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捕縛

今回は二話更新。という名の分割である。

……まぁ、色々とあって低クオリティですが、一話目どうぞ!

ゴトッ。と何かが落ちる音で燈静は目を覚ました。


「う…」


意識が無くなる寸前に与えられた痛みのせいか、朦朧とする頭を押さえながら、燈静は体を起こす。


「あ、れ…?」


そして朦朧とする意識の中、自分のいる場所が見慣れない場所だという事に気づいた。


決して暗くはなく、かえって眩しいほどの光。その光が照らす、一生自分では見られないような、はたから見て分かるほどに精巧な技術で作られた家具達。そして極めつけに、足から尻にかけて感じる、今まで感じたことの無いような柔らかい感触。


簡単にまとめてしまえば、豪華絢爛な部屋に燈静はいた。


「……何これ、どこここ」


自分の理解を超えた事がいっぺんに脳に飛び込んできたことによる、思考の凍結が起こった。


それでも燈静の脳は、一個一個着実に片付けていこうとゆっくりと活動を再開させていく。


(まず、僕は……)


と、最初の課題を片付けようと思った所で、再び思考が凍結した。


待てよ。と口の中で呟き。確か。と頭で思い。


「誰かに……気絶させられたよな?」


そう自分に確認するかのように呟いた時、うっすらとだが思い出した。


スーツの男二人から逃げていて、光源のあまりない道に逃げていたとき突如誰かとぶつかりそうになり、その誰かに気絶させられた事を。


(誰だったんだろうか…)


暗くてよくは見えなかった。強いて茶色で比較的短い髪だということはわかった。


だが、それくらいの特徴、日本には吐いて捨てるほどいる。男子もいれば女子もいるだろう。


(髪が茶色という事だけで捜すのは不可能かー…)


未だに痛む鼻を押さえながら、燈静は残念そうに顔を歪める。


ともかく、誰かわからない人の事は考えから捨て、別の事を考えようとした所で。




「ひとまず、話をしてもいいかな?」


一メートル離れた所から、そんな声をかけられた。




「うわぁ!?」


突然かけられた声に、燈静は思わず飛び上がった。


(い、いつの間に…!?)


先程部屋を見渡した時には、誰もいなかったはず。


なら、いつこの部屋に入っていたのか。


そんな燈静の心を見透かしたように「最初からいたんだけどね」と、声をかけてきた男性がクスクスと笑いながら答えてくれた。


それはともかくとして、燈静はその男を凝視する。


シンプルな黒の男性用スーツに、日本人なら誰でも持ってそうな適度な長さの黒髪、そしてこれまた日本人らしい感じのする優しそうな顔。


それらを総合して見ると、十人に一人はいそうな日本人スタイルといった風貌の男だった。


「……珍しいかい?」


微笑みを絶やさずに、男は自分をじろじろと見ている燈静へと話しかける。


急にかけられた言葉に燈静は「えぇ、まぁ…」としか返せなかった。


「そっか」と燈静の言葉に男は一つ頷くと「それで、体の調子はどうかな?」と今度は別の質問を投げかけてきた。


体の調子?と質問の無いように燈静は首を傾げたが、すぐに言葉に呼応するように、ゆっくりと全身に重いものがのしかかってきたような感覚に襲われた。


その感覚は、疲れている時に感じるような精神的な重みではなく、重いものを持っているときのような肉体的な重みだった。


そしてその重みのもとを探るように視線を動かし、固まった。


「…………何、これ」


思わず漏れた呟きに、「見たら分かるだろう?」と返され、燈静は目を見開きそれを凝視する。


それは鉄で出来ていた。それは、とある者に対して使うようなものだった。それは、ごく普通に生きていれば見る機会は決して来ないような物だった。


それは―――枷だった。


いや、枷は枷でも昔に使われていたような二つの木を組み合わせたような枷ではない。正確に言えば、燈静の手に嵌められていたのはそれぞれの手首にある輪同士が繋がっている手錠だった。


