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十二精霊物語  作者: 山崎 空
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06.力集まる場所




 満月の夜に、とミラは言った。

 島中の力が光の雨となって降りそそぐ場所がある。

 それは満月の夜にしか起こらない。

 ふりそそいだ光の雨は、やがて小さな泉を作り上げる。

 レトワスの泉。

 精霊達がそう呼ぶ場所。

 一時の間だけ存在し、いつのまにか霧散する。幾年もの長い間、それを繰り返す場所。

 泉といっても、それを構成するのは水ではない。純粋なる自然の力。

 その泉の力を借りる事が、人形から精霊を開放するための条件の一つだった。

 月が条件どおり満ちるまで、アルバたちはミラの家に滞在した。

 片手の指で足りるほどの短い日数の間に、アルバは最低限の癒し手として知識を学んだ。

 自分の中の力の感じ方も教えてもらったが、具体的にどうすればよいのか、明確なものは何一つなかった。

 ただ、普段無意識に行っている呼吸を、意識的に整え、自分の中を覗き込むように瞑想を繰り返す。それを日に三度。体の中心部になにか温かいものを感じるなら、それが力の源だとミラは言った。


 そう言われて、簡単にできるならば苦労はしない。

 そもそも温かいもの、と漠然と言われてもすぐに理解はできない。感じ方は恐らく人それぞれなのだろう。

 それでも、泉を探しに行く一日前に、アルバはなんとか自分の中にそれを見つけだした。自分でもわからないぐらい、必死になっていたからだろうか。気がついたらそこにある。そんな感じだった。


 それを詳しく言葉に表すことはできない。

 色彩にするならば何色になるだろう。

 漠然と、自分の意思とは違う場所にある、まるで深い井戸のようなもの。

 井戸の奥底には、どれほどあるか分からない水。それが自分の中の力なのだとアルバは感じとった。

 その力を意識するとき、温かいというよりは、どちらかというと熱い。

 ぬるま湯のようで、熱湯にもかわる。かと思えば、ただの水のときもある。そのうち水のときは、上手く力を意識できていないときだとわかった。

 そこまで理解したところで、満月の日の朝を迎えた。

 その朝は、この季節にしては肌寒く、空は抜けるような青空だった。


「絶対に」


 ミラは言った。


「無茶はしないでおくれアルバ」

「わかってるわ叔母さん。大丈夫、何とかなるわよ」


 ここ数日の口癖になってしまった言葉を繰り返す。

 アルバは心配するミラに、歩きながら笑って手を振った。

 笑う以外の方法を思いつかなかった。


「じゃあ、しっかりと道案内してねエプル。私にはレトワスの泉までの道が分からないんだから」

「うん」


 この村に来たときとは違い、袋の外に出てアルバに抱かれていた人形が答えた。


「大丈夫。レトワスの泉のことは思い出したから。まだ、忘れてないよ」

「そのうち忘れてしまった事も全部思い出すわ」


 人形から開放されれば、全て元通りになる。


「……不思議だね。君がそう言うと、本当に大丈夫なような気がしてくる。何を覚えていて、何を忘れてしまったのか、それすらも分からずにこの人形に毒されていく中で、まるで希望の光みたいだ」


