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不可思議世界での不可思議な出来事

勉強の間にやったので、クオリティはいつも以上に低いでしょうが、どうぞ。

最早何度目のデジャブだろうか。


気がついたら、色々と一変していた。


「………………本当に何これ」


今まで一番の驚きを込め、燈静は小さく呟く。


視線は目の前に広がる―――いや、広がっているのかすら判別できない。


それ程の場所に、今燈静は座っていた。


「あったま痛い…」


嘘を呟いてみたが、本当に鈍い痛みが燈静を襲ってきたので、複数の意味で燈静は頭を抱える。


(もう意味わからない…!)


何がどうなってこんな事になっているのか。それを説明できる者がもしいたのなら、間違いなく燈静は感謝したおすだろう。


まぁ、そんな事をわかる者がそうそういるわけも無く。


燈静は置かれている状況を理解する事を放棄する。そして。


「ここどこだよ、このヤローーーー!!!!」


キャラが崩壊したともいえる程に、大声で叫んだ。


こうなったのは、全ては五分前からである。






約五分前。燈静は浮遊感のようなものを感じ、目を覚ました。


そして、若干働いていない頭を振るように辺りを見回し、一言ボソッと呟いた。


「……またかぁ…」


悲哀に満ちた言葉。


それほどまでに今の状況は言葉通りだった。


目の前に広がる光景―――とはいえ、光景と呼べるかどうかは限りなく怪しいが―――どこまでも白が続く空間。


部屋などで表せるような空間ではなく、平原のような広すぎる空間。


そう思われる場所に燈静は気付けば立っていた。


そして、気がついた後にすぐ自分がまた知らない所にいる事を理解すると、特に慌てる事もなく現状を冷静に分析し始めた。


……勿論、これは慣れといえば慣れではある。二日も経たない内に知らない場所で気付く事二回。その経験から、燈静は知らない場所に対する耐性はついたのだ。


燈静としては、悲しい事この他無いが。


ともかく、冷静に置かれた状況を把握した燈静は軽く覚悟を決め、一歩を慎重に踏み出す。


右のつま先を上げ、そっと下ろしていく。


小さくコッ、と音を鳴ったのを確認すると、一気に体重をかける。結果、一歩を踏み出したような形になる。


その事に燈静は小さく安堵の息をつく。


「よかったぁ…」


もしもの可能性として、一歩を踏み出した途端に下に落っこちる。という考えもあったので、燈静としては一安心であった。


これを聞けば「何をバカな」と一笑に付す者もいるだろうが、燈静は至って大真面目である。


以前、というよりも大体一年前の話である。


いつもの日々のごとく様々な事に巻き込まれ続けたとある日の事であった。


その日、色々と巻き込まれ、解決した後の帰り道。最後に解決した場所、港から家に帰ろうとした時の事。


その時の時刻は夜の十一時であり、辺りは先一メートルすらまともに見えないほどに暗かった。


だが、特に暗い所が怖くない燈静は特に気にせずに、港を歩いて帰っていた。


そんな時。突如として浮遊感を燈静が襲ったのだ。


勿論、それは港の地面から進む方向を海へ変えた燈静の失態ではあった。


だが、先すらまともに見えない状況では、自分がどんな方向に進んでいるのか分かるはずもない。


よって、燈静も適当に歩いていたら、海に向かって歩いていてしまったのだ。


その結果、燈静は突如海に落ち、盛大に溺れた。


その後、たまたま近くを通った人に助けられた。のだが、その後も再び色々と巻き込まれてしまったのだが……ここでは割愛しよう。


ともかく、そんな事があったので、燈静は遠近感をまともに把握できない場所では慎重になりすぎる事を誓ったのであった。


そして今回、その誓いを守って慎重に一歩を踏み出したのである。


まぁ、そんな事は置いといて。


一歩を踏み出した燈静はそのまま歩き続けながら、改めて視線を横に縦に巡らす。


それでもやはり、目に飛び込んでくるのは白一色。


地平線も無い程の白に囲まれていた。


「…………ふむ」


顎に手を当て、燈静は思考を始める。


(まぁ、普通に考えて有り得ない光景ではあるか)


白一色だけの世界。そんなものは現実には存在しない。


(となれば、異世界とかそんな感じって考えていっか)


意外にも冷静に、燈静は今の状況を推測する。


というのも、実はこんな経験は初めてではないからである。


数にしては少ないが、このような別の世界にいるような事には巻き込まれたことは無い訳ではないのである。


……まぁ、例に漏れずいつもの日常の延長線上で巻き込まれたのだが。


それはともかくとして、燈静は自分の中で一応の決着をつけると一度足を止めた。


(このまま歩き続けても無駄っぽいし、少し待ってみるか…)


その場に立っていようがいまいが、何かが確実に舞い込んでくる燈静である。


その事を踏まえ、立ち止まって何かから近寄ってくるのを待とうと言う魂胆である。


「よっ、と」


少々勢いよくその場に燈静は座り込む。


(さーて、何が出ることやら…)






そして、冒頭に繋がるわけである。






「ありえないでしょ…」


思うままに叫んだ後、燈静はボソッと呟いた。


「今までこんな事なかったのに…」


その言葉には落ち込みが激しく見て取れた。


さらに燈静は独り言を続ける。


「もしかして、今までのって偶然だったのか…!?」


呟いた言葉に、燈静は自分でショックを受け、その場で項垂れる。


―――燈静が何が偶然かと言ってるかというと、自分(燈静)が何かにいつも何か出来事に遭遇してる事である。


歩けば何かが起こり、止まっていれば何かに巻き込まれる。


そんな毎日を送ってきた燈静としては、何かが起こらないこと自体が異常なのである。


……そうだとしても、何かが起こるか巻き込まれないからといって、すぐに今までのが偶然だと決め付けるのはどうなのだろうか。仮にそうだとしても、どんな天文学的な確率でなるのか。


そんな他人にとってはバカらしいことでも、燈静にとっては一大事な事である。


なので、今の燈静は軽く冷静ではないわけであり。


「……よし、ならこっちから起こそう!」


……こんな極論に至ってしまうのである。


「思い立ったが即日!」


新しいことわざを作りながら、燈静は勢いよく立ち上がる。


そして走り出そうと、体重を前に傾け―――


「カカカッ!!」


―――た所で、突如誰かの笑い声が燈静の耳に届いた。


「やはり、ここに来る者は皆面白い者ばかりでげに面白き事よ♪」


誰もいなかったはずの燈静の背後から聞こえてくる、女性特有の高い声。


「しかも、まだ何も知らぬような無垢な男とはな。うむうむ。あやつもわかっておるではないか♪」


カラン、コロン、と夏によく聞く下駄の音も耳に届く。それと同時に、何か燈静の背中に薄ら寒いものが通った。


(何だろう。凄い嫌な予感がする)