厳密に言えば手錠が枷とはいえないだろう。だが、それ(手錠)を見た燈静は枷にしか見えなかった。


何でこんな物をつけられているのか。その疑問が浮上したが、すぐにとある理由に思い至る。


その理由はこうされるのに充分な条件であった。


「さて、と」


呆然としている燈静を置いて、男は口を開いた。


「いきなりこんな状況になっているんだから、質問はある程度あるだろうね。だから、今から僕に質問するといい。出来る範囲で答えてあげるよ?」


質問と言われ、ゆっくりと燈静の顔が男に向く。


そして完全に燈静と男が向かい合った瞬間、ね?と唇だけが微かに動き、


「親に借金を無理矢理背負わされた風峯燈静君?」


必死に考えないようにとしていた事を軽く言われた。


刹那、燈静の視界が怒りで赤く染まった。


それは実際に起きたのではなく、錯覚のようなものだったのかもしれない。


だが、燈静にはそれが現実のようなものにしか思えなかった。


更に、その赤く染まった視界は、すぐに燈静から冷静な思考力を奪い去った。


そして、思考力が消え去った燈静の取った行動は至って簡単だった。


座っていた体を前周りの要領で前転し、踵を思い切り男に向けて振り下ろした。所謂踵落としの様なものである。


短い助走であったにも拘らず、空気を切る勢いで燈静の踵は落ちた。


だが―――


「うん、中々だね」


「っ!?」


横から聞こえてきた声と、足の先から伝わってきた痛みが、燈静の行動が無駄だった事を教えてくれた。


「っ、あぁ…!」


ピリッとした痛みに、思わず苦悶の声が漏れる。だがすぐに、燈静は九十度首を横に回す。


その先には、先程と変わらない微笑みをした男が立っていた。


「どうしたのかな?はとが豆鉄砲を食らったような顔して?」


「…………」


振り下ろした足を戻しながら、燈静は油断無く男を睨む。


睨まれていながらも男は「どうしたのかなぁ?」と余裕とも取れる微笑みを絶やす事なく燈静を見ていた。


それを見た燈静は座っていたベッドから降り、一定の距離を取った。


といっても、少し幅の広いベッドを隔てているくらいの距離。つまりは一メートル半程度ではあるが。


「…………」


「…?」


普段の雰囲気を殺し、明らかな敵意を振りまく燈静と何が起こってるのか理解できていないような男。


そんな二人が睨みあい(というと違うが)を続けている中、燈静は多少冷静になった頭で思考をしていた。


(マズイ…)


といっても。


(マズイマズイマズイマズイ…!)


その思考の内容は大半が焦りによって意味を成してなかったが。


(ここが何処とかはどうでもいい!今はこの状況をどうにかする方法を考えろ…!)


冷静になったとはいえ、やはり思考は危ない方向に染まっていた。


そんな頭で思考を巡らせば、辿りつく結論は極めて想像しやすい。


つまり―――


(……縛る、か…?)


いいや、と口の中で呟き、


(倒す。気絶なんて生ぬるい事じゃないほどに…!)


―――傷つける方向の結論へと。


そして、その結論に辿りついてしまえば後の行動は早かった。


「はっ!」


唯一自由な足をベッドの下にさし入れ、全力で跳ね上げるように前方へと蹴り上げる。


意外にもベッドは軽く、そこまで強くない燈静の脚力でも簡単に前へと跳ね上がった。


「え」


短い男の声が聞こえたかと思うのと同時、ベッドは男を巻き込み、壁まで吹っ飛んでいった。


けたたましい音を立て、ベッドは止まった。


それを聞いた瞬間、燈静の思考は一瞬で冷えた。


「あ、あれ…」


両手で髪をグシャっと掻き、


「何、やってんだよ…」


今、自分の起こした事を思い返し、


「何、を…」


今度は、視界が薄暗くなった。


自分はもしかしたら、人を殺してしまったのではないか。


そうでなくても、確実に酷い怪我を負わせたのではないか。


そんな想像が燈静の中を駆け巡る。


そして、視線が壁にぶつかって少しひしゃげたベッドへと向かった。


「あ…」


助けなきゃ。と脳は命令を出すが、体がその命令を受け入れてはくれなかった。


頭ではわかっていても、体が動かない。そんな言葉を自分の身で体験する日が来るとは。


そんな呑気な事を考えながら、ようやく一歩を踏み出した。


「流石に焦ったかなー」


「―――え?」


瞬間、横から聞こえた声に顔を振り向かせた。


ガッ!


