段から何かしらに巻き込まれていたりする燈静である。


その経験談を聞きたがる人というのは、少ないがいるにはいるのである。


そして聞かれて、話すと……全員が途中で「すいませんでした」といった風に謝って話を中断させるのである。


なので、最後まで話したことは無いのだが……あの少女だけは、最後まで真剣に聞いてくれた。


これだけで、燈静の評価は「おかしな人」になってしまう。……まぁ同時に「いい人」という評価も存在するのだが。


ともかく、経験としては初めてであり、疑問が生まれるのも当然である。


「むー…」


そんな風に考え首を捻っていると、トントン、とノックの音が聞こえた。


「どうぞー」


それに燈静が返事をすると、「失礼します」と言いながら一人のメイドの女性が扉から入ってきた。


「あ」


その女性には、見覚えがあった。というよりも…。


「あの時……助けてくれた人ですよね?」


「厳密には違いますけどね?」


「でも……確か、僕の前に立って…」


「……まぁ、そうなんですけど。ともかく、怪我は大丈夫ですか?」


「……怪我?」


「もしかして、一切気付いてないんですか…?」


そう言いながら、ベッドに近づきつつメイドの女性は自身の左肩をトントンと叩いた。


その行動に倣うように、燈静も自身の左肩を叩く。


すると、鈍い痛みが燈静を襲った。


「~~~~~~~っ!!」


「触るまで気付かないとは…」


涙目で傷口に手を当ててうずくまる燈静に呆れた声を出すメイドだったが、そんな声は燈静には届いてない。


「全く」


「ぅ?」


ふわり、と傷口に当てていた手に風のようなものを感じたと思ったら、燈静の手の上からメイドの手がかぶさっていた。


「じっとしててくださいね」


顔も近い状況で、囁くようにそう言われては燈静としてはただ頷くしか出来なかった。


そうやって言われたとおりにじっとしていると、肩から脳に伝わっていた痛みが段々と薄まっていった。


「…………はい、これで大丈夫でしょう」


メイドが手を離すと、びっくりした表情のまま燈静は左腕をぐるぐると回してみた。結果、更に驚きに表情を染めた。


「どうやったんですか……というか何したんですか…?」


「それはまあ、企業秘密というやつですよ♪」


話はしないという意思表示か、唇に人差し指を当てながらメイドは悪戯っぽく微笑んだ。


その行動に、不覚にも燈静はまたもや見蕩れた。


そして、そこで燈静は初めてメイドの外見を知った。というか、じっくりと見ることが出来たという方が正しいか。


ゆるいパーマがかかった栗色の髪を腰まで伸ばし、悪戯っぽく細められた目の色は朱色。均整の取れたプロポーションを、白を基調としたメイド服に包んだ容姿。


先程見た少女が美少女なら、こちらのメイドの女性は美女と言えた。


「……………ぅぅ?」


一時間もしないうちに、美少女と美女を一気に見たという事実に燈静は混乱した。


(何で、どうして、こうなった!?死ぬの!?僕近々死ぬの!?)


……単に、自分の体質のせいだとは考えないのだろうか。


「あの」


「はい!?」


「……ひとまず、ついてきてくれます?」






       *    *    *






サクサクサク。


サクサク。……サクサクサク。


燈静を先導するように廊下を歩きながら、六花は密かに溜息をついた。


(……心配しか浮かばないんですけどねー…)


勿論、その心配の種は後ろにいる燈静である。


ちらっと後ろを振り向くと、きょろきょろと物珍しそうに廊下を見回してる燈静が目に入る。


それが、更に六花の心配を加速させる。


(……胃が痛い…)


キリキリと痛む胃の痛みは出さないように努めつつ、今日何度目かもわからない溜息を六花は吐いた。


(……胃薬あったっけなぁ)






コンコン、と目の前でメイドが扉を叩くのを見ながら、燈静はこっそりと右の手を腹に当てる。


(お腹痛くなってきた…)