その嫌な予感の正体はわからないまま、燈静はゆっくりと体を動かそうとする。


が。


(あれ……動か、ない…)


腰も首も、更には指の先までが金縛りにあったようにピクリとも動かなかった。


何で!?と困惑する燈静を差し置き、下駄の音は燈静に近づいてくる。


「ふーむ…」


しかし、いきなり下駄の鳴らす音は止まり、代わりに燈静の背中に値踏みでもするような視線を感じた。


「……肉つきは良し。後は……まぁ、アレかのう?」


(……あれー?何か嫌な予感がさっきより増えた気がするやー…!?)


背に伝う冷や汗を感じながらも、燈静は動かない体を必死に動かそうとする。


だが、体はやはりびくともせず。歩みを再開し、音を鳴らしながら近づく下駄の音を聞くだけが今の燈静に出来る事だった。


(十三階段って、こんな感じなのかなぁ…)


色々と似てる所があると思う…。と経験した事も無いものにシンパシーを感じながら、燈静は心でガタガタと震える。


そして、下駄の音が自分の背後で止まった。そこまで来れば、流石に燈静でも誰かが後ろにいる事はわかる。


後ろにいるだけなら問題は無いのだが、問題は感じるプレッシャーに似た雰囲気である。


例えるなら、燈静は肉食獣の前に置かれた草食動物といった所か。


要するに、襲われかねない雰囲気が燈静の背中を通して燈静は感じてるのである。


「……じゅるり」


(舌なめずりを口で言うなぁー!?)


本来ならする時にだけ鳴る舌なめずりを、わざわざ口で言うという事はどうなのだろうか。


燈静としてはそれが果てしない疑問である。……まぁ、言われた事で背中を走る悪寒が更に増したので、そういう意味はあったのかもしれない。


「では…♪」


(……死んだ)


楽しそうな声が燈静の耳に届くが、燈静にはその声は死刑宣告を知らせる声にしか聞こえなかった。


そして、覚悟を決めようと目を瞑る。


ヒュガッ! ギンッ!


「……………え?」


だが、その直後に耳元で続けて鳴った金属音に、思わず疑問の声と共に目をゆっくりと開いていく。


そして、開いた視界の先に見えたのは…。


まず、一番最初に視界に入ったのは、大きな鎌だった。


鎌は燈静の少し前に深く刺さっていた。


(……どっから出たの…?)


燈静の疑問も当たり前だろう。ついさっき、目を瞑る前までは無かった鎌が突如として刺さっていればそんな疑問を持つ。


しかし、そんな燈静の些細な疑問はすぐに解消された。


燈静の目に次に入ったのは、少し離れたところに立っていた一人の男性だった。


といっても、その人は男性かどうかすら怪しかったが。


(何ですかあの格好…)


思わず燈静が呆れてしまうほどの格好をその人はしていた。


夜を連想されるような黒いローブを体を覆うようにかぶり、ローブのフードで見えにくい顔の右半分にはドクロの仮面をつけているという格好だった。


……パッと見ただけなら、誰もが呆れるような格好である事は間違いないだろう。


それはともかく、先ほど燈静が抱いた疑問はその人が右手をこちらに向けて、何かを投げたような格好で静止していたので、(あぁ、鎌を投げたのはあの人か)と燈静は納得した。


同時に、何故鎌を持っていたのかという疑問も新たに浮かび上がったが、それは極力気にしない事にした。……というよりも、気にしたら負けな気がしただけである。


そして最後に目に入ったのは、燈静の右の首元に後ろから突き出されていた一本の刀である。


いや、一般的な刀、日本刀よりも一回りほど刀身は大きかった。


(……というか、これで弾いたんですかね…?)


というよりも、突き出されている以上それで弾いた以外に考えられないだろう。


しかし、それ以上に思うことが燈静にはあった。


(……これ、下手したら僕斬られてたんじゃないかなぁ…)


正確には「突かれていた」であろうが、そんな些細な事は燈静にはどうでもいい。大事なのは自分が傷ついていたかどうかのなのだ。


まぁ、今回はどこも傷ついていないので、燈静としては特に気にしては無かった。


「……何をする?」


背後から、さっきまでの楽しそうな声とは一転して明らかに不機嫌そうな声が聞こえる。


その言葉をかけているのは、燈静ではなく、前方にいる男性なのだろう。


男性はその不機嫌そうな言葉を受け、溜息混じりに『別に…』と仮面のせいかくぐもった声を返した。


「別にだと…?邪魔をしといて何を口走っておるのかのぅ…?」


ユラリ…。そんな音が聞こえてくるような歩きで、背後から声の主は燈静の前に出てきた。


「…………」


えー…。と思わず燈静は心の中で呆れていた。


というのも、さっきまでの言葉の主とは思えなかったからである。


パッと見で妖艶と評せる顔に、膝裏まで伸びた黒い髪。体つきは出る所は出ていて、女性の殆どが羨む様なプロポーション。そして服装は、着物。着物なのだが……元来の着物の着方とは違い肩をはだけ、胸の肌の大部分が見えるまで着崩していた。


(……何というか……アレだ)


それら全てを総合して燈静は、その女性を官能的な女性だなと評した。


……確かにその評価が一番合ってるのかも知れないが、初対面の女性をいきなり官能的だと評するのはどうなのだろうか。


そんな燈静の評価は置いといて。


燈静の後ろから歩いて出てきた女性は、燈静を無視して前に立つと、右手に持った刀身の長い日本刀を軽く振った。


ビュン。と刀は軽く空気を斬った音を発しながら、その切っ先を仮面の男性に向ける。


「……斬るぞ?」


後ろにいる燈静にすら分かるほど、剣呑な雰囲気を発しながら女性は男性に向かって言い放つ。


『斬れるもんならな…』


その言葉に、男性はやれやれといった風に肩をすくめてそれだけを言った。


その言葉を受け、女性の発する剣呑な雰囲気が一層深まる。


「ぬかすのぅ…?」


『事実斬れないだろうが、お前じゃ』


男性が言った言葉が火に油を注ぐような形になり、ブチッ。と何かが切れる音が燈静に聞こえた気がした。


「それはいつの話をしとるのかのぅ?」


『つい最近の話』


「ぬかせ。この前は切っ先がろーぶに掠ったろうが」


『……偶然を自分の手柄みたいに言うって、痛々しいな』


ブチブチブチッ。と数度何かが切れる音が、今度は確かに燈静には聴こえた。


「……。よかろう……そこまで言うのなら……事実である事を証明して見せようではなかぁ!!」


そして、女性は大声を上げ、長い日本刀―――太刀を振り上げ、男性に向かって走っていった。


(あー、やっぱりそうなりますかー)