「がっ…!?」


途端に頬に痛みが走り、体が横に吹き飛んだ。


吹き飛んだ斜線上にあった調度品の数々を体で飛ばしつつ、燈静はかなりの勢いで壁に激突した。


激突した際、肩から尋常じゃない痛みが燈静の全身を走る。


「っつぅ…!」


じわりと肩が熱を持ったような感覚に、思わず肩を押さえる。


折れたわけではないのだろうが、外れたかもしれないと痛みに堪えながら燈静はそう考える。


「あれ?思い切りぶつけちゃった感じ?」


自分の起こした事に驚いてるのか、「しまったなぁ…」と困った声を出していた。


だが、それは痛みを必死に堪える燈静の耳には届いてはいなかった。


(ありえないだろ…!)


そして、燈静は痛みに思考の半分以上を取られながら、残りの部分でそんな事を考えていた。


何がありえないのかといえば、(何で、頬を殴っただけで人が軽々と飛ぶんだよ…!)という事である。


不覚にも、意識外からの攻撃だったからとはいえ、高校生男子の体重を軽々と飛ばせるわけがない。


もし、それ程の力があったとしても先ほどのベッドを殴ればいいだけだろう。


(それをしなかったって事は……何かがあるのか?)


手品のような何かがあるのか。そう考え始めた燈静。


「まぁ、いいや。めんどくさいし気絶させよ」


その倒れた燈静の元へ、男は歩み寄る。


燈静は男を睨みつけるが、男は特に気にした風もなく燈静のそばでしゃがみこんだ。


「まー、色々と優遇したつもりだったんだけどね。それを仇で返すっていうなら、ここからは酷い目にあってもらうよ?」


「……勝手にすればいいじゃんか」


「言ったね」


「言ったよ」


「……何で君みたいな子がねぇ…」


「は?」


ボソッと男の呟いた言葉の意味がわからず、燈静は思わず素っ頓狂な声を出した。


バジッ!


「ぁっ…!?」


それと同時に、瞼の裏に火花が散った。


その感覚に何となくデジャブを感じながら、燈静は意識を失った。






       *    *    *






ガツッ。


「…………」


背中に伝わる鈍い痛みで、燈静は目を覚ました。


「………そっか」


何かで気絶させられたんだった。と口の中だけで呟き、燈静は目をゆっくりと開きながら起き上がる。


そして、最初に思ったことは。


「……最悪の目覚めだぁ…」


という事だった。


といっても、それは当たり前かもしれない。


体を起こしただけで全身に走る痛みに、関節部分がちゃんと噛み合ってないのか少し動かすだけでゴキゴキと音が鳴り、更には全身が軽く痺れたかのように動きが鈍かった。


この内の一つならいつもの事だと割り切る事もで来たのだが、一気に三つとも襲い掛かってくるとなると流石に話は別だった。


「はぁ…」


溜息を一つ漏らしつつ、燈静は力の入らない体をほぐす様に右肩を回しながら、やっと起き始めた頭で軽く周りを見渡す。


その結果分かったのは二つ。


今いる場所は気絶させられる前にいた部屋ではないという事。そして、今の時間が夜だという事。


「……いやまぁ、わかってたけどさぁ!?」


前から分かっていた事しかわからず、思わず大声で叫ぶ燈静。もし、この状況だけを見れば間違いなく頭がおかしい人に認定されることだろう。


それに燈静もすぐに気づき、誰もいない部屋でコホン。と一度咳き込み、もう少しちゃんと周りを見てみようと周りを再び見渡す。


「……………暗いなぁ」


が、薄暗い部屋のせいか数メートル先すら見えづらかった。


それでもめげずに燈静は目を凝らして部屋を見渡す。


そうして分かった事は数個。


まず、この部屋は決して広くはない事。メートルにして五メートルもあればいいほどである。


次に、この部屋には出口が一つしかないという事。その出口は燈静の前方にあるが、何とも重厚そうな鉄の扉だった。恐らく出ようとしても鍵がかかってるだろうと燈静は判断した。


そして、この部屋にも一応窓はあることにはあるという事。といっても、かなり小さい窓で、窓というよりは穴と表した方がしっくりくる程ではあった。


それでも、その小さい穴からは光が差し込んでいたので窓とはいえるかもしれない。


「……ふむ」


そして、それらの情報を合わせ燈静は一つの結論を出した。


(脱出は不可能かー…)