 ありがとうと、人形から何度目かわからないつぶやきがもれた。


「その言葉は、全部終わるまでとっておいて」


 アルバは人形の毛糸でできた髪をそっと撫でた。

 成功するのか。それ以前にレトワスの泉にたどり着けるのか。それすらも分からない、いわば暗闇を手探りで歩いてるような今を。

 思い切らなければ到底前には進めない。


「抜け出してからもう一度言ってちょうだい。だから、今は、目の前の道を歩く事だけ考えましょう」


 街からきた道を戻るでもなく、アルバはイスの村を出て、山のさらに奥に向かって歩みを進めた。



   *



 当然だが、人が通らない場所に道があるはずがない。

 最初から予想していた事だったが、案の定、その道は行き止まりになっていた。

 目の間に広がるのは、切り開かれてもいない木々。

 この辺は、生い茂る木々の背が特に高く、太陽の光もまばらにしか入ってこない。


 まだ昼間だというのに、あたりは薄暗い。

 鳥の声が、其処彼処から聞こえてきていた。が、アルバがその場所に立ち入ると、辺りはしんっと静まり返った。

 ざわざわと、葉擦れの音だけが耳につくようにその場に響いた。


「ここからよ」


 この場所までは道があったため、普通に歩いてこれた。問題はここからなのだ。


「……草木をかきわけて歩くことになるよ。泉は、この辺にあるみたいな背の高い木々でぐるりと囲まれてて、地面が平らな場所にできるんだ」


 その場所に夜になるまでにたどり着けば、まず第一条件は果たされる事になる。


「草木をかきわけて歩くのはもう覚悟の上よ。それで、具体的にどっち? 右? それとも左? 正面?」


 アルバがそう聞くと、人形は少し考え込むように頭をゆらし、「右に」と言った。


「いつも道とか、坂とか崖とか、関係なくいけるから自信はないけど……でも、左は違う。真っ直ぐ行くと、確か崖があったはずだからこっちも違う。だから、右に行ってアルバ」

「……レトワスの泉にたどり着くまであなただけが頼りなんだから、自信なさそうな声出さないでよエプル」

「……ごめん」

「謝らなくていいわ。右に行きましょう」


 生える草を左右にかきわけるようにして、アルバは行き止まりから右の方向に再び歩き出した。

 ここからは足場を慎重に確かめて歩かなければならない。

 草木にだまされると、足場を失う。どこが坂で、どこが崖につながっているのか、見たままでは確認できないからだ。

 必然的に進む速度が遅くなる。

 それでも、アルバはひたすら草木をかきわけ歩いた。

 しばらく、腕に抱く人形との会話もなかった。

 けれど、黙っていればいるほど、辺りの静寂から不安が体の内側に入り込むようで、たまりかねてアルバは人形に話し掛けた。


「ねえ、そういえば」

「え?」

「叔母さんに聞き忘れたんだけど、精霊のいない月って、具体的に何か問題があるの?」


 治めるべき精霊が定められた場所に不在だというのに、さしあたって人々の生活に何か問題があるようには見えなかった。

 アルバの住む街も、イスの村も、何も変わらないように見えた。


「あると思うよ」


 曖昧な返事が人形からかえってきた。


「あると思う?」

「なんて説明していいのかな……。僕達は、モースの館という場におさまることで、この島自体の力を、上手く循環させているんだ」


 もともとこの島は、力にあふれる島だった。しかし余りある力を、島はうまく循環させる事ができず、結果、島には何も育たつことができないでいた。

 それを助けたのがこの国の建国者であった人間の男と、一二の精霊。


「もともと、力を循環させるという仕事は、彼がひとりでやってたんだ。僕達はそれを助けるだけ。でも、彼がいなくなって、また島の力が滞りはじめてから、僕達は話し合った」


 彼の後を継ぐように、この島の力を循環させるか。

 それとも。

 全てを見捨ててしまうか。


「幸い、島を見捨てるという意見に賛同した精霊は一人もいなかったんだよ。ここは彼が愛した場所だ。僕達は、彼のためだけにこの島に残った」


 そして彼の仕事を一二人で分担した。

 一年を、一二に分けた。


「僕達は、いわば媒体なんだ。この島の力を行き渡らせるための媒体。だから」

「………一二人の誰かが欠ければ、その分島の力は滞ってしまう」


人形の言葉に続けるようにアルバはつぶやいた。


「……そういえば、イスの村に来る途中、蕾のまま枯れている花を見たわ…」


 あれは、もしかするとそういうことなのか。

 力の循環が、上手くいっていないから。

 だからあの花は蕾のまま枯れてしまったのか。


「……大変じゃないっ」


 花すら咲かないということは、作物も育たなくなるということであり、その状態がいつまでも続くなら、この国にとっての死活問題だ。


「月が変われば、五月の精霊がその仕事を負うんだけど、僕が果たさなかった分の負担が、一気に彼にいく…。うん、だから、僕はどうしても元に戻らなきゃいけないんだ」

「……何とかなるわ。うううん、何とかするのよ、絶対に」


 そのために、この獣道を歩いているのだから。

 アルバはくたびれた靴をものともせずに、歩き続けた。

 軽い傾斜を二度ほどのぼり、雨水が染み出して流れる小川を越えた。

 時々人形が「右」「左」と言うのにあわせて方向を修正していたので、アルバには、自分が今どの辺にいるのかさっぱり分からなかった。

 山の上に向かっているのか。下に向かっているのか。

 それすらも分からない。

 傾斜を上ったり、下りたり。

 開けた場所を見つけるたびに休憩をとって、二人は山の大分奥まで入り込んでいた。

 

 その頃には、頭の真上にあったはずの太陽もいつのまにか傾いて、辺りは薄暗さを増していった。




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