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転入初日

一月七日。


大体の高校まで含む学校はこの日までは休みなことが多い。


だが、刻ノ森学院にはそんな一般的な事は一切関係ない。


例えこの日(一月七日)が日曜日だったとしても、この学院に通う者全てはこの日が始業式で登校しなければいけない事になっている。


故に、まだ正月の雰囲気がどこか残っている街中も、刻ノ森の制服に身を包んだ子供がちらほらと、朝早くから見受けられる。


そんな光景を見つつ、仕事に出かける者や、朝の仕事であるゴミ出しをする主婦は「あぁ、もう学校が始まるのか」なんて感じに風物詩を楽しむようにしている。


しかし、そんな自分たちの姿を見られて風物を感じられているとは気づいていない刻ノ森の生徒達は、あくびを噛み殺しながら、小走りで急いで学園へと向かう。


現在時刻、7:30。刻ノ森の広さを考えると、遅刻の文字が脳裏にくっきりと浮かぶ時間帯である。






同時刻、刻ノ森学園校門前。


こちらにいる生徒達は、まだ街中にいる生徒達と違い、特に切羽詰った風もなく、まだ完全に起きていない頭を振ったり、重い瞼をこすったり、半分寝たまま歩いていたりと悠々な感じである。


校門からそれぞれの棟までは大体十キロ近く離れているのだが、生徒達は一切慌てた素振りなど見せず、途中で会った友人と「久しぶりー」などと軽い会話をしてるほどである。


それにはちゃんと理由がある。


刻ノ森は、校門から初等部、中等部、高等部へと直接行く送迎バスが校門から各等部へと出ている。


その為、比較的早くに学校についてしまえば特に慌てることなく送迎バスに乗り、自分の学校へと着くのである。


とはいえ、この送迎バスもいつだって出ているわけではない。


このバスが出ている時間帯は朝の七時から一時間だけなのである。その間ならバスの本数は多く、バスに乗れないという悲劇が起こったりはしないのだが……その時間以外は一切バスは出てはくれない。


尚、燈静が編入試験を受けた際にバスが出ていたりしたが、それはそれで送迎バスとはまた別のものである。


それはともかく。では、バスに乗り遅れた生徒はどうするのか。約十キロの道のりを歩いて登校しなければいけないのか。


そんな事はない。八時からは、校門近くで自転車を貸し出している。


この自転車は、学院の生徒であれば一応は誰でも貸し出しがされる。帰り際に返せば特に問題もない。


十キロを自転車というのは中々きついが、歩いて登校するよりはマシだということで、バスに乗れなかった生徒は大体これを借りて登校する。


尚、この自転車の貸し出しも八時から二十分程度しか、貸し出しを行っていない。


もしも、それ以降に校門をくぐったのなら、歩いて遅刻するほかなかったりする。


しかし勿論、上げた方法以外にも各等部に登校する手段はある。


その方法の一つ、家から車での送迎という手段がある。


その手段を取る生徒は案外少ないが、ポピュラーではある。


事実、今日も二十台は車がそれぞれバスに並走するように走っていたりする。


その中の一台、黒塗りの車の中、カルラはつまらなさそうにスモークの張られた窓ガラスの外を見ていた。


並走するバスや、車、そして景色として流れる木々を見ながらポツリと「……つまらない」と、呟いた。


その呟きに、同じ車内に座ってた六花は、いつも浮かべている笑顔を幾分か苦い感情を追加して浮かべる。


そんな六花の苦笑も目に入っていないのか、カルラは退屈への怒りを持っている扇をへし折れそうなほどに募らせる。


ミシミシと扇を鳴らしながら、「なんで…」と呟く。


そして、とうとう扇の限界が来たのか、その形を真っ二つにしながら、カルラは拳をシートに叩きつけ、叫んだ。


「何で!燈静はいませんの!!!」


「先に行ったからですよー…」


燈静への怒りがこもった叫びを、六花は至近距離で聞きながら苦笑で返す。


そう。今現在、車内には運転手を除けばカルラと六花の二人しかいないのである。


本来なら、今日から高等部に編入される燈静が乗っているはずなのだが…。


「ワクワクしすぎて、学校に早く行くなんて、子供ですの!?」


「十六って、まだ子供の範疇じゃないんですか…?」


「上げ足は取らないでいいですわよ!!……全く。折角退屈がしのげると思ったのに…」


最後だけぼそっと呟くように言ったのだが、近い距離の六花には聞こえていた。まぁ、六花は聞かなかったことにして笑顔になるだけなのだが。


(割と素直じゃないですよねー、お嬢様も)


「退屈をしのぐ為」なんて言っているが、「一緒に行きたかった」という思惑も本当は存在しているのである。それを言うのが恥ずかしいのか、それとも気づいてはいない感情なのか。どちらにせよ、気づいた六花としては笑顔になるだけである。


(まぁでも……それも三割程度なんでしょうけどね)


半分以上、退屈をしのぐ為と思っているあたりカルラなのである。


「全く燈静は…」


「…………」


まだぶつぶつと燈静に対して文句を言っているカルラを苦笑して見つつ、今ここにいない燈静の事を思い、ポツリと呟いた。


「………………流石に半殺しはやりすぎましたね」






*      *       *






カルラと六花が車内で色々とやっているのと同時刻。


高等部の職員室は職員の会話で賑やかだった。


今日が始業式だということで、生徒よりも早くに学校に来るのが教師というものである。


しかし、皆が皆早く来すぎるとやるべき仕事がなくなってしまうものである。


なので、本来ならそんなに賑やかにはならない職員室は、今日だけは正月に何をやった、どこに行ったという世間話で無駄に賑やかだった。


しかし、そんな賑やかな職員室の中でも、賑わっていない部分があった。


「…………………………うぼぁ」


「…………………………」


賑やかな職員室の一角、来客が来た際に座るような少し豪華なソファーに一列に座った二人。その二人は執事服を着てるのだが、何故かその二人の周りは薄暗く、何を着ているのか判別しづらい状況である。


