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急直下プロローグ

楽しもう。日常を

「カルボナーラ出来ましたーっ!!」


『はーい!!』


「ピザ焼けましたーっ!!」


『はーい!!』


「おーい!!早く取りにこーい!!」


『無理―っ!!』


「うぉいっ!?」


少し薄暗い店の中、怒号に似た会話が飛び交う。


そんな変わった会話が飛び交っている以外にも、少し耳を傾ければ様々な内容の会話が耳に入る。


今日はどんな事があった。明日はこんな予定がある。だから明後日がいいな。


日常会話から、家族の会話。はたまた男女の会話まで。


思いつくだけの会話が、折り重なり一つの音楽のようにも聞こえる。


(……うん。本当に音楽みたいだ)


そんな事を、店の中で一人の少年は思っていた。


何かを運ぶわけでもなく。何かを片付けるわけも無く。


料理を作ってるわけでもなければ、料理を食べているわけでもない。


本当に何もせずに、ボーっと忙しく動く店の様子を見ていた。


(………あれ。何で僕ボーっとしてるんだ!?)


それに気づいたのとほぼ同時に。


「おーいそこ!何突っ立ってんだ!!運べ!」


厨房の方から怒号が上がった。


「……はーい、すいませーん!!」


何故ボーっとしていたのかはわからないままである。


だけど、それで仕事を疎かにしていい理由にはならない。


「……っし!」


頬を小気味いい音が出るくらいに叩き、気持ちを切り替える。


ひとまずは後回し。そう思い、燈静と呼ばれた少年は自分のすべき事をし始めた。


そして、働いてる内にボーっとしていた事は頭から消え去っていた。






その数時間後。


『…………………』


店の中は、死屍累々という言葉が似合う程の惨状を作っていた。


時刻はすでに十時を回っており、店の入り口には『CLOSE』の板がかけられていた。


からなのか、店の中の従業員の殆どがテーブルに突っ伏していた。


もしこの光景を第三者が見れば、死人が大量に出ているように見えることだろう。


そして、そんな光景の中、一人の少年だけが突っ伏しているテーブルがあった。


その少年はボソッと「……疲れた」と呟いた。


それに賛同するように、他のテーブルからも「うん…」と聞くからに疲れの入った呟きが返ってくる。


(だよねー…)


それ以上は呟く気力すら無かったので、心の中で留めておいたが、少年はみんな同じ気持ちで嬉しくもあった。


(今日は特に忙しかったしなぁ…)


時期が時期なのでしょうがないと思う部分も少年にはある。


だが。


(……何で十二月の、しかもクリスマス前の二十三日に忙しくなるんですか…)


流石にそれはおかしいと思った。


百歩譲って、十二月なのはいいとしよう。年末も近いし、クリスマスという行事もあって財布の紐が緩い感じなのもあるだろう。


それでもだ。


(何で二十三日なんですか…)


日にちがおかしい。そう少年は思っていた。


何故クリスマスの前の日の今日に盛況だったのか。それだけがどうしても謎だった。


(……まぁ、いいんですけど)


しょっちゅうという事は無かったが、度々にこの店ではいつもより盛況することがあったりする。


慣れてしまったといえばそれまでなのだが…。


(慣れたというよりは、適応したというべきか…?)


この店の忙しさに体が適応した。そういった方がしっくり来る気がした。


(まぁ、大まかに見れば慣れたと同じですが)


そんな実も蓋も無い事を考えてる間に、体力も多少回復してきたので、少年はノロノロと体をテーブルから離す。


「あぁー…」


起こす拍子に体からペキペキ、と骨の鳴る音が響いた。


(……そこまでだっけ!?)


気づいていないだけで、案外疲れが溜まっていた事に軽く戦慄しつつ、少年は周りを見渡す。


すると、周りのテーブルに突っ伏していた人らもちょうど起き上がって、肩を回したりしていた所だった。


その動作の途中に、「疲れたー」や「今日の、人の入りおかしくない?」などと、少年と同じようなことを呟いていた。


(何だか、妙な一体感だよなぁ…)