緊張で胃のあたりがキリキリと痛みを発していた。


実は連れてかれてる間にメイドにどこに行くのかと聞いたのだが……聞いた後、燈静がとてつもなく後悔する内容だった。


その内容は、「お嬢様……先程会った方の部屋ですね」であった。


それを聞いた後の燈静は、キョロキョロと廊下を見回していたのをやめ、俯いて足元をじっと歩きながら見つめるだけになったのだった。


因みに燈静、「美女」にはかなり耐性を持っているのだが、「美少女」に関しては耐性がゼロどころか、マイナスであった。


その理由としては、「僕みたいなのが、美少女なんかとはお近づきになれるわけありませんよねー」という、悲しく、卑屈な自己評価なのであるから、手に負えない。


まぁ、そんな理由もあり、燈静は部屋の前に来て、腹の痛みが出てきたのである。


そんな燈静の状態など知るはずも無く、メイドは「失礼します」と言いつつ、部屋に入っていた。


ここで逃げる選択肢など用意されて無い燈静も、その後に続いて入る。


「待ってましたわよ♪」


入って最初に聞こえたのは、少女の心底楽しそうな声。そして、微笑みを浮かべた、先程まで話していた彼女だった。


「お待たせしました」


「えぇ、本当に待ちましたわよ?」


「……十分も経ってませんよね?」


「え、一時間経ったんじゃないんですの?」


「子供か!」


メイドが少女に敬語をかなぐり捨て、思い切りツッコミを入れてる間に、燈静は入った部屋を見渡す。


まず、パッと見回しただけの第一印象は「広い」であった。


今いるのがちょうど真ん中であるので、片方の壁に視線を動かすと、四歩は必要そうな距離が開いていた。


(……普通、部屋だったら一、二歩で行けますよね…?)


そんな事を考えながら、もう一度ぐるりと部屋を見渡す。


そうして順に目に入ったのは。


部屋の左には、細かくかつ荘厳な装飾のされた棚、分厚い本やファイルが燈静から見ても分かるように整理整頓されている本棚、部屋の真ん中には、何事かを言い合ってるメイドと少女とその近くにあるこれまた柔らかそうなソファーが二つとその間に少しガラスのテーブルが一つ、部屋の右側には陶器のように見えるポットと数個のカップといった物が乗ったカート。


(どれもこれも高そー…)


ここに来るまでにも高そうな物を見てきた為、耐性は多少付いていたと思っていたのだが……ここにあるものを見ると萎縮してしまった。


(どうしよう。動いたら壊しそう…!)