執事服ということでお分かりだろうが、零司と燈静である。最初にうめき声らしきものを発したのが零司、何もしゃべらなかったのが燈静である。


何故この二人が職員室にいるかは誰も知らないために、不明である。


というか、知っていたとしても半分死んでいるような状態の人間に誰が好き好んで近寄るのだろうか。


その証拠として、職員室中の教員は燈静達などいないかのようにふるまい、視界にも収めない。


まぁ、背もたれに寄りかかって口を半開きにして、その中から何かが出ているように見える奴と、有名なボクシング漫画のようなポーズをとって微妙に燃え尽きてる感じを醸し出している奴を見たい奴などいるわけもないから、当たり前であるが。


しかし、職員室中が見て見ぬふりを決め込んでいる中、一人の若い男性教諭がカップを傾けながら、燈静と零司(半死体達)をじっと見ていた。


爪先から頭のてっぺんまで、じろじろと視線を上へ下へ動かし、男性教諭はカップから口を放し、一つため息をついた。


そして、小さく、


「……あいつらが、俺のクラスに入るのかぁ……めんどいことになりそうだなぁ…」






*      *       *






「………静」


ゆさゆさと体が揺さぶられる感覚に、燈静の意識はゆっくりと浮上した。


「……燈静」


浮上したばかりで、はっきりとしない意識の中、聞き覚えのある声が燈静の耳朶を震わせる。


「…い燈静」


誰の声だったかな、と働きの遅い脳で検索をかけるが、すぐに該当するわけもなく。そのまま再び意識が薄れ、眠ろうとする。


「てめぇ起きてるなら起きろや!!」


「痛いっ!?」


が、怒声と共に頭に殴られたような痛みが走り、意識は一瞬で覚醒した。


意識が覚醒したのと同時に視界に入ったのは、零司の顔。その顔を見た瞬間、なんでここにいるのか。という事を思ったのだが、それが顔に出ていたのか、零司は笑い、


「よし殺す」


殺害宣言と共に、いつの間にか手に持っていたボールペンを燈静の顔に向けて振り下ろした。


「待ってください!?」


それを燈静は顔だけを横に動かして避ける。


振り下ろされたボールペンが背もたれに当たり、中身が少しだけ飛び散るのを見て燈静は顔を青くした。


(これ刺さってたら死んじゃうんじゃ…?)