そんな光景を見て、少年はしみじみとそう思った。


「……着替えようか」


そう思い、席を立った。


それと同時に、


「よーっし、お前ら全員席につけー!」


腹に響くほどの声が少年を含めた少年少女の動きを止めた。


「よしよし。次は全員席に着け」


言葉に従い、まるで軍隊のように全員が寸分違わず同時に席に座る。


「よーしよしよし♪」


その光景を見て、満足そうな声が耳の奥まで軽く響いた。


「よーっし!パーティだ!!」


『何で!?』


「話の繋がり方なんて知るかっ!」


『気にしてすらいないんだ!?』


「うっせぇ!いいから料理を全員で運べ!嫌ならクビにしてやる!!」


『横暴な!?』






そして数分後。


「ほいじゃお疲れ様!かんぱーい!」


『かんぱーい!!』


店内にグラス同士がぶつかり合う音が響いた。


(……うん、まぁ……わかってたけどね!)


周りに合わせ、グラスを傾けながら少年はそう思った。


(この店の従業員とバイトって何でかノリいいもんなぁ…)


正直な話、少年にはこの結末がつい先程見えた。


理由としてはただ一つ。この店のノリである。


何故かはわからないが、この店に入る従業員とバイトは全て、ノリがいい。


ノリがいい、というよりも面白いもの好きと言ったほうが正しい場面もあるが、おおむねノリがいい、で片付けられる。


なので、今のように数分でパーティを用意する事くらいは何ともないのだ。


(というか、それってさり気に全員の能力が高い事も示してるけどさ)


かくいう少年も、その店のバイトである。ので、ノリはよいし能力はかなり高かったりする。


(……まぁ、楽しもうかな!)


そして、諦めに近い結論を出し、グラスを少々強い力で近場のテーブルに叩きつける。


ピシッ。と叩きつけられたグラスからひび割れる音がしたが、少年は気づかずに周りを再び見渡す。


数個のテーブルに所狭しと並べられた料理の数々。


それを囲んで笑顔で談笑する店の仲間。


その光景はまさに、和気藹々の言葉が似合うような光景だった。


「平和だよなー…」


そんな光景を見て、少年はそんな事をしみじみと呟く。それはまるで老人のようにも見えた。


「ま、確かに平和だがな」


「ですよね。平和すぎて、なんだか嫌な予感もするんですよねー♪」


「それは明るく言う事じゃなくね?」


「そう、ですか…?」


「そこで首を傾げられると俺としては困るんだが…」


「あはは…」


ポリポリと苦笑いで少年が頬をかく。


「ま、なんでもいいがな」


「勝手に独り言に入ってきた挙句それですか―――っていつからいたんですか高垣さん!?」


「気づくの遅いなオイ!?」


いつの間に…!と何故か身構える少年と、少年をえぇー…。と呆れた目で見る高垣と呼ばれた男性。


喧騒の中でも一際大きい声が上がった事に、周りは何事だと一回視線を移すが、その二人かとわかった途端にすぐに興味をなくして各々戻っていった。


それを理解しているのか、高垣は「まー……ひとまず構えるのやめようか?な?」と少年に向かって手をプラプラと揺らす。


「……はい」


その行動で少年も気づき、若干赤い顔で構えをといた。


「相変わらずだな、燈静」


「気配消す方が悪いんです…」


気配消してないっての。と文句を言いつつ、高垣は自分が燈静と呼んだ少年の頭を少し乱暴に撫でる。


「わ、ちょ、えぇ…!?」


「ほれほれ。いいから早く食わないと全部なくなるぞー?」


「それなら頭撫でるのやめてくれませんか!?」


「はは。悪い悪い」


高垣が頭から手を離すと、燈静と呼ばれた少年は顔を少し膨らましながら近くにあった皿を手に料理を取りに行った。


それを高垣はニヤニヤと見送った。






「あの、高垣さん」


「おう?」


その少し後。料理を食べるためにテーブルについた少年が、正面に座った高垣に話しかけた。


「何で今日、人が多かったんですか?」


少年の質問に、高垣は持っていたフォークを置き、宙に視線を移した後、


「まあ、アレだからだよ」


とだけ呟いた。


「アレ?」


「そ。アレ」


「いや、わかんないんですけど…」


「……お前、話聞いてた?」


「聞いてましたけど…?」


何かおかしい部分でも?と疑問顔で首を傾げる少年。


「おいおい…」


そんな少年のリアクションに、高垣は額に手を当て、参ったといわんばかりに顔を俯かせた。


(こいつ……決定的に間違えてる…)