何となくだが、こんな展開になるだろうと読んでいた燈静は、その光景を映画でも見るようにリラックスして見ていた。といっても、目を細めてほぼ視界を閉じていたが。


(というか、あの人たちがどんな関係なのかはわからないなぁ…)


上下関係は大体分かったし、性格もおおまかに掴めたのだが……流石にさっき現れた人たちの関係を知る事は無理だろう。


とはいえ、二人の話し方から言って、同僚のようなものなのだろうという推測はついていたが。


と、そこで燈静は二人の事を思い出し、改めて目を開けてみる。


するとそこには。


「くっ!相変わらずちょこまかと逃げおって…!」


『お前は相変わらず大振りで単調な攻撃なこって。おかげでかわしやすいよ』


「ぬかせっ!!そのような余裕が取れるのも今のうちぞ!!」


声だけを残し、姿は残像すら残さずに戦っていた二人がいた。……正確に言えば、二人は燈静の目では捉えられないので、見えていないのだが。


(いやいやいや…。明らかに普通を逸脱してるでしょ、あの二人…)


思わず呆れてしまった燈静だが、ふとある事に気付く。


(……あれ?僕、忘れられてる…?)


先程まで燈静の背後にいた女性は、頭に血が上っている様子で、確実に燈静の事を忘れているだろう。


そして仮面の男性も、女性に切りかかられているのを避けるのが精一杯なのだろう。でなければ、もっと余裕を持って燈静の方に来るのではないだろうか。


これら二つの考えを纏めると。


(やっぱり忘れられてるよなぁ…)


今まで忘れられるという事が無かった燈静にとって、その事実は何とも悲しかった。


その悲しさはその場で膝を抱えて座り、白い空間に「の」の字を書きつつ壊れた笑いを漏らす程であった。


「ふ、ふふふふふふふ…」


……色々と忙しい燈静であった。


因みに。燈静が普通に戻るまでに三十分ほどの時間を要した。


……というよりも、三十分経ってようやく喧嘩を収めた二人が燈静を思い出し、そして燈静を正気に戻すまでなのだが。






「いやいや済まんな。つい、熱中してしまってな」


「はぁ…」


普通に戻ってから数分後。燈静は眼前で「カカカッ!」と笑う女性にとても戸惑っていた。


というのも、主に二つの理由がある。


一つめ。


先程の明らかに人間ではない動き。そんな動きが出来るという事は、明らかに人外だろう。


過去に色々と体験してきた燈静ではある。


しかし、人の形をしてない化け物のような人外は何度か見たことはあるのだが……明らかに人型の人外は見たことは無いのである。


人型ではないのなら、外見で何となく判断できる。だが、人型となれば外見で判断できなくなってしまう。


なので、たとえ目の前の女性に敵意が無かったとしても、警戒を抱いてしまうしどうしたものか分からない。


そして二つめ。


を説明する前に、今の燈静の状況を説明した方がいいだろう。


今、燈静は座っていた。


座っているといっても、普通に白い空間の上に座っているわけではなく、畳の上に座っていた。


その畳の上に、昔ながらのちゃぶ台。その上には湯呑みが三つ、茶を注がれた状態で置かれていた。


……ここまで言えば分かるだろうか。明らかにおかしい点が存在する事に。


そう、先程までは一切無かった物があるのだ。


あるということはどこからか出したという事であり。そして同時に、その取り出し方が燈静を戸惑わせてる原因の一つである。


畳にちゃぶ台、そして湯のみ。これらを出したのは燈静の目の前に座っている女性である。


しかし、その出し方が明らかに普通ではなかった。


先程、燈静が戻された直後に、突如女性がパンパンと手を打ったと同時に全てが虚空から出現したのである。


それは明らかに普通ではあり得ない事である。


だからこそ、燈静を戸惑わせている原因の一つなのである。


(こういうのも慣れたつもりだったんですけどね…)


ここまで突拍子だと、燈静も戸惑うしかないようであった。


そんな燈静を知ってか知らずか、女性は胡坐をかいてちゃぶ台にぐでっと寄りかかっていた。


その寄りかかりの際に、大きな胸がぐにゃりとつぶれており、健全な男子である燈静には何とも眼の毒だったりする。


そして、女性から大体百二十度くらい回った所では。


『………ほぅ…』


仮面の男性が湯飲みに入った茶を飲み、まったりとした感じで息を吐いておられました。


(……どうやって飲んでるんだろう…)


燈静としては、そこが気になるようであった。


といっても、仮面は顔の半分を覆っているだけなので飲める事には飲めるだろう。……まぁ、燈静は「半分の口だけで飲むとこぼれるんじゃ…?」と考えていたが。


と、そこで燈静は「あ」と短く声を出してある事を思い出した。


「ん?」  『…?』


燈静の出した声にまったりとしていた二人も燈静の方に視線を投げた。


「あ、いえ……そのですね?」


『……出来れば手短に頼む。ゆっくりしたいから』


「あ、はい。えっと、何で僕はこんな―――って、今何て言いましたぁ!?」


『…?手短に頼む』


「その後!」


『ゆっくりしたいから』


「そこっ!何で人の話を自分勝手な理由で手短に済ませようとするんですか!?」


『……生き物として当然じゃないか?』


「まぁ確かにそれは反論しづらいですが!でももっと親身に聞いてくれてもいいんじゃないでしょうか!?」


『疲れたんで無理』


「えぇ!?」


『……さっきの見てたろ?』


「まぁ…」


正確には全く見えなかったが、何となく疲れる理由はわかった。


『だから、ゆっくりさせてくれよ。……はふぅ』


「うん、そうさせたい気持ちもあるんですがね?目の前で茶を飲んでまったりとした息を吐かれるとそうさせたくない気持ちが湧いてくるんですよ」


「天邪鬼じゃのう…」


「それは違いますっ!」


強く燈静が否定しても、女性は「嘘付け」と吐き捨てる。


(……何だか泣きたくなってきた…)


余りにも理不尽な気がして、涙が出そうになったが右手で顔を覆って何とか涙を出すのは我慢した。


「ともかく!」


バンッ!とちゃぶ台を盛大に叩き。


「僕は何でこんな所にいて、あなた達は一体何者なのか教えてくださいっ!」


と、燈静が叫ぶと二人は困ったように顔を見合わせた。


「……なんか言いづらい事なんですか?」


「いや、別にそういうわけじゃないんだがのう…」


『どっから説明したものか…』


(……あれ、もしかして長い?)