明らかな殺意を目のあたりにした燈静は、躊躇もなく自分を殺そうとした零司がとてつもなく恐ろしく感じた。……まぁ、今更な気もするが。


ともかく、起き抜けに殺されかけた燈静は零司から距離を取りつつ、文句を言った。


「いきなり殺そうとするなんて何を考えてるんです?」


「いやだってさ。十五分くらいずっとお前を起こそうとしたのに、一切起きる気配見せないからさー」


「たかが起きないくらいで殺そうとしないでもらえます…?」


多少寝起きが悪かったくらいで殺されかけるなど、幾らなんでも酷すぎる。燈静の意見はそうなのであるが、零司はそうではないらしい。


「いや別に五分程度なら俺も許したぜ?でもよ、幾らなんでも十五分はねぇだろ」


「起きるのが遅い人ってそれくらい時間かかりません?」


「いや別にお前がそうってわけじゃないんじゃないか?」


「……………」


「目をそらすな、目を」


別に寝起きが悪いというわけでもない燈静は、これ以上突っ込まれる前に話を変えるように声を張り上げた。


「それよりここってどこなんでしょうねー!?」


「……………」


唐突にもほどがある話題変換に、零司は冷たい目を向けていたが、すぐにため息を一つつき、周りを見渡した。


多くの机が規則正しく、何列かに分けられて繋がれている。そしてその机の上には、大小の差異はあれど、一貫して紙やノート、バインダーが散乱していた。


一見、掃除の行き届いていない汚い部屋という感じなのだが、二人はその光景にどこか既視感を覚えていた。


「……ここ、初めてのはずなのになんでか見覚えのある場所だな…」


「……確かにどっかで見たことのある光景なんですよねぇ…」


何だったかと二人して悩む。互いに共通していて、それでいてあり得る答えは。


「……あ、わかりました」


「何っ」


「職員室……職員室ですよここ!」


「…あぁー!」


燈静の言葉に、零司も納得がいったように声を上げる。


確かに言われればそうであったと零司も思い出す。


小学校、もしくは中学校の頃に掃除の時間や直接職員室に用事があった際に、入ってみた光景を。


「そういや結構雑多な感じだったよなぁ…」


「よく見たことはなかった気もしますけどね」


燈静の言葉に、だなぁ。と返事をしつつ、零司は当時の自分を思い出す。


鮮明に残っている記憶は小学生の頃の記憶。


その頃の零司も割と誰が相手でも、平気で突っかかることがあったのだが、職員室という場所だけはどうしても気質が押さえつけられたものであった。


「どーしても、ちっさい頃ってこういう場所が苦手だったんだよなぁ」


「あー、わかりますそれ。何かお前がいるべき場所じゃないって感じがひしひしと伝わってくるんですよね」


「そうそう。それが嫌だから大体のやつは職員室辺りにゃ、近づかなかったっけなぁ」


「ですねー」


零司に返事をしつつ、燈静も自身の小学校の頃の記憶を引き出す。


職員室に物を運べなどと言われた時の事である。誰が行くとクラス内で話題になったのだが、その時はクラス中で押し付け合いが発生してしまったくらいであった。


最終的にはクラス全員でじゃんけんをして決めたほどには、職員室という場所が嫌いだったなと燈静は納得する。


とまぁ、昔の事を思い出すのもここまでである。


「……で、だ。俺らこっから出ていいのかね?」


「どうなんでしょうねー」


燈静が起きてから十五分ほど経っているのだが、誰も来る気配はない。なら、ここから出てもいいのでは?と零司は思うのだが…。


「ここにいた方がいい気もしますけどね」


燈静としてはこのまま誰か来るまで、この場所に留まり続けるべきだと思っている。


「……何で?」


「ここから出たら僕、迷いますからね」


「いやそこで自信満々に言われても困るんだが」


どこか誇らしげに、胸を張って迷うと言われても反応に困るものである。というよりも、零司としては何故そこまで迷うと断言できるのかが疑問である。


「……まぁ、転入初日から行方不明者が出るっつーのも嫌だし、ここで待ってるか」


「迷子から行方不明にランクアップしてるのは突っ込みませんよ」


そう言いながら、二人は先程まで座っていたソファーに腰を沈める。


「……寝てようかな」


「やめてください。誰か来たら僕一人で対応しなきゃいけないじゃないですか」


「いや、それくらい出来るだろ?」


「できますよ?出来ますけどね?色々とめんどくさいことになる気しかしないんですよ」


「マジでめんどくさいなお前」


燈静が起こすことがめんどくさいのではなく、燈静自体が割とめんどくさい性格であることが零司はやっとわかった。


ともかく、燈静にこれ以上懇願でもされると零司のストレスが物凄い勢いで溜まっていく事は確かなので、零司は仕方なくソファーに座ったまま起きてることにした。


(暇つぶしの道具持ってくるんだったかなぁ…)


そう思い、天井を見上げる。


「…………!」


その瞬間、隣に座っていた燈静が何かに気付いたように顔を跳ね上げた。


「……どした?」


急な行動に零司も怪訝な顔で質問を投げかける。


だがその質問には答えず、燈静は職員室の後ろの方に位置する扉に目を向けた。


そして、小さく「…誰か来る」と呟いた。


「そりゃ職員室なら誰か来るだろ…」


「それもそうですね」


「何でシリアスな雰囲気出したし…」


「つい」


結局のところ、ノリである。


そんなバカな話をしてると、燈静が注視していた扉が開き、一人の男性が入ってきた。


背丈は目測で百八十五くらいの高さ。顔は格好いい方に入るだろうが、目つきが不機嫌なのか睨んでいるように見えるために、怖い印象である。


服装は、上はYシャツ、下はスーツのズボンである。しかし、Yシャツの袖は両腕共に肘の辺りまで捲られているし、首にかけられているネクタイはかなり緩められている。


総合的に見て、だらしないという印象が一番最初に来る感じの男性だった。


「……あぁ、なんだ起きてたか」


扉を開け、中に入ってきたと同時に発した第一声がこれである。


声の中に多くの落胆を込め、発せられたその言葉は燈静の神経を軽くイラつかせた。


「……ひとまずどちら様なんです?」


燈静と違い、特にいつも通りの零司は男性に向けて質問を投げる。


だが、男性は質問には答えずに二人のいるソファーへと近づいてきた。


そしてそのまま勢い良くソファーに座り、Yシャツの胸ポケットから小さい物体を取り出し、口にくわえた。


「何すかそれ…」


「電子タバコ」


(電子タバコって、そういう所にしまっていていいんだっけ…?)


電子タバコなどという見る機会の少ないものに、疑問がわく零司であった。


それはともかく、電子タバコをくわえた男性は、めんどくさそうに視線を二人に向け、


「ぁー……風峯と大神で合ってるよな?」


「そっすよー。で、さっきの質問の答えを聞かせてもらってないんですが?」


「どちら様ねぇ…」


タバコを口の端に移動させ、上下に動かしながら、


「……先生様、だなぁ」


「つまり俺らの担任だと」


「その通り」


「その情報どっから導きました!?」


「勘かなっ!!」


「適当過ぎる!!」


「…………」


目の前で繰り広げられる、テンポのいい会話に男性は思う。


(……こいつら顔合わせから一週間も経ってないはずだよな…?)


普通、一週間も経たずにここまで仲がいいことなどありえないだろう。あり得るとしても、余程馬が合うくらいである。


しかし、この二人が馬が合いすぎるというようには、男性からは見えない。


となると、考えられるのは一つ。


「同類ってやつかな」


「どういう意味ですかっ!零司さんなんかと同類ってどういう意味ですか!!」


「おい待てや燈静。俺なんかと、ってどういう意味だ?」


「言葉通りの意味ですが?」


「喧嘩売ってるのかてめぇ…」


「いやいや、売ってはないですよ?零司さんが勝手にそう思ってるだけじゃないんですか?」


「オーケー、その売られてもない喧嘩買ってやる。表出ろ、またボコボコにしてやる」


「……二度目があると思ったら大間違いですよ?」


「そのセリフ、十分後に言えたらいいなぁ…?」


いつの間にか、一触即発な雰囲気になっていた。喧嘩するほど仲がいいと言うし、本人たちも本気で喧嘩する気などないのだろうが…。


(一応教師の俺は止めなきゃいけないんだよなー)