「あのー……高垣さん?」


「あぁ…」


疲れるな…。と内心思い、高垣はジトッとした目で顔を上げる。


そしてそんな目で見られた少年は、「え…!?」と慌てた。


それに構わず、高垣は「あのな?」と子供を諭すように少年に語りかける。


「俺が言ってるのは、朝のミーティングの事だからな?決して『今の話の流れ』を聞いていたか訊いたわけじゃないからな?」


「え゛」


「案の定、勘違いしてやがったよこいつ…」


「いや、すいません!」


勘違いしていたことに対して全力で頭を下げ始める少年に、高垣は疲れた様子で「あー、別にいいっての」と興味が無いように告げる。


「ま、勘違いしてた事はどうでもいい。肝心なのは、お前が朝のミーティングにいたかどうかだ」


「聞いてたかじゃなくて、いたかいなかったかに話の論点が変わってる!?」


「いやだってよー」置いていたフォークを手に取り「どうせお前朝遅刻したんだろ?」と軽く告げる。


「うっ…」


その言葉に、ばつが悪いのか少年は図星の表情をとる。


そんな表情を見て、高垣は「ほらな」と手にしたフォークで自分の皿のぺペロンチーノを巻き始める。


「……しょうがないじゃないですか」


そういう少年の口は、少年にしては珍しく拗ねたように尖っていたとか。


この少年の名前は、風峯燈静(かざみねひしず)


薄青色の髪と、女性に少し寄った顔立ちが一番の特徴の男子である。


少し違う一番の特徴と後一つの特徴以外は、何一つ突出した所のない平凡な高校一年生である。


(普通、って枠よりは少しずれてるが……まぁ、概ねどこにでもいそうな普通な奴だよな)


そんな事を思いながら、高垣はフォークに巻いたペペロンチーノを口に入れる。


(ま、後一個だけ普通じゃない所があるが)


そう心の中で思う男性の名は、高垣切(たかがききり)