燈静の場合、壊してしまうかもしれない事態が起きるかもしれない故に、動けずにいた。


そうやってカチコチと擬音が出そうなほど直立不動に立っていると、言い合いを終えた二人が燈静に向き合った。


「お見苦しい所をお見せしてしまいましたわね」


「お嬢様のせいですけどね…」


「……。まぁ、とにかく」少女はソファーに手招くように指を指し「座ってくださる?」そう微笑みながら言った。


「……………」


だが、燈静はその言葉を聞いても微塵も動きはしなかった。というよりも動きたくなかった。


勿論、二人は顔を見合わせて同時に首を傾げる。何故固まったままなのか、と疑問を共有する。


「どうかしましたか?」


そう言いながら、ソファーに座った少女の後ろに控えていたメイドが燈静に一歩近づく。


その行動に、ハッと燈静は我に返り「大丈夫です。大丈夫です…!」と警戒心を何故か露にして距離を取った。


そんな燈静に奇妙な行動にメイドも少し引いた様子であり、頷きつつ近づけた足を元の位置に戻した。


それを確認してから、燈静はゆっくりとソファーに近づき、またゆっくりと腰を下ろした。これらの行動をするだけで、五分以上をかけていたりする。


「……では、色々と聞きたい事もあるでしょう」


燈静が座ってから、少女は少しいじけたような雰囲気で話し始めた。


何故いじけたような態度なのか、燈静としては疑問に思ったのだが……話を進めることを優先して何も言わずに先を促した。


「……さて、何から話しましょうか」


「あの、お嬢様」


「何ですの?」


「……まだ私達、名乗ってもいませんよ?」


あ、と少女と燈静は同じタイミングで思い出した。そういえば、そうだったと。


「……似たもの同士か…!」


そんな二人の反応に、メイドが呟いたが二人には聞こえなかった。


コホン、と少女は仕切りなおすように咳をし、パッとどこからか扇を開き口元を隠した。


「失礼しましたわ」


「いえこちらこそ…」


先に少女が頭を下げ、それにつられるように燈静も頭を下げる。


「いえ、大丈夫ですわ。風峯燈静さん?」


ピシリ、と頭を上げようとしてた燈静の動きがが止まった。


「…………なんで、僕の名前を?」


教えてないはずの名前を口にされた衝撃からか、引きつった顔で燈静が問う。


その問いに少女は悪びれもせず「調べましたから」と言い放った。


「いやいやいや」


「……信じてませんわね」


「そりゃぁ…」


そうだろう、と燈静は小さく口の中で呟いた。実際、意識を失う前まで来ていたコートには自分の名前の書いてあった封筒があった。


なので、そこから自分の名前を知ったのだろうと燈静は推測した。


が、次の言葉でその推測は儚くも壊された。


「青葉高校一年C組出席番号9番、風峯燈静。成績は毎回三十位以内、スポーツも優秀。品行方正でもあるが、何かしらドジのような事をするのが玉に瑕」


「……………」


「これでも、信じませんの?」


「……信じます」


つい一週間前に渡された通知表の内容をそっくりそのまま言われては、最早信じるしか道はなかった。


その反応に満足したのか少女は笑み、続けた。


「それでは、今度は私の自己紹介ですわね」


開いていた扇を勢いよく閉じ、


「十鳳家次期当主候補、十鳳(とほう)カルラと申すものですわ」


「そのメイドの志姫六花です」


少女―――カルラと名乗った少女と、その背後のメイド―――六花。


漫画やアニメでしか見たことの無いような関係に、唖然とする燈静だった。


だが、それとは別に「十鳳」という名が頭に引っかかった。


(十鳳……どっかで聞いたことあるような…)


少し考えたが、その名が何なのか思い出せない。


燈静が心で首を傾げていると、カルラは重大な話を話すかのように、持っていた扇をガラステーブルに置いた。


置いた際に鳴ったパチリ、という音に燈静も考えを打ち切り、真剣な表情に変わる。


「………さて、風峯燈静さん。貴方には一つ頼みたいことがあります」


ゴクリ、と唾を燈静はのむ。一体どんな話をされるのか、場合によっては逃げ出す事も考えつつ、燈静はその先を待った。


「私の、執事になってもらえません?」


…………………………………………………。


「は?」


一瞬思考停止した後、素で燈静は聞き返した。その頭の中は、混乱の一言に過ぎる有様だったが、その一言だけはまともに出てくれた。


(執事……いや、執事って何さ、というか何で?何?これから僕騙されるの?売られるの?助かってないの?)