教師である男性は、目の前で起こる喧嘩は止めなければならないのである。例え、それがじゃれあいだとしてもだ。


そんなわけで、手をパンパンと少し大きめに叩き、


「はいはい、そこまでにしろ。転入初日から説教受けたいのか、お前ら」


『う…』


説教という言葉に何故か二人とも、顔を青ざめさせた。そしてそのまま、ソファーに座りなおした。


どこか妙な感じがしたが、特に男性は気にすることなく、ソファーに深く座りなおした。


「つーかよ、俺まだ自己紹介すらしてねぇんだが?何?お前ら、自分の担任の名前なんぞどうでもいいのか?」


「……先生、って呼べばいいんじゃないですか?」


「初等部から高等部まで相当な数の教師いるんだが…」


「……じゃあ、早く自己紹介してください」


「成績最低評価にしてほしいのかクソガキ」


「教師の脅しとしては最低クラスだ…!」


「権力っつーのは、使える時にフルで使わねぇとな」


「大人としても最低すぎるだろあんた!?」


零司の叫びも無視し、男性は足を組み、電子タバコを人差し指と中指で挟み、


「てめえらが入るクラス、一年B組の担任、樋上 浬(ひがみ かいり)だ。ま、ほどほどによろしく」


「ほどほどて」


「……お前らみたいなやつらとは、ほどほどに関わるのが一番楽なんだよ…」


「なんですかその言い方…。まるで僕らが問題児みたいな言い方ですね」


「…………」


燈静の言葉を、浬は顔を別の方向に向けて無視し、「それよりも」と強引に話を変えた。


その強引な話の変え方に、二人は何とも言えない気分になったが、特に気にもせずに浬の言葉に耳を傾けた。


「お前ら今が何の時間か分かってるのか?」


「「…………」」


先程まで二人とも寝ていたようなものなのだから、わかるわけもない。


二人の沈黙で理解したのか、浬は電子タバコを再び口の端にくわえ、「始業式の最中だよ」と答えを言った。


「……そーいや今日始業式だったっけ」


「お前は主が同じクラス何だから、覚えとけよ…」


「……そんな些細な事を覚えとくことが出来なくなることがあったんすよ、昨日の夜…」


「三虎家どうなってんだ…?」


遠い目で語る零司に、そういう事しかできない浬であった。因みに、その横で燈静も同じように遠い目になっていた。ただ、こちらは遠い目というより虚ろな目と言った方が正しい目をしていたが。


昨夜何があったのか聞きたくて浬の中で興味心が沸き立つが、理性で興味心を押さえつけ、「大丈夫かー?」と危ない目の二人に語りかける。


浬の声に、二人の目は正常に戻る。それを見た浬は、よしと一つ頷く。


(よしよし、普通に戻っ―――)


「……ぁー、マジで思い出したくないやつ思い出すところだった…」


「…………ですね」


正常に戻ったと思いきや、二人の顔色が一瞬で青くなった。目が危なくなるよりも遥かにやばい状況である。


「いや、お前らに何があったのか知らないが、戻れよいい加減!色々と話さなきゃいけない事がこっちにはあるんだよ!!」


「そういえば、浬先生は何でここに来たんです?始業式中なら体育館とかにいそうなものですけど」


「急に戻るんじゃねーよ!反応に困るわっ!!」


「……それだけはマジで勘弁してくださいやめて本当にやめて…」


「大神は戻らないのかよ…!」


「メンタル弱いんですかね、零司さん」


「知るかっ!つーかマジで戻れぇええええええええええええええええ!!!」


職員室どころか、外の廊下まで響き渡りそうな声量で浬が叫ぶとようやく零司も正気に戻る。


そして浬は、息を荒げながら切実にあることを思っていた。


(やべぇ、今すぐこいつらの担任やめてぇ)


まだ初日だというのに、こんなことを思ってしまうというのはいかがなものだろうか。まぁ、思ってしまうほどには二人ともめんどくさいのだが。


それはともかくとしてだ。自分の気持ちを心の片隅に追いやり、浬は気持ちを切り替える。


「……よし。これから真面目に話すから、邪魔した奴は目に熱湯ぶっかける」


(おい、この人シャレにならないこと言いだしたぞ)


(それは教師がやっていい行為じゃないでしょうに…)


そういうことを言わせるまでに浬を疲弊させたという事を分かっていない二人である。


とはいえ、そこまで脅されると流石の二人も聞く姿勢を取った。


「あーっと。さっきの風峯の質問に対する答えだが…」


「始業式なのに何でここに来たのかって話ですよね」


「……まぁ、ざっくり言えばサボったに近いのか?」


「サボった!?」


学生がサボるというのはよくあること故にわかるが、教師がサボるなど聞いたことがない。


というよりも、サボれることに二人は驚きである。


「正確に言えば、お前らの様子を見てくるってことで抜け出したんだがな」


「サボりじゃないですよね、それ」


「始業式なんていうクソめんどくさい行事に出ないんだから、サボりでいいだろ」


「教師のセリフとは思えねぇ…」


「お前ら生徒だって、話を真面目に聞いてないだろ…」


浬のその言葉には、二人とも特に答えずに顔ごとそむけた。それを浬は無言の肯定と受け取り、話を続ける。


「まー、そういうわけで始業式抜けてきて休んでいようと思ったんだが…」


「俺らが起きていたと」


「そ」


「それで休めなかったと」


「その通り」


「……僕ら悪くないですよね」


「そらそうだ」


「悪いなんて言った記憶もないんだがなぁ…」


そう言われると確かに、悪いとは言われた記憶はない。ただ、態度や言動の節々から感じられる気持ちは悪いと言っているようなものだったが。


「んで、何か他にあるか?」


「そっちから話すんじゃないんだ!?」


「いや最初はそのつもりだったんだが……めんどくなってな」


「おい教師!?」


「いーから、はよ質問するならしろ。もうすぐ帰ってくるぞ」


「……いや、そういわれるとかえって何聞けばいいのかわからないんですけど」


自由に質問しろと言って権利をこっち(二人)にぶん投げるというのは、正直言って混乱するし困るだけである。


例えるなら、主婦が自分の子供に「ご飯何がいい?」と聞いて「何でもいい」と帰ってきた時くらい困る。


つまり自由にしていいよというのは、選択肢が相当に多いためかえって辛くなるだけである。


そしてその例にもれず二人も困っていた。


(自由に質問しろって言われてもな…)


