表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十二精霊物語  作者: 山崎 空
8/11

08.レトワスの泉




 やわらかい夢を見た。

 それは子供の頃に初めて買ってもらった本を開くようであり、目を閉じて眠りに落ちる一瞬の狭間のようだった。

 心地よい場所。

 誰かが、横たわるアルバの髪を優しく撫でた。労わるように、愛おしむように。熱をだした時に、同じように撫でられた記憶がある。その手の持ち主はだれだったか。幼いあの時、熱に浮かされる彼女が目をあけて、傍にいたのは――。


 夢の中で目をあける。

 そこには――。


「お祖母ちゃん……」


 記憶の中の姿より、いくぶんか若い祖母が笑っていた。

 慈しむようなその目が懐かしく、涙があふれそうになる。


「お前の、成すべき事を」


 そう言って、彼女はアルバの額にキスをした。

 ああそうだ。やるべき事を、まだ終えていない。目を覚まさなければ。

 アルバがそう思った途端、目の前の祖母の姿が蜃気楼のように揺らいだ。少し寂しいような気もしたが、仕方ない。大丈夫、アルバが覚えている限り、祖母はいつだって彼女の傍にいる。

 徐々にその姿が薄れていくように、アルバの夢も砂が崩れるように、その世界を閉じていく。

 最後のその一瞬まで。


「お前の成すべき事をなさい、アルバ」


 祖母の言葉は、何度もその場に響いてアルバの中にとけた。



 現実の瞼はたやすく開く事ができた。

 夢の中で暖かいと感じてはいたが、目を覚ましてもそれは変わらなかった。

 アルバは平らな地面に横たわり、空にある月を見つめていた。


 ここは、一体どこだろう。

 覚醒したばかりの意識ではすぐに状況をのみこめず、アルバはしばらくもう一度目を閉じて記憶を思い返した。

 人形と一緒に、泉を探しに山に入って、そして、黒い獣に襲われて。


「………そうだわ」


 崖から、落ちたのだ。

 それなのに、どこも痛くはないのだから不思議だ。

 アルバはゆっくりとその場に起き上がった。

 黒い獣に体当たりされて、打ちつけた背中も腕も、まるでそんな事などなかったかのように痛みはない。

 木の枝に引っ掛けて破れた服はそのままだったので、獣に襲われた事は夢ではないだろう。


「どうして、私どこも怪我とかしてないのかしら……」


 怪我どころか、即死してもおかしくない状況だった。

 気を失う直前に見た崖下は深く、高く伸びた木が群生していた。

 それこそ串刺しになっていないのが不思議である。

 なぜこうも平和に地面に横たわっていたのか。

 その問いに回答を与えてくれる者は、突然飛来した。


「え?」


 ひゅんっと、空を切って、それはアルバの前方に落っこちてきた。

 トサリと、軽い落下音がした。

 見覚えのある人形は、落下したダメージをものともせずにすぐにその場に身を起こした。


「ああもうディボゥルの奴! 後で覚えてろよっ」


 なにやら悪態をついている。

 機嫌はあまりよろしくないようだ。


「エプル?」


 恐る恐る名前を呼んだ。


「アルバっ!」


 人形はすぐにアルバに気がついて、飛びつくように抱きついてきた。


「よかったぁ…………本当に無事だったんだね!」

「崖から落ちて無事でいられるなんて、普通ありえない事だと思うんだけど。ええ、無事よ。不思議な事に」

「…あの、ね、うん。その事については、説明するとちょっとややこしいんだけど……」

「ぜひともお願いするわ」


 ここまでくれば何に対しても驚かないでいられるだろうという根拠のない自信が、アルバの中に芽生えつつあった。

 人形はたどたどしくアルバが崖から落ちた後の事を説明し始めた。

 話を聞き終えるまで、彼女は微動だにしなかった。

 しばらくして人形が話し終えても、それは続き、


「………もうなんて言っていいのかわからないわ」


 気が抜けたようにアルバは言った。


「……一応、彼らは助けてくれたみたいなんだけど……うん。ごめんねアルバ。怖かったよね」

「怖くないって言えたらすごいわよ」


 そう返してもう一度続ける。


「……すごく怖かった」


 獣に襲われた時も、崖に突き落とされた時も。自分の心臓がか弱かったら、間違いなく恐怖に気がおかしくなっていただろう。

 今もそうなっていないのが不思議なくらいだ。


「ごめんアルバ……僕がこんな人形に閉じ込められなければっ」

「今はそんな事言ってもしょうがないのよエプル。とにかく、たどり着く事ができたんでしょう? ここが、そうなのよね?」


 アルバは辺りを見回した。

 彼女達が座る平坦な地面を、ぐるりと囲むように高い木々。上には丸い月。

 条件にぴたりと当てはまる。

 けれどそこには、泉らしきものは何一つなかった。


「……見ててアルバ。もうすぐ、始まるよ…」


 何が、とアルバが問い掛ける間もなく、人形の言葉に呼応するように、辺りの木々がざわりとゆらぎ始めた。

 