「いえ、ですから」


「絶対に臓器は渡さない…!」


「何の話ですの!?」


混乱のあまり突拍子も無いことを口走ったが、燈静にはそれが何なのか正常に判断できていなかった。


「絶対に騙されない、騙されて後で臓器を摘出する為に殺されるんだ、そうだ…!」


「何がどうなったらそんな事になるんですの!?」


「……まぁ、混乱してるだけなんでしょうね」


どうしたものか、とカルラが頭を抱えると、後ろに控えていた六花が燈静に歩み寄った。


「あの、風峯君」


「裏切られるんだそうだ…!」


「……ひとまず先にこれを見てください」


混乱する燈静の前に、六花はメイド服から一通の茶封筒を置いた。


「あ…」


その茶封筒を見た瞬間、燈静の混乱はすぐに治まった。


それもそのはず。その茶封筒は…。


「これ、コートに入ってた…」


「えぇ、貴方の親から貴方に宛てた請求書です。……勝手ながら、中身を拝見させてもらいました」


「そう……ですか」


落胆はしなかったが、代わりに恥ずかしかった。


今の自分の境遇を見られたことが、何故か途轍もなく恥ずかしかった。


「……まぁ、勝手に見てしまったことは謝ります」


「いえ、別にそれは…」


「ですから、私達はその罪滅ぼしとして、ある一つの事を提唱します」


え、と燈静が顔を上げて六花の顔を見ると、六花は微笑みカルラの方に手を示した。


その手に従って燈静がカルラの方を向くと、カルラは一枚の紙を燈静に差し出した。


サイズとしてはB4サイズ。そしてその紙には、大きく一言だけ書かれていた。


『契約書』と。


「これ……どういう、意味…」


借金を更に上乗せするのか、そう青ざめながら尋ねると、カルラは首を振りながらそれを無言で否定した。


そして、燈静の側にいた六花は、その紙の横に一本のペンを置いた。


「これは…?」


「風峯燈静さん」


「はいっ?!」


無駄に驚いた燈静を無視して、カルラは扇で紙を叩き、


「これは、あなたが書く契約書です」


「……僕が?」


「えぇ。これから、私は一つの条件を貴方に提唱します。それを、受け入れてくれるならば私が言った条件をその紙に書いてください」


「……断るなら?」


「その場合は、何も書かなくて結構ですわ。別の条件でまたこちらが提唱するだけですから」


「……?」


奇妙な言い方であったし、奇妙な話であった。


何も書いてない契約書に、条件を提唱された後で自分がいいか悪いか決める。


それではまるで、自分に有利な契約をさせるかのような。そんな気概しか感じられ無かった。


「……それでは、まず、条件を提唱する前に一つだけハッキリさせておきましょうか」


「何を?」


「あなたの背負わされた借金の総額ですわ」


「っ」


嫌な事を思い出させられ、燈静の顔が歪む。


今まで借金を負わされたという現実だけを見てきた。その借金がどれほどの金額なのかという事は知りたくも無かった。


だが、いつかは知らなければいけない。なら、今知る方がまだいい。


そう考え、燈静は震える手で請求書の、金額の書いてある欄を見た。


「……………」


そして、一瞬で絶望した。そこに書いてあったのは、三十億一千七百万。普通ではありえない金額だった。


「なに、これ…」


気を抜けば、今にでも気絶しそうなほどだった。


体は震え、視界はぼやける。体の中で動いていたはずの心臓でさえも、止まっているかのようだった。


「……聞こえてないかもしれませんが、条件を提唱させてもらいますわね」


カルラの声も、燈静には途切れ途切れにしか聞こえなかった。


聞かなければ。そう思っても、聴覚が消えたかのように何も聞こえない。






「こちらの条件は、ただ一つ。借金をこちらで立て替えさせてもらいます」


だが、その声だけはくっきりと聞こえた。






「……え?」


最初は自分がいいように置き換えたのかと思った。


時間が少し経つと、それが本当だと分かった。


「……何言ってるんですか?」


掠れた声しか出なかった。


「何がですの?」


それでもカルラには届いたようだった。涼しい顔で、カルラは聞き返す。


その反応に、燈静は一瞬で頭に血が上り、テーブルを全力で叩き叫んだ。


「何言ってるんですか!!三十億なんてお金、立て替えられるわけ…!」


「そんなはした金、どうって事ないですわよ」


燈静の叫びを、冷えた声でカルラは遮った。


その声は心の底からそう思っている声であり、更に燈静に怒りを覚えさせた。


「そんな嘘…!」


「嘘じゃないですわよ」


「証拠だって…!」


「証拠なら、この部屋中にあるじゃないですの」


「…………」


「納得、していただけまして?」


「……少し」


「なら、条件の続きを言わせてもらっても?」


どうぞ、と消えそうなほど細い声で言うと、カルラは先程の続きを口にした。


「その代わりに、私の執事になってもらう。それだけですわ」


「それ、だけなんですか…?」


「えぇ、私はあなたが欲しいんですから。三十億程度で、あなたが執事になってくれるんなら安いものですわ」


何ならその十倍出してもいい、そう言ってカルラは扇を開き口元を隠した。