(質問内容が思いつかないんですけどねー)


それでも何とか一つは質問しようと、二人してうんうん唸っていると、扉の方から複数の足音と話し声が聞こえてきた。


「あー、終わったんだな。んじゃ、お前らも教室行く準備しとけ」


そう言うと浬はソファーから立ち上がり、自分の机のある方へ歩いて行った。


残された二人も、今まで必死に考えていた質問の事を忘れ、近くに置いてあったそれぞれのカバンを持ち、浬が来るのを待つのだった。






*      *       *






「んじゃ、ここで少し待ってろ」


そう言って、浬は「一年B組」と書かれたプレートがつるされた教室の中に「おーい、席付けバカどもー」と声を上げながら入っていく。


ホームルーム中故に、人一人いない廊下に燈静と零司の二人は残される。


普通なら、ホームルーム中なのだから廊下も教室も声一つなく静かなのだろうが…。






『浬先生!転校生って何人ですか!!』


『男ですか女ですかイケメンですか可愛いですか綺麗ですか妖艶ですか!!』


『執事ですかメイドですか一般生徒ですか帰国子女ですか留学生ですか飛び級ですか!!』


『前の学校での評判とか先生自身の評価とかお聞かせ願えませんかね!!』


『身長とか趣味とか特技とか好きな食べ物とかをプロフィール形式で詳しく!!』


『ピーチクパーチクるっせえんだよ小鳥ども!!とっとと席につけってんだろバカどもが!!!!!』


『嫌です!!聞くまで座りません!!』


『本人たちから直接聞けや!!』


『いきなりそんなことまで聞くとか無理に決まってるでしょう!?』


『お前らみたいな問題児なら平気だよ!!あーもう!これ以上騒ぐなら甘宮に寝かせてもらうぞてめえら!!』


『なんて脅しを!!』


『というか先生!?なんで私がやる羽目になるんですか!?』


『黙れ生徒会副会長。お前に拒否権はない!』


『拒否権位ありますからね!?』






「……うっせぇ」


教室内から聞こえてくる騒音ともいえる声の応酬に、零司がイラついたように小さく呟く。


実際、扉一枚隔ててよく聞こえるのだから、教室内に入ればうるさいレベルではないだろう。


と、そこで零司が一つ気になったように横を二、三度向き、


「つーか、周りのクラスは何で何も言わねぇんだ…?」


と首を傾げた。


燈静達は教室の真正面で間近にいるので、音量が大きすぎるのがよくわかる。


ここまで大きいと、静かな廊下の中では上下一階くらいには普通に聞こえそうなものである。なら、普通に隣のクラスにも騒音と言えるほどの音が届いてるはずなのだが、特に隣のクラスからは苦情の一つすら言う気配はない。


「……慣れてるんじゃないんですかね」


「え、こういうのって慣れるもんなの…?」


「慣れます。慣れちゃうんですよ…」


「お、おう」


どこか遠い目になってそう語る燈静に、零司はただ相槌を返すしかなかった。詳しく聞きたいところだったが、聞いたら何かが終わりそうである。


そんな風に二人で軽く話していると、教室内から『だー!いいから座れ!!さっさとホームルーム終わらせるぞ!!』と浬の怒鳴り声が聞こえてきた。


その声に騒いでた生徒達もブーイングをかましながらも、席についていくような音が聞こえてきた。


その音を聞き、廊下で軽く待ちぼうけを食らっていた二人も軽く心の準備をする。


(あー、やっとか。……このクラスマジで大丈夫なのか…?)


(何とかなる……なるよね?)