少し茶色ががかった髪に、燈静とは対照的に非常に男性的な顔立ちをした男性である。


高垣にはこれといった特徴は無いが、強いていうなら燈静が着ている服とは着ている服が違うことだろうか。


燈静の服がウェイター服なのに対し、高垣の服は白一色のコック服。それくらいしか高垣には特徴がない。


それはさておき、口の中の食べ物を咀嚼しえ終えた高垣は、目の前で拗ねたままの燈静の頭を軽くはたく。


ペシッ。と妙に小気味いい音を立て、頭をはたかれた燈静は不満げな目を高垣に向ける。


「何ですかー…。何で叩くんですかー…」


「いつまでも拗ねてるんじゃねえよ。折角のうまい飯が不味くなるっての」


「……はーい」


叩かれた事に不満はあったが、飯が不味くなると言われてまで燈静は拗ねる気は無く、すぐに普通に戻る。


「んで?何で遅れたわけ?」


「結局それを蒸し返すんですね」


「まぁ……気になったわけだし」


別に面白くはないですけどね。と前置き、燈静は静かに語り始める。


「バイトが九時からだったんで、八時に家を出たんです」


話し始めた燈静に、特に高垣も相槌を打たずに先を促す。


「鍵を閉めて、さぁ行こうと意気込んだところでいきなりバイクが目の前で派手に電柱にぶつかって、運転手さんが数メートル吹っ飛んで右腕があらぬ方向へ折れ曲がっているのを確認しました。流石に見過ごせないので介抱しつつ、救急車を呼ぶと何故か救急車が全て出た後だと言われ、仕方なく数百メートルくらい離れた接骨院に連れて行きました。幸い、腕が折れた以外は何もなかったと聞きました。ひとまず事情を全て医者に説明した後、再び行こうとした所で接骨院の前でおばあちゃんが見るからに重い荷物を背負っていたので、おばあちゃんごと背負っておばあちゃんを隣町の保育園まで送り届け、三十分前だったので急いで行こうとして交差点に差し掛かったところで、目の前で車同士がぶつかる交通事故が発生。何となくその光景にデジャブを感じていると、突如運転手同士が胸倉掴みあう喧嘩へと発展したので、すぐに警察に電話してその喧嘩を仲裁。仲裁した後も口論が続いていたし、何より僕しかその交差点にいなかったので、警察に事情説明できなかったんです。けどまぁ、交番が数十メートル先にあったんですぐに警察官の方が来てくれたので、その方に全て説明してすぐにここに向かいましたけどね。あ、因みに悪かったのはどっちでもないんですけどね。両方ともが信号赤だろうが青だろうが猛スピードで走っててぶつかっただけですし。それはともかく、そんな無駄な事に巻き込まれてしまったせいで、後十五分というところまでに追い込まれてしまいまして。そこから僕は必死に走りまして…。必死に走って、走って、走って……そして、後五分という時間になってようやくこの店が見えてきました。その事実に安堵したその時、すぐ側で止まっていたトラックに積まれていた鉄パイプの山が崩れまして!雪崩のように鉄パイプは全部車道側ではなく、歩道側に落ちてきたんですよ…!僕はトラックの近くにいなかったので、傷は一つもつかなかったんですがね?でも、運悪くトラックのすぐ側にいた女性が鉄パイプの雪崩に巻き込まれてしまいまして…。その光景を僕含め近くで見ていた人たちは血が抜けるような感覚に襲われました。鉄パイプに巻き込まれた女性はもしかしたら…、と。でも、すぐに助けてといった声がしたので、皆さん胸を撫で下ろしました。本当、アレは焦りましたよ。で、無事なのがわかって、今度は助けようと皆で思ったんです。だけど……何故か鉄パイプが難解なパズルのように組まれていたんですよ!ありえないほどの衝撃を受けましたよ!!しかもその鉄パイプパズル、一本でも間違えた物を抜こうものなら一瞬で崩れるような作りになってまして!!それをその場に居合わせた全員で意見を出し合って何とか十分かけて解いたんです!―――って、高垣さんなんで頭抱えてるんですか?」


「いや……うん…」


長々と語っていた途中で実は頭を抱えていたのだが、どこか嬉々として語っていた燈静は気づかなかったようである。


ともかく、燈静の話を聞いた高垣は、何だか泣きたくなっていた。


(何が悲しくてこんな内容をパーティの中で聞かなきゃいけないんだっけかなぁ…!?)


そう考えてすぐ、先程自分が興味持った事が発端だと言うことを思い出し、先程興味を持った自分を殴り飛ばしたい気持ちになる高垣だった。


「あのー、高垣さん?」


「何だよ…」


「話続けてもいいですか?」


「まだ続くのかよ!?」


あれだけのボリュームの話を話したにも関わらず、まだ続きがあることに高垣は心の底から戦慄した。


そんな高垣に気づかず、燈静は更に驚きの言葉を口にした。


「まだ半分くらいですよ?」


「それは嘘だといってくれれば俺は涙を流して喜ぶぞ!?」


「残念ながら真実です♪」


「マジかっ!」


最早別の意味で高垣は泣きそうだった。


「聞きます?」


「聞いたら心折れそうだよ!」


「ならやめときましょうか」


「俺の心の平穏のためにそうしてくれ…」


そう告げると、高垣は全身の力を抜いて頭をテーブルに打ち付けた。


「つーか、何ですぐ近くから更に話が続くんだよ…」


「あはは…」


話すなと言われているため、それ以上説明はしなかったが、苦笑いで頬をかいてる辺り何かに巻き込まれたことは間違いないと高垣は判断する。


「……相変わらずだな、お前」


「慣れましたよ…」


明らかに他人にはわからない会話。この場では二人だけに通じる会話。


(体質……というか何というかなぁ…?)