そう燈静が思うと同時に『別にそういうわけじゃないんだが…』と否定されて安心する反面、何で思ってることがわかったのだろうと疑問にも思った。


『……ま、隠す事の程でも無いしいっか』


「だのう。まぁ、次にはアレが控えておる事だしのう」


(アレ…?)


一抹の不安を覚える燈静だったが、それを無視して女性が燈静に向き直る。


「風峯燈静」


「はいっ?」


突然フルネームで呼ばれ、声が上ずりながらも返事をする燈静。


「お前は一度死んでおる」


「へー。死んでるんですか、僕―。………………………………はぁ!?」


『反応遅っ』


「いや、だって……はぁ!?」


衝撃の事実をあっさりと口にされ、当たり前に燈静は狼狽する。


まぁ、当然だろう。普通に生きてるように喋って、飲んで。更には動いていたというのに死んでいたと言われれば驚くのも無理は無い。


だが、そんな燈静を二人は「?」が頭に浮かんだ様子で見ていた。


「何でそっちはそっちで落ち着いてるんですか!?というか何で知ってるんですかね!?」


「一気に二つも質問するではないわ…」


『まぁ、まず一つ目の質問に関しては慣れてるからって答えを返しておこうか』


「慣れてる!?」


あまりにも予想外の回答に、燈静は数歩下がるほどに驚いた。


その反応を見ても、二人は特に気にする様子もなく続けた。


「それで二つ目の質問に関しては…」


『正体から明かした方がいいな』


「じゃのう」


「正体?」


何とも嫌な予感がする言葉だが、ここで止めても特に意味は無いので燈静は黙ってその先を聞くことにした。


先に明かしたのは女性の方だった。


「私は、黄泉を司る神、イザナミ」


「は?」


ポカンとした燈静だったが、間髪入れずに仮面の男性が続く。


『俺は冥府を司る神、ハーデース。まぁ、日本語っぽくハーデスでいい』


「……は?」


二度目の困惑した声を上げると、二人も少し苦笑していた。


「まぁ、そういう反応を返されるのは予想通りじゃのう…」


『普通の反応だしな。……つっても、普通のど真ん中を返されるとこっちも反応に困るんだがな…』


「いやいや、そんな事を言われても困るんですけど!?」


素直に驚いただけというのに、何故か驚かさせられた方からのダメ出し。……何気に酷い仕打ちであろう。


だが、そんなショックを受けてる燈静を置いといて、二人は二人の間で話を膨らませていく。


「さて……いつだったかのう?普通では無い反応を返してくれた輩が来たのは?」


『さぁなぁ…?そもそも、ここに来る事自体が珍しいしな』


「確かにのう。ここに頻繁に来るのは一人しかおらんしのう…」


『……あいつもあいつでイレギュラー過ぎるけどな。二日に一回は来るとか異常だろ』


「まあのう。じゃが、私にとっては嬉しい事この上ないがのう♪」


『だろうなあ。つか、やめてやれよ。あいつ大変そうじゃねえか…』


「かのう…?だからといって、迫るのをやめると思うか?」


『やめないってわかってるからこう言ってるんだけどな…。流石に見てて可愛そうだよ、あいつが』


「知らぬわ。欲しいから、行動する。ただ欲求に正直に行きてるだけだけで何故責められなければならんのじゃ」


『いやだからな?あいつは好きな奴いるって言ってたよな?それで迫るってのはどうなのって話で…』


「それこそ私には関係ない話であろうに。先も言った通り、欲しいから、行動する。その一言に尽きるわ」


『倫理観としては最悪だと思うんだな。好きな奴がいるって言ってる奴に迫って自分のものにするってのは』


「ふん。ごちゃごちゃ言ってるだけで物事が進むなら、今頃地上は極楽にでも変わっておるわ」


『いきなりスケールが馬鹿でかくなったな、オイ。いやまぁ、延長線上であることは間違いないんだろうけども』


「まぁ、その延長を引き戻すとな?慕情を持っていたとしても、言葉にせぬのなら意味は無いであろう?とはいえ、言葉と行動が一致しなければ意味は無いがの」


『それには同感だな。理想論ばっか並べて行動しない奴はざらにいるしな』


「しかしじゃ、言葉と行動が一致して思いを伝えた所でそれが実るわけでもあるまい」


『まぁ……確かにな。特に色恋沙汰にはよくある事だよな。告白してフラれるっての』


「じゃろう?」


『……つってもさ、もしもあいつが告白して相手にOKもらえてたりしてる場合はお前どうるすんだ?身を引くのか?』


「そんな性格に見えるか?」


『見えないから、一縷の希望に賭けてるんだけど』


「まぁ、思ってることはわかる。普通ならそこで身を引くだろうな。……じゃが」


『お前は引きそうにないよなぁ…』


「当たり前じゃろう。それに、奪うのもまた一興よ」


『最低最悪の考えだなぁ!?』


「知るか。ここに干渉できるやつなぞ数えるほどしかおらんわ。つまり、奪えば勝ちよ」


『勝ってねーよ!?むしろ一般論的には完敗だよ!』


「勝てば官軍、負ければ賊軍」


『お前、本当に最悪な考え方するな!』


「敗者の言葉なんぞ、戯言以下よ」


『最悪すぎるっ!お前もそう思うよな!?』


「僕っ!?」


爪弾きものにされていたのに、突如話を振られ、燈静は目に見えて狼狽する。


といっても、ちゃんと放っておかれながらも話は聞いていたので、「えぇ、まぁ……最悪な考え方じゃないんですか?」と返す。


その言葉を聞き、イザナギはむっとした顔を燈静に向け。


「そんな事を言うならば、搾りつくしてやろうか?」


「何を!?」


「女子に言わせるとは……お主、中々にSじゃな」


「えぇっ!?」


その言葉で意味をわかったのか、燈静は顔を真っ赤にする。


そんな燈静をイザナギは可笑しそうに笑いながら。


「まぁ、男に誘われて乗らんというのは女が廃るのう…?」


着物のはだけた胸の部分を掴み、思い切り引っ張った。


「っ!」


二つの大きな山が拘束から出て暴れようとした所で、燈静は自己最大の速さで目を逸らした。


(何も見えてない、何も見えてない!桜色の何かとか肌色の何かとか見えてないっ!)