あわよくば。と起きたときから思っていた燈静にとって、その結論は何気に最悪だった。


更に、その事実が浮き彫りになってしまったということはやる事がなくなるという事も示してもいた。


「むー…」


その示された事実に、燈静は何か無いかと腕を組み必死に考える。


それでも出される結論は、『やる事はない』の一つだけ。


「まぁ、当たり前だよねー」


そう呟きながら、燈静は起き上がらせたばかりの体を再びゴツゴツとした床へと投げ出す。


床にぶつかった際に、少々洒落にならない痛みが背中を襲ったが、特に気にすることもなく燈静は眼前に広がる暗闇を見つめる。


「……………」


その見える暗闇が何となく心地よくて、燈静は口元を嬉しそうに緩ませる。


「軽く狂ったかなぁ…♪」


口から出た言葉の内容は嘆く事のはずなのだが、それとは裏腹に言葉に乗る感情は明らかに嬉しそうだった。


そして、燈静の残っている冷静な部分が、燈静に「それ以上行くな」と警告する。


だが同時に、燈静の頭のどこかが「もっとこっちに来い」と囁く。


「はは…」


そのどっちの声も聞きながら、燈静の口から笑いが漏れた。


「はははははは…」


その笑いはどんどん大きくなって行き。


「はははははははははははははははははははははは…!」


遂には、部屋全体に響き渡るほどまで笑いの大きさは大きくなっていった。


そして、笑いながら燈静の頭はあるひとつの事を理解した。




自分は壊れてしまったんだ。という事実を。




(冷静になって思い返せば、今日の自分はどこかおかしかった)


突然、家のリビングで暴れだしたり。


(普段はしないようなことばっかしてた気がする)


公園でその道の男達を思い切り殴ったり。


(思わないような事も思ってた気もする)


公園で幸せそうな人たちを見ていたら、普段は出ないようなどす黒い感情が頭の中に渦巻いていた。


(それらを含めて考えると―――)


普段の自分(燈静)とは全く違っていた。


その原因はただ一つ。


まだ何故か着せられている自分の薄いコートの右ポケットに入っている、ぐしゃぐしゃの封筒。そのせいである。


「……っ」


その封筒の事を考えると、また燈静の感情と思考が黒一色に染まっていく。


(……何で、かなぁ)


急にこんなになったのは。と燈静は思う。


そして、またすぐに原因に思い当たる。


(あぁ、そっか)