そう。


聞くからに異常なエピソード。それこそが風峯燈静の最後の特異な部分である。


いや、エピソードは後付けにしか過ぎない。


では、何が特異な部分か。


それは誰にもわからない。燈静によく絡む高垣やこの店の人間。そして、本人(燈静)でも。


おおまかには理解している。


普通には起きず、人生で一回くらいは起こるであろうイベント。交通事故や病気。大怪我など。


それらが、一時間程度で一個ではなく数個単位で襲ってくるのだ。


といっても、燈静に襲い掛かってくる事はほぼ無い。主に燈静以外の誰かに襲い掛かり、起こったことの近くにいた燈静が巻き込まれる。といった形がデフォルトである。


しかもだ。その何かに巻き込まれた人達は、確実に後遺症の残る怪我だけは負わない。精々が病院に入院する程度である。


だからこそ、性質は一層に悪いのである。


その何かを持っている燈静には何も降りかからない。だが、燈静を巻き込むほかの人は怪我を負う。だが、それがそこまで深刻ではないので、重大にはとり辛い。


どこかで申し訳なく思っても、どこかで軽く受け止める部分がある。


最悪だ。とは思っても、完全には思えない。


まさに矛盾。矛盾しかない。


「……ふっ」


「おいそこ無駄に達観したような笑みを漏らすんじゃねえよ」


「でも…」


「まー、話を振った俺が悪いんだろうがな…。だけどよ、今はパーティの最中なんだしさ」ニッ。と高垣は笑い「楽しもうぜ、燈静♪」


「……はいっ!」






そうして時は流れ、日が変わる三十分前。


「うー、寒っ」


コートにマフラー、それに手袋といった防寒装備を身にまとった燈静は暗くなった家へと続く道を歩いていた。


空は曇天というほどに厚い雲が敷き詰めてあり、雨か雪が降りそうな雰囲気を醸し出していた。


普通ならどこか暗い雰囲気があってもおかしくない。


だが。


「……へへっ♪」


燈静の顔には、喜びの色しかなかった。


それには勿論、理由がある。


「なるほどなぁ…♪」


右肩にかけてある鞄に入っている、茶色の少し太った封筒があるからである。


その封筒は何か。簡単である。


「結構もらえたのにはそういう理由があったからかぁ…♪」


給料(バイト代)である。


バイト代を貰うだけでこうなるのには、更に理由がある。


あの後、高垣から聞いた話がある。


高垣曰く「明日はこの店が休み」だという。


その言葉には、燈静も「何故?」と疑問を返した。


その疑問に高垣は「店長の計らいだとよ」としか言わなかった。


それで燈静も理解をした。二十三日の今日。その翌日の事を。


そう。クリスマスである。


今日忙しかった理由は―――遅れてきた燈静は知らなかったのだが―――クリスマスの日に休む代わりに、前日の今日にクリスマスとしてのサービスを振舞う事になっていたからだそうである。


そのおかげか、今日は客の入りが普通時より遥かに多かったのである。


そして、終わった後のパーティ。それも店長のはからいだそうである。


勿論、パーティが主目的であったのだが、店長にはもう一つ目的があった。


クリスマスプレゼントという名の給料である。


その給料は、普通にバイトしていたよりも遥かに多い金額が入っており、店長曰く「クリスマスだし奮発したのさ」とのことである。


その言葉に、燈静を始め店の従業員全員は皆揃って店長に深々と頭を下げた。


「感謝してもしきれないよなぁ…」


鞄に入ってるにも拘らず、ずっしりとしたその重み。


封筒を受け取ってからその重みに狂喜乱舞してしまったので中身はちゃんと確認していないが、十万は入ってる事だろう。


「……最早バイトじゃない金額だよね」


と、思ったことを呟いてみるが、嬉しさの方が勝っているために特にそれ以上は思いつかなかった。


「~~♪」


鼻唄を歌いつつ、歩き続けること数分。


燈静は自分の家についていた。


何の変哲も無い一軒家。そこが燈静の家だった。


「えっと鍵は……っと」


鞄の中から家の鍵を出し、差し込み、ガチャリと音を立てて回す。


「ただいまー…」


もしかしたら家族が寝てるかもしれないと思い、静かにドアを開け、声を抑えて家に入る。


扉を後ろ手に閉め、鍵をかけてチェーンをかける。もうこの時間には誰も帰ってこない事がわかってるからこその行動である。


靴を脱ぎ、音を極力立てないように努力しつつ、リビングのドアを開ける。


(やっぱ、寝てるかな…?)


そう思いつつ、手探りで壁をまさぐり、リビングの電気を入れる。


パチッ。とスイッチが入り、リビングに光が灯る。


光の眩しさに目を細めながら、燈静は一息つくためにソファーに近寄る。


先に肩にかけていた鞄をソファーに放り投げ、自分も体を投げ出そうかと思―――ガッ―――った所で、足をソファーの前の小さいガラステーブルにぶつけた。


「ったぁ…!」


しかも小さいテーブルだったので、ちょうど脛を打ち付けてしまった。


脛から脳天に奔る痛みを堪えるように、その場に燈静は蹲る。ただ、目元には涙が滲んでいたが。


そのままの体勢で数秒。すぐに痛みの大半は引き、目元に滲んだ涙を拭いながら燈静はテーブルを大きく迂回してソファーに身を沈める。


「ふぅ…」


疲れを過分に含んだ溜息を一つ吐き、虚ろに天井を見つめる。


特にシミも見当たらない天井は、よく掃除された事をわからせてくれた。


(そういえば……そろそろ自分の部屋掃除しないとなぁ…)