思い切り不安になっていたが、二人とも何だかんだでこういう状況は幾度となく通ってきたので、すぐに各々の方法で持ち直す。


「うっし」


「よし」


零司は拳を手の平で叩き、燈静は首を鳴らして心を落ち着ける。これで何があっても大丈夫。と二人の心がシンクロした時、


『よーし、二人とも入ってこーい』


と中から浬が二人に入ってくるよう声をかけた。


声をかけられた二人は、一瞬だけ目を合わせる。


二人はその一瞬で意思を疎通させ、零司が先に扉に手をかけ、勢いよく開いた。


『……………!!』


瞬間、三十三対の視線が扉を開けた零司に集まる。


その集まった視線を特に気にした様子もなく、零司は教壇に近づく。


それに続き、燈静も開かれたままの扉から入る。


『……………!!!』


こちらも零司と同じように、三十四対の視線に射抜かれるが、燈静も気にした様子もなく教壇に近づく。


その最中も見定めるような視線が突き刺さるが、意図的に無視して二人は浬のそばに並ぶ。


「あー、そんなわけでこいつらが今日からこのクラスに入るやつらだ。最初に入ってきたのが大神零司、その次のが風峯燈静だ」


『………………』


「……お前ら普通にしていいぞ?」


浬がそう言うと、クラス中からひそひそと話し声が上がった。


「二人とも男子だったか…」

「そこはすごく残念だがまぁいい」

「女子的には大歓迎だけどね」

「ノリがよければいいのだよ別に」

「ノリよさそうじゃね?」

「常識人渇望の私の立場ください」

「あきらめた方が早いぜ、甘宮」

「デスヨネー」

「ノリがいいなら共犯者に仕立て上げることも可能か…」

「おい誰だ共犯者つったやつ」

「ごめん今のなし」

「後で教室裏な」

「いやそこどこ!?」

「それより容姿どうよ」

「大神君は格好良くない?」

「風峯は……可愛い?」

「男からその感想とか流石に距離とるわー」

「ちょ、何で皆そっと離れていくんだよ!?ただ感想言っただけなんですが!?」

「じょーだんじょーだん」

「心臓に悪いわ…」

「黙れこんにゃくメンタル」

「…まぁでも実際可愛いって言えちゃうよね、風峯君」

「女顔ってやつかい」

「男としちゃ複雑じゃね、それ」

「でも実際、女装したら似合いそうじゃない?」

「そして女子顔負けなレベルになるんですねわかります」

「おうこら表出ろや☆」

「そういう所があるから負けるんじゃってごめんなさい謝るんで拳おろしてください」

「女に負ける男の図である」

「これは将来嫁さんに尻にひかれること間違いなしですわー」

「物理的にならどんと来いだがな!!」

「おい誰かこいつの口とか諸々縛れぇ!!」

「やめろ興奮するじゃないか!!」

「お前マジで黙れよぉ!」

「このクラス変態多いの…?」

「流石に少数だろうよ……他にいるなら今言えよ?今なら許してやるぞ?」

「あ、じゃはーい」

「まさか名乗り出るやつがいるとは…」

「このクラスマジで怖いよ…」

「もう俺は慣れた。で、何?」

「さっき風峯の女装の事が出たやん?」

「この時点で嫌な予感しかしない件について」

「ま、まぁまぁ最後まで聞こうぜ…」

「声が裏返って震えてるぞ」

「よくそんな声が聞こえたね」

「聞けよお前ら。…んでだ」

「うん」

「…女装した風峯を想像したら割と興奮した」

「よしお前死―――」


「死ねぇええええええええええええええええええええええ!!!!」


「ぷげらがっ!?」

「おーっとここでまさかの風峯君のドロップキックだー!!」

「蹴られた本人は周りのやつらに助けられることなく吹っ飛んだー!!」

「いや、お前ら流石に助けてやれよ!?」

「おいおい大神ぃ。変態を助けて何の意味があるってんだ?」

「いや助ける意味ねーけども!」

「じゃあいいよな」

「まぁな!!」

「大神君も風峯君もクラスに馴染むの早いねー」

「まだ入ってきてから十分も経ってないんですが」

「ノリが大変よろしゅうございますなぁ」

「口調にツッコミたいが、ひとまず先に吹っ飛んだ変態を助けてやろうぜ。風峯がマウント取って殴ってるぞ」

「早く言えや!?」

「……でもさ。殴られてる方はなんか妙にいい表情なんだけど」

「助けなくていいんじゃないかな」

「……だなぁ」

「とはいえ風峯君に殺人罪を犯させるわけにはいかないから止めようか」

「やめろお前ら!!今俺はとても充実しているんだぞ!?それを止めようっていうのか!?」

「止めるに決まってるだろうがぁあああああああああああああああああああ!!!」

「今度は後ろの扉めがけてぶん投げたぁ!?」

「あの細腕にどんだけの力があるっていうんだ…!?」

「からめるっ!?」

「そして奇妙な声と共に激突!扉大破!被害は甚大です!!」

「誰も実況入れろとは言ってないぞー」

「何だと!?直せそうか!?」

「無理です!完全に横に真っ二つになっています!」

「くっ……これからの冬が大変になるぞ…!」

「はいはいコントやめろ」

「お前ら……流石に、今のは……心配して、くれ……ないのか…?」

「背中打ち付けた程度ならへーきへーき」

「確かに……風峯から受けた痛みなら……平気だな!」

「………………」

「待て燈静。流石に無表情で椅子を持つんじゃない」

「離してください零司さん…!あの変態は今殺しとかなきゃ、未来が大変なことになる気がするんです…!」

「主に風峯君の未来だけな気がするけどね」

「でも風峯の言う通り、ここで抹殺しとかなきゃやばい気もするのも事実」

「……()っちゃう?」

()るか」

「……待って何で皆立つの?妙に殺気立ってるのは気のせいなのか?」

「気のせいじゃないから安心しな。……大丈夫だ。痛みなんて感じないように葬るから…」

「葬るっつったか!?流石に怖いから逃げるわ!!」

「あ、逃げやがったあいつ!」

「どうする!?」

「落ち着け!皆四人ずつで組み、それぞれ追え!」

「出席番号順でいいよな!」

「面倒がないのはそれだな!」

「大神、風峯は二人で組んで追え!」

「校門を出る前に捕まえるぞ!」

「よっしゃ全員行くよー!!」


『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


四名を除き、クラス内の全員が声を上げ教室を、いや高等部の校舎を揺らしながら走り去っていった。


揺れと声が遠ざかり、教室内には四人の男女と浬だけが残された。


浬は教壇の上で片眼を閉じ、頭を軽くかき、(あー、またかー)などと、気楽に考えていた。


窓際の列、前から三番目の席にに座っている黒髪を三つ編みにし、黒縁の眼鏡をかけた少女は、今までの事に最初から興味を持っていなかったかのように、ずっと窓の外の景色を見ていた。


六列あるうちの窓際から三列目前から三番目。教壇より近くもなく遠くもない場所に座っている、先程から甘宮と呼ばれていた少女は椅子に座ったまま俯いていた。


そして甘宮の一つ廊下側にずれた列、前から五番目の席にはには、金髪ツインテールが一人、舟をこぎ、緩慢に髪を揺らしている少女―――穂波がいた。


穂波も窓際の少女と同じように、教室内の騒動などなかったかのように頭の片隅にも置かず、夢の中と現実をさまよっていた。とどのつまり寝ていただけだが。


そして、廊下側の最後列にも、窓際少女や穂波と同じように、今まで起こっていた騒動を無視していた者が座っていた。


その者は、傍から見れば男なのか女なのか判別がつきにくい。男ならば少し背は低く、女ならば少し背は高い。体つきは華奢というわけでもないし、がっしりとしているわけでもない。