……ともかく、その反応すら予想通りだったようで、イザナギはカカカと笑いながら「冗談よ」と言った。


(心臓に悪い…っ!)


健全な男子高校生としては、今のようなイベントは心臓に悪すぎる。


心臓はバクバクと速く鼓動を刻むし、全身の温度が一度くらい上がったように体が熱くなる。


(……本っ当に、心臓に悪いっ!)


繰り返すが、燈静も健全な男子高校生である。そういう事にはそれなりに興味がある。なので、今しがたイザナギがした行動全般は色々と毒なのである。


そして、今まで黙っていたハーデスがそこで口を開いた。


『おいビッチ』


「不名誉な事を言うでないわ」


『実際問題あれはビッチと言っても差し支えないんじゃないか?』


「ふん、冗談もわからんやつだったか?」


『……本当かよ』


「まぁ、三割は冗談であったな」


『後の七割は本気だったんだなぁ!?』


「まぁ、燈静が乗ってくれば相手をする事もやぶさかではなかったのう。その場合は宣言どおりに搾り取らせてもらっていたが」


(危なかったーっ!)


イザナギの発言に、心から安堵する燈静。それと同時に、自分の理性を褒め殺しにしたい気分になった燈静だった。


まぁ、そんな事は置いといて。


こほん。とくぐもった咳払いを一つハーデスがして。


『まぁ、時間なんだけどな。……あれの意味は知らんが』


「むっ…」


「へ?」


不服そうな表情になったイザナミと、意味がわからず首を傾げる燈静。


そんな燈静にハーデスは親指を立てて横に振った。


その方向へと視線を向けると。


「……あの、僕の目おかしくなったんですか?」


「おかしいわけなかろう。死ぬ直前までの目がおかしいわけでもなかったのならな」


「デスヨネー」


ハハハと乾いた笑いしか出ない燈静だった。


『……まぁ、信じられないかもなー』


「見慣れていないのなら、当たり前であろう」


『まぁ、なぁ…』


二人が呆れるほど、その光景は確かにおかしいものだった。


「は、ははは…」


乾いた笑いを漏らしながら、燈静はもう一度その光景を目に入れる。


最初に目に飛び込んできたのは、黒い毛むくじゃらの何かだった。


よく見ればそれは犬などによく見られる足の形だった。


ただし。その大きさは規格外だったが。


前足一つだけで横になった燈静よりも大きく、それがよく見ると他にも三足あり、獣だという事がわかった。


その事実だけで目を逸らしそうになるも、必死に堪え燈静は視線を上へ上げていく。


そして、次に目に入ったのは大きな口と牙を携えた顔だった。


顔そのものは自分の知っている犬そのものだったが、口から出ている白い歯―――牙には全く見覚えはなかった。


犬歯が過分に成長したらああなるのかな、とどこか呑気に思う一方で、もしもあの牙で噛まれてしまったら。という想像も同時にしてしまい、若干震えた。


そんな想像を振り払うように燈静は最後に、視界をミクロからマクロへと広げた。


のだが、その広げた事をすぐに後悔した。


最後に見えたもの、それは三つの犬の顔だった。


いや、正確に言うならば三つの首がある犬の顔だった。


更に付け足すなら、その顔一つ一つについさっき見た牙があり、震えが決定的なものになった。


そしてポツリと「ケルベロス…?」と燈静は呟いた。


その言葉に、『そ』とハーデスは短く答えた。


『冥界の番犬ケルベロス。……まぁ、何でここにいるかは知らんけど』


「えぇ!?さっきあなた『冥界を――』とか何とか言ってませんでした!?」


だから全部知ってると思ったのに!とでも言いたげな燈静の言葉に、ハーデスは首を傾げるばかりだった。


『いやまぁ、言ったけどさ。いっつは別の所にいてここに来れる筈も無いんだけどなぁ…?』


おっかしいな…。と本当に疑問に思ってると、三つ首の犬、ケルベロスが動いた。勿論、三人の方向へとゆっくりと動き始めた。


「ちょ、ちょっと!?何か動き始めましたけど!?」


「……うろたえるではないわ。別に襲ってこようと私とハーデスの敵ではないわ」


『だな。……まぁ、案外弱点は多いしな』


へ?と間抜けな声を燈静が出したと同時に、ケルベロスが三人の目の前で止まった。


思わず燈静は構えてしまうが、あとの二人は構えようともせず自然体でケルベロスを見ていた。


(よっぽどの自信から来るからなのか、それとも…)


と二人の事を考えたその時。


「へっ?」


視線が不自然に浮いた。


「ふむ?」『ん?』


そして、同じ高さにいたはずの二人を何故か燈静は見下ろしていて―――それが、ケルベロスによって持ち上げられているという事に気付くまで、特に時間はかからなかった。


「あ、あれ!?何で!?」


「……なるほどのう」


『そういう事か』


慌てる一人と、落ち着き払った二人。この状況が理解出来てない一人と、理解が及んでいる二人。


……どこまでも対照的なのだろうか。


「た、助けて食われるーっ!?」


『食われるならもう食われてるっての。まぁ、絶対に食われないから安心しとけ』


「そんな保障はどこに?!」


「無いが?」


「無いの!?」


そんな辛辣な言葉に愕然となる燈静だったが、ハーデスが心配ないとでも言うように手を振った。


『あー、本当に安心しろよ。別の所に連れて行ってくれるタクシーみたいな奴だから。今はさ』


「……それは信じていいんですか?」


「信じなければ、どうにもならんぞ?」


「なら……信じますけど」


まだ完全には信じられていない燈静だったが、一応は信じたのかじたばたと暴れはしなくなった。


それを確認した後。


「それではの、燈静。……また、近いうちに会おうぞ」


『そんじゃな、燈静。……まぁ、近いうちに会うとは思うけどな』


「は…?」


突然別れの挨拶と、最後に付け加えられた意味深な言葉に何度目かの疑問の声を燈静は出した。


次の瞬間。


むちうちになるのではないか、というほどの速度が燈静が襲った。


(え、ちょ、何こ―――)