 光。

 始まりの合図。

 それは最初目に見えず、感覚だけでしかとらえることができなかった。

 アルバが暖かいと感じていた気配。場の力。

 月明かりに引きずられるように、辺りから小さな光の集まりが現れ始めた。

 まるで蛍のようにふわふわとほのかに闇の中を揺らめき動く。

 そこかしこから現れたその光達は、しばらくその場を舞うように漂っていた。そして、全てが一斉に動きを止めた。


「………」


 音が、息が、その場に漏れるのすら許されないような。

 静寂。

 呼吸の音すら、飲み込まれてしまう。

 アルバは無意識に息を潜めた。


「空、に」


 静寂が、破られる。

 人形の言葉に反射的に従い、アルバは空を見た。

 何もありはしなかった。

 暗闇に浮かび上がるように、月がそこにあるだけだった。


「アルバ」


 見て。

 滑るように視線を元に戻せば、光達は既に姿を変えていた。

 月に焦がれるようだった。

 それらは、その場の中央に一箇所に集まり、巨大な光の玉になって、上へと浮き上がった。

 上へ。上へ。

 月に少しでも近づくように。

 辺りは光に照らされて、夜である事を放棄したかのように明るくなった。


「……どこへ、行くの?」


 光は。


「……どこにも」


 見ていてごらん。

 何一つ見落とさぬように、アルバはその光景に食い入るように見入った。

 上に上った光の玉は、やがて更に大きくふくれ上がり、そして。

 音も立てずに。


 ――はじけた。


「!?」


 驚いてアルバは目をつぶった。

 瞼の内側からでも、光りがあたりに溢れるのが見えた。


「……目をあけてアルバ。これが、レトワスの泉だよ」


 暖かい、と感じた気配が、再びその場に充満していた。

 目をあけると、光の雨が降っていた。

 アルバの周りは、いつのまにかあたたかな水に満ちている。


「きゃっ」

「大丈夫。これは水じゃないよ」


 そう言われて、あらためて手で触れてみれば、たしかにそれは水ではなかった。

 手も服も濡れていない。

 光はそのまま降り続け、その場に座るアルバの、胸のすぐ下の辺りまでを満たす泉を作り上げた。

 光の泉。

 それがレトワスの泉。精霊の集まる場所。


「これ、が」

「力に満ちた場所」


 その光景はあまりにも美しく、あまりにも常識とはかけ離れていた。

 しばらくは言葉が出てこなかった。

 人の目にはあまりある光景だった。


『……成すべき事を』


 その時、どこからかそんな声が聞こえたような気がして、アルバは我にかえった。

 そうだ。

 見とれているわけにはいかない。この泉まで来た目的を、まだ何も果たしていない。時間はけして無限ではなく、この奇跡も永遠ではない。

 アルバは、泉にうもれるように膝の上にいた人形を抱き上げると、目の前にかかげた。


「……エプル。条件は、そろったわ。始めましょう」

「アルバ……」


 精霊を人形から開放するのに必要なもの。

 一つ目は力に溢れる場所。

 呪いに穢された精霊を清める光の泉。

 二つ目は魔力をもった人間。

 人形にかけられた呪いを魔力で打ち消し、精霊を開放する者。

 レトワスの泉とアルバ。

 条件は全て整っていた。


「不安そうな声をださないでよ。私まで不安になっちゃうわ」

「でも、もし」

「ここまで来たのよ」

「アルバ」

「大丈夫」


 人形に向かって、初めてアルバは満面の笑みを見せた。


「なんとか、なるわよ」



   *



 アルバは人形の服を脱がせ、背中の魔方陣を自分のほうに向けた。

 この印が、いわば精霊を封じ込めているそのもの。

 水で洗っても何をしてもとれはしない。

 この魔方陣は、術者の血でかかれたものだとミラは言っていた。

 力がこめられた血を打ち消すのは、同じく力がある血だけだ。


 心臓が、早鐘を打つ。

 怖気づいていたら余計に痛みを伴うだけだ。

 アルバは右手の親指を思い切り噛み切った。

 この場所には刃物を持ち込めないと聞いていたので、そうするしかなかった。

 鋭い痛みを感じると共に、口の中になんともいえない味が広がる。

 涙がにじんだ。

 痛みに慣れていないのだから、それはどうしようもない。

 痛みがひどくなる前に、アルバは魔方陣に自分の親指を押し付けた。

 人形の肌は、すぐに彼女の血を受け入れた。じわり、と肌色だった布が赤く染まる。忌々しい黒い魔法陣にもその血はしみこむようで、色彩を真新しい赤にそめあげていく。

 印を上から塗りつぶすように、何度も親指を動かした。

 そのままその場所に手を当てたまま、アルバは目を閉じた。


『自らの内側にある力を、外側に押し出すようにするんだ』


 ミラに言われた事を思い出す。

 体の中心部に力の存在を感じたなら、指先のほうへ流し込むように。

 自分の中の力を意識する事は、ミラの家で試したときよりも容易にできた。

 この場所が力に溢れる場所だからだろうか。

 ただ、アルバの中の井戸からくみ上げたそれは、熱湯のように熱かった。

 ――いけない。

 反射的にそう思った。

 この力を、そのまま送り込むのは危険だと、そう感じた。


 熱湯ではいけないのだ。

 送り込む力は、少なすぎても多すぎてもいけない。

 少なければ精霊を開放する事ができないし、多すぎれば逆に人形の内側にいる無防備な精霊を押しつぶしてしまう。その上自分も危ない。

 アルバはくみ上げた力を、一旦井戸の中へと戻した。

 引き出しかけた力を元に戻すのは初めての試みではあったが、上手くやる事ができた。


 井戸というものはイメージがしやすい。いつも使っているものだからだろう。

 汲んだ水を戻したければ、桶を井戸に放り込めばいい。

 その通りに実行した、成功する。

 多分、これが力をコントロールするという事なのだ。


(もう一度)


 今度はゆっくりと井戸から引き上げる。

 体の内側が、じんわりと温かくなる様な、優しい暖かい水。

 今度は上手くいく。

 アルバはそう確信した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