天井を見てて思い出したのか、燈静はそんな事を思う。


(前回は確か……二ヶ月前くらいかな。掃除したの)


「……明日の午前に掃除しよ」


自分の部屋の惨状を思い出したのか、そんな事を一人呟く。


そうして天井を見つめててどれくらいの時間が経ったか。


「くー…」


燈静は静かに目を瞑って寝息を立てて眠っていた。


ソファーに思い切り身を沈め、眠る。


普通ならこのまま朝まで寝てしまうだろう。


だが、燈静はそうはいかない。


元々深く座っていただけの体勢なので、首がガクンと落ちた。


「はっ!?」


そして燈静の目は見開かれた。


「……寝てたかー」


額に手をあて、自分を糾弾するように燈静は呟く。


「お風呂は明日の朝入るとして、さっさとベッドで寝よ…」


そう眠たげに呟き、燈静はノロノロと立ち上がる。


―――燈静は、寝転がらないと何故か寝れないという特徴がある。


それは、体勢が安定してないからなのか、体が全体的に並行ではないからなのか。それはわからない。


が、寝転がれさえすればどんな場所でも寝れるという美点でもある為に燈静は特に気にしてはいなかったりする。


「くぁ…」


立ち上がった拍子に欠伸が口から出たので、燈静は口を手で抑えながら前に進む。


それと同時に―――ドン。ドサッ。―――という音が立て続けに続いた。


「……あれ」


その音が耳に入り、何故か妙に気になった燈静は床に視線を落す。


その視線を移した先には、一つの茶封筒。


「……出したっけ?」


その茶封筒に燈静は微妙に嫌な予感を覚え、ソファーに置いたままの鞄を手に取り中を探る。


すぐに鞄から手を出し、給料の入っているはずの茶封筒を出し中を確認する。


その中身には、ちゃんと店で確認した枚数のお札が入っており、ほっと安堵の息を漏らす。


「じゃあ、こっちは?」


疑問を口に出し、床に落ちたままの封筒を拾う。


「軽い…」


拾った封筒は、中身が入ってるのか疑問に思うほど軽かった。


特に糊付けもされておらず、軽く振ってみると数枚の紙が入ってるような音を立てた。


「何だろ…」


その中身が気になり、大きいほうの紙を取り出し、広げる。


それは燈静が普段学校で使ってるルーズリーフだった。


そしてそのルーズリーフには、自分の父親の字が真ん中にこじんまりと書いてあった。


『ごめんね』―――とだけ。


「……は?」


意味を全く理解出来ず、素っ頓狂な声を思わず出す燈静。


首を少し傾げながら、もう一枚入っていた紙を取り出す。


そして勢いよく広げ―――言葉を失った。


手の力が抜け、手から紙全てが落ちる。


ドサドサと紙が勢いよく床に落ちても、燈静は気にもしなかった。否、気にも出来なかった。


「……何、それ」


声が震えた。


手も震え始めた。


終いには全身が震え始めた。


―――これが全て、夢ならよかった。


だけど現実は非常極まりない。


―――この紙が、先に寝てるといった意味を込めた手紙ならよかった。


だけどそんな意味は一かけらも込められていないような冷徹な手紙だった。


「何、それ」


先程の言葉が再び口から出る。


その声はもう震えてなんかは無く、ただ感情も込められては無かった。


「…………は」


ヒュウ、と声にならない声が喉から出た。


そして全身の力が抜けてしまい、その場に膝立ちになる。


「はは、ははは…」


もう、燈静には笑うしかなかった。それ以外は何も出来そうに無かった。


「はははははははははははははははははは…!」


壊れたラジオのように笑う燈静の側で、カサリと乾いた音を立て一枚の紙が開いた。


その開いた紙には、細かく字が書かれていた。


そして、一番上にはでかでかと、大きくこう書かれていた。


『請求書』と。


というわけで新連載です!

いやまぁ、何をやってるのか若干わかってないですが!←

ともかく、よろしくお願いします!!

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