事態がまともに理解できぬまま、燈静は前からかかるGに耐え切れず、気を失った。






       *     *     *






「ぅ…」


揺り篭で揺られているような間隔に、燈静の意識はゆっくりと覚醒していった。


最初にゆっくりと瞼が開き、次に指先から力が戻っていった。


「ったぁ…」


徐々に力の戻っていく体を動かすと、間接の所々からバキバキと骨が鳴り、おもわず顔を顰める。


ついでに凝り固まっていた筋肉も解しながら、燈静は寝かされていた体を起こす。


そして、すぐに眼前に見えた光景を見て、


「……もう驚けないやー」


驚くでもなく、呆れた様子でそう呟いた。


今回、燈静の眼前に広がった光景は、一言で言えば白を映した水面だった。


風が吹いてるわけでも無いのに、白い水面は小さい波を作り出し、不思議にも燈静を惹きつけた。


(何だろう……何だか……体が引き寄せられるような…)


半分だけ起こした体を完全に起こし、燈静は今いる場所()から体を乗り出すように水面を見つめる。


そして、重心をだんだんと前に倒し




「落ちちゃダメよー?」




た所で、突如見知らぬ女性の声が燈静の耳に届き、燈静はハッと我に返った。


「わ、とととっ!?」


我に返った瞬間、あと少し重心を前に倒していれば水面に波紋を生み出しそうな位置にいた事に慌て、背筋をフルに稼動させて、燈静は船に背中から倒れこむ。


「ったぁ…!」


背中を強かに打ちつけ、軽く涙目になる燈静だが、すぐにまた体を起こし、声の主を探そうと船から体を乗り出す。


だが、そうした直後に声の主は見つかった。


「……えっと」


ただし、見つけたのは黒い毛むくじゃらの、先程見た気がする何かだったが。


(もしかしなくても、これ……ケルベロスの足じゃ――)


「こっちよー」


え?と上からかけられた声に、燈静が顔を上に上げると。


「やっほー」


ケルベロスの顔の一つから、一人の女性が顔を覗かせ燈静に向かって手を振っていた。


「………」


何とそれに返したものかと困っていると、更にケルベロスが頭を下げ、女性の姿が見えるようになった。


そして女性はピョンと頭を蹴り、船に飛び乗った。


着地の拍子に、船が揺れるが燈静はそんな事を気にする暇はなかった。


「………」


口をだらしなく開け、船に飛び乗った女性に見とれていた。


その女性の容姿は、紫の髪を後頭部で軽くまとめているにも関わらず船の床につきそうな程の長さであった。そして、顔は程よく整っており、珍しい事に右目が赤色で左目が青色だった。


服装はゆったりとした服の上に真っ白な白衣を着ていた。


色々な意味で目をひく容姿だったが、それら全部が不思議にも調和しているように燈静には見えた。


先程のイザナギも確かに目をひくし、綺麗だった。もしも街中を歩けば十人が十人とも振り返るレベルである。


しかし、目の前の女性はそんなイザナギですら軽々と打ち負かせそうなほどに美しかった。こちらも街中を歩けば十人が十人とも振り返るだろうが、振り返った後に足を止めて見とれそうである。


つまるところ、完全に燈静は目の前の女性に心奪われていた。


(……節操なくないか、僕…?)


イザナギにも見とれたような気がする燈静としては、流石に節操がないとも思える。しかし、一方で仕方ないとも思える辺りダメである。


一方、女性は特に燈静の視線を気にした風でもなく、頭を下げたケルベロスの顎を優しく撫でていた。


「よしよしー。……さて、ありがとねー?」


少し撫で続けた後、手を振って別れの挨拶を女性がすると、ケルベロスは少し物足りなさそうに弱く鳴くと、ゆっくりと水面を揺らしながら燈静達が向いている方向へ歩き始めた。


そのまま二人は見送り、姿が見えなくなった所で「さてー」と言いつつ女性が燈静へと向いた。


「待たせて悪かったわねー」


「い、いえ。別に待ってはいませんよ?」


柄にもなく緊張しつつの応答の燈静。それを気にした様子もなく女性は燈静に指を突きつけ。


「それでー……風峯燈静で合ってるわよねー?」


「合ってますけど…」


何故名前を確認するのだろうか、と内心疑問に思いながら、燈静は心臓が速くなるのを感じた。


理由は何であれ、美人に話しかけられるのは悪くないのだろう。


やはり、燈静もれっきとした男子である。


そして、女性はそんな燈静をさて置いて、爪先から脳天まで見定めるようにじろじろと見始めた。


そんな視線で見られれば、誰でも落ち着くわけもなく。燈静は居心地が悪いように軽く身じろいだ。


といっても、そんな視線が投げかけられたのは十秒程度であり、十秒ほど経った後女性は「ふーん…?まぁ、納得いくわねー」と意味不明なことを呟いて視線を外した。


その呟きの内容は燈静には一切理解できなかったが、考えようとするよりも先に女性が口を開いた。


「まー、本当ならする事が色々とあるんだけどねー?時間もそんなにないから、質問あれば答えるわよー?」


「え、ちょ、はい?」


突然そんな事を言われ、燈静はみっともなく狼狽した。


いきなり「質問していい」と言われても大概困るものだが、この時の燈静は平均を遥かに超えるくらいには狼狽していた。


だが、そこは無駄な経験をいやというほどしてきた燈静。すぐに冷静になり、思いついた質問を口にした。


「じゃあ、まず……ここはどこですか?」


その質問は自分がどこにいるのか分からない場合に聞く常套手段であった。ここがどこであれ、多少の驚きと共に悩みが解決する手軽な質問。


「三途の川―」


「はい!?」


だが、女性の答えに、手軽なはずの質問が急に重くなった。


しかし、それよりも。


「三途の川ぁ!?」


この場所の名称の方が驚きだった。


三途の川。ある程度年を重ねれば大体の人が知るであろう、案外ポピュラーな言葉。


一般的には「あの世」と「この世」の境にある川と思われている。


そして、燈静もその例に漏れず、そんな意味であると思っている。


つまり。


(僕、本当に死ぬんですか…!?)