思えば、一日で全てが激変してしまっていた。


置かれた状況。家族に抱いていた感情。そして、明日の有無。


他にもあるが、上げていけばきりが無いほどだろう。それほどまでに、燈静の全ては変わってしまった。


そして、全ての中には自分(燈静)を取り巻く環境も勿論入っている。


人間、自分を取り巻く環境が急激に変われば、必死にその変わった環境へ適応しようとする。


勿論、燈静もその例に漏れず必死に変わった環境に適応しようとした。


しかし。それは無理があった。


そもそも、燈静は普段自分の周りで起こる事象以外は至って普通の高校生である。


それが、一夜で追われるような環境へ適応しろといわれても、到底無理な話である。


それでも、燈静は必死にその環境に適応しようとした。


だが、必死に適応しようとした結果、燈静は壊れてしまった。


何故なら、許容量の少ない燈静(小さいバケツ)に、無理矢理受け止めきれない事(容量を超える水)を受け止めろといってるのだ。


普通に考えて、出来るはずがない。


それでも燈静は必死に受け止め、結果壊れた。


「……ははは…」


我ながら支離滅裂な理論だと思い、燈静は笑いを漏らす。だが、


「………で?」と自分に呆れた声を出し、それで何か変わるのか?という疑問が燈静の脳裏に浮かび上がる。


所詮、ただ壊れただけである。それで何かが変わるかというと、恐らく変わらないことだろう。


更に、壊れたからといってこの状況が好転するわけでもない。


それなら燈静にとっては、「どうでもいい」の一言に尽きる。


「どうでもいいよ、もう」


燈静はそう呟き、静かに目を閉じた。


この現実から、逃げるかのように。






        *    *    *






「はー…」


「どうしたんです?」


「いや、ちょっとねー…」


「はぁ…?」


「まぁ、気にしないでおいて」


「わかりました。それでは、報告を終わります」


「ご苦労様―」


報告に来た男が一礼し、部屋を出て行ったのをちゃんと見て、「はぁー…」と椅子に座った男は再び溜息をついた。


といっても、先程よりも数段深い溜息ではあったが。


それはともかく、溜息をついた男―――実は、少し前に燈静と接し、気絶させた男であった。


その男が何故溜息をついているのかといえば……様々な事情が複雑に絡み合ってる以外にない。


「全く……なーんで、こんなに面倒事が今日に限って舞い込んでくるのかなー?」


一切面倒事とは思っていない様子で、男は目の前の机に散らばった、数枚の紙を並べる。


紙の数は三枚。それぞれの紙には、簡単に今ここで起こっていることが記されていた。


一つ目の紙には『売り者の反乱に似た暴走』


二つ目の紙には『売り物が若干数行方不明』


三つ目の紙には『正体不明の侵入者がいる』


どれもこれも男にとっては些細な事だが、それはあくまで一つだけの場合。流石に複数の厄介事が一気に起こると厄介になる。


とはいえ、厄介な事は起こったことではない。


真に厄介なのは、二つの厄介事を解決できないという事である。


一つに関しては、もう男が解決しているのでいいのだが…。


「この二つは無理だね」


そう呟き、二つの紙をまとめてぐしゃっと握りつぶし、少し遠くに位置しているゴミ箱に向かって投げる。


まとめられた紙は見事な放物線を描き、ゴミ箱の少し前に落ちた。


「残念」


そうはちっとも思ってない様子で言い、全体重を椅子に預ける。


キィ。と軽く軋む音を耳に入れながら、男は二つの厄介ごとに関して思案する。


(というか……実質一つなんだよね)


少し考えれば、繋がる事だろう。


正体不明の侵入者が、ここを徘徊する者共に気付き、偶然見つけた売り物の部屋で売り物を拝借している。


そう考えれば自然な事である。というよりも、男にはそうとしか考えられなかった。


(まぁ、それでも色々と疑問は残るんだけどもね…)


その疑問とは二つ。


一つはどうやってここ―――海上を走る船に忍び込んだのかということ。


これは船が出る前に忍び込んだと考えれば自然に思えるが、流石に現実的ではなかった。


というのも、この船が出る前は『売るもの』の為に厳重な警備を敷いていた。蟻一匹逃さないというほどでは決して無いが、人間を見逃さないほどには厳重だった事を男は覚えている。


もし、その警備を掻い潜ってきたというのなら、それは賞賛できるものではある。


しかし、船の中にも警備はいるし、徘徊している者達もいる。


それを掻い潜り、売り物の部屋から売り物を拝借するような事が出来るのか。


いや、そもそも―――


(……侵入者が本当にいるのか?)


額に手をあて、二つ目の疑問であるその事について男は更に深く思案し始める。


そもそもの話、前提してからおかしかった。と男は考える。


売り物の部屋から売り物が若干数行方不明という報告があるが、それは本当なのだろうか?


実は足りないと思っている数こそ最初に規定していた数であって、出航後に再び数えた所、数え間違えたという可能性もあるだろう。


(それか……何か、別の方法で…?)


具体的な方法は思いつかないが、決して不可能ではない事は男にはわかっていた。


「……ま、いっか」


これ以上考えても何も収穫はないと判断し、男は一時的に中断していた思考を再びめぐらせ始めた。


侵入者は本当にいるのか。という事について。


(最初っからおかしい気がしてたんだよねー…)


売り物が若干数行方不明という事が本当だという前提で考えると、ここで一つの疑問が浮かぶ。


何故、売り物が行方不明なだけで侵入者がいると報告がくるのか。


それはおかしい。と男は思う。


行方不明になったのなら、侵入者の線よりももっと他に濃厚な線はある。


例えば、先ほど述べた数え間違いの線。例えば、この船の誰かが勝手に持ち出し、もとい盗み出したという線。


それらの濃厚な線を考えずに、何故侵入者がいるという結論に行き着くのか。


「…………」


一瞬だけ無表情になり、男はとある一つの結論を出す。


その出した結論なら決してありえない事ではないが……それを認めるとなると、侵入者がいる事を認めなければいけない。


「……本っ当、厄介だなぁ」


今度は本当にそう思っているように呟き、男は壁にかかっている時計に視線を移した。


時計は一時四十五分をさしていた。


目的地への到着時刻は三時だったっけかな。と男は何でもない事を思い出した。


では、次は二話目でお会いしましょう。

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