それで、受け入れるんですの?と行動で示された。


「……………」


燈静の行動は、決まっていた。


それに、カルラは笑顔になり、六花は少し意外そうに驚いた。






       *     *     *






「で、何でこうなるんですかね?」


「思い立ったが吉日というやつですわ」


「お嬢様の場合、盲目的に猪突猛進してるだけじゃないんですかね」


「……気のせいですわ」


「自覚あるんですね…」


「というか、もう一度聞いていいですか?」


「何ですの?」


「……何でこうなってるんですかね?」


「何でって……早く、あなたを執事にする為ですわよ?」


キョトン、と首を傾げながらカルラが答える。


その返答に「いえそうじゃなくて」と、額をトントン叩きながら燈静はもう一度問う。


「何で、すぐに飛行機に乗せられてるんですかね!?」


先程、契約書を書いた部屋とは違った、飛行機の中のソファーで燈静はそう叫んだ。


「……まぁ、先程お嬢様が言った通りですよ。風峯君を一刻も早く自分の執事としたいだけですよ」


自らの主に呆れながら、六花は同じことを言い直す。


だが、二回言われても燈静は納得する事無く噛み付くようにカルラに問い続けた。


「そもそも、僕不法入国なんですけど!?」


「それに関しては、先程この国の上に説明しときましたわ」


「というかそもそもこの飛行機って一体!?僕らのほかに誰もいないんですけど!」


「自家用ジェットとでも言いますわね」


「えーっと……そうだ!執事になるっていっても、一生なんですか?」


「それは流石に酷ですわね。……では、ある程度の期間の契約ということにしましょうか」


「あ、はい」


そこまで問い続けて、ふと燈静はある事を思い出した。


「……後、今って十二月の終わりですよね?」


「えぇ。大晦日も近いですわね」


因みに、十二月の二十七日である。


「……学校、一月の七日からなんですけど」


どうするんですか?という視線に、カルラは視線を逸らしながら言いにくそうに答えた。


「……言いにくい事ですけど、学校は退学扱いになってますわね」


「えぇえええええええ!!?」


まさかの事態に、燈静は飛行機の中全部に響き渡るほどの声量で叫んだ。


その声量に二人は思わず耳を塞ぎ、顔をしかめながらカルラは六花から手渡された資料に目を落しながら続ける。


「まぁ、あなたの父親がどうにかしたのでしょうけど」


「あのクソ親父…!」


「……まぁ、そこは別の学校に通わせますわよ」


「別って…?」


「……私が、理事長代理として経営してる学園にですわよ」


「え」


理事長代理。そんな聞きなれないような言葉に、燈静の思考は凍った。


そして、震える指でカルラを指しながら、「理事長、様…?」とまた震える声で言った。


「プラスで主様になるんですけどねー」


「そうだった…!」


六花の補足に燈静はカルラの認識を「自分の主」へと変えた。


今更かと思うかもしれないが、そんな経験が燈静にはないのでしょうがない。


「……で、どんな学校なんですか?」


「刻ノ森学院、と言えばわかるかしら?」


「……あの、嘘じゃないですよね?」


「微塵も嘘は言ってませんわよ?」


「マジか…!」


頭を抱え、燈静は泣きたくなった。


先程言われた「刻ノ森学院」という学校。そこは首都圏に近い学生なら、一度は聞いたことがある学校だった。


曰く、お金持ちの子息子女が通う学校。


曰く、その敷地は以上に広く、毎年何人かの行方不明者が出る。


曰く、異世界に続く扉が隠されており、それについて調べたものは例外なく死んでる。


等々、ありもしないような噂話が聞こえてくるほどの学校である。


学校の理事長代理とはいえ、自分の主がそんな学校に関係おり、なおかつそこに通わせるという。


泣きたいを通り越して引きこもりたくなる燈静だった。


「……そういえば、編入試験とかってあるんですか?」


「ありますよ?」


カルラに代わって、六花が答える。


「因みにどれくらいの偏差値なんですか?」


興味半分、知らなくちゃいけないという気持ち半分で燈静が聞くと、六花は苦笑しながら、


「高等部の偏差値は六十前後です」


「それギリギリなんですけどねぇ!?」


反射的に叫んでいた。というか、叫ぶしかなった。


因みに、退学させられた高校での燈静の偏差値は大体で五十八前後である。それを鑑みると、ギリギリもギリギリであった。


「どうしよう、自身が無い…!」


「いざとなったら、理事長権限で無理矢理入学させますわよ」


「いやそれ駄目ですよね!?」


倫理的に駄目であろうと燈静は突っ込むが、カルラは知らん顔でそっぽを向くだけだった。


「まぁ、試験日は一月四日ですから……それまで必死に勉強したら受かると思いますよ?」


「本当ですか!」


希望が見えて、表情が明るくなる燈静。だが、六花は「ですが」と続けた。


「執事とメイドには少し特殊な試験があるんですよね」


「特殊な試験…?」


特殊と言われても、どんな風に特殊なのかは燈静には想像つかない。


それでも、ひとまず執事とメイドに共通しそうな事を頭の中に上げてく。


(……掃除、洗濯、料理…?)