今自分がいるのは船。つまり、川を渡る船であろう。そこまで辿りつくと、燈静の顔から血の気が引いた。


「まー、死ぬって決まったわけじゃないんだけどねー」


「……でも、これって…」


「まー、確かに渡し舟なんだけどねー?でもさー」そこで女性は言葉を切り、人差し指を燈静の背後に向け「どこに向かってるか分かるー?」


その言葉にハッとし、燈静は船の船尾にすぐさま張り付き、遠くに目を凝らす。


だがしかし。見えるものは水平線だけだった。陸は全くと言っていいほど視界には存在していなかった。


その光景を充分に目に焼き付けた後、燈静は船尾から、いつの間にか船頭に移動していた女性の前に、今度は警戒心を露に近づく。


「……分かってくれたー?」


「えぇ。半分くらいは。……後の半分を質問してもいいですかね?」


「どうぞー」


軽々と許可する女性に、この状況の正解であろう質問を投げた。


「あなたは、一体誰ですか。そして、この状況を作ったのはあなたですか?」


二つの質問。マナーを守るなら、一個ずつ質問するべきなのだろうが、今の燈静にはそんな余裕はなかった。


そして、女性はすぐに即答した。


「一つ目の質問に関しては答えないー。二つ目に関してはノー」


「はぁ!?」


あまりにも酷い答えに、燈静は怒りが込み上げそうになった。


先程答えるといったばかりなのに、答えないとはどうなのか。これに関しては明らかに違うじゃないかと怒りをぶつけようとすると。


「絶対って誰が言ったー?」


悪戯に成功したような笑顔で、女性は燈静が言葉にするよりも先に答えを返した。


「屁理屈にも程があるんじゃないですかね?」


「知らないわねー。というか、正確には答えても覚えてないだろうから、答えたくないんだけどねー?」


「……覚えてないだろうから?」


その言い方はおかしい。


その言い方ではまるで―――


「まー、色々と思う事もあるだろうけどー?」


思考を打ち切るように、女性は口を開き、言葉を紡ぐ。


「そろそろ時間なのよねー」


つぅ…。とガラスについている水滴を拭くように人差し指を空に滑らす。


その動作と同時に、船が大きく揺れた。


ガタン!と床を鳴らして揺れたので、燈静も体を多少揺らして船から落ちないようにする。


そしてその後、信じられないような出来事が起こった。


ビシッ…。


聞きなれないような音が前方から響き、思わず燈静は顔を上げ、その音の元を見る。


「な―――」


だが、その音の元は燈静の想像を遥かに超えていた。


「有り得ない…」


景色が割れていた。


「こんな事…」


砕かれたガラスのように、パラパラと景色の破片が舞った。


「有り得る筈が…」


キラキラと鏡の破片のように、景色の破片は光を反射して世界を彩った。




穴は二つあった。


女性を中点として、等距離で開く穴が二つ。


穴はどちらとも景色を割って開いていた。


燈静から見て右の穴は、ただひたすらに暗かった。絶望という言葉を明るさで表せばこんな感じなのだろうか。


そして、左の穴は右とは違って何とも微妙な色だった。


白ともいえるかも知れる。しかし、どこかしっくり来ない。


または黒ともいえるかも知れなかった。だが、この色もしっくり来ない。


なら、両方を合わせた灰色ならどうか。……不思議と、灰色も燈静から見ればまったくしっくりは来ない。


というよりも。どんな色でも合わない。そんな印象を抱いた。


それは言い換えればどんな色も当てはまるという事でもある。


しかし。燈静からしてみればそれは大きな間違いであった。


左の穴は、どんな色でも当てはまらない。それが燈静の結論だった。




「さてー」


女性の言葉に、意識を無理矢理戻される。


女性は意識が戻った事を見て。


「これから貴方に一つだけ、とっても簡単な質問よー」


呑気な口調。だが、言葉の端々にはこう込められていた。


『YESかNOだけで答えろ。チャンスは一回。質問は禁止』


それを理解し、燈静は軽く何故か身構えていた。


そして、その直後。質問は驚きの内容で投げられた。






「死にたいー?生きたいー?」






一瞬、意味を理解できなかった。


(イマ、ナンテイッタ?)


脳がまともな思考を紡いでくれず、燈静は頭が真っ白になった。


それでも、どこかで声が燈静に対して囁く。


『おいおい。しっかりしろよ?』


雑な野太い男の声。どこかで聞いたことあるような声。


そんな声に、燈静の脳は急速に色を取り戻す。


呆けてる暇なんて無い。そう自分に喝を入れ、燈静は今しがた言われた質問の事を考える。


(死にたいか、生きたいか……そんなの、決まってる)


普通ならば迷いなどせずに生きたいと答える。


(決まって……る…)


だが。


「………………」


今の燈静には、そうは答えられなかった。


(……本当に、僕は生きたいのか…?)


そんな疑問すら浮かぶ始末だった。


しかし、それも今の燈静には当たり前であった。


今、ここにない燈静の体は名も知らぬ場所の路地裏に転がっている。


もしも、今ここで生きたいと女性に答えれば、その体に自分は戻るのだろう。


だが、その戻った後はどうなるのだろう?


親に借金を無理矢理に押し付けられ、ヤクザらしき人らに捕まり、見知らぬ土地まで運ばれた。


そして、戻れば逃げたヤクザらしき者らから逃げなければいけない。


もし、逃げ切れたとしても、そこから先はどうする?


この見知らぬ土地へは運ばれてきたので、密入国。パスポートなどあるはずも無いし、言語が通じるわけも無い。


それならば、生きる為に必要な食料を得る為に働く事は出来るはずも無い。


まさか食料を盗むわけにはいかない。そんな事をすれば、最良も最悪も死だけが待つのみだ。


「……はぁ……はぁ…」


そこまで想像した所で、燈静は全身から嫌な汗が出るのを感じていた。


歯はカチカチと鳴り始め、体は小刻みに震え始める。そして。


生きたくない。


そんな考えになっていた。


生きた先にも待つのは死なら、ここで「死にたい」と言えばいいだけである。


『それでいいのか?』


先程、燈静を正気に戻した声が留めようと囁くも、もう燈静の心は決まっていた。


燈静は震える唇で「死に……たい」と簡潔に述べた。


その答えに、女性は少し驚いたように目を見開き「あっそー」と興味ないような声で返した。


そして、そのまま首をぐるりと回し。


「それじゃ、早速殺すわねー」


「え」


燈静がその言葉に驚くよりも早く。


「がっ…!?」


喉を白い両手で絞められていた。


「な、ンで…!」


「死にたいんでしょー?だから…」そこで女性は軽々と燈静を上空五メートルほどへ投げ「今から殺してあげるのよー?」自分も同じ高さに飛び上がり、燈静の腹を蹴りつけた。


「っ!?」


メギッ…!と腹の中から聞こえてはいけない音が全身に響いたと同時、燈静の体は水面に叩きつけられた。


「…!」


一度に様々な痛みが襲った事でまともな痛覚が発揮せず、痛みを感じぬまま燈静は深く沈む。


「ゴボッ…!」


少々深く沈んだ所で、ようやく痛覚が腹の鈍い痛みを脳に伝え、その痛みで肺から空気を吐き出してしまった。


(い、ったぁ…!)