これだけでも性別がわからないのだが、極めつけに一番性別を判別しやすい顔は闇のように真っ暗な髪が鼻のあたりまで伸びていて顔のパーツの殆どが見えない。


その者が男の制服を着ていなければ、性別はわからないほどに不明な存在(少年)は色鉛筆を忙しなく動かしていた。


『…………………………』


シャッシャッ、と少年が動かす色鉛筆の音だけが教室内に響く。


先程までとは打って変わって静かである。


その静かなまま、五分が経過する。


やがて、突然浬が、


「んで、どーだった?甘宮」


と質問を投げかけた。


甘宮と呼ばれた女子生徒はその質問には答えず、俯きから机に突っ伏した。


そしてまた、何も答えられないまま静かな時間が経過する。


浬も急かすことなく、答えが返ってくるのを待つ。


やがて、少女は力なく小さく一言だけ呟いた。


「……もうヤダこのクラス…」


その言葉に、浬は苦笑するしかなかった。






*      *       *






「はいそんなわけで帰るのが一時間以上遅くなりました」


それから一時間後。逃げ出した生徒を簀巻きにして戻ってきた生徒達(バカ共)を座らせて浬ははっきりと言った。


別にいつもの事であるから怒ってはないのだが、生徒達からすれば顔つきや表情のせいで怒っているように見え、微妙に緊張を生み出させる。


……まぁ、このクラスの生徒は浬の表情を見ればわかるので特に気にしてもいないが。


「まぁ、てめぇらは楽しんだから問題ねぇだろ?」


「ボコボコにしたのに問題ないっていいんですかね」


教壇に立つ浬の横、戻ってきた時から零司と共にそこに立ってろと言われ立っている燈静がポツリとつぶやく。


小さな声だったが、浬にはばっちりと聞こえていた。が、意図的に無視して浬は話を続ける。


「つーわけで今日はとっとと帰れ。この二人との会話はまた別の日にな」


『えぇー!?』


「文句言ってんじゃねーよ。てめーらがいつも通りになったせいで遅くなったんだから、責めるのは自分らにしろ」


「今簀巻きのままベランダから吊るされているあの変態が一番悪いと思います!」


「あいつは責任の一端を担っているに過ぎないから却下。あと、帰るときに解放しとけよ」


「嫌です!一日くらい放っておいてもいいと思います!!」


「俺がクビになるわ!……あー、もーいいから諸々決めたり、連絡事項伝えたら全員さっさと帰れ!」


「嫌です!二人を質問攻めにするまでは帰りません!!」


「無駄に頑なだな、おい。……オーケー。なら宿題は期日通りに全員が出すってことでいいんだな?」


『すいませんでしたぁ!!!』


クラス内の男女含め、殆どが浬の言葉に頭を下げる。放っておいたら土下座でもしそうな勢いである。


「つか、宿題やってねーのかよこいつら…」


「高校生ってそんなもんじゃないですか?」


「……ごもっとも」


宿題放って遊んでいるのも、学生、とりわけ中高生に多い事であると零司は確かに納得した。……それにしたって、クラスの半分以上が頭を下げるというのは流石に異常だが。


ともかく、そんな光景を作り出した原因の浬は、満足そうに二、三度頷くと、


「じゃあ、ホームルーム終わったらとっとと帰れよお前ら?」


と、子供が見たら泣き出しそうな笑顔でそう言った。


『うぃー…』


「たかだか質問程度でそんな残念そうな声を出すんじゃねーよ…。ま、いいからホームルーム始めるぞー」


バンバンと教壇を手で叩き、いまだテンションだだ下がりな生徒達を立ち直らせようとする。


するとそこで、教壇の横に立っていた燈静が手を上げた。


「あの、先生」


「ん?どした風峯」


「いい加減座らせてください」


「……あー、そういやそうだったそうだった」


忘れてたとでも言うように、浬は頭をかきむしる。


一通りかきむしった後、右手親指で生徒たちの方を指し、


「んじゃ、風峯は窓際から二列目三番目の席。大神は三虎の一個後ろの席につけ。ついたら、隣のやつにだけ挨拶しとけ。甘宮、蓑実早、月乃、早瀬、挨拶しとけよー」


「へーい」


「…………」


「はーい…」


「…………」


呼ばれて各々の返事を返す四人。二人程返事がなかったが、特に気にすることもなく浬は二人を促す。


「うし、座れ」


「はーい」


「はい」


言われ、二人はそれぞれ席に向かう。


比較的近い燈静は、すぐに席に近づく。


すると、隣の席から声をかけられた。


甘宮桃花(あまみやとうか)……よろしくねー、燈静君…」


「よろしく、お願いします…」


心の底から疲れたといわんばかりの声に、やや引きつつも返事を返す。


(社畜とかが出しそうな声なんだけど……高校生が出すってやばいんじゃ…?)