「ひとまず、炊事洗濯掃除などの日常スキルは学校生活に関係ないですからね?」


「……エスパー?」


「違います」


コホン、と仕切りなおしの咳を一つ六花はして続ける。


「まぁ、平たく言っちゃうと戦闘試験ってとこですかね」


「……全く予想だにしない試験ですね」


「まぁ、執事には必須のスキルですよ。学校という場所なら尚更」


「はぁ…」


学校生活で戦闘云々が関係する。意味がわからない。


(とは思わない)


……普通の学校で、ある程度戦闘を見てきた燈静である。なので、普通ではないであろ刻ノ森では、尚更に必要になると踏んだ。


「何にせよ、日本の屋敷についたらまずは執事の仕事をしながら勉強ですわね」


「ですね。ひとまず正月までには屋敷の地図を覚えてもらいましょうか」


「どんだけ広いんですか!?」


「……ちょっとした森があるくらいです」


「それ本当に家なんですよねぇ!?」


二人はそれに答えず、視線をそらすだけだった。


「えぇー…」


その動作に、不安が一気に増した燈静だった。


(……大丈夫かなぁ、僕…)


そんな暗鬱な気持ちで、燈静は座ってるソファーの近くにあった小さい窓から窓の外を何となく見た。


窓の外は太陽が近いだけで、ただ雲の地面があるだけだった。


それを少し見ていると、


(……ん?)


窓の外に、人影のようなものが横切ったように見えた。


「……まさかね」


飛行機の高度は約一万メートルの高さである。そんな中に人などいるはずがない。


「風峯くーん、ひとまずここで出来るレクチャーしますよー」


「あ、はーい」






       *     *     *






「はははっ」


自身の目の前を横切っていく飛行機を見送りながら、一人の青年は笑った。


「いやはや、執事ねぇ。面白いなぁやっぱり♪」


クククと笑いを噛み殺しながら、青年、ディオ=クーリエは高度約一万メートルの空を歩く。


何も無い虚空を歩くたびに、コツコツと革靴のような音を立った。


「さってさて、俺も日本に行くかね」


そう言い、今しがた飛行機の飛んでいった方に体を向けた。


「いや、それはさせられないんですよね」


と同時に、背後からディオには聞きなれた声が聞こえた


んぁ?とディオが振り向くと、そこには一人の青年がいた。


亜麻色の髪に、両目が緑。そして赤色のフレームの眼鏡。顔立ちは中々整っているといえる、ディオには見慣れた顔の青年がそこにいた。


「おー」


軽く手を上げて挨拶すると、青年は「おー、じゃないっすよー」と呆れながら、虚空を歩きながら近づいてきた。


「どうしたんよ」


「どうしたもこうしたもないですってば。また抜け出して。殺されますよ?」


「……あいつ、怒ってる?」


「めっちゃ怒ってますよ…」


「マジかよ…」


いや、自業自得。と青年の言葉を無視して、ディオは額を叩く。


「っかぁー……面白い奴見っけたのによー…」


「いや、あんたはいつでも見れるだろ」


「リアルタイム、かつ直接見たほうが面白いに決まってんだろ!」


「知るか!」


ディオの流儀など知らないと、青年は怒鳴り散らす。


それでも、ディオは「はーあ」と知らぬ顔で空を見上げた。


「……しゃーない、帰るか」


「それしか選択肢ないですけどね?」


「はっ。……お前を倒せば」


「ストップ。何故構える」


何かに気付いたかと思えば、ディオは構えを取る。青年がそれと咎めると、ディオは笑いつつ構えをすぐにといた。


「まぁ、冗談だ」


青年としてはそうでなければ困っていたので、助かったといえば助かったのだった。顔に出してはいないが。


「まぁ、いいや。帰ろうぜ」


「……何故に俺が先導される感じになってんだ…?」


疑問を口にしつつ、青年は先に空に浮かび上がっていったディオについてくように宙を蹴る。


そのまま、まるで坂がそこにあるかのように虚空を斜めに歩いていく。


「…………」


途中、一度だけ先程ディオが見ていた方向を見る。


その視線の先には、雲海が下にあるだけで何も無かった。


だが、それでも青年にはある物が見えていた。


「分岐点、ねぇ…」


電車のレールに時たまあるような分岐点。それが青年の目には、飛行機の通った後にくっきりと浮かんでいた。


飛行機の通った場所を真ん中としてその左右に一つづつ、真ん中から分かれたレールがあった。


「真ん中を選ぶって、すげぇなぁ」


心の底から感心しつつ、くつくつと笑いを噛み殺し、青年は視線を外す。


「……いーこと思いついたっ♪」


ペロッと唇を軽く舐めて、青年はいつの間にか随分と上にいたディオを追うために虚空を蹴った。


その顔は、玩具を与えられた子供のように輝いていた。


やっとって感じだー…。

さて、早く進めよう…。

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