人生至上一番の痛みに、顔をしかめてしまう燈静。それでも、どれくらい沈んだのか目をうっすらと開ける。


すると目の前に足があった。


(マズ…!)


避けようとするも、今いるのは水中。まともに動けるわけも無いし、目の前に足があれば避ける事も不可能。


「っ…!」


メキッ。と顔に嫌な音が響き、足が燈静の顔に軽くめり込む。


また痛いと思う暇もなく、更に燈静は深く沈められる。


(容赦、無さ過ぎる…!)


殺すと言っていた以上、確実に殺すのだろうとは思っていたがここまで容赦が無いとは燈静の予想を遥かに超えていた。


そして、そんな事を呑気に考えてるうちに、事態は刻一刻と変わり始める。


水の抵抗など無いように、燈静を蹴ったはずの女性が燈静に向かって魚雷のように突っ込んできていた。


そのまま女性は燈静に向かい、ある程度近づいた所で進路を少しずらした。


そしてそのまま、ただ沈むだけの燈静を追い越し、遥かに燈静を超し、燈静の真後ろで燈静の背中に向きを変える。


「っ!」


バゴン!と水中では有り得ない音が燈静の耳に届いたと同時に、背中に少し平たい感覚があった。


それがまた蹴られたのだとわかるのに、今度は一秒も必要なかった。


ミシッ。と背骨から音が鳴ったかと思えば、今度は沈むのではなく水面に向かって燈静の体は進み始めた。


(ありえ、ない…!)


どんな力で蹴ればこうなるのか。そんな事を考えてる内にすぐに水面は近づいてきていて。


バシャッ。と水を切り裂き、燈静の体は再び宙に浮いた。


しかし、今度は特に蹴られる事も無く、さっきまでいた船に叩きつけられる。


「こほっ…」


一回咳き込むきり、燈静は体中の痛みに耐えるように体を丸めた。


(痛い痛い痛い痛い痛い…!)


まさしく激痛と表すにふさわしい痛みだった。


そんな激痛に耐えてるうちに、トン。と軽い音がそばで聞こえた。


痛みを忘れその方向を見ると、自分を蹴りまくった女性が立っていた。


自分がびしょ濡れなのに対して、女性は全く濡れていなかったが、今の燈静にそんな事を気にする余裕はなかった。


そして、女性は冷ややかな赤と青の瞳で燈静を見下ろすと、片足を大きく上げた。


それを見て、燈静は(あぁ、死ぬんだ。本当に…)とどこか他人事のようにその動作を見ていた。


「……さよなら」


そして、足は振り下ろされ。


ゴキリッ。


そんな音が体のどこかから聞こえ、燈静の視界は一瞬で黒くなった。






「終わったー」


燈静の視界が黒く染まったのとほぼ同じ時、女性は手を組んで思い切り伸びていた。


ポキポキと鳴る骨の音が何とも気持ちいいのか、それとも一仕事(殺し)したことが単純に達成感を出しているのか、もしかしたらその両方共なのか。


ともかく、女性は気持ちよさそうに顔を緩めていた。


そして伸びをしたまま、女性は右足を軽く振る。


直後、ビキリ!と音を立て、右足が通った部分の空間にひびが入った。


「……ありゃー?」


女性としては、足をほぐす為にした行動だったので、その結果は予想外だった。


「力抜きすぎたかしらねー…」


伸びを止め、頬をポリポリと掻きつつまた右足を軽く振り、ひび割れた空間を再びひび入れさす。


すると、ひび割れた空間は何事もなかったように元の景色を取り戻した。


その結果にうん、と女性は一つ頷くと、手足をだらしなく床に放り投げている燈静に視線を移した。


女性の視界に入った燈静は、首があらぬ方向へ曲がっており、指一本どころか体中の筋肉が硬直しているように見えた。


そんな燈静を一目見た女性は、ゆっくりと燈静に近づき。


「よいせー」


燈静の首根っこを掴み、軽々と持ち上げた。


「随分と軽いわねー…。さっき持った時も思ったけど、本当にちゃんと食を摂ってるのかしらー?」


そしてそのまま、円を描くように腕を振り回し。


「まー、私には関係ない、かーっ!」


十分勢いがついた所で、先程開けた穴―――何色と形容していいのか分からない方の穴へ向かって投げた。


投げられた燈静は、大きく狙いがそれる事無く、穴へ吸い込まれていった。


燈静を吸い込んだ穴は、先程女性がしたようにせずとも、自分で自分を閉めていた。


「よーし」


入った事に女性がガッツポーズを取ると同時に、穴は元の空間になっていた。


それを確認すると、女性は首をコキッ、と鳴らしつつ。


「仕事終わりー。ちゃんと殺して(生き返らせて)やったんだし、文句無いわよねー?」


ここにいない誰かに話しかけるように、そう呟いた。


「……うんー、ちょっとだけ、おまけはつけてあげたけどねー?」


独り言のようで会話が成立しているような、傍から見たら不気味な光景。


それを気にした風も無く、女性はさらに呟き続ける。


「何でってー……面白そうだと思ったからよー?」


くるくると淡く青色に光る人差し指と中指をまわしつつ、女性は虚空を見つめる。


「……まー、結局は、あんたと同じって事よー」


その虚空に何があるのかは、誰にも分からない。






「……色々と、面白くなりそうねー…♪」







……さて、私は一体どこまで話を広げるのでしょうか…。

色々と事情があるので、これから先更新はまともに出来そうにないですが、見てる人がいたら出来るだけ見捨てないで下さい…。

ではー!

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