そうは思いつつも、積極的に関わりたくないのでそれ以上は気にすることもなく、今度は窓際の席に座る女生徒に目を向けた。


「…………」


視線を向けた先にいた女生徒は、燈静の視線を特に気にすることもなく、窓の外に視線を送っていた。


「あのー…」


「…………」


声は普通に聞こえているのだろうが、燈静の方を向く気配は一切しない。


「すいませーん」


「…………………何」


無視するのが面倒くさくなったか、それとも周りの空気を読んだのか、どちらかわからないが、ともかくこちらを向いてくれた。


しかし、彼女の意に沿う方法で燈静の方を向いたわけではないからか、声からは不機嫌さが滲み出ていたし、黒縁メガネの下からのぞく目は元からなのかもしれないが、睨んでいるようにも見えた。


思いの外、その目が怖くて燈静は一瞬怯んだが、すぐに立ち直り、要件を口にした。


「いやですね、先生があいさつしろって言うんで――」


蓑実早菊花(みのみはやきくか)。よろしく」


「…………」


話してる途中で言葉を切られ、ほぼ中身も込められた感情もない挨拶をされ、燈静はそれ以上何も言えなくなった。


話すことすらを拒絶したかのような態度に、少し傷つきながら、燈静は指定された席に座る。


座ると間髪入れず、教壇上の浬が話し始めた。


「んじゃ、ホームルーム……つってもほとんど話すことなんぞ無いんだがな。せいぜいが、次の登校日からは授業あるから、課題出てる教科はちゃんと終わらせておけよ?」


『…………』


その言葉に、クラスの大半は無言で目をそらした。


(色々と不安過ぎんだろ…)


果たしてこの中の何人がちゃんと課題を出すのか。それを思うと不安で一杯になるが、そこは信じるしかないのが教師である。


なので、頭を軽く振り、切り替えて話を続ける。


「あぁ、転入生二人は当分教科書ない状態だから隣のやつに見せてもらえ。それかコピーしとけ」


「当分ないって……どれくらいないんです?」


「二週間はないと思っていいぞ。何せ、こんな時期に転入してくる奴らなんぞ普通いないからな…」


「「…………」」


言われればその通りなのだが、二人ともそうしたくてそうしたわけではないので何も言えないのであった。……まぁ実際、こんな状況にしたのは二人とも主のせいなのだが。


「まぁそれはどうでもいい。後はー……あ、甘宮」


「はぁい…?」


「疲れたアピールしてるところ悪いんだが、大神と風峯の案内頼むわ。あぁ、高等部だけでいいからな」


「うぇぇ…」


明らかなほどに嫌な声と作られた渋面。完全に拒否されていることを悟った浬は、ため息を一つつき、


「案内してくれんなら、生徒会は遅れてきていいぞ」と、言う。すると。


「喜んで案内させていただきますっ!!!!」


椅子を蹴とばす勢いで立ち上がり、敬礼を取りつつ満面の笑みでそう言い放った。


びっくりするほどの掌返しである。


それでいいのかと思う燈静であるが、心のどこかではなんとなく納得してしまうのであった。


「うっし。んじゃ今日は終わり。挨拶もなしでいいからお前らとっとと帰れー」


『はーい』


浬の解散宣言と共に、がやがやと騒がしくなる教室。


「腹減ったー」や「どっか行こうよー」などと高校生らしい会話が飛び交う中、燈静も手を組み、上に伸ばして体を伸ばす。


「んー…!」


思いの外緊張していたようで、肩から小さくポキポキと骨が鳴る。


その鳴った音を聞きながら、燈静は右隣に座っている甘宮に視線を移す。


ちょうど甘宮も準備ができたらしく、立ち上がったところであり、甘宮はこちらを向き、


「……よし、それじゃあ行こうか。風峯君」


「はい」


燈静も椅子から立ち、まだ薄っぺらい鞄を持つ。


と、そこでもう一つの隣、蓑実早にも声をかけようと燈静がそちらを向く。


が。


「……あれ、もういない」


先程まで蓑実早が座っていた席には誰もおらず、きっちりと整理された椅子と机だけがあった。


いつの間に帰ったのかわからないが、いないならいないで別に構わないので、それ以上気にすることもなく燈静は、今度は教室の後ろの方になった零司の方に歩いて行った。……まあ、行く前から軽くおかしな状況になっていたが。


「うぁー、眠いー…」


「……じゃあ机に突っ伏して寝てろよ」


「やーだー…」


「…………」


零司と穂波の席の周りには、何故だがクラスメイト達が囲んでおり、中から主従二人の声が聞こえる。


先程教壇から見て寝ていた穂波がまだ眠そうな声を出すのはわかるが、何故か零司は若干イラついた声であった。


何だろうと甘宮と燈静が軽く爪先立ちになり、中を覗くと、


「……………窓から投げ飛ばしてもいいよな?」


「飛べない鳥はただの人間-…」


「……………」


自分の席から立っただけの零司。そしてその背中にしがみつくようにして、意識が半分寝ている穂波。


「え、何アレ」


「……コアラの親子かなんかじゃないですかね」


「はっ倒すぞ燈静」


「血を見せろー…」


「……二人ともさらっと怖いこと言わないでくれません?」


零司は割と本気で言っているので怖いが、穂波は夢の世界で言っているだろうからあまり怖くはない。……逆にどんな夢を見ているのか気になる燈静であったが。


「まぁ、何にせよどうしてこうなったとかはどうでもいいんで、早く行きましょう」


「いや、俺の背中からこの馬鹿を下してくれたりしないのか?」


「面倒事は勘弁です」


「え、風峯君ってトラブルメーカーだから結局関わっちゃうんじゃないの?」


「ぐふっ」


甘宮の言葉が燈静の心に深く突き刺さり、燈静はその場に崩れ落ちた。それと同時に、四人を囲んでいたクラスメイト達から笑いが沸き起こる。


甘宮自身、思ったことを言っただけなのだが、燈静からしてみればとんだ刃物である。


というよりも、燈静自身、そんな気が薄々しているから言わないで欲しいのである。


「……トラブルメーカーが関わるって、意味的におかしい気がするんだがなぁ」


そんな零司の呟きは、四人を囲んだクラスメイト達の笑い声によって、誰の耳にも入ることなく消えていった。


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